岩に刺さったままの聖剣に魔王の首を押し付けて切ろうとする勇者
私は聖剣を守るエルフ。ここの岩に刺さっている聖剣を引き抜く事が出来る、真の勇者が現れるのを待ち続ける者だ。
そして今、私は勇者がここに近づいて来ている気配を感じている。果たして、彼は聖剣を抜き真の勇者であると証明出来るだろうか。
「こんにちはー!長老さんご在宅でしょーかー!」
来た。右手にハンバーガー屋の袋、左手に魔王を抱えたビキニアーマーの青年がこちらに向かってくる。
…え?
ハンバーガー?魔王?ビキニアーマー?
「長老様初めまして!北の国から来たキタノと申します!こちら、ヴィーガンバーガーですので、良かったらどうぞ!」
「あ、うん」
どうやら、ハンバーガーは私への手土産だった様だ。勇者がハンバーガーの袋を持って聖剣抜きに来たという異常は無事解決。
後は左手の魔王とビキニアーマーの謎について聞くだけだな!
…聞かなきゃだめデスヨネ?はあ。
「あのさ、君」
「キタノです!」
「あ、うん。キタノ君さ、何で」
「エルフならベジタリアンだと思いましたので!」
「ハンバーガーの事はいいのよ。その、君の左手のそれ…私の記憶が確かなら魔王だよね?」
ビキニアーマーも気になるが、優先すべきは魔王だろう。まず、こっちの方から聞くべきだ。
「ハイッ、魔王です!」
「倒したの?」
「倒せませんでした!魔王は聖剣が無いと倒せませんので!ですので、気絶させてここまで連れて来ました!」
「何で?聖剣入手してから魔王倒せば良かったのに」
「そうしたいのは山々なのですが、実は私、勇者じゃないかも知れないのです!」
初めてだよ。聖剣無しで魔王に勝てるのに自分が勇者だという自信が無いなんて言う奴初めて見たよ。
「いや、多分君は勇者だよ。だって魔王に勝ったんでしょ?」
「これは、美女に化けて油断している所さんにスリーパーホールドを極めただけです!」
「あ、それでビキニアーマーなんだ」
「ハイッ、実は私バビニークという一時間だけ女体化出来る魔法を習得していまして、それで魔王好みの美女に化けて近づいたのです!」
成歩堂、魔王と会った時はちゃんと女の子の見た目だった訳か。
「それで油断した魔王をこうギューとして持ち帰り、ハンバーガー屋に寄ってから聖剣を借りにここへ来たのです!」
「着替えてから来いよ」
「申し訳ありません!バーガー屋さんが『おねーさん、このバーガーは崩れやすいから、絶対に袋を傾けな…ギャー変態だー』と注意してくれました!ですので、私は両手が塞がりこの姿で来るしか無かったのです!」
魔王を抱えた美女が袋を受け取った途端に男になった光景を想像して、私は店員に同情した。
「というか、魔王を左手で持つな。バーガーを左手にしろ」
「魔王は傾けても崩れませんので!バーガーを利き手に預ける事にしました!」
初めてだよ。ハンバーガーよりも扱いの雑な魔王を見たのは初めてだよ。
「と、言う訳で魔王の首を切りに来ました!聖剣をお借りしてよろしいでしょうか!」
「あ、うん。いいよ。聖剣そこに刺さってるから使って」
色々と問題あるキタノ君だが、実力は確かだし、礼儀正しいし、きっと勇者なのだろう。ならば、断る理由も無かった。
「ありがとうございます!ではっ、この聖剣を使わせていただきます!ほっ、ほっ、とりゃー!」
キタノ君は魔王の首を岩に刺さったままの聖剣に押し付け、上下に動かし始めた。
「待てや!」
「ハイッ!何でしょう!」
「聖剣を!抜け!」
初めてだよ。今まで岩ごと持ってこうとしたアホや岩を壊そうとしたアホは見てきたけど、魔王本人を連れてきて刺さりっぱなしの聖剣に首を押し付けるアホは初めて見たよ。
「それは無理です!聖剣は真の勇者にしか抜けないとされてますので!」
「いや、君はきっと勇者だから!取り敢えず、抜けるかどうか試すぐらいはしてよ!」
「ですから、それは出来ないんですよ!抜けるにしろ、抜けないにしろ、結果が出たら私の存在を巡って人間同士の争いが起こってしまうのです!」
「ゑ?」
魔王の首に聖剣の刃を食い込ませながら語るキタノ君の目は真剣そのものだった。とてもふざけている様には見えない。
「遥か昔、聖剣を抜き勇者と認められ魔王を倒した人が居ました。その人を巡って国同士で争いが起こり人類が衰退している間に魔王は復活しました。その後、聖剣は抜けなかったけど魔術により魔王を封印した人が現れました。しかし、人々は彼を偽りの勇者と呼び、彼の祖国は滅ぼされ人類に絶望した彼は魔王の封印を解除してしまいました」
私はこの地を離れられないから、ここを訪れた人間がその後どうなったかは知らなかった。人間達の世界では、そんな事になっていたのか。
「ですから私は、私が勇者なのか否かは確定させない事にしたのです。これで上手く行くかは分かりませんが、少なくとも勇者を手中にしようとしたり、偽の勇者を非難する様な人は出てこないはずです」
「そんな事情があったのか」
「ふーっ、やっと首が切れました!それじゃあ、私は帰りますね!」
そう言って、キタノ君はさっさと帰ってしまった。彼が真の勇者だったのか、彼の目論み通り人々の争いは避けられるのか、それはこの地から動けない私には分からない。
「まあ、次の勇者に聞けば分かるだろう。その時まで待つとしよう」
初めてだよ。魔王を倒した後の勇者が気になるのなんて初めてだよ。私はキタノ君に幸せが訪れる様に祈りながら、ヴィーガンバーガーを口にした。
「まっず!」
私は普通のバーガーの方が好きだった。