第1章 調停完了祭の余韻
間もなく完了祭の幕が開き、大公会堂で調停結果が発表された。ネルーの水利権を認めない代わりにオルシニバレ市がネルー畜産物を買入れ、共同の水質管理事業着手で合意した。
日毎の祭りで調停の日々がねぎらわれた。最後の大討論会を茶化した芝居は大盛況。拳闘試合、舞踏会にパレード、新行事は調停記録映画の上映で、劇場は立ち見客が溢れた。
最終日、ガーランドは六区郊外の北街道上空、地上50メートルまで降下した。調停委員会代表が浮き船の大宮殿に招かれ、女王拝謁の栄誉を賜って幕を閉じる。船底から出たゴンドラが次々と代表団を運んでいた。
風の中、奉納舞踊団の介添え役になったカレナードとマヤルカは孔雀色の衣装に身を包み、ゴンドラを待っていた。マヤルカは時雨が来そうな西北の山並みを見渡した。
白い衣装のフロリヤは一つ先のゴンドラで昇った。突風が吹きつけた。彼女の上半身が手摺りを越えた時、ヴィザーツの少年兵が彼女を引き戻した。
「お名前を教えてください。私はフロリヤ・シェナンディと申します」
カレナードより背の低い彼は短く答えた「ピード・パスリ!」
彼はフロリヤの腰にロープを回し、手摺りと繋いだ。
「上に着いたら外してやる」
フロリヤは彼にそっと耳打ちした
「あなた、大きい人ね」
彼女が見事な舞を披露する間、カレナードは女王を熱い視線で見詰めた。
「ああ、10年前と少しもお変わりない。僕に気付いていただけたら!」
女王の頭上に花の王冠が高く煌めき、真珠色のドレスに真紅の帯が垂れた。竪琴の音が流れる中、彼女は代表団と挨拶を交わして歩いた。
舞踊団の後ろにいるカレナードに挨拶の機会はないが、女王の威厳は彼を心底酔わせた。大宮殿の天窓から陽が射した。宮殿内は虹色に染まり、人々は調停完了祭を感激のうちに終えた。
カレナードとマヤルカはひと足先に降りて仮設テントで普段着に戻った。足取りはまだ夢見心地だ。街道から入った地区は閑静な住宅地で、細道が縦横に抜けていた。
「素晴らしかったわ。女王さまがお姉さまに声をおかけになるなんて。ねぇ、あなたも見てたでしょう」
いつもならすぐ返事があるはずだが、今日はない。
「あ、ええ、フロリヤさんの踊りですよね」
マヤルカは彼のふくらはぎを蹴飛ばした。
「っんもう!何を腑抜けてるのよっ」
彼女はわざと知らない道へ歩きだした。あわててマヤルカの後を追うカレナードだが、まだ愉悦の中だ。北街道から五区へ入ったあたりは高級住宅街で、古風な細道が縦横に抜けていた。
「お嬢さん、道は分かりますか、この辺は来たことがなくて。ヴィザーツ屋敷は入れませんし」
「なんでヴィザーツ屋敷のことが出てくるの。ガーランドへ行ったからって」
マヤルカの歩が止まった。前方に5人の玄街ヴィザーツがいた。黒い帽子に黒い衣装、そして黒い覆面。カレナードの背筋を冷たいものが走った。白昼に玄街が現れるなど、あり得ない。
「走れ、マヤルカ!」
彼はマヤルカを押して、大通りへ向かった。その手前で新たな5人組が現れた。二人は急いで小道に逃れた。小道は塀と壁に沿って、六区へと伸びていた。黒衣の群れは追ってきた。ヴィザーツ屋敷前の寸前で囲まれた。
張りのある女の声がした。
「カレワランの息子であろう。髪と眼の色まで母と同じよの」
女は帽子に垂れる黒い紗を上げた。恐ろしいほど白い肌が現れた。妖しい童顔の両側を細い三つ編みが飾り、黒い瞳は濡れて光った。底知れぬ黒さをたたえた瞳だ。