第6章 踊り比べの幕開け
大勢のヴィザーツはいくつも大きな輪になり、波のように右や左に回りながら詩句を詠っていた。それはすぐに大喚声に変わった。太鼓が鳴り響いた。新参たちは祭壇から流れてくる香に酔い、仮面の精霊となって走った。
カレナードもキリアンも離ればなれになった。彼らは舞台へ駆け降りる一団の中にいた。集団の力は凄まじく、舞台を蹂躙したかと思うと再び斜面を駆け上った。熱狂が渦巻いた。
太鼓の音が止んだとき、精霊たちは誰構わず抱擁を交わし、それぞれのテントに帰っていった。
キリアンの胸はほこほこ熱かった。彼は大霊祭の音が止んだ時、息をつくためにうっかり仮面を外した。ちょうど見知らぬ相手と抱き合い、それがしっとりした女の体だったこともあり、間抜けなことをしたのだ。相手も仮面を半ばずらせた。女王だった。彼女は微笑んでいた。
「もう一人のカレナードのパートナーよ」
何の咎めもないのが、祭りのいいところだ。2人は軽く礼をして立ち去った。
マリラの一言はキリアンにとって福音だった。彼は紋章人と女王の間に入れたと思った。
V班の連中が追い付いた。
「キリアンがにやけてるぞ!いい思いしてきたな、こいつ」
そう言うシャルもいい思いをしたらしく、思い切り鼻の下が長かった。
カレナードは偶然マヤルカと一緒にいた。彼女は赤い髪を高く結い上げ、約束をねだった。
「裏方の仕事が終わったら、私と踊って。楽団がお開きになってたら私が歌うから」
祭りというのに、彼女の瞳の奥に寂しさがあった。彼女も女たちの中で玄街の呪いに耐えているのだ。カレナードは約束した。
間もなく新参生は責任を果たすため、それぞれの持ち場に向かった。
カレナードとアレクとキリアンは第5レッドテントの奥の調理場に入った。隣の第6レッドテントではミシコがビーフの塊と格闘する一団の中にいた。キリアンはカレナードに注意していた。
「服を汚すなよ。それから今のうちにこれ食べとけ。踊り比べの集合まで1時間だ」
彼は貴重品のチョコレートを取り出した。それから水筒に水とほんの少し塩とレモン汁を加えた。
アレクが椅子を出した。
「俺も見に行くからな」
他の班の連中も「楽しみにしてるぞ、新参代表」と声を揃えた。カレナードはテントを出る時、彼らとタッチして舞台に向かった。
夏至の太陽は夕暮れに淡い光を残していた。舞台の祭壇は取り除かれ、軍楽団が定位置についた。ライトが様々な色を投げかけている。艦長が伝統衣装に身を包み、他の審査員と雑談している。道化は鮮やかな虹色に染めた全身タイツを着て、ピンクやレモン色のチュールを重ねたチュチュを履いていた。帽子は鈴を縫いつけ、いっぱしの踊り子のように繻子のダンスシューズで軍楽団の指揮者を突いては怒鳴られていた。
ハーリとヤルヴィは予備の弦と弓を椅子の下に置いた。
いよいよ舞台の周りにヴィザーツが集い始めた。25組の出場者はウォーミングアップに入った。大霊祭で走り回ったあとだけに軽く済ます者が多かった。
マリラとカレナードもタイミングを合わすだけにしていた。マリラが「先ほどキリアンに会った」と言った。
「いい友人だ」
「ええ、彼はずっと練習相手をしてくれました」
「そうか。第9曲の最後のリフトを頼む」
マリラはワルツの旋律を口ずさんだ。カレナードは彼女と数ステップを踏んで、床を離れた女王の体を支えた。キリアンよりもはるかに軽く感じた。
2人は軍楽団と舞台補佐のいる崖下のボックスに入った。次に舞台に上がる時は、もう入場行進を兼ねた第1曲だ。ほとんどのライトが消えて、舞台の端に並んだ小さな灯りだけが残った。観客はざわめきながら、夏至祭のメインイベントの開始を待った。
大きなライトが進行役のワイズ・フールを照らした。お辞儀をする道化にヤジが飛んだ。
「引っ込め、バカ・フール!」
「早く女王と例の新参を出せ、アホ・フール!」
「今年は手前の悪戯に仕置きしてやるぞ、クソ・フール!」
「1分以上の挨拶はやめろ、デベソ・フール!」
散々な言われように道化はわざとポーズをつけて叫んだ。
「誰がデベソですかぁ!しかし、バカとアホとクソの汚名は甘んじてお受けしやしょう、アテンション・プリーズ!」
彼は弾丸のように舞台の端までとんぼを切った。ヴィザーツたちは歓声を上げた。
「レディス&ジェントルメン!待ちに待った踊り比べの前座でも、もはや道化は要りますまい。審査団の方々は御起立を。照明はあっちを照らして下さいな。ご紹介するまでもありません、団長は皆さまご存知の伊達男、ワレル・エーリフ艦長!」
大きな拍手が起こった。道化は5名の審査団員の名を読み上げ、再び宙返りをして舞台の中央に戻った。
「それでは音楽スタートッ!今宵の狂乱の幕開けにございまするッ!」と叫んで頭を振った。帽子の鈴がチリンチリン鳴って、ライトがすべて消えた。




