第6章 キリアンには眩しすぎて
マリラとカレナードは、この日、初めて心静かに相対した。
道化が名前を読み上げた瞬間、2人の目が合い、パートナーとして最後まで踊り切る意志を互いに認めた。女王と紋章人の間にあったわだかまりを互いに捨てたのだ。
マリラは他の女たちと同じようにパートナーの前に出た。そして腰を下げて挨拶した。カレナードはマリラを前に落ち着いていた。エーリフの特訓とキリアンの友情が彼を変えたのだった。
カレナードが挨拶を返すと、マリラは言った。
「よろしく頼む、レブラント殿。」
カレナードは応じた。
「第10曲までお相手を務めさせていただきます。御手をどうぞ」
2人は第1曲開始のポーズをとった。マリラの左手がカレナードの右手に乗り、肌の暖かさが交わった。心地よかった。2人はただ踊ることに全力を尽くすだけの関係をすんなり受け入れた。それは喜びだった。
艦長は軍楽団に合図を送り、最後のリハーサル、ゲネプロが始まった。
本番どおりの衣装を着け、立ち位置を確認し、道化がアナウンスを受け持ち、四方のライトが点いた。艦長が観客席代わりの斜面にマイクを持って立ち、最後の調整を始めた。
キリアンは舞台脇にいた。横にアライア・シャンカールもいた。
「カレナードは背中が良く伸びているわ、調子良さそう」
キリアンは女王の女官に訊いた。
「昼間なのにライトを点けるのですか」
「そうよ、艦長の眼は夕暮れに舞台にライトが映えている光景が見えているの」
「器用な人ですね」
「多才だと言ってあげて」
舞台上は早くも第5曲が終わり、アライアはさっと舞台へ出てマリラとベルの2人の汗を拭い、衣装を手早く整えた。その速さはキリアンの10倍は有能に見えた。マリラもベルもパートナーと動きの確認をする時間が持てた。
ゲネプロは2時間で終わった。艦長は舞台に戻り、出場者と舞台補佐と軍楽団とスタッフ全員を集めた。
「本番は午後6時スタートだ。30分前までに集合すること。スタッフは1時間前から最終チェック。では、皆さん、よろしくお願いいたします」
練習に余念のない何組かが残った。マリラとカレナードもいた。シンクロが難しいあの第6曲をゆっくり合わせていた。長い裾からマリラの足首がすらりと出て、その後ろでカレナードの足がぴったり同じ速度と高さを保っていた。
キリアンは見とれていたが、アライアは少しじれったそうだ。
「もう正午になりますわ。お急ぎくださいませ、マリラさま。詠唱礼のお仕度があります!」
軍楽団が居場所を舞台スタッフに明け渡し、詠唱礼と大霊祭用の祭壇が運ばれてきた。
マリラはアライアに分かったと手を振った。それからカレナードに挨拶をした。
「いい舞台になりそうだ。本番もこの調子でいこう」
2人は握手して別れた。キリアンは驚いた。女王と一緒にいるカレナードが見たことのない輝きに包まれていたのだ。堂々として自信に溢れ、男の頼もしさに加えてそれだけでない女の香りがした。
キリアンはその姿に耐え難いほどの衝撃を受けた。女王マリラがカレナードをそうさせたのだ。彼女はカレナードにとって絶対的な存在だと、キリアンの直感が告げていた。女王以外に誰がカレナードをあれほど瑞々しい男に出来るだろうか。
あの2人のあいだに自分の入る隙間などない。しかし、彼はどこかに隙間を見つけたかった。
カレナードが早く昼食に行こうと言った。キリアンは動揺を隠した。
「ああ、午後も大忙しだ」
女子たちは大急ぎで食事を終わらせて、身支度に取り掛かっていた。結った髪に飾りをつけ、祭り用の化粧をして、大霊祭で使うケープと仮面を背中に下ろした。
午後1時半を過ぎる頃、舞台を臨む斜面にヴィザーツが並び始めた。舞台奥に祭壇が高く組まれた。崖は午後の陽と舞台上からのライトが大きな影を作っていた。カレナードはその影に見覚えがあった。
「ウーヴァ」
春分の夜に見た大いなる存在だった。女王が銀色に輝く冠をいただき、太陽と月と星を象ったマントを長く引いて現れた。
静かに祭りは始まった。静寂の中で女王と女官が香炉に火を入れ、大いなる闇に繋がるための香りが満ちていった。マリラの詠唱が崖に向かって放たれると、それは天然の反響板となった崖を伝って斜面全体に響いた。ヴィザーツは詠唱した。
「青い夜が降りてくる、玉蜀黍の畑に、冬小麦の畑に。
畏れの夜が降りてくる、公会堂の屋根に、みどり児の屋根に」
それはオルシニバレで添い伏しに詠われる詠句と同じだ。詠唱礼はそのまま大霊祭に移った。大地の精霊に扮した舞踏で先祖の霊を讃え、穢れを払い、新たなパワーを宿す祝祭だ。
ヴィザーツは背中から仮面を取って着けた。ケープを羽織ると、もう誰が誰だかよく分からない。3000人のヴィザーツは、真昼の地上に揺らめく精霊となった。
舞台の周辺から低い太鼓の音が鳴った。軍楽団の太鼓の他に大きな輪に皮を張っただけの楽器がぶーんと奇妙な音を添えた。単調なリズムが繰り返され、皆は足踏みを始めた。太鼓を持ったヴィザーツが群衆の中へ分け入った。それを合図にヴィザーツは手をつないだ。




