覚醒
ある朝、俺は最悪な気分で目が覚めた。
「ヘンな夢見た。」
暫くボーっと微睡んでいたが、ふと我に返った。
「やべっ、こんな時間。」
とりあえず朝飯は諦めて、着替えだけ済ませて急いで家を出る。
相変わらず都心を張り巡らすように走る地下鉄は、殺人的に混んでいる。ただでさえ、殺気立つ車内だというのに、よりにもよって隣に立つオヤジがこっちを向いて欠伸をした。
うわっ、酒臭ぇ。朝から空気を汚すな。クソオヤジ!こっち向いて欠伸すんじゃねえ。ハゲろ。
オヤジの頭から5本ほどの髪の毛がハラハラと落ちた。
へっ。5本分ハゲさした。ザマァ見ろ。
この時の俺は、この出来事が偶然だと思っていた。
俺は五十嵐祥太。32歳、彼女なし。やっと入ったそこそこの大学を5年かけて卒業して、この中小企業にて、今社会人10年目というところだ。
「おはようございます。」
なるべく目立たない様に、小声で挨拶しながら席に着く。
「おう、五十嵐ぃ。ちょっと来いや。」
くそ。朝っぱらから課長に呼ばれた。どうせ、また難癖つけてくるんだろ。
「お前、昨日の報告書なんだ、これ?真面目に書いてんのか、ああん?」
「あ、いや。あの…」
「書き直せ。今すぐだぞ。」
「…あ、はい、すいません。」
俺が席に戻ろうとする背中に向かって、聞こえよがしに「クソ野郎。給料泥棒が。」
と言いやがった。パワハラだ。出るとこ出れば、勝てるぞ。そう思ってても言い返せない。勇気がない。
とりあえず急いで報告書を書き直しながら、窓際に立っている藤田さんの様子を伺う。
今日も可愛いな。あのスカートめくれてくんねぇかな。
開け放っていた窓から優しい風が入って来て、書類が少し巻き上がった。藤田さんのスカートも2cmだけめくれて、藤田さんは恥ずかしそうにスカートを押さえた。
くっそぉ。あと5cmめくれてくれよっ。あと5cm、あと5cm。
念じるように考えていたら、突然頭の中で『ブーーーーッ』というブザー音がした。
なんだ、今の?
気のせいだろうと、俺はまた報告書に目を戻した。
「五十嵐ぃ、報告書はまだかぁ?」
「はい。ちょっと待ってください。」
「早くしろよ。」吐き捨てるように課長は言った。
くそ。椅子ひっくり返ってすっ転べ。
立ち上がる課長が、ズボンの裾を椅子の足に引っかけて、椅子が倒れた。
くそ。椅子じゃなくて課長が転べって。
またもや頭の中で『ブーーーーッ』というブザー音がした。
なんだ?さっきもなってたし、今も…もしかして。
俺は、隣に座る同期の松山に目を向けた。
松山ペン落とせ。
松山は、ペンをポロリと落としそうになって、慌ててキャッチした。
やっぱり。偶然じゃない。俺、超能力が使えるようになってる。
俺は課長のに目をやり、
俺に金をよこせ。金よこせば、普段からのパワハラを許してやってもいいぞ。
「五十嵐ぃ、ちょっと来い。」
そう言いながらクソ課長はジャケットの内ポケットから財布を出した。
え?もしかして…
「てめぇ、どうせ使い物にならないんだからよぉ、そこのコーヒーショップ行って、俺にコーヒー買ってこいや。」
と、俺に向かって500円玉一個投げてきた。
はぁ?俺はてめぇの小間使いじゃねえんだよ。
「何見てんだよ。早く行って来い。」
くっそぉ。金よこせってそういう意味じゃねえよ。
せっかく超能力に目覚めたというのに、俺は使いこなせないでいた。