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だから僕は君に惹かれたんだ

作者: マカロニ

 高校二年生の夏、告白をした。今まで自分が好きだった女の子に。

 

 ダメかと思っていた彼がふと顔を上げると、彼女は泣いていた、何故泣いているのかはこの時は分からなかった。

 

 そして、彼女は浮き出た涙を拭いながら言った。

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 ※

 

「よう! ハヤタ! よくやったぞ! 流石俺が見込んだ男だ!」

 

 学校の靴箱近くの廊下で、ハヤタの友人と思われる男はそう言うと、彼の頭をゴシゴシと触る。

 

「リョウ……ありがとう。でも自分でも驚いたよ! 今まで好きだった人が僕の彼女になるなんて! 夢みたいだ!」

 

「俺も彼女が出来た時もそんなこと思ったなぁー、夢みたいな感覚だったしな!」

 

 リョウの言葉を聞きながら、ハヤタは自分が告白した彼女との将来や、幸せな家庭を作る妄想をし、ヨダレを垂らしていた。

 

 しかし、そんな彼の脳裏に一つだけモヤモヤがあった、それは告白した時に彼女が泣いていた事だ。

 

「ねぇリョウ、君が彼女に告白した時、どんな反応された? 泣いたりしてた?」

 

「え? どうしたいきなり……そうだなー、どんな反応、て言っても「驚いていた」としか言えないな。なんでそんなこと聞くんだ?」

 

 リョウがそう聞いてきたため、ハヤタは自分が告白した時に彼女が泣いていた事を話した。

 

「お前何かしたか?」

 

 そう言って、彼は少しこちらを不信気味に見てきた。しかし、ハヤタは彼女に何かした訳も無いので颯爽と「何もしてない!」と言った。

 

「んじゃ、あれじゃねぇか? 「嬉し泣き」とか驚きのあまりに泣いちゃったとか。

 それか実は友達との罰ゲームでなんちゃらとか」

 

「前半の部分は可能性はあるとして、後半の方言う必要あるか?」

 

 彼は少々不機嫌気味に言うと、リョウは「冗談冗談」と笑って済ました。ハヤタはどこか心配気味になっていると、目の前に例の彼女が立っていた。

 

「お、おはよう! 樫森かしもりさ……ノゾミさん」

 

 彼の言う樫森ノゾミという女の子は、とてもおおらかな雰囲気の子で、凛とした顔つき、すらっとした体型の子だった。

 

「おはよう……ハヤタくん」

 

 その時、場の空気を読んだのかリョウは、サッとどこかへ去っていった。

 

 リョウのやつ……こういう時に限って空気読みやがって……。

 

 二人がお互いの顔を見れないほど恥ずかしがっていた時、先に口を開いたのはノゾミだった。

 

「あの一緒に教室に入りませんか?」

 

「は、はい! 喜んで!」

 

 今まで好きだった人にそう言われたハヤタは、ついおかしな返事をしてしまった。

 

 そんな彼を見たノゾミはフフっと笑った。

 

 ノゾミはいつも真面目な雰囲気を醸していて、誰も彼女に近寄り難い感じの筈だった。

 

 だがハヤタはそんな彼女の笑った顔を見て「可愛い」と呟く。

 

「え? 今なんか言った?」

 

「い、いや! 何も! それより、早く行こ」


 二人はそう言うと、お互いに肩を並べあって教室に向かって行った。

 

 ※

 

 教室に入ってからはいつも通りだった気がした。

 いつものように授業を聴きながら、黒板に書かれた文字をノートに移す作業。

 でも一つだけ違うだとしたら、それはいつもよりノゾミの横顔を見ていた事だった。

 

 授業中の彼女は真面目で機敏で、先生に当てられてもそれをきちんとこなす。

 

 そして彼はペン回しをしながらつくづく思った、よく付き合えることになったのだと。

 

「んじゃ次はハヤタ、次の段落の文を読んでくれ」

 

「は、はい!」

 

 突然の教師からの指名に慌てながら立ち上がるも、先生の話を全く聞いてなかった彼は、開けるページに困っていると、近くに居たノゾミは、小声でハヤタに開けるページと段落を教えてくれた。

 

 そんな時間を過ごしていったある日の事だった。

 

 学校の教室で数少ない休み時間を過ごしていると、突然、ノゾミは恥ずかしそうな顔で、自分の席でゆっくりとしているハヤタに言った。

 

「こ、今週……で、デートぉ、し、しませんか? 話したいこともあるから」

 

 付き合ってまだ一週間も経っていないというのに彼女はそう言うと、ハヤタは予想外の出来事に顔を真っ赤にする。

 

「で、デート!?」

 

「ハヤタくん……声がでかい」

 

「あ、すみません」

 

 どうしようどうしよう! 初めてで驚いたけど……そうかデートか、なんだこの気持ち、嬉しい! めちゃくちゃ嬉しすぎる!

 

「に、日程とかってもう決めてるの?」

 

 ハヤタがそう聞くと、彼女はコクリと縦に頷いた。

 

「私も初めての事だから不束なところがあるかもしれませんが……よろしくお願いします」

 

 ノゾミはそう言って頭を下げる。そんな彼女を見た彼は慌てながら、

 

「顔を上げてよ! 僕も初めてだから、初めての事を完璧にしようとしなくても良いんだよ、僕は素のままの君が好きだからさ」

 

「そ、そうですか……日程は今週の日曜で、学校近くにある公園で集合はどうでしょうか」

 

「分かった! 楽しみにしてるよ」

 

 そんな風にノゾミとの会話を終えると、突然、教室の奥から友人と話していた筈のリョウがハヤタの方に来ていた。

 

「おいおい! マジか? デートするって」

 

「な、ななななななんで知ってるの!?」

 

「いやお前さっき大声で言ってたろ」

 

「あ……僕の馬鹿野郎!」

 

 ハヤタはそう言って、自分の頭をポカポカと叩く。

 しかし、リョウはそんな彼を見て「良かったな」と言った。

 

「うん、好きな人からの誘いだから楽しみだよ」

 

「おいおい、好きな人じゃねぇだろ? 彼女だろ? お前の」

 

「そうだね」

 

 彼にとって暇でしか無かった土日の一部が、人生でこれまで以上に楽しい事となったハヤタは、心を躍らせながら日が進むのを待った。

 

 ※

 

 そして当日。

 

 ハヤタの住む町は田舎に近く、学校付近は田んぼや畑ばかり、公園の近くには海があるのでそこからは潮の匂いが匂ってくる。

 

「お待たせしました」

 

「——ッ……可愛い」

 

 そんな中現れたノゾミの姿に、ハヤタはそう呟いた。

 彼女が着ていたのは水色のショートパンツと、青のニットカーディガンを首に巻き、淡い水色のTシャツを着こなし、その可愛さに拍車をかけるようなポニーテールをしていた。

 

「そ、そうですか……で、では日程どおりこの後は二人でバスに乗ってショッピングモールで買い物……です。どうでしょうか?」

 

 彼女は少し不安気味にハヤタに聞くと、彼は目をピカピカとさせていた。

 

「すごいよ! やっぱさすがだよ! ノゾミさん!」

 

「そ、そんなに褒められても……大したことではないので困ります」

 

 ハヤタの反応に彼女は頬を紅くすると、その頬をカーディガンで隠した。

 

「さ、行きますよ」

 

 ノゾミはそう言うと、歩みを進めた。

 

「う、うん」

 

 彼は少々緊張した面持ちで歩き始めると、ちょうどノゾミと肩が並んだその時だった。

 彼の緊張して震えた手に彼女の手が来て、二人は不器用ながらも上手く手を繋いだ。


 ※

 

 バスに乗り込んだノゾミとハヤタは、二人隣になれる席に座る。

 

「「……」」

 

 さぁーてどうしようか、何を話せば良いのかなー……。

 

 ハヤタが何を話そうか頭を困らせていると、隣に居たノゾミはこちらの顔を見て言った。

 

「あまり緊張しなくて良いんですよ、私もこういうのは初めてなので」

 

「そ、そうだよね〜! つい緊張しちゃって……」

 

 どうしよう緊張しすぎて何を話せば……そ、そうだスポーツの話とかすれば!

 

 彼はスポーツの話をして上手く行く妄想をすると、彼女に聞いた。

 

「ノゾミさん」

 

「?」

 

「ノゾミさん、てスポーツとかしたり見たりしますか?」

 

「え、しないですけど」

 

「即答!!」

 

 彼女のあまりの返答の速さに、ハヤタは思わずそう言ってしまった。

 

「私、スポーツはやったことすらないので……でも、やってみたいとは思ってます」

 

「そ、そうですか」

 

 失敗した……もう話すネタが……いや何かを話そうと思っても緊張して話せない……もうダメだおしまいだァ。

 

 自分のコミュ力の無さに落胆していた時だった。ノゾミはチョンチョンと彼の肩をつつく。

 

「あ、あのハヤタくんにはお友達が居ますか?」

 

「お友達? 友達て言っても僕あんまり居ないよ? いるならリョウくらいかなー」

 

「リョウ? あ、いつもハヤタくんに話しかける人ですね」

 

「そうそう、リョウは良いよなぁ、友達沢山いるからさ。ま、リョウ良い奴だから僕は好きなんだけどね」

 

「そうなんですか……羨ましいです、そういうお友達が居て、私にはそういうお友達はいないので」

 

 そう彼女には友達が一人も居ないのだ、その理由はノゾミは他よりもずば抜けて真面目であり、その真面目さが他の人を寄せつけない雰囲気にもなっていたからだ。

 

「そうなんだ、じゃあさ紹介してあげようか? リョウの事」

 

「え……いいんですか?」

 

 彼女は少々驚いた表情をする。そんなノゾミの反応を見たハヤタは笑った表情で、

 

「もちろん! リョウも喜ぶよ!」

 

「……ありがとうございます」

 

 ノゾミは目に涙を浮かべた様子で言った。

 

「え、ちょちょ! 泣くほどのこと?!」

 

「す、すみません、私涙脆くて……すみません」

 

 そんな会話をしていると、ふと、バスの次の駅を確認した。すると、そこに表記されていたのは自分達がちょうど行く予定の駅だった。

 

 それを見たハヤタは、すぐさまバスの降車ボタンを押す。

 

「もうすぐですねノゾミさん!」

 

「そうですね」

 

 ※

 

 バスを降りたノゾミとハヤタは緊張が解けた様子であり、目の前に立っているショッピングモールに入っていった。

 

「うわー! 久しぶりに来たー! どこに行くとか決まってるんですか?」

 

 テンションが高めの彼はノゾミにそう聞くと、彼女は相変わらずの真面目さを捨てずに言った。

 

「午前は服やアクセサリーを見て、午後はハヤタくんの好きな漫画などが置いてある本屋に行くということになっています。帰る時間は午後の17時です」

 

「な、なんで僕が漫画が好きなこと知ってるの?」

 

 彼の質問に彼女はキリッとした顔で、

 

「リサーチ済みです」

 

 と言った。

 

「すげぇ、でもちょっと怖い」

 

 こうして彼らは午前は予定通りに事を進め、ノゾミは自身が気に入った服やアクセサリーをハヤタと見ていきながら、それを買って行った。

 

 ※

 

 気づけば時計の時刻は12時半になっていた。

 

「ノゾミさん、もうお昼だし何か食べない?」

 

「それもそうですね……」

 

 彼女はそう言うと何故か固まってしまった。

 

「どうかした?」

 

「い、いえ……ただお昼ご飯の内容は彼氏と一緒にするべきか、それとも別にするべきか、どっちにしようかと思いまして」

 

「そ、そんなの自分が好きな方にすれば良いんじゃないかな? 無理やり人に合わせるのも辛いと思うし」

 

「……それもそうですね、分かりました私はラーメンを食べたいと思います」

 

 お互いは食べる物を決めると、食べ物を注文し、仲良くたわいもない会話をしながら注文した物を完食した。

 

 昼ごはんを食べ終えたノゾミ達は、すぐさま午後にやる事を実行し、今度はハヤタのために一緒に本屋へ行き、そこで二人は気に入った本を買うと、余った時間を潰すためにゲームセンターに行く事になった。

 

 ※

 

 ゲームセンターに着いたハヤタ達は、そこで時間を潰すことにした。

 

「ここがゲームセンター? というところですか?」

 

「え、もしかしてゲームセンター初めて?」

 

「は、はい」

 

「んじゃ、この僕がゲームセンターの遊び方というものを紹介するよ! あ、あそこにメダルゲームがあるから、一緒にやろうよ!」

 

「メダルゲーム? とはなんですか?」

 

「その名のとおりメダルを使って遊ぶゲームだね」

 

 ハヤタはそう言って彼女の手をとって、メダル両替機の前まで行くと、お金を入れ、出てきたメダルを自分が使う用と彼女の分に分け、それをノゾミに渡した。

 

 それからは楽しいことだけだった。

 ハヤタはメダルゲームのやり方を教えながら、ノゾミと一緒にゲームを遊んだ。

 

 そんな時間を過ごしていると、あっという間に時計の針は17時を指していた。

 

 二人はメダルゲームの感想を話しながらショッピングモールから外に出ると、外は既にオレンジ色に染まっていた。

 

 ノゾミが先頭でハヤタがバス停に向かっていた時だった。

 

「ねぇハヤタくん」

 

 彼女は突然立ち止まると、真剣な眼差しで話し出す。

 

「私楽しかったです、今までの人生の中で一番」

 

「どうしたの? いきなり」

 

 買った物が入った手提げ袋を持った彼女は、両手を後ろに組むと、振り返るように笑った顔で視線を彼に送る。

 

「話したいことがあって……驚かないで聞いて欲しいんです……実は私にはこの世に残れる時間はもう少ないんです」

 

「え? それってどういう……」

 

 突然の彼女の言葉に理解が出来ないハヤタは言うと、ノゾミは笑みを崩さないで続けて言った。

 

「実は私末期癌なんです、なのでもう生きていられる時間が少ないんです」

 

「嘘……だよね」

 

 彼がそう言った時、ノゾミはすかさず「嘘じゃありません」と言う。

 

「なんで……なんで今そんな事を……よく分からないな」

 

 彼は震えた声で言うと、彼女は希望に満ちた目で、

 

「……貴方が好きだからです。私はこの残り少ない時間の中で出来た貴方という彼氏が好きだからです」

 

 彼女は笑みを崩さず、ただ淡々と言う。

 

 そんなノゾミの真実を受け止められない彼は、咄嗟に聞いた。

 

「余命はあとどれくらいなんですか」

 

「あと四ヶ月ほどです」

 

「……そうなんだ……死ぬの、怖くないの?」

 

「怖いです、でもこの四ヶ月でハヤタくんとの思い出を作れば怖くなさそうです」

 

 その後のことはよく彼は覚えていない。

 ただ、帰りのバスの中では沈黙の空気が続き、気づけばハヤタは自宅の前で立ち尽くしていた。

 

「あれ? ハヤタ、どうしたの? そこで突っ立て」

 

 仕事帰りの彼の母親と出会したハヤタは「何でもない」とだけ言って、家に入っていった。

 

 ※

 

 なんなんだよ……余命四ヶ月て……。

 

「なんなんだよ「余命」て、なんであんなに笑っていられるんだよ……どうして僕にあんな事を言ったんだよ」

 

 無意識的に目から大粒の涙が出てきて、彼は今日あった出来事を自室のベットの上で思い出しながら泣いていた。

 

 その時だった。突然、電話が鳴った。

 

 潤んだ目を拭って確認すると、その相手はリョウからだった。

 

『よう! ハヤタ! どうだったんだ? 初デートは!』

 

「……楽しかったよ、めちゃくちゃ」

 

『? 何泣いてんだ? お前……何かあったのか?』

 

 入り乱れ混雑する自分の中の心情。

 それが声に出てたのか、リョウは心配した声で聞いてくる。

 

 そこでハヤタは今回あった出来事を話した。

 

『そうか……余命が四ヶ月か』

 

「……」

 

『なぁハヤタ、一つ提案なんだけどよ』

 

「提案?」

 

『あぁ、ノゾミちゃんはお前との思い出を作りたがってるんだろ? じゃあ作ろうぜ? 残り少ない時間の中でノゾミちゃんが悔いのないようにさ。

 俺も全力で協力するからさ! だからお前もやろうぜ』

 

「……そうだね、僕やるよ、ノゾミさんとの思い出作りを」

 

 その後リョウとの電話を終えたハヤタは、自身の彼女の事を思い詰めながら一日を過ごした。

 

 ※

 

 次の日の朝、ハヤタはノゾミとどのような思い出を作ればいいのか悩みながら学校に登校する。

 

 ガヤガヤとしたにぎやかな教室に入ったハヤタの視界には、一人で自分の机で文庫本を読んでいるノゾミの姿があった。

 

「……」

 

 昨日の出来事のせいで話しかけづらくなっていると、近くにいたのかリョウがハヤタに駆け寄る。

 

「そんなビクビクする必要ないと思うぜ、ほら行ったれ」

 

 リョウはそう言って、彼の背中に気合を入れるように叩いた。

 

「あぁ、ありがとう」

 

 彼が彼女に歩むにつれ、何故か心臓の鼓動が聞こえ、初めて好きな人に話しかけるような緊張感に襲われる。

 

「おはよう、ノゾミさん」

 

「? あ、おはようございますハヤタくん」

 

 ノゾミはそう言うと、読んでいた文庫本を閉じ、彼に視線を向ける。

 

 言え、言うんだ僕。

 

 ハヤタは不意に固唾を呑むと、固くなっていた口を開いた。

 

「ノゾミさん、昨日はめちゃくちゃ楽しかったよ」

 

 ハヤタがそう言うと、彼女はどこか嬉しそうな顔つきになる。が、それと同時に彼女はどこか申し訳なしさそうな顔にもなった。

 

「ごめんなさい、昨日あんな事言ってしまって……でもアレを言っておかないといけないと思って……不快な思いにさせたのなら、本当にごめんなさい」

 

 ノゾミは頭を下げ、彼に謝る。

 

「謝らないでください、僕にも気づけなかった非があるし。

 それよりノゾミさん。僕あなたに聞きたいことがあるんです」

 

「え?」

 

 ハヤタは胸ポケットからメモ帳を取り出すと、それを彼女の机に置く。

 

「ノゾミさん、今あなたがしたいこと……やりたいことリストを作ってください」

 

「やりたい事リスト……分かりました」

 

 彼女はそう言うと、ペンを筆箱から取り出し、メモ帳に黙々とやりたいことリストをつづっていく。

 

「できました、コレで良いですか?」

 

 彼女は書き上げたメモを彼に渡す。

 

「どうしていきなりこのような事を?」

 

 ノゾミは疑問に満ちた様な顔で聞くと、ハヤタはいつもとは違う真面目な表情で言った。

 

「ノゾミさん、昨日、僕との思い出を作りたい、て言ってたでしょ? じゃあ作らないと」

 

「ハヤタくん……」

 

 彼は彼女が書いたやりたいことリストのメモを受け取ると、それを確認する。

 

 そこには七個の項目が書かれていた。

 

 一、友達を作ること。

 

 二、友達とハヤタくんと一緒に海で遊ぶ。

 

 三、彼氏と一緒に映画を見に行く。

 

 四、友達といっしょにどこかへ遊びに行く。

 

 五、文化祭を楽しむ。

 

 六、ハヤタくんと楽しいデートをする。

 

 七、好きな人とキスする。

 

「……え、えっとー」

 

 やりたいことリストの最後の項目を見た彼は頬を紅くする。

 

「は、ハヤタくん……そんなまじまじと見られると恥ずかしい……」

 

 ノゾミも同様に彼のように頬を紅くしていた。

 

「ご、ごめん! つ、つい……そうだこの最初のやりたいことリストの友達の部分は今日できるかも、ちょっと待ってて」

 

「へ? それってどういう……」

 

 彼女が困惑している中、ハヤタはどこかへ去っていった。

 そしてその数分後、彼が戻ってくると、その隣には見覚えのある男が立っていた。

 

「は、初めまして! 北川きたがわリョウと言います! どうぞお見知りおきを」

 

「ど、どうもよろしくお願いします」

 

 ノゾミはそう言って席から立ち上がると、リョウにお辞儀をする。

 

「そんな礼儀正しくしなくても全然いいよ! それよりさ二人てどこまで行ったの?」

 

 リョウは彼らを少しからかうような顔で言うと、ノゾミは言葉の意味を理解しておらず、一方、ハヤタはその意味を理解すると、顔を赤面させる。

 

「ど、どこまで、てまだデートに行ったことぐらいしか……」

 

「ハヤタくんは何で顔を赤くしてるの?」

 

「いやそれはそのー」

 

 すごく純粋な彼女がそう言うと、ハヤタは言葉を詰まらせる。

 

「あはは、やっぱハヤタをからかうのはおもしれぇや」

 

「リョウお前!」

 

 赤面したままのハヤタが言うと、その二人のやり取りを見ていた彼女は「お二人とも仲がいいんですね」と笑顔で言った。

 

「たりめぇよ! こちとらハヤタとは幼稚園からの付き合いだからな! ノゾミさん簡単に俺はハヤタを手放すわけには行かないからな!」

 

 リョウが今度はノゾミをからかうように言うと、彼女はさっきまでの堅苦しい雰囲気から謎の冷たいオーラを醸し出し、笑顔を崩さずこう言った。

 

「何を言っておられるのですか? ハヤタくんは私の彼氏ですよ? 私こそ簡単に渡しませんよ?」

 

「こ、怖ぇ。でもおもしれぇや」

 

 リョウは冷や汗を垂らしながらも、恐ろしいオーラを出すノゾミに対抗しようとする。

 

 この光景を見たハヤタは、わけも分からない様な気持ちになるが、それと同時に彼は心の中で二人はライバルなんだと認知した。

 

「お、リョウが私以外の女の子と喋ってるー」

 

 リョウの隣から現れたのは、この教室の女子のリーダー的存在でもあり、リョウの彼女でもある端道はしみちヒロミだった。

 

「お、ヒロミ! 紹介するよ、このだらしなさそうな男が俺の親友のハヤタ、そして、このお隣の超可愛い人は樫森ノゾミさん」

 

 リョウがそう言って、彼らをヒロミに紹介すると、彼女は目を細めてハヤタに近づく。

 

「へぇー、アンタがリョウの言う親友ねー……なんかパッとしないね」

 

 ヒロミの『パッとしないね』という言葉を聞いたノゾミは、また絶対零度のような雰囲気を作り出した。

 

「ノゾミさん、落ち着いて! 別に気にしてないから」

 

「——ッ! すいません」

 

 彼女のオーラに先に気づいたハヤタは、小さな声でノゾミの作り出す雰囲気を防いだ。

 

「ところで質問なんだけど……樫森さん? だっけ、アタシあんたのことあまり好きじゃないんだよねー」

 

「——ッ……どうしてですか?」

 

 ノゾミは少し驚いた様子で言うと、ヒロミはこちらを小馬鹿にするような目つきで言った。

 

「だってー、なんか樫森さんてバカ真面目さんじゃん? アタシ、そういうタイプの人苦手だからさー、そもそもアタシ勿体ないと思うんだよねー。だってこんなに可愛い見た目なのにバカ真面目さんとかマジ終わってるー」

 

 ヒロミの止まらないノゾミに対する小馬鹿。そんなノゾミは顔を暗くしてじっと立ち尽くしたままだった。

 

 そんな二人の光景に、怒りを隠しきれないハヤタが何かを言おうとした時。

 

「おいヒロミ、それ以上俺の親友の彼女を馬鹿にしたら俺が許さねぇぞ」

 

 リョウは鋭い目つきでヒロミを叱るように言うと、彼女はしょぼくれ顔になる。

 

「ご、ごめん少し言い過ぎたかも……」

 

「言い過ぎだ、ノゾミさんにもハヤタにも謝れ」

 

「二人とも……ごめんなさい」

 

「俺からもすまん。ヒロミを許してやってくれ、コイツ根は良い奴なんだ」

 

 リョウはそう言うと、自身の彼女の頭を掴み一緒にノゾミ達に頭を下げた。

 

「……リョウがそこまで言うなら……」

 

 ハヤタは言うと、心配した目でのノゾミの方へ視線を送る。

 そこにいたノゾミは、顔を暗くしたままリョウ達に歩み寄る。

 

「顔を上げてください、安心してください別に気にしてませんから。

 私も自分が真面目すぎると思ってるので……あのその代わりと言ってはなんですが、一つだけお願いがあるんです」

 

「お願い?」

 

 ヒロミが不思議そうに言うと、ノゾミは絶えない笑顔で、そのお願いごとを緊張しながらも口に出した。

 

「お、お友達になってくれませんか?」

 

「「「お友達?」」」

 

 予想外の発言にその場にいたハヤタ達は、思わず口を揃えた。

 そんな中ノゾミは緊張していたため、顔を赤面させ、頭から湯気をだしていた。

 

「は? ま、まぁ? 樫森さんがそこまで言うなら……友達になってあげても良いけど」

 

 彼女は少し恥ずかしそうな表情になると、さっきまで小馬鹿にしていた目つきをやめ、頬を赤く染めた様子でノゾミに手を差し伸べる。

 

「早く行きましょ? 友達が欲しいんでしょ?」

 

「は、はい!」

 

 彼女が今まで一番欲しかったであろう女友達。それが出来ると分かったノゾミは、希望に満ちた目でヒロミの手を取る。

 

「なんだかんだアイツら仲良くなるかもな」

 

「……うん、そうだね」

 

 二人のこれからを見通した様な目をするリョウは言うと、ハヤタも彼の言葉に共感する。

 

 ※

 

 日が登り時刻が昼頃になった時、ハヤタのいる高校ではもう昼休みの時間だった。

 

「ハヤタくん、一緒にお弁当を食べませんか?」

 

 ハヤタがボーっとしていると、近くの席に居たノゾミが手を合わせて、こちらを見ていた。

 

「え、良いの?」

 

 彼がそう言うと、彼女はムスッとした顔になった。

 

「何言ってるんですか? 私達は付き合ってるわけですし、それくらいしても良いではないのでしょうか?」

 

「そ、そうだよね! 何言ってるんだ僕はアハハ」

 

 何かを隠すような仕草を見せながら、自分の弁当箱を取り出すハヤタ。

 しかし、彼女はそんなハヤタの心情を見抜く様な目つきで、

 

「何か悩み事があるんですか?」

 

 と言うと、ハヤタの手を握り、そのまま彼と一緒にノゾミは、出入りが自由な屋上に行く事になった。

 

 ※

 

 彼女に屋上に連れて来られたハヤタは、置かれていたベンチに座り、ただ自分の思っていることを黙りながら、ふりかけがかかったご飯を食べていた。

 

「……」

 

「どうして黙っているんですか? 黙っていては私は何も分かりませんよ」

 

 彼を心配した様子で言うと、ハヤタは箸を弁当に置く。

 

「どうしてヒロミさん達とお昼一緒じゃないの? 誘われてたんでしょ?」

 

 どこか彼は拗ねた様子で言うと、ノゾミはそのハヤタの子供っぽい様子を見て微笑む。

 

「何言ってるんですか? 確かに誘われてはいましたけど、私はハヤタくんの彼女です。私はハヤタくんの事が好きだから一緒に食べることにしたんですよ? それ以外に理由はありませんよ」

 

 ノゾミは落ち着いた様子で言葉を進める。

 

「そ、そう」

 

 ハヤタは頬を赤くし、どこかに顔を向けて彼女に顔を見られないようにする。

 そんな彼を見た彼女は、口をハヤタの耳に近ずけると、頬を桃のように紅くする。


「まさかですけど、私がヒロミさん達に取られるのが嫌なんですか?」

 

「——うっわぁぁ」

 

 彼女のとろけるような甘い声に驚いた彼は、耳に手を当て、ノゾミとの距離を取った。

 

「図星ですか?」

 

 彼女はこちらをからかうような目で見てくると、彼はそんな彼女に「う、うるさい」と小声で言った。

 

「私はそんなハヤタくんも好きですよ」

 

「う、うるさいて言ってるだろ!」

 

 ※

 

 一日の授業が終わり、窓から夕日が映る教室でハヤタは、暇そうなリョウを呼び出していた。

 

「なんだよ話て」

 

「リョウ、君にお願いがあるんだ。いや君にしか出来ないことなんだ」

 

 真剣な眼差しで言うハヤタに、冷や汗をかくリョウ。

 

「ど、どうしたんだよ? そんなに改まって」

 

「……ちょっと僕と付き合ってくれないか?」

 

 自分が想定していた言葉とかけ離れた言葉に、驚きを隠しきれないリョウは思わず「は?」と口を漏らす。

 

 ※

 

「いきなり何言い出すかと思ったら……夏休みに海に行こう、て……最初からそう言えよ」

 

 リョウとハヤタはショッピングモールで、ノゾミとヒロミと待ち合わせをしていた。

 

「おまたー! リョウ!」

 

 遠くの方からこっちに手を振って近ずいて来るのは、おしゃれな格好をしたヒロミだった。

 

「おっすー! ヒロミ!」

 

 リョウは相変わずの明るさで、彼女と挨拶を交わした。

 そんな二人の仲の良さを遠くから見ていると、どこからか聞きたくてたまらない声が聞こえてきた。

 

「皆さんお待たせしました」

 

 その声の方へ視線を向けると、そこに居たのは周りとは一線を画すほどのおしゃれな格好をしたノゾミが居た。

 そんなノゾミは自分が遅れてきたと思っていたのか、申し訳なさそうな顔で、

 

「皆さん申し訳ありません、遅れてしまって」

 

「そんな気にしないでいいよ! 皆来たところだから」

 

「そうですか、なら良かったです!」

 

 彼の言葉に安心を得たのか、ノゾミは天使の様な笑顔をする。

 

「「「か、かわいい」」」

 

 あまりの可愛さにそこに居た者たちは、そう口を揃えた。

 すると、その言葉を聞いた彼女は、顔を赤面させた様子になる。

 

「ご、ごめん! あまりにも可愛かったから!」

 

「……う、うるさいです」

 

 ハヤタとノゾミの可愛らしい絡みを見ていたリョウとヒロミは、ほのぼのとした顔になっていた。

 

「いいなこういうの」

 

「そうだね」

 

「もうリョウさん達もからかわないでください!」

 

「アハハ! ごめんごめん! ところでショッピングモールで何するんだ?」

 

 リョウの問いかけにハヤタは、

 

「夏休みがもうすぐだから、みんなで夏休みに海に行こうかなて思ってるからさ、必要な物を揃えようかな、て」

 

「え! マジそれ良いじゃん! ハヤタにしてはナイスな提案じゃん!」

 

 ヒロミは嬉しそうな様子。リョウは納得した様子。一方、ノゾミは驚いたような顔をしていた。

 

「ハヤタくん、わ、私……その水着という物を持ってないんですけど」

 

 ハヤタの耳に小声で呟くノゾミ。そんな彼女の様子を察したのか、ヒロミは彼女の肩を掴み、親指を立てる。

 

「ノゾミっち! 水着のことならアタシに任せて!」

 

「本当ですか! お願いします!」

 

「じゃあノゾミさんとヒロミは水着を買いに行ってこいよ! 俺達は他に必要なものを買いに行くからさ」

 

 リョウがそう言うと、ノゾミとヒロミは二人仲良く手を繋いだ。

 

「OK! んじゃ行くよ! ノゾミっち!」

 

「は、はい!」

 

 ノゾミとヒロミはそう言って、二人は水着を買いに出かけに行った。

 

「んじゃ、俺達も行くとするか!」

 

「そうだね」

 

 ※

 

 リョウ達と分かれ、水着が売っているところに来たヒロミとノゾミ。

 そんなノゾミは初めて行く事になった水着売り場に、目をキラキラとさせていた。

 

「これが水着というものですか! とても可愛らしい物ばかりですね!」

 

 生まれて初めて見る水着に興味を隠しきれないノゾミ。そんな彼女を見たヒロミは逆に、一度も水着を見た事がないノゾミに驚いていた。

 

「え、もしかして水着とか見るの初めて?」

 

「は、はい。私昔から病弱なものでこういうものを見るのは初めてなんです」

 

「そうなんだ……あ! これノゾミっち似合うんじゃない?」

 

 ヒロミはそう言って、掛けられていた縞模様の水着を持ってくると、それをノゾミに見せた。

 

「ちょっと、とりまコレを試着室で着てみて! 似合うと思うから!」

 

 ヒロミは持っていた水着を彼女に渡すと、そのままノゾミを試着室に案内した。

 

「こ、これで良いでしょうか?」

 

 試着室のカーテンを少しだけ捲り、ヒロミに確認をもらうノゾミは頬を赤く染めていた。

 

「良いじゃん! 良いじゃん!」

 

 天使のように可愛らしいノゾミの水着姿を見た彼女は、少しだけ捲っていたカーテンを全開に開ける。

 が、一瞬にして開かれたカーテンを瞬時に閉じるノゾミ。

 

「ヒ、ヒロミさん! や、やめてください! 恥ずかしいです!」

 

「ごめごめ! んじゃ次はコレ着てくれる?」

 

「わ、分かりました……」

 

 ノゾミは手渡された次の水着を受け取ると、それに着替えるためもう一度試着室のカーテンを閉めた。

 

 ※

 

 一方、ヒロミとノゾミとは別行動をしていたハヤタとリョウは、海に必要な物を買い出しに行っていた。

 

「なぁハヤタ、お前はもう受け入れたのか? ノゾミさんのこと」

 

 日焼け止め用の物を選んでいたリョウはそう言うと、ハヤタは顔を暗くして言った。

 

「まだ受け止めきれてないよ、でもリョウが言った通り、ノゾミさんにとって悔いがないようにしたいんだ」

 

「そうかよ」

 

 ハヤタの心の意志を聞いた彼はフッと笑った。

 

 ※

 

 次の日の学校で、ハヤタはギラギラと煌めく太陽を見ながら、眠そうな顔で先生の話を聞いていた。

 

「というわけで夏休み中はくれぐれも安全に暮らしてください」

 

 担任の教師のその言葉が告げると同時に始まろうとする夏休み。

 

 そして、一日の学校の日程が終わり、夕焼けが窓から見える教室で。

 

「ハヤタくん、一緒に帰りませんか?」

 

 そう言う彼女の頬は少し赤くなっており、照れ隠しをしているように見えた。

 

「もちろん! 僕も言おうと思ってたところだし!」

 

 ※

 

 自転車を手で押しながら、ノゾミの歩くペースに合わせるハヤタ。

 学校を出ても未だに紅く光る夕陽を見て、彼は心の底から心の落ち着きがあるなと感じた。

 

「ハヤタくん、あの色々として頂きありがとうございます」

 

 彼女は天使の様な微笑ましい顔で言うと、ハヤタはあまりのノゾミの笑顔の可愛さに、つい頬を赤くしてしまう。

 

「? どうして顔を赤くしてるのですか?」

 

「ち、違う! これは夕陽のせいで顔が赤く見えるだけだよ!」

 

「そ、そうですか……」

 

 危なー! あやうく照れてることがバレるとこだったー!

 

「一週間後、楽しみですね!」

 

 照れてることを必死に隠している彼を他所に、ノゾミは夏休みに行く予定の海のことについて話題に出す。

 

「そ、そうだね! 僕も楽しみだよ! ノゾミさんの水着姿!」

 

「——ッ……ハヤタくんのバカ」

 

 頬を赤くした彼女はそう呟くと、ポコポコとハヤタの脇腹を軽く叩く、その反応に彼は「イテテ」と軽く言った。

 

「……私も楽しみですよハヤタくん」

 

「う、うん」

 

 ※

 

 そして、ハヤタにとって何も無かったはずの夏休みが一週間過ぎた日。

 

 潮風がなびく海のビーチ。

 

「海だー!」

 

 青く輝く水晶のような海に、目をキラキラとさせ言ったヒロミは、早速持ってきた水着に着替えるべくノゾミの手を引いて、女子更衣室に向かって行った。

 

「俺達も行くか」

 

「うん」

 

 ※

 

 海の家の前で待ち合わせをしていたハヤタ達。

 そこでハヤタとリョウが彼女達を待っていた時、彼らの目の前に現れたのは紛れもない天使だった。

 

「おまたー! 二人とも!」

 

 ヒロミは赤いフリルハイウエストビキニを着用し、いつもの可愛さをより倍増させていた。

 一方、その彼女の後ろに隠れていたノゾミの姿はまるで女神のように美しく、水着にスカートを着けており、周りの男の目線を集めていた。

 

「か、可愛い……いや美しい」

 

「でしょでしょ!? ノゾミっちこんなに可愛いのに、恥ずかしがり屋だからさ! 本当にもったいない!」

 

「もうーヒロミさん!」

 

「ごめんごめん!」

 

 頬を赤くした彼女にそう謝るヒロミ。

 そんな会話をしているノゾミを見ていたハヤタは、どことなく微笑ましく感じる。

 

「よし、浮き輪借りてきたから、泳ぎに行こうぜ!」

 

「良いね! リョウ行こ!」

 

 ヒロミはそう言うと、リョウの手を取り、浅い海の方へ向かって行った。

 

「ノゾミさん、僕達も行こうよ!」

 

「そうですね!」

 

 ※

 

「うおりゃ! くらえくらえ!」

 

「やりましたね!」

 

 海の浅瀬で水をお互いにかけ合うヒロミとノゾミ。そんな二人を遠目でビーチタープの中から和やかな目で見守るハヤタ達。

 

「良いよなー、ああいうの」

 

「うん、なんかすごく心が落ち着く」

 

「ちょっと男ども! アンタらなにそのニヤニヤとした顔してんの? リョウ達も海で遊ぶよ!」

 

 ハヤタ達の存在に気づいたヒロミ、ノゾミは心配した様子で前かがみになって「大丈夫ですか?」とハヤタに問いかける。

 

「い、いやみんな楽しそうでなによりだなーて思っててさ!」

 

「ハヤタの言う通り皆が楽しそうでなによりだ!」

 

 リョウはそう言って立ち上がると、近くにいたノゾミはハヤタに手を差し伸べる。

 

「せっかく海に来たのですから泳ぎましょう?」

 

「うん、ありがとう」

 

 ハヤタは今を楽しむために彼女の手を取り立ち上がった。そして、リョウとヒロミは勢いよく海に入って行った。

 

「んじゃ僕達も——ッ!?」

 

 ハヤタがそう言って、ノゾミと一緒に海に入ろうとした時、ふと彼女の方へ視線を送るとそこには、顔色を悪くして頭を手で押えているノゾミが居た。

 

「まさか……大丈夫?! ノゾミさん!」

 

 ハヤタの脳裏に悪い予感が過り、それに青ざめた彼はすかさず彼女の元へ駆け寄る。

 

「大丈夫……ですよ。そんなに心配しなくて大丈夫……です」

 

「……身体に負担かけたらいけないから横になってて」

 

「でも皆と遊ばなくちゃ……」

 

 彼女は周りに迷惑をかけまいと無理して歩みを進めようとする。が、彼女の体に異変を感じているハヤタは、進もうとする彼女の肩を掴み、横抱きする。

 

「ちょ、ちょっとハヤタくん……恥ずかしいです」

 

「そんなこと言ってる場合じゃない、ノゾミさんの体が危ないと知れたら僕は怖いんだ」

 

「……」

 

 ハヤタは何とか彼女の体をピーチタープの中に入れ、ノゾミの体を横にさせる。

 

「ちょっと水とか色々と買ってくるから待ってて」

 

「ありがとうございます」

 

 彼女のその一言だけを聞けたハヤタは、急いで水などを買いに行っていった。

 そんな最中、いつまで経っても海に入ってこないノゾミ達を心配してきたのはヒロミとリョウだった。

 

「どうしたの? ノゾミっち顔色悪いけど……」

 

「少し貧血になってしまって……大丈夫ですよ、少しだけ横になれば大丈夫ですから」

 

「……あれ? ハヤタは?」

 

「ハヤタくんなら私の為に水などを買いに行きました」

 

「それなら良いんだけど……そうだ、ハヤタが来るまでお話しない? ノゾミっちだけを残して海で遊ぶてのも気が引けるしさ!」

 

「それありだな!」

 

 彼女の提案に賛成するリョウ。そんな光景を見ていたノゾミの目が少し潤んだ。

 

「ありがとうございます」

 

 ※

 

「お待たせ、水とか野菜ジュースとか買ってきたよ」

 

 急いでノゾミの居るビーチタープに戻ってきたハヤタはそう言って、彼女に野菜ジュースなど買っきた品々を手渡した。

 

「お金を払いますね、少し待ってください」

 

「い、いやいいよ全然! そんなの別に頼まれてやった事じゃないし、自分が勝手にやった事だからさ」

 

「そうですか……」

 

「それより、あの二人は?」

 

 ハヤタがそう言うと、ノゾミは笑った顔でこう言った。

 

「ヒロミさん達はハヤタくんが来たと分かったら直ぐに海に遊びに行きましたよ」

 

「まったくあの二人は……大丈夫? 何かされなかった?」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、あの二人はハヤタくんが来るまで私と一緒にお話をしてくれましたから」

 

「そうなんだ、それなら良かった」

 

 ハヤタが安心した様子になると、ノゾミはふと彼が買ってきた物の中身を見る。

 そこには貧血になった時によい食べ物や飲み物が入っていた。

 

「……ありがとうございます」

 

 彼女は彼の心の優しさを感じたのか、そう小さく呟いた。

 

「え? 今何か言った?」

 

「いえ何も」

 

 その後、ハヤタとノゾミは軽い世間話をしながら、夕日が水平線に沈むまで談笑をした。

 

「それじゃあ帰るとするか!」

 

 黒く日焼けしたリョウはそう言うと、ハヤタは借りてきたビーチタープを片付け、ヒロミはノゾミに手を貸す。

 

 そして、一通りの片付けを終えた一行は、それぞれ更衣室でシャワーを浴び、着ていた服に着替えた。

 

 服に着替え終えたハヤタが外に出ると、海が波打つ浜辺で、髪を綺麗に後ろに結んでいるノゾミが一人で立っていた。

 

「どうでしたか? 今日は」

 

 ハヤタは彼女のあまりの可愛さに少し緊張しながらも、ノゾミの隣に立ち言った。

 

「もちろん楽しかったですよ、今日は色々とありがとうございます。

 私初めてだったんです、こうやって友達や彼氏と海で遊ぶの」

 

「そうなんだ、それなら良かったよ。楽しめたようで」

 

「はい……私はハヤタくんから貰ってばかりですね、今日の海で遊ぶ計画をしていたのはハヤタくんなんですよね?」

 

「う、うん」

 

「ありがとうございます、私は幸せ者ですね。こうやって沢山のものハヤタくんから貰えて……私もどう返せば困ってきました」

 

「……ノゾミさん、僕はまだあげますよ。まだあげ足りないくらいですから」

 

 彼は頬を赤く染めながらも、真剣な目線で言うと、ノゾミは微笑んだ。

 

「はい、楽しみにしてます」

 

「——ッ」

 

 彼女の微笑みを見たハヤタは、もっと頬を赤くする。

 

「ヒューヒュー! 良いね! 青春してるねー!」

 

 突然リョウの声がし、声の方へ視線を送ると、そこには目をキラキラと光らせているリョウとヒロミがいた。

 

「おい! リョウ!」

 

「ごめんごめん!」

 

 こうして楽しい一日は終わり、ハヤタ達一行は帰路についた。

 

 ※

 

 次の日の昼頃だった。

 

 両親が仕事でハヤタ以外誰もいない自宅で、彼はボーッとソファーでスマホを見ていた。

 

「暇だ……する事がない……」

 

 ハヤタはそう呟くと、無意識にゲームの電源をつけた。

 テレビに映し出されるゲーム画面を黙々と操作するハヤタは、何のゲームをしようか選んでいると突然家のインターホンが鳴った。

 

 宅配かな?

 

「はーい」

 

 ゆったりとした気持ちで家の扉を開けると、外からの光が暗い家に差し込み、彼はそこに立っていた者に驚いた。

 

「ノ、ノゾミさん!?」

 

「あと! 俺もいるぜ!」

 

 どこか緊張している彼女の隣には、大体の事情を知っているであろうリョウも居た。

 

「ま、まぁ外は暑いだろうから中に入ってよ」

 

「あ、はい、お邪魔します」

 

「んじゃ俺も失礼しまーす」

 

 リョウがそう言って彼の家に入ろうとした時、ハヤタは目を鋭くさせ、玄関の扉を閉めようとする。

 

「ちょちょ! 分かった分かったから事情を話すから!」

 

 彼は何故ノゾミと一緒にハヤタの家に来たのか話した。

 リョウがハヤタの家に来た事情、それは夏休み中にノゾミがリョウに、ハヤタの家に行ってみたい、と相談していたそうだ。

 

「ふーん、そういうことね」

 

「す、すいません、突然家に来ちゃったりして……」

 

 リョウと話していると、ノゾミは申し訳なさそうにそう言った。

 

「いやノゾミさんは気にしなくていいよ、ほら入れよリョウ」

 

「お、お邪魔しまーす」

 

 ※

 

「ここがハヤタくんの家ですか!」

 

 ハヤタの家に来たノゾミは、何故か少し興味深々な面持ちになっていた。

 そんな彼女を可愛らしいなと思っていると、ふと、リビングのソファーを見る。すると、ソファーには散乱したゲームのケースやコントローラー、挙句の果てにその中には脱ぎ捨ててしまっている服などがあった。

 

 まずい! 見られたか?!

 

 ハヤタは即座にノゾミの方へ視線を向けると、彼女は別の方向に視線を送っていた。

 その隙を測った彼は、気付かれないように散らかったゲームを片付け、残った服を洗濯カゴに出しに行こうとする。

 

「ハヤタくん? 何をしてるのですか?」

 

「あ……」

 

 終わった……。

 

 彼の頭の中が真っ白になっていると、持っていた服の中から見覚えのないハヤタのパンツが落ちる。

 

 終わった……。

 

「ハヤタくん……これは……」

 

 そのパンツを見たノゾミは頬を紅くした様子で言うと、リョウはやれやれとした顔になっていた。

 

「お前、まさかここで脱いだのか?」

 

 リョウは彼をからかうように言うと、ハヤタは顔を真っ赤にしながら「違うわい!」とすぐさま否定した。

 

「た、た、多分お父さんがリビングでアイロンしてる時に置き忘れてたんだよ」

 

「ふーん、なるほどねー」

 

「け、決して! ここでそのー……すっぽんぽんになってる訳じゃないから!!」

 

「安心してください、私は別にそうは思ってませんから。ただその私は男もののパンツを見るのが初めてだったもので」

 

 彼女は頬を赤くしたまま言うと、それに安心したハヤタは、心のざわつきがありながらも落ちたパンツを拾い、洗濯カゴまで持っていった。

 

「ここで何もしないってのもアレだからさ、ゲームでもやろうよ」

 

「お! ハヤタにしてはナイスな提案だ!」

 

「『しては』は余計だ、ほれなんのゲームする?」

 

 ハヤタはそう言うと、ゲームの本体の準備を始める。

 一方ノゾミはハヤタの行動に不思議に思ったのか、ゲーム機の電源を入れようとする彼に質問した。

 

「あの、ゲームて前にやったコインゲームでしょうか? お金は大丈夫なのですか?」

 

「あぁー、そういえばノゾミさんゲームのことあんまり知らないんだったね、これは「家庭用ゲーム機」て言って、家で遊べるゲームなんだよ。だからお金とかは要らないかな」

 

「そうなんですね」

 

「さて、んじゃこの「ゴーカートスペシャル8《エイト》」やろうよ」

 

「OK! 俺のゴーカートテクニックなめんなよ?」

 

 ハヤタは黙々とゲームカセットをゲーム機にセットし、コントローラーをリョウとノゾミに渡し、三人でゲームを始めた。

 

 ※

 

「す、凄い……またノゾミさんが一位だ……」

 

「どうして……ずっと無敗だったこの僕が連敗するなんて……」

 

 あまりの彼女のゲームの強さに完敗するハヤタ。

 

「成績優秀でスポーツ万能……おまけにゲームまで強いとか俺達に勝ち目ないな! ハヤタ!」

 

「う、うるさい! もう一度!」

 

「良いでしょう相手になってあげます」

 

 このあとハヤタは何度も何度も彼女に勝負を挑んだが、一度も勝利をつかむことは無かった。

 

「おみそれしましたノゾミさん、僕の完敗です」

 

「そ、そんなにかしこまらないでくださいよ」

 

 自分がゲームが得意というメンツを潰されたハヤタは言うと、ノゾミはその彼の姿に焦りを見せた様子になる。

 

 そんな二人のやりとりを遠目で見ていたリョウは、うっとりとした目で言った。

 

「お前ら本当に仲がいいな」

 

「「……」」

 

 

 リョウの言葉を聞いたハヤタ達は頬を赤く染めて、黙ってしまった。

 

「そ、そんなことよりゲームも結構やったから他に何する?」

 

「お、じゃあトランプとかやろうぜ、ババ抜きしようぜ! ババ抜き!」

 

「分かった、ちょっとトランプ取ってくる」

 

 リョウ良くやった! 僕が得意なものは何も家庭用ゲーム機でやるゲームだけじゃない! この僕は町内会のババ抜き大会で優勝した男だ! ババ抜きなら勝てる! いや勝ってみせる!

 

 ※

 

「取ってきたよ! トランプ」

 

 ハヤタはそう言って、ノゾミとリョウの居るリビングに置かれたテーブルに、トランプを置く。

 

「ババ抜きのルールは私は分かります」

 

「分かった、んじゃ順番に配っていくよ」

 

 順番に配られるトランプカード。そのカードをじっくりと見るノゾミ。一方でリョウは配られたカードを余裕そうな目つきで見つめる。

 そして、ハヤタは自分の手に来た手札を見て、絶望していた。

 

 どうしよう……一個も同じカードがない……こうなったら運で勝つしかない。

 

「んじゃ、始めるか」

 

 リョウの掛け声と同時に始まったババ抜き。

 一番手はハヤタだった。ハヤタは左隣に居るリョウに体を向け、彼に手札を引いてもらう。

 

「ありがとな! ハヤタ!」

 

「何!?」

 

 リョウはそう言うと、ハヤタから貰ったカードと同じカードを中央に捨てる。

 

 そして、順番が回り、ハヤタがノゾミの手札を引く時になった時だった。

 

「んじゃあ、これは妙に怪しいから、こっちにしようかな」

 

 彼がそう言って、妙に突き出たカードを選ばず端のカードを選ぼうとした時、ノゾミの顔が少し残念がっていた。

 

 あれ? なんだコレ。

 

 彼女の顔に不思議に思ったハヤタは、変に突き出たカードに触れる。

 

 その瞬間、残念がっていたノゾミの顔が、突如として天使のように明るくなった。

 

 か、可愛い……いいや惑わされるな! 多分ノゾミさんは顔に出るタイプの人だ、ここは大人気ないが僕は勝負に勝ちたいんだ!

 

 ハヤタが思い切って端のカードに触れた時、明るくなっていた彼女の顔がまた残念がっていた。

 

 しかし、それと同時に彼は気づいてしまった、その残念がる彼女の顔も天使のように可愛いと。

 

「クッソー! 僕の馬鹿野郎!」

 

 ハヤタは彼女のその残念がる顔に負け、妙に突き出たカードを引いてしまう。

 

 ふ、君の勝ちだよノゾミさん。

 

 彼の手札に来たのは紛れもないババだった。

 

 こうして、順番は徐々に進んでいき、最初に一抜けしたのはノゾミだった。

 

 クッソー! こうなったらせめて二位にならなくては!

 

 ここからハヤタの本気が露わになるはずだった。

 

 しかし、ことは上手くいかず、結局最終的に残ってしまったのはハヤタだった。

 

「もうヤダ、ゲームなんて……」

 

 完全に心が折られた彼は、完全に憔悴しょうすいし切った顔になっていた。

 

「まぁ元気だせって! こういう日もあるから!」

 

「そうですよ! だからそんなに気を落とさないでください!」

 

「ソウダネ、僕ガンバル」

 

 彼がそう言って、壁に掛けられた時計を見ると、時計の針はとっくに17時を指していた。

 

「私そろそろ帰りますね」

 

「んじゃあ、ここで解散するといたしますか!」

 

「そうだね……ノゾミさん送って行くよ」

 

 椅子から立ち上がったハヤタはそう言って、リョウとノゾミと一緒に外に出た。

 すると、家から出たハヤタが目にしたのは、空がオレンジ色に光っている光景だった。

 

「んじゃ俺あっちだから、ちゃんと安全にノゾミさん送っていけよ? ハヤタ」

 

「分かってるよそれくらい……」

 

「じゃあな!」

 

 ノゾミとは別方向に家に帰って行くリョウに、手を振るハヤタとノゾミ。

 

「んじゃ送って行くよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ※

 

 自分の彼女を自宅まで安全に送って行くハヤタ。

 ノゾミは少しまだ二人で居ることに緊張している様子だった。

 

「あ、あのハヤタくん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

 

 彼女は無邪気な笑顔を見せ言うと、その顔を見たハヤタも恥ずかしそうな顔で、

 

「ありがとう、楽しんでもらえて何よりだよ」

 

「また遊びに行ってもいいですか?」

 

「いいよ! 歓迎するよ!」

 

 そんな話をしていると、突然目の前に宮殿のような家が現れる。そして、その家が彼らの目の前まで来ると、彼女の足が止まった。

 

「もう着きましたのでここからは大丈夫です」

 

「え? 『着いた』て……もしかしてこの宮殿みたいな家に住んでるの?」

 

 あまりのその家の豪邸さに唖然とするハヤタ。

 

「あら? ノゾミじゃない」

 

 突然聞こえてきた女の人の声。その声の方へ視線を向けると、どことなくノゾミに似た女の人が立っていた。

 

「お母さん」

 

「あら、おかえりなさいノゾミ、そのお隣の方は?」

 

「え、えっと……」

 

 ノゾミはハヤタの紹介に、何処か戸惑いを見せていた。でも実際どう言って紹介すればいいのだろうか「彼氏」と言うべきか「友達」と言うべきか。

 

「あ、あの! 僕はノゾミさんの彼氏をやらせてもらってます! 須崎すざきハヤタと言います!」

 

 彼の発言にノゾミとその母親は驚いた表情をしていた。そして、それと同時に少しの間ができた。

 その間、ハヤタは頬を真っ赤に染めて、恥ずかしさを必死に抑えていた。

 

「ノゾミ、それはホントなの?」

 

 何故かノゾミの母親は鋭い目つきで彼女を見つめる。そして、数秒間の沈黙が生まれると、

 

「あらそれはおめでたいわね〜! 須崎ハヤタくんでしたっけ? うちの娘がお世話になります〜」

 

 彼女の母親の反応は意外なものだった。ノゾミの母親は満面の笑みを漏らしながら、ハヤタに歩み寄ると、彼の両手を掴む。

 

「私はノゾミの母親の樫森シズエと申します! どうぞお見知りおきを!」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 シズエは自身の自己紹介を終えると、ご満悦な様子で、


「ハヤタくん! 一緒にお茶しない? お話しましょう!」

 

「え? え?」

 

 どう言えば分からない状況で、ノゾミは恥ずかしさを抑えきれてない様子で、

 

「もうお母さん! 恥ずかしいから! やめて!」

 

 と言って、シズエを無理やりにでも家に入れようとする。

 

「え〜、私もうちょっとハヤタくんとお話がしたーい」

 

 それに抗うようにシズエは根気強く粘る。が、ノゾミによって彼女の母親は家の中に入れられる。

 

「んじゃ、僕は帰るよ」

 

「……さようなら」

 

「うん、バイバイ!」

 

 彼がそう言って帰ろうとした時だった。

 

「あ、あの!」

 

 突然後ろからノゾミの声が聞こえ、ハヤタはその声の方向へ振り向く。すると、そこにいた彼女は、どこか言いづらさそうな顔で、

 

「あ、あの! 私最近携帯電話を買ったので……メール交換しませんか?」

 

 彼女の手に握られたスマートフォンを見た彼は、目をキラキラとさせてノゾミに歩みよる。

 

「もしかして! スマホ買ったの?! 良いよ良いよ! 交換しようよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 ※

 

 ノゾミとのメール交換を終えた次の日の事だった。

 いつも公式メールか、親友のリョウのメールしか来なかったハヤタの携帯に追加されたノゾミの連絡先。

 

 ハヤタはそんな彼女の連絡先が入った携帯電話を見て、ニンマリとした表情になる。

 

「いやーいつかは貰えると思ったけど……いざ貰うとなると思う所もあるなー! いやー! 最高だよ! ——ッ!?」

 

 彼が一人でソファーで寝っ転がっていると、突然、携帯のバイブレーションが鳴り、スマートフォンの画面を見ると、そこには一件の通知が来ていた。

 

「ノゾミさんからだ……ノゾミさんから!?」

 

 交換して一日目に来た彼女のメールに驚きを隠せないハヤタ。

 それと同時に彼は葛藤を始める。

 

 さて、どうしようか……いきなりメールを見て既読にするのは少々気が引ける……でも時間を置きすぎて既読をそのまま付けないてのも気が引ける、僕の選択は二択だ! 今すぐ既読をつけ返信するか、それとも時間を置いて既読をつけるか……。

 

 彼がどちらかの選択肢に悩みに悩んだ結果、ハヤタはスマートフォンの画面に出た通知ボタンを押すと、メールアプリに画面が移行した。

 

 そして、そこに書かれていた彼女が書いた文面がこうだ。

 

『おはようございます、初めてメールを送ります。

 一つお願いがあります。明後日に私が見たい映画があるので一緒に観に行きませんか? やりたいことリストの一つなので』

 

 マ、ジ、か、よ、最、高、じゃん! ……落ち着け落ち着くんだ須崎ハヤタ! 何と返せば……。

 

 ハヤタは彼女のメールに、どう返せば良いのか脳内シュミレーションする事となった。

 

 ※

 

 一方、彼にメールを送ったノゾミは、自室で緊張感に襲われていた。

 

 どうしよう既読付いちゃった……たしか「既読」て相手が見た時に付けられる物だよね……ということは今ハヤタくんは私のメールを見ている?! なんか恥ずかしい!

 

 ノゾミは頬を赤く染めながら、自室に置かれたベットの枕に顔をうずめ、足をバタバタとさせる。

 

 そして、再び彼女はスマートフォンの画面を見ると、その画面にはメールアプリから一件の通知が来ていた。

 

 来た! ん〜! どうしよう! 早く既読をつけたほうが良いかな〜? それとも時間を置いて付けた方が……駄目駄目、時間を置いて既読を付けるのはなんか気が引ける。

 

 彼女は長きに続いた葛藤を終えると、スマートフォンに出た通知ボタンを押す。

 そして、画面に映し出されたメール画面には、ハヤタのメッセージが来ていた。

 

『行く! 何時に行くとか決まってるの?』

 

「やった……」

 

 彼女はあまりの嬉しさから、頬を赤く染めたまま小さく呟いた。

 

 ※

 

「き、来た!」

 

 ノゾミの返信が来るまで部屋の中をウロウロしていたハヤタは、スマホに来た通知に気づくと、すぐさまメール画面を見る。

 

『ありがとうございます、ではお昼の1時に行きませんか? もしダメでしたらお好きな時間を言って頂けると有難いです』

 

『いや1時で大大丈夫だよ! じゃあ集合場所はあの学校近くの公園にしよ!』

 

『分かりました。楽しみにしてます!』

 

「ふぅ、疲れたー」

 

 彼女とのメッセージのやり取りを終えたハヤタは、何故か謎の疲労感に襲われていた。しかし、それと同時に彼はワクワクしていた、ノゾミとの二度目のデートに。

 

 ※

 

 そして、あっという間に日は経ち、とうとうデートの当日となる。

 

 ハヤタは二度目のデートなのか、落ち着いた様子でデートの準備をしていた。というのは嘘である、彼は内心ビクビクしながらデートの準備をしていた。

 

 マジで緊張する……一度目ほどでは無いけど、それなりには緊張するなー。

 

 彼はそう心の中で思いながら、ビクビク震える足をバシッと叩き家を出る。

 

 ※

 

 外に出ると視界入ってくる太陽の眩しい光。

 ハヤタはスタスタと足を進めながら、待ち合わせ場所の公園に向かっていた。

 

 しばらくして見えてきた学校近くの公園。

 

 公園の中に入ったハヤタは、中にあったベンチを見つけると、一呼吸を置くために座った。

 

「あ、見つけた」

 

「?」

 

 突然聞こえた声の方へ視線を向けると、そこにいたのは肩が露出した白いワンピースを着こなし、麦わら帽子を被ったノゾミが居た。

 

 ノゾミという名の天使は彼を見るなり、可愛らしい顔で微笑むと、ハヤタに綺麗な手を差し伸べる。

 

「行きませんか? ハヤタくん」

 

 可愛い可愛すぎる……天使だ。

 

「そうだね」

 

 彼は差し出された手を握ると、ベンチからゆっくりと立ち上がる。

 

 ※

 

 ハヤタとノゾミがバス停でバスを待っていると、彼は口を開いた。

 

「映画観るて言ってたけど、どんなジャンルの映画観るの?」

 

「恋愛ものの映画です、タイトルは「君に咲く花」です。昨日見に行きましたが、二回目を見に行きたくなったので」

 

「一回目は誰と見に行ったの?」

 

「ヒロミさん達と見に行きました、とても面白かったですよ」

 

「へぇーそうなんだ! 楽しみだなぁー」

 

 ※

 

 ショッピングモールに着くと、早速彼女はハヤタの手を引き、すぐさま映画館に向かっていた。

 

 映画館に入っていったノゾミらは、選んだ席に座り、映画が始まるのを待った。

 

 そして、ある程度の時間が過ぎると、映画館の電気が消え、映画館内は真っ暗となる。

 

 ハヤタは映画館で買っておいたポップコーンを、ノゾミと分け合いながら食べていた。

 

 そんな中流れ始める映画の映像。

 

 彼は流れる映像を見ながら、つくづく思った、この時間が永遠に続けばいいのになと。

 

 そんな彼の願いなど時間は聞いてくれる訳もなく、時間は刻々と過ぎていき、ついに映画のラストシーンまでいった。

 

 なにこれ面白いと思ってたけど……泣けるじゃんか! やばい泣いてるところをノゾミさんに見られたくない!

 

 必死に涙を堪えようとするハヤタは、ふいに横に座っているノゾミの方に視線を向ける。すると、そこにいた彼女は、目から頬にかけてツーっと涙を垂らしていた。

 

「ッ」

 

 彼が彼女の泣いた横顔を見ていると、横にいたノゾミはスっとゆっくりハヤタにもたれ掛かる。

 

 初めてこんな事をされたハヤタは、胸をバクバクとさせ、まるで心臓が飛び出でるくらいの緊張感に襲われていた。

 

「私ハヤタくんとまだ一緒にいたいです」

 

 彼女は彼に聞こえない程の小さな声で呟くと、虚しく過ぎ行く時間に逆らえないまま、流れていたラストシーンが終わるのを観た。

 

 ※

 

「面白かったですか?」

 

 ノゾミはこちらを見て、何かを心配するような目つきで聞いてきた。そんな彼女の上目遣いが可愛いかったハヤタは、頬を赤く染める。

 

「めちゃくちゃ面白かったし! 感動したよ!」

 

「そうですか、それは良かったです!」

 

 ノゾミはそう言うと、彼の腕に抱きつくように掴まり、いつもは見ないような可愛らしい顔をしていた。

 

「……」

 

「こうされるのは嫌ですか?」

 

 彼が頬を赤く染めていると、ノゾミは不安そうな顔で聞いてきた。

 

「いや、別に嫌って訳じゃ……ない」

 

 いやむしろご褒美です。

 

「なら良かったです!」

 

 ※

 

 映画を見終えたハヤタとノゾミは、映画の感想を話し合いながら、バス停に向かっていた。

 

 その時だった、幸せな気分だった彼の脳裏に、襲いかかる初めてのデートの日の出来事。

 

 ハヤタの頭に過ったノゾミが言った『末期癌』と『余命』という言葉。

 

 そう彼は幸せな時間から現実の時間へ戻されたのだ。受け止めても受け止めきれない感情が、また心の中で混雑する。

 

「どうかしましたか? ハヤタくん」

 

「いや何でもない」

 

 ※

 

 ノゾミと映画へ行った日から数日が経ち、夏休みは気づけば終盤に迫っていた。

 

「さて、どうしようか……この夏休みの宿題を……」

 

 普通ならこの量の宿題を見た学生さん達は皆絶望するのだろう……だがしかし! 僕には頼もしい助っ人が居る!

 

 彼が心の中でそう言ったと同時に、家のインターホンが鳴る。

 

「よ! ハヤタ! 宿題手伝いに来たぞー!」

 

 玄関を開けるとそこ立っていたのは、オシャレな姿をしたリョウと、天使のように可愛いノゾミが居た。ん? ノゾミさん? なんで?

 

 呼んだ覚えのない彼女。まさかと思い彼はリョウに歩み寄り、彼の耳元で小さく言った。

 

「おい、リョウ! またノゾミさん呼んだな?!」

 

「いやー、それがー。ノゾミさんからメッセージが来てな」

 

 リョウはそう言うと、ノゾミとのトーク画面をハヤタに見せた。そこに書かれていたのは『すみません、一つ質問なのですがハヤタくんはちゃんと夏休みの宿題は進んでるのでしょうか? 本人に聞いてもぼやかされて聞けないので』と書かれていた。

 

 それと同時にハヤタは、一日前の出来事を思い出した、昨日、ノゾミからそのようなメッセージが来たことを。

 

 やらかした……。

 

「お前終わってないなら言えよな、自分の彼女くらいにさ」

 

 リョウは呆れた様子で言って、ぐうの音も出ないハヤタ。そんな様子のハヤタを見たノゾミは心配した顔で、

 

「あの私お邪魔でしたか?」

 

 と天使のような顔で言うもんだから、ハヤタは焦りを見せながら、

 

「全然お邪魔じゃありません、逆に大歓迎です! それより、すみませんでした! 宿題終わってないことを隠してて!」

 

 彼は彼女に頭を下げ謝罪する。すると、ノゾミの背後から眩しいオーラが見えた気がした。

 

「そうそう謝ってこその彼氏だよ、ハヤタ!」

 

「はい?」

 

 突然の聞き覚えのある声と共に現れた者に、驚きと動揺を隠せないハヤタ。

 

「おっすー! ヒロミでーす!」

 

「ウゲッ」

 

「『ウゲッ』とはなんだ! ウゲとは! 一応言っとけど! アタシもハヤタの宿題を手伝いに来たんだけど?!」

 

「え、ホント? んじゃ入って入って!」

 

 ハヤタが言うと、ノゾミたちは「お邪魔します」と言って、彼の家に入っていった。

 さてここで問題が発生した、彼はリョウだけが来ると思って、お客様にお出しする用のお菓子やらをそこまで用意していなかったのだ。

 

 しょうがない……こうなったら、速攻で近所の駄菓子屋に行ってお菓子を買ってくるか。

 

「ごめんちょっとトイレ行ってくるから、皆はリビングでゆっくりしてて」

 

「OK! 分かった、早くして来いよー」

 

 リョウはそう言って、リビングの扉を開ける。その隙を見計らったハヤタは急いで家を出る。我ながら完璧な作戦だ、ここから駄菓子屋まで徒歩5分、間に合うな。

 

 ハヤタがスタスタと歩みを進めていると、ふと誰かから肩をトントンと叩かれた。

 誰だと思い振り向くと、そこにいたのは何をしてるの? と言わんばかりの表情をしている樫森ノゾミが居た。

 

「ノゾミさん? ど、どうして!」

 

「それはこっちのセリフです、ハヤタくんこそ何をしてるのですか?」

 

 少々彼女は彼を不審がるような顔で見つめる。その不審がる表情すらも可愛いノゾミに負けたハヤタは、外に出た訳を話した。

 

「そういう事ですか……でも一つ思ったのですが、わざわざ『トイレに行く』と言わずとも『お菓子を買いに行ってくる』と言えば良かったのでは?」

 

「うーん、そう言うと『用意しとけよ』みたいな雰囲気になると思って……」

 

「どんな事があってもそんな事は言いません。……そうだ、私もついて行っていいですか? 駄菓子屋という所に行くのは初めてなので」

 

「分かった、欲しいお菓子とかあったら奢るよ」

 

「それは大丈夫です、欲しいものはちゃんと自分で払いますので」

 

「お、おう……」

 

 ※

 

 二人は徒歩で近所の駄菓子屋に到着すると、ノゾミは興味深々な面持ちで中に置かれた駄菓子などを見ていた。

 

「凄いですねここ、駄菓子? という物がほぼ100円以下で売られているなんて」

 

「そうだね、ここの駄菓子屋僕が産まれる前からあったから凄いよねー」

 

「そんな前からあったんですか……」

 

 ノゾミがその事に感心していると、彼女はある物を手に取る。

 

「私これを買います! デリシャス棒? という物です」

 

「んじゃ僕はこのパーティ用のお菓子を二個ぐらい買おうかな」

 

「それではお会計しをしましょうか」

 

 二人は選んだお菓子をレジに持っていき、お会計を始める。

 

「合計で310円だねぇ」

 

「500円からでお願いします」

 

「ハヤタくん、私『払う』て言いましたよね?」

 

 ノゾミは鋭い目付きで、譲らないと言わんばかりの表情で言う。が、彼はそれに対して「少しはカッコつけたいからさ」と言う。

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 ※

 

「二人ともホントはどこに行ってたんだ?」

 

 何かを察した様な様子のリョウは、帰ってきたノゾミとハヤタにそう問う。そんな彼の質問に対しハヤタは「どこにも行ってないよ」と言う。

 

「ふーん、なるほど〜、二人で仲良く駄菓子屋でも行ったのかなー?」

 

「「——ッ!?」」

 

「図星かよ!」

 

 ハヤタ達の分かりやすい反応に、リョウは笑いながら言った。

 

 なんて勘の鋭い野郎だ。

 

 ハヤタは彼の事をそう思いながらも、買ってきたお菓子達を皿にのせて、テーブルのど真ん中に置く。

 

「さてと、それじゃあ夏休みの宿題でも始めますか!」

 

「よし! 始めるか!」

 

「アタシもハヤタにバシバシ教えて行くからね!」

 

「私も教えます!」

 

 ハヤタの夏休みの宿題をし始めたリョウ達は、ハヤタに問題の解き方などを教えながら宿題を進めていった。

 

 そんな宿題を進めている最中、ヒロミは何かを思い出したようにハヤタ達に言った。

 

「そういえば、もうすぐだよね夏祭り」

 

「そういえばそうだったな、ハヤタとノゾミさんはどうするん? 俺とヒロミは行くけど」

 

 リョウの言葉を聞いたノゾミとハヤタは、お互いに顔を見合わせると、ノゾミは優しく微笑む。

 

「私はハヤタくんが良いなら行きますよ」

 

「——ッ、そ、そうだな……行こうかな、ノゾミさんと一緒に……」

 

 彼は少し照れくさそうに言うと、ノゾミはとても嬉しそうな顔をする。やだこの子、めちゃくちゃ可愛い。

 

「良かったね! ノゾミっち!」

 

「はい! 私夏祭りに行くことはほとんどないので楽しみです!」

 

「んじゃあ、夏祭りの日どこに集合する?」

 

「それなら学校の近くのあの公園にしようよ」

 

 ハヤタがそう提案すると、ノゾミは「そうですね」と言って彼の提案に賛成すると、その他のリョウとヒロミもその提案に賛成した。

 

「集合場所は決まったから次は何時集合にする? たしか、花火が上がるのが20時だからその1時間前には行こうぜ! ほら屋台とか回る時間とか考えればそんくらいだしさ」

 

「それマジありよりのありじゃん!」

 

「ノゾミさん19時に行く事になったけど大丈夫?」

 

「大丈夫です、私楽しみにしていますね!」

 

 夏祭りの日程を決めたハヤタ達は、止めていた夏休みの宿題を再び続行させ、早く終わらせるために尽力した。

 

 宿題を始めて三時間が経過した時。

 

「ぷはぁ! 終わった〜!」

 

 ハヤタがそう言うと、

 

「アタシ疲れたぁー」

 

「俺もマジで疲れた」

 

「私も少々疲れましたね」

 

 その場にいた者たちは疲れ切った様子で言うと、ハヤタは終わった宿題を片付ける為に立ち上がる。

 

「ノゾミっちはどんな浴衣で夏祭り行くの?」

 

「そうですね……秘密ですかね!」

 

「えぇー! 言ってよー!」

 

「夏祭り当日までの秘密です」

 

 彼女は口に人差し指を置き言うと、その会話に興味深々なハヤタに気づいたノゾミは、彼に視線を向ける。すると、彼女は頬を赤くしハヤタに歩み寄ると「ハヤタくんになら教えますよ?」と彼をからかうように耳元で囁いた。

 

「……当日まで楽しみを取っておくよ、そっちの方がノゾミさんがどんな可愛い姿で来るのか楽しみだしね」

 

「——ッ!?」

 

 思いもよらない彼のからかい返しにノゾミは、プクーっと頬を膨らませると、ハヤタの胸に頭をうずめる。

 

「バカッ」

 

「……」

 

 彼女のあまりの行動に驚きとドキドキを必死に隠すハヤタは、自分の赤く染った頬を隠すために口元を手で隠す。本当にこの子ったら怖い、ホントに可愛すぎるから怖い。

 

「おやおやー? 相変わらずおふたりはラブラブですなぁー?」

 

 俺とノゾミの様子を見ていたヒロミは、こちらを茶化すように言う。そんな中、ノゾミは未だに彼の胸に顔うずめたままだった。

 

 ハヤタは彼女がどんな表情をしているか確認しようとすると、ノゾミはより一層、彼の胸に頭をうずめる。

 

「「おおおぉぉ!」」

 

 リョウとヒロミは彼女のした行動に、声を揃えた。

 

「ちょっとごめんごめん! 僕が悪かったからさ! 少しこうされたままだと恥ずかしいていうか……その」

 

 とうとう彼女の行為に音を上げたハヤタは言うと、ノゾミは少々顔を赤らめながら、うずめていた顔を胸から離す。

 

「ま、参りましたか?」

 

 ノゾミは絶えない笑顔で言う彼女に、彼は「参った参った」と降参した。すると、ノゾミは勝ち誇ったような顔をした。

 

 ハヤタはそんな彼女を横目に、壁に掛かられていた時計を見ると、時計の針は既に17時半を指していた。

 

「おっと、もう俺たちも帰らないとな」

 

 リョウがそう言うと、ヒロミとノゾミは帰りの準備を始める。そんな時だった、ノゾミはハヤタ手を握ると、

 

「見送ってくれるかな?」

 

 天使のような彼女は、こちらに甘える様に言う。すると、ハヤタはその彼女のあざとさに負け、彼はノゾミを自宅まで見送ることになった。この子、日に日にあざと可愛くなってるよ、もうホントこの子怖い。

 

 時間が経つにつれ可愛くなっていくノゾミにハヤタは、いい意味で恐怖を感じていた。

 

「「「お邪魔しました〜」」」

 

 ノゾミ達はそう言って、ハヤタの家の玄関の扉を開けて、オレンジ色に光る外に出た。

 

「俺はヒロミと帰るからお前はちゃんとノゾミさんを見送るんだぞ!」

 

「分かってるよ」

 

「それなら良かった。んじゃ、じゃあな!」

 

 言うと、リョウはニコニコと何かを楽しむような表情でヒロミの手を取ると、そのままノゾミとハヤタに背中を見せて、帰って行った。

 

 相変わらずアイツらも仲がいいな……。

 

 ハヤタは帰っていく二人の背中を見て思うと、突然、彼の手にノゾミの柔らかい手がフワッと当たった。ふいにハヤタは彼女の方へ視線を向けると、ノゾミは慣れない上目遣いをしながら言った。

 

「私達、手を繋いで帰った事ないですよね?」

 

「まぁそう言われると手を繋いで帰ったことないね」

 

 彼が顎に手を当て言うと、ノゾミはハヤタの空いていた左手を握った。

 

「この際、一緒に手を繋いで帰りませんか?」

 

「……そうだね」

 

 ハヤタは彼女の暖かい手をギュッと握ると、二人はノゾミの家へと歩みを進めた。

 

 その後のことは彼はよく覚えていなかった。ただ唯一覚えていた事と言えば、彼女との時間が永遠に続けばいいのになと思った事だけ。

 

 ※

 

 そして、一日また一日と過ぎていき、気づけば夏祭り当日になっていた。

 

 ハヤタは外に出る時にいつも着る私服に着替えると、そのまま待ち合わせ場所に向かって行った。

 

 ※

 

 夜の畑道を一人で歩いていると、ケロケロと鳴くカエルの声や、鈴虫の鳴く音が聞こえてきた。

 

 そんな中見えてきた学校近くのあの公園。時間通りに来たハヤタは、ノゾミたちが来ていないか辺りを見渡すと、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ハヤタくん! こっちですよー」

 

 声がした方向へ視線を向けると、そこに立っていたのは紛れもない翼を生やした天使だった。

 

「可愛い……」

 

 ハヤタはあまりのノゾミの可愛さに、思わずそう呟いてしまった。なんせ、彼女が着ていた浴衣はとても綺麗な花柄の浴衣で、とても彼女に似合っているものだった。

 

 そんなことを呟いていると、公園の入口から浴衣姿のヒロミとリョウが来た。

 

「よ! ハヤタ! 悪ぃ少し遅れた」

 

「気にしないでよ、僕もさっき来たばっかだから」

 

「私も先程来たばかりですので気にしないでください」

 

「それなら良かった、んじゃ行くか!」

 

 ※

 

 夏祭り会場に着いたノゾミ達は、いつもとは違った屋台や、去年より力の入った夏祭りの様子に驚いていた。

 

「去年より屋台が多いから二人一組になって屋台を回ろうぜ」

 

「OK! それじゃアタシはリョウと、ノゾミっちはハヤタと一緒に回る、てことにしない?」

 

 ヒロミの提案にその場にいた一同は賛成した。そして、ハヤタとノゾミはリョウ達と分かれると、お互いは気になる屋台を巡ることにした。

 

「ハヤタくん、私、射的というものを見てみたいのですが」

 

「あぁー射的か、それならたしかあっちに」

 

 言うと、ハヤタはノゾミの手を取り、一緒に射的の屋台がある場所に向かって行った。

 

 ※

 

「すいません、射的したいんですけど」

 

「おぉ! 毎度あり!」

 

 射的の屋台のおっちゃんは元気な声で言うと、射的の銃の玉を机上に置いた。


「ノゾミさん、何か欲しい物とかある?」

 

「そうですね……あのパンダの人形ですかね」

 

「分かった!」

 

 ここは男を見せるぞ! 須崎ハヤタ! こう見えて僕は射的は結構得意な部類だ、やるぞ! 須崎ハヤタ!

 

 ハヤタは自分にやる気を鼓舞すると同時に、彼は机上に置かれた五発の玉の中から一発を銃先に入れる。

 

「頑張ってくださいハヤタくん」

 

「任せて! 必ず取ってみせるから!」

 

 銃の照準をパンダの脳天に合わせると、ゆっくりと銃の引き金を弾いた。その瞬間、発射される射的の玉は、空気を裂いて、狙っていた景品の横を掠れた。が、彼は負けじと次の玉を銃先に入れ、再び照準をパンダに合わせる。

 

「とった!」

 

 彼はそう小さく呟き、銃の引き金を思いっきり弾いた。すると、発射された玉は再び空気を裂き、狙いを定めていたパンダのぬいぐるみに強く当たった。そのぬいぐるみはグラりと動くとそのまま下へ落下した。

 

「兄ちゃんやるねぇ! ほら景品だよ!」

 

 屋台のおっちゃんはそう言って、落下して獲得したパンダのぬいぐるみをハヤタに渡した。

 

「はい、欲しかったんでしょ?」

 

 彼は手に入れたパンダのぬいぐるみを、隣で見ていたノゾミにあげた。すると、彼女は「良いんですか?」と言う。

 

「うん全然良いよ、だって僕ノゾミさんが喜ぶ姿が見たくて取ったからさ」

 

「——ッ、そうですか、ありがとうございます」

 

 彼女は照れ隠しなのか、受け取ったパンダのぬいぐるみに顔をうずめて言った。

 

「次どこ行く?」

 

 ハヤタは彼女にそう聞くと、ノゾミはうずめていた顔を上げて言った。

 

「焼きそばという物を食べてみたいです」

 

「焼きそばか……焼きそばの屋台はあっちで見かけたような」

 

 ハヤタは彼女の手を優しく握ると、焼きそばの屋台を探しながら、他の屋台を見る事にした。

 

 ※

 

 直ぐに焼きそばの屋台を見つけたハヤタ達は、ノゾミはそこで焼きそばを買い、彼は近くにあった屋台でキンキンに冷えた水を購入した。

 

「これが焼きそばですか、とても美味しそうですね」

 

 焼きそばを初めて見るであろう彼女は、目をキラキラとさせ、とても可愛らしく微笑む。そして、ノゾミがパックに入った焼きそばを食べようとした時。

 

「おい、ハヤタ! もうすぐで花火が上がるから見に行った方がいいぜ! 俺たちは先に行ってるから」

 

 と遠くの方からリョウの声が聞こえた。

 

「うん分かった! ノゾミさん一緒に行きましょう!」

 

「はい!」

 

 言うと、ノゾミとハヤタは花火会場に向かって行った。

 

 ※

 

「結構混んでますね」

 

 花火会場に着いたノゾミとハヤタ。そんな彼らは、人混みに流されていた。そんな中、ノゾミは人混みに押される。

 

「——痛ッ」

 

 彼女が足を捻らせ転けそうになった時。

 

「おっと、大丈夫?!」

 

 ハヤタは足を捻った彼女を、すぐさま抱き寄せ、ノゾミを自分の領域に入れる。

 

「は、はい大丈夫……です。少し足を捻ってしまったくらいなので……」

 

「ちょっと丘の方に行こうか」

 

 ハヤタは言うと、捻挫したノゾミを背負う。

 

「な、なんだか少し恥ずかしいですね」

 

「そんなの気にしなくていいよ、しょうがない事だから」

 

 彼は人があまり居ない、花火が良く見えそうな丘に行き、その丘で彼女を下ろすと、持っていたハンカチに水をかける。

 

 そして、それをノゾミの捻挫した足に当て、応急処置をする。

 

「ありがとうございます」

 

 とりあえず今のところできる手当をした彼は、ノゾミの隣に座る。その数分後だった。

 

 星々が輝く夜空に一つの火の玉が上がる。すると、その場にいた誰もがその玉に視線を集める。

 

 次の瞬間だった、ドォンという鼓膜が揺れるほどの音が鳴ると同時に、とても綺麗な赤色の花火が爆発する。

 

 それは牡丹の形で、色々な人がその形に見惚れる。そして、それを皮切りに次々と小さな花火、大きな花火が打ち上がる。

 

 そんな中、ハヤタは興味本位でノゾミの方へ視線を向ける。すると、彼女の頬に涙が流れていた。なんで泣いているのだろうか、いやその理由は多分彼は知っている、知っているからこそハヤタはこの世界を恨んでしまった。

 

「ノゾミさん……」

 

 彼の言葉が聞こえたのか、ノゾミは流れていた涙を手で拭い、こちらへ視線を向ける。

 

「どうかしましたか?」

 

 ノゾミは何事も無かったかのような様子で言うと、ハヤタは「何でもないよ」と返す。

 

 そんな時だった、彼女は真剣な表情になり、こちらに向けて口を開いた。

 

「あの、明明後日て私とデートしてくれませんか?」

 

「——え、足とか大丈夫なの?」

 

 ハヤタはそう言うと、彼女は手を胸に当て自慢気な顔で言った。

 

「大丈夫です! その日まで安静に過ごしていますから」

 

「……そっか、分かった。何時に集合する?」

 

「そうですね……いつもの公園にお昼の1時に集合というのはどうですか?」

 

「分かった、1時に集合だね」

 

「はい!」

 

 花火が上がる中、約束したデート。ハヤタは彼女の足を心配しながらも、ノゾミとのデートの日をこの時は待ち遠しく思えた。

 

「相変わらず、お二人さんはラブラブだねぇ!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、後ろへ振り向くと、そこにはリョウの腕を自身の胸に寄せて抱きついているヒロミがいた。

 

「リョウ達が言える立場か?!」

 

 こうして夏祭りも終わり、ハヤタとノゾミは花火が最後まで上がり終わるまで見届けた。

 

 ※

 

 夏休みも終わりに差し掛り、夏祭りから明明後日が過ぎた日。

 

 ハヤタはあの公園で一人で、ノゾミが来るのを待っていた。しかし、いくら時間が経っても彼女は来ない。いつも集合時間の数分前に来るはずのノゾミが来ない事に、疑問を抱くハヤタ。

 

「……」

 

 彼はノゾミに電話をかける。が、何故か彼女は電話に出なかった。

 

「なにかあったのかな」

 

 ハヤタは昨日までメッセージのやり取りをしていたスマホの画面を見て呟いた。

 

 ※

 

 数十分前、ハヤタとの待ち合わせ場所に向かっていたノゾミは、時間に余裕を持って家を出ていた。

 

「早く行かないと……」

 

 彼女はそう呟いて、車が行き交う信号機がない横断歩道を、早歩きで渡ろうとする。

 

 その時だった。

 

「——ウッ、苦しい……」

 

 ノゾミは苦しそうに呟くと、横断歩道の真ん中で胸を手で強く握る。そして、彼女はふと右へ視線を向ける。そこにはスマホを見て、よそ見運転をしている運転手が居た。

 

「うそ……」

 

 ノゾミは早くその場から離れようと足を動かそうとする。が、あまりの胸の痛さに足を動かすにも精一杯だ。

 

 一方でノゾミの存在に気づいた運転手は、クラクションとブレーキを目一杯踏み込む。

 

 車のタイヤが擦れる音ともに、彼女に迫り来る車。その次の瞬間だった、急ブレーキが間に合わなかった車は、その場でノゾミと衝突した。

 

 そして、車と激突した彼女は、後頭部を近くに設置されていた電柱に強くぶつけ、そのまま意識を失った。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

 よそ見運転をしていた運転手はそう言って車から降りると、すぐさまノゾミに駆け寄った。

 

 その瞬間、運転手は顔から血の気が引いて絶望した。何故ならば、ノゾミは後頭部から、血を多量に流していたのだから。

 

 ※

 

 公園で一人ノゾミが来るのを待っていると、付近から救急車のサイレンが聞こえた。

何かあったのだろうか、ハヤタはそう思うと突然の謎の不安感に襲われた。その不安感はどことなく不吉なものだった。


 そして、いくら待ってもノゾミが来ることは決してなかった。ただ最後に彼は彼女に『なにか用事でも入ったの?』とだけ送った。

 

 しかし、このメッセージに既読が付く事はなかった。



 そして夏休みも終わり、また平凡な学校生活が始まろうとしていた。学校に着いたハヤタはノゾミに一足早く会いたかった。だがその願望は一瞬にして潰えるのだった。


 そうなぜならば、彼女は学校にすら来ていなかったのだ。それと同時に彼の心には、あの時の不安感と不吉な予感のようなものがあった。


 そして彼の不吉な予感は見事に的中する。

 それは朝のホームルームの時間だった、教室に入ってきた担任の教師は重い雰囲気で口を開いた。


「樫森ノゾミが三日前に交通事故にあった」


 教師のその発言に彼は言葉を失った。いやその場の誰もが言葉を失ったのだ。

 そんな状況下でも先生は言葉を続けた。


「樫森の容態は命にこそ別状はないが……」


 話を進める担任の先生の言葉はその瞬間、ハヤタの耳に届くことはなかった。


 嘘だ……ノゾミさんがそんな……うそだうそだうそだうそだ。

 

 ハヤタは現実が受け止めきれない様子で、頭を抱え、彼の脳裏にはノゾミとの思い出が過っていた。

 

 そんな事が起きていると、気づけば朝のホームルームは終わっており、ハヤタの近くには担任の教師が来ていた。

 

「須崎、体調が悪いのか?」

 

「あ、いえ大丈夫です」

 

「それなら良いんだが……ほら、樫森の保護者さんが須崎宛に渡してくれた物だ」

 

「——ッ!」

 

 教師から手渡された物、それはノゾミが入院している病院の住所とその名前が書かれた紙だった。

 

「須崎は樫森と仲が良いんだってな、お前がお見舞いに行けば樫森も喜ぶはずさ、行ってやれ」

 

「……わかりました」

 

 ※

 

 夏休みが終わって初めての学校が終わり、放課後一人で何かを心の中に決めたハヤタは、先生に手渡された病院の住所に向かうことを決心した。

 

 学校から少し離れた駅に行くと、電車に乗って切符を買った。ガタガタと揺れる電車内、ハヤタはポケットからスマホを取りだし、ただ何かをするでもなく、真っ暗な画面のスマホを触っていた。

 

「ねー! マジありえなくない?」 


「わかる〜!」


 そう言って二人のギャル風の女子高生が、楽しそうに電車に入ってくる。もう夕方の5時、電車の中は学校終わりの学生が増え始めている。

 

 ハヤタが流れ行く景色をボーッと眺めていた時、電車がある駅で止まった。

 

 彼は決意を固めその駅で降りた。

 

 ※

 

 どんな笑い話をしようか、どんな話をすればいいのだろうか、そう思う度にノゾミの顔が頭に思い浮かぶ。

 

 トボトボと歩みを進めるハヤタ。そんな彼の目の前に、ある男女のカップルがハヤタの前を横切った。

 

 その瞬間、目の前が砂嵐のようになり、その二人のカップルが自分とノゾミのように見えた。あぁ、頭がどうにかなってしまっているらしい……。

 

 ハヤタは込み上げてくる謎の感情を抑え、とにかく足を病院に行くために動かした。

 

 そして、その数十分後に彼の目の前に現れた、ノゾミが入院している病院。

 

 ハヤタが無心のままその病院に入ろうとした時、ふと、横から「ハヤタくん?」と聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 声の方へ振り向くと、そこに居たのはノゾミの母親、樫森シズエがいた。

 

「ちょうど良かったわ、案内するわノゾミの所へ」

 

「あの、ノゾミさんはどういった容態で……」

 

 朝に先生から説明されていたにも関わらずハヤタは、シズエに聞いた。すると、彼女の母親は重い顔で「見ればわかるわ」とだけ言った。

 

 シズエは重い顔のまま病院に入っていく、彼も彼女に着いてくように病院に入っていった。

 

 ※

 

 自分の心境のせいなのか、病院に入っても中は重い雰囲気だった。彼はただ先頭を歩くシズエに着いて行った。

 

 そして、病院の二階の廊下を歩いていたところ、ノゾミの母親はある病室の前で立ち止まった。

 

 ハヤタは彼女が立ち止まった病室の名前を見ると、その部屋には番号が振られており、その番号の下にはノゾミの苗字が書かれていた。

 

「ハヤタくん」

 

 病室の前に立ち尽くしているシズエは、こちらへ振り向き彼の名を呼ぶと、真剣な眼差しで続けてこう言った。

 

「どうか、どんな事があってもノゾミのことを受け止めて上げて、これは私からのささやかな願い」

 

 シズエはそう言うと、ハヤタは「はい、わかりました」と返す。それを聞いて安心したのか、彼女の母親はノゾミの居る個室のドアを開けた。

 

 ※

 

 ドアが開かれ、そのドアの隙間から漏れてくる夕日の光。ハヤタはその眩い光に目を細しながらも、そのドアの向こう側にいる彼女を見るためにそれに抗う。

 

 そして、彼女の病室に入ったハヤタは、目の前にあるベットのカーテンに映るノゾミの影を見た。

 

「ノゾミさん……」

 

 ハヤタはそう言うと、ノゾミの元へ歩み寄ると、風で靡くベットのカーテンをゆっくりと引いて開ける。

 

 カーテンを開けた先にいた彼女の横顔は、前と変わらず天使のように可愛らしく、そして、その長い綺麗な黒髪は、いつだってハヤタを魅了するものだ。しかし、そんなノゾミの頭には包帯が巻かれており、彼女の綺麗な黒い瞳には生気がない様に見えた。

 

 そして、彼女はハヤタの存在に気づいたのか、こちらへ視線を向け不思議そうに言った。

 

「ハヤタ……くんですか?」

 

 聞きたくて聞きたくてたまらなかったノゾミの声。それを聞いたハヤタは目に希望を抱いて口を開いた。

 

「ノゾミさん! 良かった〜、心配したんだから!」

 

 ハヤタがそう言うと、ノゾミは何故か申し訳なさそうな顔になる。

 

「すいません……私……貴方がハヤタくんてのは分かるんです……でもハヤタくんとの記憶が今ないんです……すいません」

 

「え……」

 

 彼女が唐突に言った言葉に、言葉を詰まらせるハヤタ。彼は動揺しながらも、自分の後ろにいるシズエの方に視線を送る。

 

「ノゾミは命にこそ別状はないの……でも、頭を強く打ったせいで高校生二年生になった頃からの記憶がなくなってるの……私はどうにかノゾミの彼氏がハヤタくんてことだけを教えたくらいで……」

 

「そうなんですか……」

 

 突きつけられる事実に、未だに動揺を隠せないハヤタ。

 

「も、戻るんですよね? ノゾミさんの記憶は」

 

 少しの希望でも抱いた彼は、そうシズエにと問うと、彼女は難しい顔で「それはノゾミ次第」と言われた。

 

「本当にごめんなさい、思い出せなくて……」

 

 彼女は布団を強く握り、唇を噛み締める。

 

「ノゾミさんは悪くない……安心してよ、きっと思い出せるからさ!」

 

 ハヤタは沈んだ彼女の元気を少しでもあげようと、励ましの言葉を送る。彼自身も苦しい筈なのに。

 

 それから彼はノゾミと思い出話をする。彼女と一緒に行ったショッピングモールの事や、海でリョウ達と遊んだ日の事、沢山話をした。気づけばあっという間に外は夜になっていた。

 

「それじゃあもう僕は帰ります」

 

 ハヤタはそう言って、椅子から立ち上がると、彼女に背中を見せた。そんな背中を見たノゾミは、どこか寂しそうな表情になると、

 

「あの!」

 

「?」

 

 ハヤタは彼女の方へ体を向ける。すると、ノゾミは天使のような絶えない微笑みで言った。

 

「また来てくれませんか?」

 

 そんな彼女の表情を見たハヤタは、頬を赤く染めた。

 

「もちろん! また来ます! 待っててください!」

 

「はい! 待ってます!」

 

 彼女との会話を終えたハヤタが、彼女の病室を出たその時だった。病室の外に居たノゾミの母親に呼び止められる。

 

「ハヤタくん、少しお茶していかない? 帰りは送ってあげるから」

 

「……あ、はい、大丈夫ですけど」

 

 ※

 

 ハヤタとシズエは二人で病院を出ると、近くにあったカフェでお茶することになった。

 

 カフェに入ると中はとてもオシャレな空間で、女子ウケが凄そうな場所だった。そして、シズエとハヤタは近くにあった席に対面するように座ると、ノゾミの母親は店員を呼んだ。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「私はブラックコーヒーにしようかな、ハヤタくん奢るから何を頼みたい?」

 

「あ、僕は水でお願いします」

 

 ハヤタは無料の水を頼むと、シズエはプクーっと頬を膨らませ「ズルい」と言った。いやさすがに奢ってもらうのは気が引ける。

 

「ハヤタくん、一つだけ聞きたいことがあるんだけど」

 

「?」

 

「貴方はノゾミのどこに惹かれて好きになったの?」

 

 唐突な質問だった。あまりの唐突な質問に彼は数秒間だけ固まった。そして、ハヤタはシズエの問いに答えた。

 

「そ、そうですね少し長くなりますけど良いですか? 少し昔の話なので」

 

「うん分かった」

 

 ハヤタは彼女の了承を得ると、過去の話を話し始めた。

 

 ※

 

 ハヤタがまだ高校一年生の時だった。まだ一年生で入学し始めの彼は、校内で有名な不良達に目をつけられていた。

 

「おい、ハヤタ、俺たち小遣いくれよ」

 

 三人組の不良の内、一人のガタイのいい不良は言うと、ハヤタを殴って校舎裏の学校の壁に打ち付ける。すると彼のカバンから財布を取り出し、そこから一万円札を二枚抜き出す。

 

「じゃあな! 俺たちはこの金で遊んで来るわ! また明日もよろしく」

 

 不良は痛みを堪えているハヤタに言うと、そのまま去ろうとする。

 

 このままで……良いのかよ僕は……ダメだろ、戦わなくちゃ。

 

 不良達と戦う決心をしたハヤタは、立ち去ろうとする一人の不良の肩を掴む。

 

「返して……よ!」

 

 そう言う彼を見た不良少年はガハハと笑い、

 

「ハヤタ……テメェ一応言っとくが俺ら先輩なんだぜ? ちゃんと礼儀てのを教えてやるよ」

 

 不良はそう言うと、勢い良く拳をハヤタのみぞおちを殴り、その次には彼の顔面をめちゃくちゃに殴る。

 

 しかし、彼は決して倒れなかった。ただ、ハヤタはライオンのような目つきで不良達を睨んでいた。

 

「……て、テメェ!」

 

 不良が彼にもう一度拳を叩き込もうとした時だった。

 

「やめなさい」

 

「「「「——ッ!?」」」」

 

 突然、不良達に襲いかかる全身が凍りそうな冷気と、まるで殺戮者と出会したような恐怖と絶望感がハヤタ達のいる校舎裏を覆う。

 

「な、なんだ!?」

 

「わかんねぇ! でもなんかヤバい!」

 

 不良少年達は自分の身の危険を感じたのか、その場から逃げようとする。

 

「待ちなさい、まずそのお金を彼に返して帰りなさい」

 

 彼らの目の前に現れたのは、雪のように冷たい絶対零度の冷気を放つ女。彼女は不良達の前に立ち、鋭く悪魔のような目つきで睨みつける。

 

「「「ヒイィィィィ! ご、ごめんなさい!!」」」

 

 不良三人組はそう言葉を揃えると、ハヤタからお金を奪った不良は、彼にお金を返し、そのまま三人ともどこかへ逃げて行った。

 

「え……」

 

 手元に残った一万円札二枚。ハヤタが情報量が多すぎる出来事に困惑していると、彼の元に不良を撃退した女が歩み寄る。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 そう言ってハヤタを心配する彼女は、翼の生えた天使だった。

 

「あ、ありが……とうございま——」

 

 彼はそう言いかけると、天使にもたれ掛かるように気絶した。

 

 ※

 

 校舎裏で意識を失った彼が次に視界に入れたのは、見覚えのない天井だった。

 

「ここは……」

 

「目覚めましたか? ここは保健室ですよ」

 

 ハヤタの顔を覗き込むように言う天使。そんな彼女の存在に気づいたハヤタは、数秒のあいだ固まった。

 

「え、え、ええぇぇ! だ、誰!?」

 

 当時、彼女の事を知らなかった彼は、戸惑いの表情を浮かべていた。そんなハヤタを見た天使はムスッとした顔になる。

 

「助けてもらった人にそう言うのは少し酷いんじゃないんですか?」

 

「え、助けてもらった? ……あ、まさかあの人達を撃退してくれた人ですか?」

 

 自分がどういう経緯で助けられた事を思い出したハヤタは言うと、彼女はうんうんと首を縦に振った。

 

「あの助けてくれてありがとうございます……」

 

「そんなかしこまらないだくださいよ。私はたまたま、その辺を歩いてただけなんで。でも良かったです貴方が無事で!」

 

 彼女はそう言って、彼に天使のような微笑みを見せる。その瞬間だった、ハヤタは彼女のその可愛い笑顔の虜にされた。

 

「あ、あの、名前はなんて言うんですか?」

 

「え? 私ですか? 私は樫森ノゾミと言います、貴方は?」

 

「僕は須崎ハヤタです」

 

 この日からだった、彼がノゾミに惹かれたのは。

 

 ※

 

「へぇー、そういう出会い方だったんだ」


 ハヤタが昔の話を終えると、シズエは感心するように言った。そして、そんな話をしていると、店員さんが注文していた物を持ってくる。

 

 ハヤタは何も考えないまま置かれた水を口に運ぶ。

 

「あのノゾミさんはいつ退院したりするか分かりますか?」

 

「うーん、それはまだ分からないかな〜。でも学校に行ったりすることは出来るらしいから、そこらへんは安心して」

 

「そうですか……なら良かったです」

 

「そうだね……それよりさ! もっと聞かせてよ! ノゾミとの話! あとお姉さんと連絡先交換しない?」

 

「え、い、良いですけど」

 

 その要望に応えハヤタは、ノゾミとの思い出話を彼女にし、最後にシズエと連絡先を交換し、お茶会を終わらせた。

 

 ※

 

「それじゃ気をつけて帰るんだよ」

 

 ハヤタを家の近くまで送ったシズエは言うと、彼はそれに対し「ありがとうございました」とお礼を言った。

 

 彼は走り去る黒いランボルギーニを見送ると、一人でそのまま自身の家に帰る。その間、ずーっと彼の頭に残る、ノゾミが記憶を失ったという事実。

 

 ハヤタは重い足を動かしながら、トボトボと歩く。そして、気づけばもう家の前にたっていた。

 

 ※

 

 家に入ったハヤタはただいまも言わずに、自分の部屋に入る。

 

「……クッ」

 

 彼はドアの前で壁に寄り掛かるように崩れ落ちると、そのまま頭を抱え、溜まっていた感情を言葉に漏らしてしまう。

 

「なんで……なんでノゾミさんなんだよ! なんであの子がいっぱい傷つかなくちゃいけないんだよ! なんで! なんで……」

 

 視界が何故かぼやけて見え、ヒクヒクとしゃっくりが止まらない、この時ハヤタは初めて自分が泣いていることに気づいた。

 

 忘れられない彼女の天使のような笑顔。今まで作り上げたノゾミとの思い出が彼女にはもうないことに、彼は絶望と悲しみに苛まれていた。

 

 その時だった、彼のポケットから電話の着信音が鳴った。こんな時に誰だ? と思いながらハヤタは、掛かってきた電話に出る。

 

「よ! ハヤタ! ……行ったんたんだろ? ノゾミさんのお見舞いに……どうだった?」

 

 前と似たような事を言うリョウは、いつもとはより優しい声で聞いてくる。そんなリョウの問いかけに対してハヤタは、ヒクヒク出るしゃっくりを堪え、震えた声で今日の出来事を話した。

 

「そうか……記憶喪失か」

 

「……」

 

 数秒の間、沈黙が続いた。そんな沈黙の空間を破るようにリョウは声を出した。

 

「なぁハヤタ、お前、諦めたわけじゃないだろうな? ノゾミさんとの思い出作り」

 

「——諦められる訳ないだろ……でも、過ぎた時間は帰ってこないんだ! 今までやってきた事も全部水の泡だ」

 

「何言ってやがんだよ! ……たしかに過ぎちまった時間はもう帰ってこない、でもよノゾミさんが今こうして生きてるじゃねぇかよ! お前にとって大事な物は時間なのか? 違うだろ! ノゾミさんだろ!」

 

「——ッ」

 

「安心しろ、過ぎた時間は帰ってこねぇ、でもよ、まだやることリスト全部埋まってるわけじゃないんだろ? だったら残ったやることリストをノゾミさんとお前で堪能しろよ!」

 

「……そうだな、ありがとうリョウ、また勇気が出たよ、これから来る未来に立ち向かう勇気が」

 

「おう、そしてもう一回伝えちまえ! お前の思いを!」

 

「あぁ……そうだな」

 

 ハヤタはボロボロと出続ける涙を拭いながら言った。そして、彼はリョウと笑い話をしながらその日を終えた。

 

 ※

 

 ノゾミが学校に来なくなって一ヶ月、その一ヶ月の間ハヤタはノゾミの病院に、お見舞いに行ったりしていた。

 そして、気づけば十月の初め頃、ハヤタはいつも通り学校に登校した。

 

「……——ッ」

 

 ノゾミが来なくなって、ずっと空席だった彼女の座席。しかし、そんな空席に一人の女の子が座っている。

 

 その女の子はどこかの文庫本を読んでおり、周りとは一線を画す程の異彩を放っていた。

 

「ノゾミさん……」

 

 ハヤタがそう呟くと、こちらの存在に気づいたのか彼女は、こちらへニコッと視線を向けた。

 

「あ、えっと……ハヤタくん、であってますよね?」

 

「う、うん! ノゾミさん! 学校に来れるようになったの?」

 

「はい、文字の読み書きなどを練習するのに時間はかかりましたが、学校に復帰することは出来ました」

 

「そうなんだ、それは大変だったね」

 

 ハヤタとノゾミがそんな話をしていると、奥の方から聞き馴染みのある声がした。

 

「お! ノゾミっちじゃーん! おひさー!」

 

 二人の間に現れたのは、相変わらずオシャレなメイクをしたヒロミだった。

 

「……えっと」

 

 そんなヒロミの姿を見たノゾミは、困惑した表情をする。そんな中、何故彼女が困惑している理由に気づいたヒロミは、焦りを見せながらも、変わらない明るさで、

 

「あ! そうだよね、記憶がなくなってるんだよね、私は端道はしみちヒロミ! 以後よろしくお願いしやーす!」

 

「ヒロミさんですね! 分かりました」

 

 ノゾミはそう言うと、胸ポケットからメモ帳を取り出し、そのメモ帳を開くと、紙にヒロミの名前を書き残した。

 

「え! なんでメモとかしてんの?!」

 

 ヒロミは彼女とった行動に驚いた表情をしており、それに対しノゾミはこう答えた。

 

「私、記憶を失ってから少し忘れっぽくなってまして……」

 

 彼女の言い分にヒロミは納得した顔をしていた。


「なるほどね〜、でも大変でしょ? メモをいちいち取るの」

 

「いいえ、そこまで苦にはなりませんよ、だってこうしてメモを取って、改めて見返してみると凄く見栄えがいいんですよ」

 

「へぇー! そうなんだ!」

 

「君たち何話してんの?」

 

 ノゾミとヒロミが話していると、リョウがハヤタ達の前に現れた。すると、彼はノゾミが学校に来ていることに気づいたのか、目をキラキラとさせて彼女に歩みよる。

 

「おぉ! ノゾミさんじゃないですか! お久しぶりです!」

 

「えっと、リョウさん? ですか?」

 

「そうそう! でもなんで俺の事覚えてんの?」

 

「ハヤタくんから話はよく聞いてるので」

 

「そうかいやー、それより大変だったね、交通事故にあって……」

 

「はい、でも事故にあって病院に入院していた時、ほぼ毎日のようにハヤタくんが来てくれたので、そこまで寂しくなかったですよ」

 

「「へぇー」」

 

 ノゾミの発言を聞いたヒロミとリョウは、目を細め、ハヤタをからかうように見つめる。

 

「ちょ、ちょっとノゾミさん! そう言うのはあまり言わないでよ! 少しだけ恥ずかしい……」

 

「す、すいません! つ、つい!」

 

 頬を赤く染め恥ずかしがっているハヤタを見たノゾミは、焦った様子で彼に謝る。そんな彼女の謝罪に彼は「べ、別に謝るほどでもないから!」と言った。

 

「相変わらず、お二人さんが仲が良くてヒロミと俺は安心だ」

 

 リョウの言葉にうんうんと隣で頷くヒロミ。そんな話をしている内に、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。

 

 ※

 

 そして、朝のホームルームが終わり、ハヤタたちは学校の一日の日程を過ごしていき、気づけばあっという間に放課後だった。

 

「ノゾミさん、今日話したいことがあるからさ一緒に帰らない?」


「別に大丈夫ですけど……」


 ノゾミは少し不思議そうな顔で言った。


 ※


 一緒に帰ることになったハヤタとノゾミは、ゆっくりとした足取りで学校の校門を出た。

 

 なんかこんなこと前にもあったな……。

 

 ハヤタがそんな事を思いながら自転車を押して歩いていると、隣を歩いていたノゾミが話しかけてきた。


「あの話ってなんですか?」


「あ、そうだったね……そこまで重要な話じゃないんだけど……そのこれ覚えてるかな?」

 

 ハヤタはそう言うと、胸ポケットからメモ帳を取り出し、その中身を彼女に見せた。そこに書かれていたものは、ノゾミが前に書いたやりたいことリストだった。

 

 彼女がこのメモ帳の事を覚えていないと思っていたハヤタは、このやりたいことリストについて説明しようとする。が、ふと彼女の方に視線を送ると、ノゾミはポツリと目に涙を浮かべていた。

 

「ノゾミさん? 大丈夫?」

 

「——ッ! 私……なんで泣いて……これ見た事があるような気がします」

 

 ノゾミは頬に流れた涙を拭い言うと、ハヤタは驚いた表情を見せた。

 

「え、それホント!?」

 

「はい、何となくなんですが……でもハッキリとは思い出せないんです」

 

 それを聞いた彼は念の為に、メモ帳のやることリストについて彼女に説明した。その説明を聞いていた彼女は、うんうんと頷いてくれた。

 

「あのハヤタくん……この最後のやることリストて」

 

 ノゾミは頬を赤く染め、メモ帳から目を逸らす様な仕草をしていた。ハヤタは何だ何だと思い見ると、そこに書かれていたのは『好きな人とキスする』と書かれていのだ。あらやだ、この子これを書いた事は忘れていたのネ!

 

「そ、それはその……気にしない方がいいね!」

 

「それはダメです! きっと記憶を失う前の私が書いたのでしょう、このやることリストはきちんと覚えておきます!」

 

「う、うへぇ……」

 

 やっぱりこの子……どちゃくそ可愛いじゃねぇか!!

 

「そのハヤタくん」

 

 彼が心の中でノゾミの圧倒的な可愛さに泥酔していると、彼女はどこか気恥しそうな様子で話しかけてきた。

 

「どうしたのノゾミさん?」

 

「あの、あの! ハヤタくんのことを呼び捨てで呼んで良いですか?」

 

「はい?」

 

 突然何を言い出すかと思ったら彼女は、彼にとって予想外な事を言った。そんな事を言われたハヤタは頭の中いっぱいいっぱいに?が浮かんだ。

 

「な、なんでいきなり?」

 

「だ、だって……その私が病院に入院してた時、ある恋愛ドラマでカップルが自分たちの名前を呼び捨てしていて……」

 

 なるほどそういう事か……。ある程度の事情を理解した彼は、ヤレヤレとした表情をする。

 

「良いよ、呼び捨てで呼んで……だから僕も呼び捨てでノゾミ、て言っていい?」

 

「はい! 是非そう呼んでください!」

 

 何故だろうこの会話を終えた時、ノゾミとの距離がより縮んだように感じた。そんなことを心の中で思っていると、突然前触れもなくノゾミはその場で立ち止まった。

 

 何かあったのかと思った彼は、いきなり止まったノゾミの顔をのぞき込む為に立ち止まった。

 

 その時だった、彼女は頬を赤く染めながらハヤタの両頬をソッとさわり、彼の顔を自分の元へ寄せると、ハヤタの唇に自身の唇をのせた。

 

「——ッ!?」

 

 予想もしない出来事に頭の回転が停止し、しばらくの間彼は彼女のされるがままに身を任せた。そして二人は長い沈黙の空間に包まれた。深いキスだった、今までキスなんて体験したことがなかった彼にとってそのキスは少々刺激が強かった。

 

 体が無性に熱くなった気がした。既に理性が崩壊しかけていた彼は、ギュッと彼女の小さな華奢な体を抱きしめる。

 

 そんな沈黙の空間に終わりを告げるように彼女は、彼にのせていた唇を離した。

 

「今度はハヤタからしてくれると嬉しいです、私初めてだったので」

 

 そう言うとノゾミは、ニシシとこちらをからかうような目でハヤタに視線を向ける。そんな彼女を見ていたハヤタはずっと頬を赤く染めていた。

 

 どうしよう……ノゾミ、記憶を失ったせいなのか……前よりも積極的になってる!?

 

 初めてされた深いキスの衝撃で、未だに頭は正常な動きをしていない。本で表現される頭がパンクしたとはこのことを言うのだろうか。とにかくこの時の彼は正常な判断が出来なくなっていた。

 

「ノゾミ……」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 ノゾミはそう言って、天使のような微笑みでこちらへ振り向く。

 

「お、覚えてろよ!? 絶対にやり返すから!!」

 

「はい! 楽しみにしてます!」

 

 ※

 

 何時もとは濃厚な一日を過ごした彼は、自室のベッドの枕に顔を深く顔をうずめた。チクショー! いつか絶対僕が先にするはずだったのに! クソぉぉぉ!

 

 足をバタバタとさせながら、今日あったキスの出来事が頭から離れない。ぼ、僕も初めてだったんだからネ!

 

 彼は心の中でノゾミに対抗するように言った。そんな事をしていると、ドスドスと誰かが階段を上がる音が聞こえ、次の瞬間、ハヤタの母親がキレ気味で、

 

「ハヤタ……アンタもうご飯出来てるわよ」

 

「あ、すんません」

 

 ※

 

 そして、あれからまた数週間が経過した。そんなある日の休日のこと、ハヤタはノゾミとのやることリストを整理していた。

 

「あと残るやることリストは……『友達といっしょにどこかへ遊びに行く』と『文化祭を楽しむ』だけか……いやまて、最後の項目に関しては達成されたのか?」

 

 まぁいいとにかく僕は僕に出来ることをするまでだ。

 

 ※

 

 その次の日のこと、ハヤタの学校ではとっくに文化祭の季節になっており、文化祭まで三日前になっていた。彼は休みの日に授業中に決まった文化祭の出し物の準備をしていた。

 

 元々クラスで休みの日に準備する事を決めていたお陰で人は結構いた。

 

「ハヤタ、私も手伝います」

 

 一人で文化祭の出し物の射的の銃や景品棚を組み立てていると、隣でそれを見ていたノゾミはそう言って、彼の手伝いを始めた。

 

「ありがとうノゾミ」

 

「人間、助け合いが大事ですから」

 

 そんな会話をしていると、後ろからこちらをからかうような声が聞こえた。

 

「おやおや? お二人さんはいつお互いの名前を呼び捨てするような仲になったんですかぁ?」

 

 相変わらずの明るさのヒロミの声だった。

 

「ヒロミさん、からかわないでください!」

 

 事実を言われて恥ずかしくなったのか彼女は、頬を赤らめて言った。

 

「そうだぞヒロミ、邪魔しちゃダメだろ? お二人さんの仲の良い雰囲気を」

 

 そんな三人の間に現れたリョウは、ヒロミの肩に腕を置き言った。

 

「リョウ!」

 

「ごめんごめん! 冗談だって! あ、そうだ! 今日の夕方さ、射的の景品をショッピングモールに行って買いに行こうぜ!」

 

「おぉ! それいいじゃん! 友達とついでに遊べて景品の商品も買えるとか一石二鳥てやつ?!」

 

「それ良いですね! 私も行きます!」

 

「ハヤタはどうすんだよ?」

 

「うーん、親が何か言ってきそうなんだよなぁー」

 

 彼が帰るのが遅くなることを心配していると、ノゾミがこちらに寄ってくる。そうすると彼女は「やることリストを見せてください」と言ってきた。何で? と言いたげな顔を浮かべながら、彼はポケットからやることリストをノゾミに渡した。

 

「私このやることリストをしたいのでハヤタも付き合ってくれませんか?」

 

 そんな彼女が指したやることリストには『友達といっしょにどこかへ遊びに行く』と書かれていた。

 

「……しょうがないな」

 

「ありがとうございます!」

 

 ※

 

 こうして夕方にいつものショッピングモールに行くことになったハヤタ達。ショッピングモールの中に入ったハヤタらは、食料品コーナーで景品となるお菓子を選んでいた。

 

「ハヤタ、これ美味しそうじゃないですか?」

 

 ノゾミはそう言って、過去に駄菓子屋で自分が買っていたデリシャス棒を持ってきていた。記憶は失っても体が覚えてるんだな……。

 

「こっちは景品決まったけど……ハヤタ達は決まったか?」

 

「えーっとじゃあ——」

 

 彼が適当に射的の景品を選ぼうとした時、ノゾミはデリシャス棒が何本も入った包み袋を五個くらい持ってきていた。

 

「これでどうでしょうか!?」

 

「「「あー、良いね……それ」」」

 

 彼女の独特なセンスに何も言えないハヤタ達は、適当に言葉を選び口を揃えた。そんなこんなありながらも、彼らは決めた景品を買うと、そのまま帰ろうとした。

 

「なぁハヤタ! 一緒にゲーセン行かね?」

 

「……別にいいけど」

 

 リョウの誘いを受けると、その場にいたノゾミとヒロミもゲームセンターで遊ぶことになった。

 

「んじゃ、この四人でメダルゲームでもやろうぜ!」

 

「メダルゲーム? とはなんですか?」

 

 ノゾミはあの時のように、ハヤタにメダルゲームについて質問をする。

 

「その名のとおりメダルを使って遊ぶゲームだね」

 

 彼はそう言うと、ノゾミの手を取ってメダル両替機の前まで行くと、お金を入れ、出てきたメダルを自分が使う用と彼女の分に分け、それをノゾミに渡した。懐かしいな、なんか初めてのデートをした時みたいでなんか嬉しい。

 

「おいおい、置いていくなよなぁー」

 

 リョウはそう言うと、ヒロミと一緒にメダル両替機でメダルを準備し、ハヤタ達はメダルゲームで遊ぶ準備を完了させる。

 

 そして、その後のことはとても楽しいひと時だった。ノゾミと初めてデートした時みたいでハヤタにとって、楽観的になる日になった。

 

 ※

 

 そして、文化祭当日。ガヤガヤとした騒がしい雰囲気の中、ノゾミとハヤタは手を繋いで校内を回っていた。

 

「何する?」

 

「そうですね……ハヤタが見て回りたいものなら私何でも良いですよ!」

 

「うーん、それじゃあお化け屋敷とかどうかな?」

 

「良いですねそれ! 私お化け屋敷というのは初めてなので、早く行きましょう!」

 

 彼女は子供の様にはしゃぐと、ハヤタの手を掴んで人が沢山いる廊下を走って行った。

 

 それからハヤタとノゾミはお化け屋敷に行き、なんやかんやありながらもお化け屋敷をめいっぱい楽しんだ。そして、その次に向かった場所は自分達のクラスが出している射的だった。

 

「私、やってみます! ……ハヤタは何が欲しいですか?」

 

 銃を構えたノゾミは言うと、ハヤタは自分が欲しい景品を見つける。

 

「んじゃ、あの二本入りのデリシャス棒で」

 

「わかりました!」

 

 彼女はそう言うと、景品として立っているデリシャス棒に照準を当て、銃の引き金を弾いた。

 

 射的用の銃から発射された玉は、景品棚に立っているデリシャス棒にカツンと当たり、その小さな衝撃でデリシャス棒は地面へ落ちた。

 

「やった! はい、どうぞ」

 

「ありがとう、ノゾミ」

 

 ノゾミは手渡されたデリシャス棒を彼に、満面の笑みで渡した。それを受け取ったハヤタは彼女を連れて休憩所で休憩を取っていた。

 

「はい一本あげる」

 

 デリシャス棒の封を開けた彼は言うと、デリシャス棒二本の内一本をノゾミにあげた。それを受け取った彼女は「ありがとう」と天使のように可愛い笑顔で言った。

 

「まだまだ時間はあるからさ! もうちょっと回ろうよ」

 

「そうですね」

 

 彼女がそう言って、立ち上がろうとした時だった。

 

「——痛ッ」

 

 突然、ノゾミはそう息苦しそうに呟くと、胸を手で強く握り、その場で蹲る。

 

「ノゾミ? ——ッ!? 大丈夫か?! ノゾミ?!」

 

 彼は焦りを見せた様子でノゾミに駆け寄る。その瞬間、彼の顔が青ざめた。それは何故かというと彼女は呼吸を荒くしており、尋常じゃないほどの汗をかいていたからだ。

 

 さすがに辺りも彼女の異変に気づいたのか、ザワザワと騒然の空気となる。そんな中、ノゾミは荒くなった呼吸を必死に整えようとする。が、それ自体を体が拒否しているのか、一向に荒い呼吸が治まらない。

 

「——今すぐ救急車を!!」

 

 ハヤタは自身の彼女の身の危険を感じ、休憩室にいた生徒にそう呼びかける。すると、生徒たちのざわめきを察知した数名の教師がノゾミに駆け寄る。

 

 騒然となった空間の中、ノゾミはその場で意識を失ってしまう。

 

 ※

 

 ノゾミが意識を失って数分後、救急車が到着し、彼女は担架に乗せられ、救急車に運び込まれると、そのまま病院に向かっていた。いつかは覚悟しておくべきだったのだ、いつか必ずこのような日が来ることを。

 

「ウソ……ノゾミっちが救急車に運ばれたってホントなの?!」

 

 ヒロミは焦りを見せた様子で言うと、ハヤタはコクリと首を縦に振った。

 

「で、でも大丈夫だよね! ノゾミっち、いつも元気だからきっと無事だよね!」

 

 ヒロミの言い分を聞いていたリョウとハヤタ。彼女は知らなかったのだ、ノゾミに余命があることを。そんな中、リョウは暗い顔をしたままヒロミに打ち明けた。ノゾミには余命があり、その余命がもうない事を。

 

「……ウソ、ウソ、こんな時に変な嘘をつかないでよ! だって、ノゾミっちは……ノゾミっちは……」

 

 あの時のハヤタと同じように、現実を受け止めきれないヒロミ。しかし、ハヤタとリョウの重い顔を見た彼女はそれが事実だということを認識すると、顔を俯かせたままどこかへ行ってしまった。

 

「ヒロミ! 待てって!」

 

 リョウはそう言って、走り去っていったヒロミを追いかけた。どうすればいいのだろうか……自分は一体何をすれば良いのだろうか……。

 

 一人取り残されたハヤタは、無言のまま文化祭が始まっている学校の校門を出た。

 

 ※

 

 ハヤタが学校を出た時刻から数十分が経過した頃だろう。

 

「……」

 

 彼がトボトボとふらつきながら歩いていると、ふと脳裏にノゾミと作り上げてきた思い出が過ぎる。ハヤタは顔を暗くしたまま家に帰ろうとする。ノゾミが死ぬ姿を見たくないから、ノゾミが自分の元を去っていくのが怖いから、ノゾミのいない現実を受け止めるのが嫌だから。

 

 ふとその瞬間だった、彼の頭にリョウのある言葉が過ぎる。

 

『おう、そしてもう一回伝えちまえ! お前の思いを!』

 

 その言葉を思い出した彼は進めていた足を止めた。

 

 伝えなきゃ、自分の思いを……。

 

「——クッ」

 

 ハヤタは家とは逆の方向に向かって走り始める。そして、ポッケから携帯電話を取り出すと、すぐさまシズエに電話をかけた。

 

「あの! シズエさん! ノゾミが今どこの病院にいるか分かりますか!? ……分かりました! 今すぐ行きます!」

 

 ハヤタは体力と息を切らしながら、彼女との電話を終えた。間に合ってくれ! 走るんだ絶対に間に合わなくちゃ! もう一度思いを伝えるために!!

 

 ハヤタは全速力で学校の近くの駅まで走った。駅に到着した彼はすぐさま電車に乗り、電車内で切符を買った。

 

 ※

 

 自分が降りるべき駅に着いた彼は、今まで出したことがないくらいの速さで電車を降りると、そのまま彼女のいる病院まで直行した。

 

 彼はハアハアと息を切らしても足を止めない、次第に足にズキズキと痛みが走る。そんな痛みに歯を食いしばって堪えるハヤタ。

 

 彼がその痛みと闘っていると、目の前にノゾミが搬送されたであろう病院が見えてきた。

 

 そして、直ぐに病院に乗り込んだ彼は、受付の人にノゾミがいる部屋の番号と階数を教えてもらうと、急いで彼女の元まで走って行った。

 

 ※

 

「ここ……か……」

 

 ノゾミの病室に着いたハヤタは、ガラッと部屋の扉を開ける。扉を開けた先にいたのは、目に浮かんだ涙を拭っているノゾミの両親が居た。

 

「……ハヤタくんじゃない、君もノゾミを心配してここに?」

 

 シズエは止まらない涙をハンカチで拭いながら言った。

 

「はい……」

 

 彼はそう言うと、恐る恐るノゾミの元へ歩み寄る。その瞬間、自分の目に入った彼女の姿は、口に酸素マスクを付けており、身体中に幾つもののくだが繋がれていた。


「先生は『今が山場』て言ってたわ」

 

「そうですか……ノゾミ」

 

 ハヤタは眠っている彼女にそう呟いた。その時だった、ノゾミの目が微かに開いた。

 

「ハヤタ……」

 

 ノゾミはかすれた小さな声で彼の名を呼んだ。

 

「ノゾミっち!」

 

「ノゾミさん!」

 

 突然、後方から聞き覚えのある声が聞こえ、ハヤタは声の方へ振り向く。そこに居たのは息を切らしているヒロミとリョウだった。

 

「ヒロミさん、リョウさん……」

 

「ノゾミっち! アタシアタシ! 絶対にノゾミの事忘れないから! だからだから、ノゾミっちも私の事……忘れないで……お願い」

 

 ヒロミはノゾミに歩み寄り、目に大粒の涙を浮かべ言うと、ノゾミはうんうんと首を縦にゆっくりと振る。そして、リョウも彼女の元へ行く。

 

「ノゾミさん、ハヤタの事ずっと面倒を見てくれてありがとな! あっちに行っても俺達のこと忘れないでくれよ?」

 

 目に涙を浮かべた彼女は、彼の問いかけに頷いた。

 

「ノゾミ……ノゾミ! 僕は僕は! 君の天使のような微笑みがずっと好きだった! いつも僕のことを心配してくれたり、僕に何かあった時はいつも寄り添ってくれたり、僕はノゾミに返しても返しきれないほどの恩を貰った! いつも天使のように可愛くて! 困っている人がいたら必ず助ける! そんなカッコイイ君に! だから僕は君に惹かれたんだ!!!」

 

 ハヤタは心の底からの思いを彼女に伝えた。すると、ノゾミは大粒の涙を流しながら、

 

「私もハヤタの事が大好きです、とても幸せです……私の為にやりたいことリストを作ってくれてありがとう、私の真っ白な思い出に色をつけてくれてありがとう、こんな私を好きになってくれてありがとう、私の彼氏になってくれてありがとう、私はとても本当に幸せでした、ありがとうございました」

 

 彼女は天使のような微笑みを浮かべながら言うと、ノゾミはハヤタに手を差し伸べる。

 

 差し伸べられた手をハヤタはギュッと握る。握ると彼女の手はとても冷たく、だんだんと彼女の目から光がなくなっていく。

 

「ハヤタ……」

 

 彼女はそう言って、自分に残った最後の体力を使い、付けていた酸素マスクを取る。ハヤタはそんなノゾミの唇に自身の唇をのせた。

 

 ノゾミとハヤタは最後の数秒間だけキスをし、彼女の口から自分の唇を離し、ゆっくりとノゾミに酸素マスクを付け、彼女の体を横にした。

 

「本当に今までありがとうございました、お父さん、お母さん、ヒロミさん、リョウさん、ハヤタ、私は幸せでした、天国に行っても貴方たちを見守ってるね」

 

 彼女はそう言い残すと、見開いていたノゾミの目は眠るように閉じ、心電図モニターの数値がどんどんと下がっていく。そして、

 

 ピーーーーーー。

 

 ※

 

 あの日からノゾミがこの世を去って三日が過ぎ、ハヤタは葬式を終えて、ノゾミの家で彼女の遺留品の整理を手伝うことにした。

 

 初めて入ったノゾミの部屋。彼女のその部屋はとても綺麗で散らかった物など一つもなかった。ふと、ベッドの方に視線を向けると、そこにはハヤタが射的で取ってあげたパンダのぬいぐるみが、大事そうに飾られていた。

 

 さっそく遺留品を整理しようとした時だった、彼女の勉強机の上に一通の手紙が置かれており、そこには『ハヤタへ』と書かれていた。

 

 彼はゆっくりと手紙を開いた。

 

『初めて人に向けて手紙を書くのは少し緊張しますね。

 

 この手紙を読んでいるということはもう私はこの世にはいないということでしょう。

 

 海に行ったことがない私を海に連れて行ってくれてありがとうございます。思ってた以上に楽しめました。少し泳ぐのは緊張しましたがヒロミさんのお陰である程度泳ぐことは出来ました。とても楽しかっです。

 

 夏祭りもとても楽しかったです、二人で一緒に見た花火は決して忘れません、貴方が隣で本当に良かったです。捻挫してしまった時、貴方が応急処置をしてくれてる姿はカッコよかったです。

 

 私の為に取ってくれたパンダのぬいぐるみは大事に取ってあります。とても可愛かったのでよくそのぬいぐるみとよく一緒に寝ていました。恥ずかしいものですね。射的をしている時のハヤタくんの横顔とてもカッコよかったです、夏祭りのことは忘れられません。

 

 ずっと貴方と居たかった、ずっと貴方と映画を見ていたかった、映画の時はつい甘えてしまい、もたれかかってしまいました、ごめんなさい。

 

 貴方と離れ離れになるのが怖いです、離れたくない、離れたくありません、ずっと貴方に貰ってばかりでした、とても幸せでした。

 ハヤタくん、貴方の事が大好きです、愛してます愛してます死んでも愛してます、どこにいても貴方を見守っていたい、これから貴方がどんな道を進んでいくのかが楽しみです、愛してます本当に本当に大好きでした、いつまでも応援しています』

 

 気づけばノゾミの手紙には大粒の涙がついていた。堪えても目から溢れ出る涙。目が枯れそうなくらいの涙を出し切ったハヤタは、ノゾミが書き残した手紙を大事にポケットにしまった。

 

 ※

 

 ノゾミがこの世を去って10年という年月が過ぎ、立派な大人になったハヤタはノゾミの墓の前に来ていた。

 

「なぁノゾミ、リョウとヒロミ結婚したんだぜ? 凄いよなぁ、あの二人、高校卒業しても仲が良くてさ、めちゃくちゃ羨ましかったよ。

 そうそう僕さ、自分が務めている会社の仕事で重要な役割を担うことになったんだよ、その仕事が成功すれば昇進間違いないてさ。

 ノゾミ、見ててくれよ僕が仕事を成功させる所をさ」

 

 それを言うと、突然、強い風が吹いた。その時だった、一瞬墓の前に天使のように微笑んでいるノゾミがいたように見えた。

 

『はい、楽しみにしてます!』

ここまで読んでくださりありがとうございます!

初めての短編なので不安な所はありますが、無事完走出来ることができたので良かったです。

またいつの日か短編小説を書きたいと思っています!

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