青の約束
ぼくたちが見ている空は、本当の空の色じゃないってパパは言う。そして、ぼくたちが知る海は、本当の海の色じゃないってママは言う。
パパやママが知る本当の空と海は、パパやママがぼくの年頃だった頃に、失われてしまったんだって。
いつの日にか、この世界に生まれ来るぼくたちに、安心して暮らせる世界を、そして美しい青い空や海を残そうって、様々な国の人達が知恵を出し合って、いくつもの約束を作り出していくそのさなか、一番大切な約束が破られてしまったんだ。
ぼくたちが知ることが出来る世界は、ぼくたちが歩くことができる場所と、数少ない本の中に書かれている物のみ。
ぼくたちが知ることの出来る世界の色は、闇の黒と太陽の白と炎と血の赤。青は色褪せた本の中だけ。
ぼくたちが耳にする音は、危険を告げるサイレンと、ママが時たま口ずさむ歌だけ。音楽は丸と棒の組合せ、音符っていうんだっけ? その音符も本の中だけ。
ぼくたちが感じることが出来る匂いは、焦げ臭い匂いと目から涙が出てしまう腐りゆく匂い。
本に書いてある花の匂い、シャボンの匂い、美味しい匂いって何?
ぼくたちが知ることが出来る味は、ただ空腹を満たす食べ物の味。本の中に描かれた料理の味なんて、匂いと同じで想像すらできない。
ぼくたちが知る感触は、何もかもが壊れていて、ゴツゴツした感触がほとんど。それを自分の手で触れるのは、安全なのか調べに調べた物だけ。
ぼくのように、自分の足で歩け、自分で物事を話せるようになった子どもは、薄い生地が焼ける音と匂いで目が覚め、白っぽくカスカスした触感のそれをお腹へと詰め、外に出る用意を順番にする。
自分の名前と血液型、それにパパとママの名前が書かれた札を縫い合わされた下着に替え、その上から毎日着ている服を着る。
外のそれも安全な場所とそうじゃない場所のギリギリを歩く時は、膝まで伸びる靴下の上から、足首まで覆う靴下をさらに重ね履く。ちなみにどの靴にも固い板が入っていて、靴の中はたちまち汗でびっしょりになる。
さらに風が強い日は、手、首、顔まで覆わないと、飛んでくる異物で怪我をすることが多く、そういった怪我は命が失われることがあるそうだ。
家の外には、機械仕掛けの犬と猫が待ち構えている。視力を失ったり弱くなってしまった人たちのために開発された機械仕掛けの犬と、足場の悪い場所に混在する危険物を感知する機械仕掛けの猫。何度も修繕を繰り返されながら、ぼくたちの歩く先の安全を確かめてくれる。
機械仕掛けの動物は他にもいて、ぼくにはこの二台の他に、危険物ではないと確認された廃棄物を集め、粉砕する亀がいる。
ぼくたちの毎日の日課は、これらの機械の力を借りて、安全に歩ける場所を広げ、ぼくたちの生活を支える水と食糧を生み出す池や畑、それから、他の人たちと交わるための道を造り、疲れた広場に集まって本を読んだりする。
「ねぇ、パパ、今日はどうするの?」
「西の池の様子を見てから広場へ行こう。先日、お前が作ったあれをみんなに見せよう」
「やった!」
ぼくとパパは西の池に行く。
西の池は広場を中心に放射線を描いて住む人々が、新たな水場として長年かけて開拓したところ。
みんなが持っているありったけの犬と猫で危険物を取り除き、地面を掘り出てきた廃棄物を亀で少しずつ取り除き砕き、人工蜘蛛の巣を周りに設置して水を集め、開拓した池の周りに、みんなで植物を植え種を蒔いた。
あれから約半年。池はどうなっているのだろう。
ぼくはママが時たま歌う歌を歌いながら、その池に向かう。その池へと向かうに連れて、ぼくが今まで見たことがない色が匂いが次々と現れる。そうして、
「ねえパパ、池の色とその周りの色、ぼくが作ったあれの色と同じだね」
「ああ、そうだ。青、碧、緑…… またこの色を、この眼で見ることができるなんて、なんと嬉しいことだろう」
パパは目頭を押さえながら、そう言う。
ぼくはポケットに入れていた、亀が粉砕した廃棄物を練り、丸めて作ったそれを取り出す。
それはぼくが手のひらの上に置くや否や、ふわりと浮きあがり、くるりくるりとゆっくり回り出す。
青、碧、緑が美しい小さな球体。
「お前は私達が知る地球の小さいそれを造り出したんだよ」
――青い地球を再び。
これがぼくたちの未来へと違えることが出来ない約束。