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Chapter 3:love you

***

2022年10月完結予定

***


「今のじゅんを忘れない。」


2年前。

博多慰霊山笠祭に、僕は足を運んでいた。

大きな飾り山が、街を練り歩いていた。

走る飾り山と舁く山が、博多の人たちを喚起させている。

竹内たけうち 太郎たろうが、手を振ってきた。

「潤、遅ぇよ!!」

特に約束をしていた訳ではない。

ただ、この街に住む人たちであれば、当然にこの祭りに参加する。

「宿題に手間取って。」

太郎がため息を溢した。

「こんな大事な祭りの日にまで、宿題かよ。」

多くの場所で山笠が飾られ、街を彩る。

その華やかとは裏腹に、博多魔術国には苦しい呪縛があった。

太郎が一つの山笠の前に足を止める。

僕も目を閉じて、なぎのことを思った。

「凪兄さん、ありがとう。」

太郎の小さな声が、僕には痛々しく感じた。

浴衣姿の少女が「すっごい。華やかな山笠。」と、目の前の山笠に見とれていた。

その少女は、ここら辺の人ではなさそうだった。

「そうだろう!!」と、太郎は自慢げになっている。

「博多って、こんなに綺麗な場所だって知らなかった。」

僕が「博多は初めてなんですか?」と、聞いた。

「家庭の事情で、私だけ博多に引っ越すことになって、明日から学校の寮暮らしなんです。」

「もしかして、博多魔術学園?」

太郎の問に「もしかして、学園の人ですか?」と、少女は言葉を返した。

太郎が「そうそう!!これからよろしく!!」と、嬉しそうに挨拶をする。

「私は、新田にった つむぎです。よろしくお願いします。」

「俺は、竹内たけうち 太郎たろう。よろしくな。」

「僕は、松岡まつおか じゅんです。よろしくお願いします。」

僕は「僕たちでよかったら、この辺りを案内しますよ。」と、言った。

紬は嬉しそうに「ありがとう!!薬局とかで日用品を買いたかったんだ!!」と、笑っていた。


次に紬と会うことになったのは。

「今日から転校して来ました。新田 紬といいます。」

太郎が「ええ!!」と、大声をあげた。

「竹内くん。昨日はありがとう。」

山崎先生が「太郎!!余計なことをしてないだろうな。」と、疑いの目を向けている。

「先生!!それ、なんですか?」

「竹内くんは、親切にこの街のことを案内してくれました。」

「ほら、先生。俺、偉いだろ?」

山崎先生が「普段の行いが悪いから、疑われるんだ!!」と、付け加えた。

生徒達が大笑いして「太郎じゃな!!」とか「いつものイタズラでもしたのかと思った!!」と、言っている。


博多魔術学園に転校生が来ることは珍しくない。

生徒達は、転校生を暖かく受け入れる。

同じ運命を背負う仲間として。


僕は借りていた本を、図書室に返却しに来た。

図書室のドアを開けると、クラスメイトの川口かわぐち みなとが、魔法に関する専門書を読んでいた。

同じような本を紬も手に取り、中身を確認している。

湊が「その本は、あんまりだったよ。」と、別の本を差し出した。

「ありがとう。」

「もっと強い魔法が使えたら、いいのにな。」

紬は下を向いて「ええ・・・」とだけ、答えた。

僕は二人に話しかけずに、教室に戻った。


あっという間に、1ヶ月間の長期休暇になった。

いわゆる「夏休み」が始まった。

長期休暇といっても、ほとんどの学生が寮に留まる。

僕も、特に行き場があるわけでもなく、学生寮に残っている。

クラスメイトの吉田よしだ りつが、原口はらぐち あんと、夏休みのことについて話していた。

「芦屋海水浴場。近くて、良くないか?」

杏は「どのメンバーで行くの?」と、参加者を気にかけている。

どこからともなく「私、行きます!!」と、紬が手を上げて、立候補した。

「じゃあ、俺も。」と、湊も手を上げる。

太郎は「熱血!!ビーチバレー大会、やろうぜ。参加する!!」と、手を上げる。

井上いのうえ 一華いちかが「私も参加させてください。」と、手を上げた。

僕は大勢が苦手だったので、行くことを躊躇していた。

紬が「松岡くんも、行くよね!!」と、少し怖い笑みで、こちらを見た。

「どうしようかな・・・」

「こないだ、私の・・・」

僕は何を言い出すんだ、と思って、手を上げた。

「はい。これで6名。」と、紬は満足そうだった。


旅に出ることは、嫌いではない。

博多からの直行バスに乗ることをせずに、僕らは炎天下、魔法でひとっ飛びすることとした。

太郎が「ほうきがあったら、絵になるな。」と、ふざけた。

太郎がほうきを持っても、絵にはならないだろう。

「たぶん、ならないと思う。太郎は。」と、杏がはっきり言った。

「どうしてだよ!!」

「私がほうきを持ったら、カワイイ魔女になれるかもね。」

杏は太郎に自慢げに言った。

たしかに、杏は顔立ちが整っているから、カワイイ魔女になれそうだった。

「いつも、本、持ってるから。魔女なら、新田じゃない?」

僕も紬が魔女になったら、なんとも言えない気持ちになると思った。

僕は「確かに。」と、つい言葉を出した。

一華が「松岡くん。惚れた?」と、誰にも聞こえない声で、僕に聞いた。

「や、やめてください。」と、一華に答えた。

博多はドーム状に魔法が展開されていて、その中は綺麗な青い水と空が広がっている。

僕が「今日も空が綺麗ですね。」と言うと、太郎は下を向いた。

博多の空は、青空でも魔法で真っ青ではない。

紬がそんな太郎を見つけて「ほら!!青い空と水は、みんなのエネルギーが詰まってるんだから、大きく息を吸って、吸収しちゃいな!!」と、背中を叩いた。

「いってぇ!!なに、言ってるんだよ!!」

紬は太郎の過去を、それとなく理解していたんだと思う。

ようやく、芦屋海水浴場に到着した。

海には、若者達が溢れて、活気づいている。

海の家に駆け込むと、水着に着替えた。

一華が白とオレンジのハイネックビキニに着替えた。

紬は白とピンクのリボンデザインのフリルに着替えた。

杏は黒のレースアップに着替えてきた。

「川口くん。かっこいいです。」と、一華が白と紺のサーフパンツ姿に喜んでいた。

「俺様の腹筋を見たまえ!!」と、太郎がオレンジ色のサーフパンツ姿で、体自慢している。

律が「これ、恥ずかしいです。」と、欧米風のビキニ姿になり「俺のお勧め通り。似合ってるな!!」と、太郎が笑っていた。

僕は無地のサーフパンツ姿となった。

海の家でパラソルを借りると、僕と湊と一華が、砂浜にパラソルを立てた。

太郎が「おっしゃ!!泳ぐぞ!!」と、海に駆け込んでいく。

杏が太郎の後に続き「冷たくて、気持ちいい!!」と、喜んでいる。

「潤も早く来いよ!!」

僕は太郎に呼ばれて、海に走った。

紬と湊が、パラソルの下から手を振った。

律がゆっくり泳いで近づいて「最近、よく一緒にいるところ、見かけます。」と、疑いの目をする。

「青春だ!!」と、太郎が大声を出す。

一華が「そこまで、興奮しなくても。」と、少し引いて見せた。

「竹内!!あそこまで、どっちが早く泳げるか、勝負!!」

杏がブイを指差すと「よっしゃ!!やるぜ!!」と、太郎が喜んだ。

「行きますよ。スタート!!」

律が号令をかけると、太郎と杏が勢いよく飛び出していった。

一華が「あの二人こそ。お似合いのような気もします。」と、僕に言った。

「熱血系ですからね。」

律は「そうかな。」と、あまり快く思ってなさそうだった。

二人の勝負は太郎が勝利したようで、太郎が喜んでいた。

「男が勝つ!!」

「前時代的な発想!!」

杏が太郎を睨みつけた。


僕と一華は、泳ぎ疲れてしまい、パラソルに戻った。

「井上さん。大勢とか苦手かなって思ってたけど、今回はどうして参加したんですか?」

一華がドキッとした顔をして、少し考えて口を開いた。

「思い出作りって、大切だと思ったんです。」

「思い出作り?」

「私って、いつも受け身で、言われたとおりに物事をこなしてきた。何となくだけど、みんなと比べて嬉しいとか悲しいとか、そういう感情が欠落しているかなって思ったんです。」

「ずいぶんと、難しいこと考えてるんだ。」

僕は、本当のことを隠すための理屈なのか、本当にそう思っているのか、と思った。

奏が、僕たちを手招いた。

「そういえば、いつ、ビーチバレー大会、やるんだろう?」

「今は、競泳大会みたいです。」と、一華が応えた。


僕たちは、ビーチバレー大会とスイカ割りをして、海水浴場から離れた。

宿は歩いて数分のところにあった。

太郎は疲れ切って、言葉を失っていた。

「荷物、引きずってるよ!!」

杏が太郎の尻を蹴った。

「なに、するんだよ。」

「さっきまでの勢いは、どこいったんだか。」

「うるせぇ!!」

この二人を見ていると、僕はほほえましく思えてならなかった。

宿に着くと、男女に分かれて部屋に入った。


僕は一人で、海岸沿いを散歩していた。

波が穏やかで、気持ちがよかった。

海の「青さ」が、心を落ち着かせた。

しばらく歩いていると、神社が見えてきた。

出店がたくさん並んでいる。

少し歩いていると、紬の姿を見つけた。

紬が浴衣姿で人を探しているようだった。

「新田さん。誰か探してるんですか?」

「杏と一華と、一緒に来たんだけど、二人ともどこかに行っちゃって。」

僕が「迷子ですか?」と、問うと「迷子ではありません。」と、紬が笑った。

「そういえば、いつも魔法の本、読んでますよね?」

「私の知らない魔法が、たくさんあるんだなって思うと、ワクワクするんです。」

「確かに、初めて成功した魔法は嬉しいです。」

僕は向日葵の髪飾りに気が付いて、そっと見た。

紬が僕の目線が髪飾りにあることに、気が付いた。

「似合う?」と聞かれ「夏らしくていいと思う。」と、僕は応えた。

紬は嬉しそうな顔を、あまりしなかった。

僕たちは気が付くと、小さな崖の上にいた。

「真っ黒な海は怖い。」

月明りで照らされた海は、目視では深さがわからなかった。

紬が「ほんとだ。どのくらいの高さなんだろう。」と、崖から下を見た。

静かな海は、すべての物事を飲み込んでしまうような錯覚を覚えた。

気まぐれの風が、僕たちを襲う。

「危ない!!気を付けてください。」

「大丈夫!!」と、紬が身をかがめて、風が弱まるのを待つ。

黄色の花が風に飛ばされて、海に落ちていくのを、僕は目視した。

風が収まると、紬の髪飾りを確認した。

「さっき、髪飾りが飛ばされていた気がするんだけど。」

紬が自分の頭を触り「ない。」と、ショックを受けている。

紬の顔が青白く変わっていくように、僕には見えた。

「あの髪飾りは、大事な物でした?」

紬は「また買えば、大丈夫。」と言うが、言葉とは裏腹に顔色はますます優れない。

僕は身内の形見のような大切なものだと思い、「僕が何とかするから。」と、服を脱ぎ棄て、下着となって、崖から飛び込んだ。

紬が「大丈夫だから!!」と声をかけたが、その時には僕の体は空中にあった。

飛び込んだ勢いで、身体が沈んでいく。

僕が想像していた以上に、底が深く、波も荒れていた。

僕はライトを唱えると、海を照らした。

髪飾りの金具が反射して、自分がここにいると主張しているかのようだった。

僕は心の中で「見つかった!!」と、喜んだ。

向日葵の髪飾りに必死で手を伸ばすと、捕まえることができた。

ただ、僕は浮上する時間のことを計算していなかった。

浮上しようとすると、既に酸素がなくなり息苦しい。

必死に足を動かし浮上しようとするが、かえって酸素がなくなり、苦しくなる。

僕は苦しさで、意識が遠のいていく。

魔法の明るさも少しずつ弱くなり、海が暗黒を覆う。

僕は諦めかけたその時、僕の体をバブルが多い、酸素を供給し、海面まで浮上した。

「松岡くん!!なんとか、間に合った!!」

紬が崖下の岩場にいた。彼女の息はあがっているように思えた。

「初めて見る魔法です。びっくりしました。」

「何かの本で、海難救助のときに利用されていた魔法です。でも、たしかです。」

バブルが消えると、僕は魔法で宙に浮上した。

「はい。大切なものですよね?」

紬が「ありがとう。」と、髪飾りを受け取った。

しばらくすると、紬は目のやり場に困っているようだった。

「松岡くんって、意外と派手なパンツ、履いてるんだね。」

僕が顔を赤く染めると、崖上にある服を取りに急ぐのだった。


学生寮の部屋に飾られる「夏の思い出の写真」。


秋になると学園祭の季節になった。

博多魔術学園では、初等部は6年生から中等部、高等部はすべての学生が、それぞれにグループになり、企画をする。

僕たちは、来年から企画が必須となるため、その準備のため、いろいろな企画に参加する。

図書室の前では、紬と湊が古本市の手伝いをしていた。

「湊!!」と、僕が声を張ると、手を振って返した。

「僕の手塩にかけて集めたコレクション。どれか、買いませんか?」

「マニアックな本も多いですね。」

「なかなか捨てられなくて、先輩に相談したら、出品していいと言われて、助かった。」

紬が「私も困ってたから、誘いってもらえてよかった。」と、僕に本を見せた。

いつも図書館に通う二人のラインナップは、なかなかの玄人志向だった。

「このラインナップに対して、先輩からの一言は?」

湊が「素晴らしい!!」って、誇らしげに答えた。

確かに、初等部の学生が集めた本にしては、ある意味で素晴らしいのかもしれない。

紬のラインナップは、魔法に関する本が大半を占めていた。

「テスト対策になりますよ。」と、僕に微笑んだ。

どんな重箱の隅をつつけば、こんなマニアックな魔法がテストに出題されるのかと、苦笑いして返した。

「また、今度にしておきます。」

僕はこの場にいると、無駄遣いをしてしまいそうだと思い、別の場所に急いだ。

校庭では、高等学部の先輩が企画した、魔法迷路に太郎が参加していた。

時間内に迷路から脱出した場合には、プロテイン1年分、先輩方直伝のテスト対策ノート、学校附属ジム1年間優先利用権の、いずれかが与えられる。

見学者は、モニターで参加者の映像を見ることができる。

僕はモニターの前に座り、太郎の映像を見ることにした。

太郎は行き止まりの壁にさしあたり、壁に書かれた問を読んでいた。

「風に関する魔法のうち、ウィンドボムを防ぐのに有効な魔法を唱えなさい?」

太郎がしばらく考え込むと「熱で空気の流れを変える。ファイアーアローで、どうだ!!」と、壁にファイアーアローを打ち込む。

ファイアーアローが壁に衝突すると、数秒間、壁に刺さり、跳ね返ってきた。

「あっぶねぇ!!」と、太郎がファイアーアローを避けた。

僕が「ウィンドウォールが正解だと思います。」と、答えた。

ウィンドウォールは、風の壁なので、風を壁に沿って散らせる効果が期待できる。

ファイアーアローは、炎で空気の流れを作ることができるが、効果は小さかった。

僕が参加者を確認すると、一華の名前も確認できた。

一華は淡々と先に進み、あっという間にゴールしていた。

僕は律に声をかけて、出店をいくつか回った。

杏が金魚すくいにチャレンジしていた。

律が「何してるんですか?」と声をかけると、杏の網に穴が空いた。

穴から金魚が落ちていき「どうしてくれる!!」と、杏が立ち上がった。

律が「ごめんなさい。」と、素直に謝ると、先輩にお金を手渡した。

「吉田。こういうの苦手なんじゃない!!」と、杏が横目で律の手元を見ている。

律が集中して、金魚を見定めると、一匹の魚をサラッとすくい上げた。

「吉田!!」と、杏の恨めしい声がする。

「原口さんに、これあげるから。」と、律は金魚を差し出す。

「そういう問題じゃない!!」

律がもう一度、お金を手渡し、網を受け取る。

「コツがあるんです。やってみてください。」

律が杏に網を手渡すと、目をキラキラさせた杏がいた。

杏が網を入れようとすると「もう少し、ゆっくり、優しく。」と、律が声をかける。

「こんな感じ?」と、杏が様子を伺う。

律が杏の手を取り「この角度で入れてください。」と、助言する。

網が静かに水の中に入ると、金魚が網の近くに来るのを待つ。

「そっと、持ち上げる感覚です。」

杏が網の前に来た金魚を、そっとすくい上げた。

「やったぁ!!」

杏の喜ぶ顔を見ている律は、杏よりも嬉しそうな顔をしていた。

文化祭が終わると、学生寮に戻る学生と後始末をする学生がいた。

図書室の前には、先輩の手伝いをする湊と紬がいた。

紬の出品していた本は完売していた。

湊の出品していた本は、いくつか売れ残っていた。

湊が売れ残った本を紐で縛っていた。

「お疲れ様です。」と、僕は二人に声をかけた。

「お疲れ様。あとひと頑張りだったな。」

僕に湊が売れ残った本を見せた。

「どのタイトルも見たことがないです。」

「マニアックな本だから、誰かに拾ってもらえるかと思ったんだが。」

湊が残念そうな顔をしていると「私がもっと手伝えばよかった。」と、紬が言った。

「新田さんの本は、同じぐらいマニアックだったのに完売だからな。」

紬の男子学生人気を恨めしく思う湊がいた。

「じゃあ、僕は寮に荷物持って行くから。」

湊が本を持って、一度、学生寮の自室に戻っていた。

「そういえば。ずいぶん遅くなったけど、これ、受け取って。」

紬が一冊の本を、僕に差し出した。

夜光船やこうせん。」

「そう、夜光船。」

「私の一押しの本。松岡くんにも、読んで欲しいなって思って。」

「ありがとう。」

僕は紬からの御礼に心が躍った。

「小説版だから、読みやすいと思う。」

「魔法以外の本も、読むんですね。」

「この本は、特別かな。」

「特別?なんですね。」

僕は、紬と秘密を共有しているような気持ちになって、嬉しくなった。

ひまわりの髪飾りが、今日も光っていた。


僕は紬から受け取った「夜光船」を読むために、昼休みを図書室で過ごすこととした。

湊が「珍しい来客だな!!」と、僕の姿に驚いた。

僕は「やあ。」と、気のない返事をした。

「潤も古典にでも、興味を持ったのか。だいたい、ここに来る学生は、古書に興味がある奴だけだからな。」

「いや、そういうわけでは。」

「そうなのか。」と、湊がガッカリした。

本の返却をしに、紬が姿を見せた。

「松岡くん。珍しい。」

「ああ。新田さん。」と、僕は手を上げた。

紬は僕の手元の本を見て、僕に微笑んだ。

湊は僕たちに割って入るように「そういえば、今度の日曜日、遊園地に行かないか?」と、僕たちを遊びに誘った。

「そしたら、一華も誘っていい?」

「もちろん。じゃあ、4人で行こう。太郎には秘密な。面倒だから。」

紬の提案に二つ返事をする湊。

「それじゃあ、決まりで。」と、紬が話しを進めた。

僕の返事を聞かずに、二人で待ち合わせの時間などを決めていく。

「あ、あの。」

「ああ、大丈夫。朝、潤の部屋に迎えに行くからさ。」

僕の言いたいことの返答ではなかった。


人目を気にしたのか、駅前での待ち合わせだった。

「今日は電車に乗るんですね。」と、予定を知らない僕が言葉を溢す。

今日の服装を選ぶのに、僕はもう少し時間が欲しかった。

秋口なので、多少はオシャレとかしたいと思っていたので、湊に邪魔された。

湊は、綺麗なカーディガンとストレートパンツで、かっこよく決めていた。

僕は、湊に比べたらお子様な格好だなと、思っていた。

ピンク色のカワイイ雰囲気の装いの一華が、遠くに見える。

僕は、一華に手を振った。

その後ろに、ボーイッシュ姿の紬が居た。

「お待たせしました。」

僕たちは、さっそく電車に乗って、近くの遊園地に急いだ。

遊園地に着くと、紬が思い出に、いくつかの写真を撮っていた。

湊が「まず、定番のジェットコースター!!行きます!!」と、行列に並ぶ。

紬が湊の隣に並ぶと、一華は「私、苦手で。」と、戸惑っている。

「二人で行ってきてよ!!」

僕は一華と、二人を待つことにした。

二人がジェットコースターに乗り込むのを待っていたかのように、二人を乗せたジェットコースターが走り出すと、一華が僕に話しかけてきた。

「松岡くん。紬のこと、好きでしょ?」

僕は「え!?」と、反応するしかなかった。

「見てれば分かる。私に似てるから。」

僕はどういう意味なんだろうと思った。

「私は、川口くんが良いなって思ってるんです。」

「僕はよく分からないかな。」

「例えば、紬の困ってる顔を見てたら、放っておけないなって思ったり。」

「そういう風に思ったこと、ありました。」

「何かしてもらえたり、凄く嬉しかったり。」

「文化祭の時に、本をもらって嬉しかったです。」

「そういうのを、恋って言うんです。」

僕は若干違うような気がした。

「そうなんですか。」

「友達とも違う感情がわき上がって。ふと、その人を思ってしまうんです。」

一華が湊を見て、ときめいていた。

「僕、応援します。」

「けど、川口くんは紬のこと気にかけてると思うんです。だから。」

「だから!?」

「松岡くんに、紬を射止めてもらわないと、私に勝算ないなって。」

「そんなことないです。井上さん、誰よりも女の子しているから、カワイイと思うし。」

「川口くんは、そういうのタイプじゃないのかもしれません。」

「そういう話し、湊としたことなかったから、分からないけど。こうやって、一緒に遊んでるから、脈が全くないわけではないと思います。」

「そうですよね。」

二人を乗せたジェットコースターが、静止する。

二人の会話も、同時に静止した。

一華は二人に近づくと「見てるだけで、お腹いっぱいです。」と、言った。

「すごいスリルだった。」と、楽しそうな湊がいる。

一華は楽しそうな湊を見て、楽しそうにしている。

僕は恋って、そういうものなのかと実感した。

「お待たせ。」と、紬が僕に言葉をかけた。

「あっちこっちに行くから、目が回りそうでしたね。」

「思ったよりは、激しくなかったかな。」と、紬が感想を言った後に「一華のこと、ありがとう。」と、付け加えた。

次に向かったのは、お化け屋敷だった。

僕はお化け屋敷が大の苦手だった。

「今回も僕は待ってます。」と、逃げようとすると、湊が僕を捕まえた。

「こんなに休んでいたら、何しに来たか、分からないじゃないか!!」

紬と一華は、先にお化け屋敷に入っていった。

「先に行かれちゃっただろ?」

「だから、僕は、大丈夫です。」

湊に手を取られ、強引にお化け屋敷に入っていく。

足下が暗く、湊の手をギュッと握る。

「痛いだろ?」

「無理矢理に連れてきたんだ。責任を取ってください。」

「どんな、責任だ。」

狭い通路にさしかかると、僕はイヤな予感がした。

頭上から冷たい空気が流れると、目の前に青白い人のようなモノが落ちてきた。

「うわぁ!!」と、僕が逃げようとすると、奏が引き留めた。

「人形だ。人形!!」

一瞬で人形は姿を消し、僕をあざ笑うかのようだった。

何度か恐怖で、湊に抱きつくと、ようやく出口にさしかかった。

「相手が女性陣だったら、セクハラだからな。」

湊は、無理矢理にお化け屋敷に誘い入れたことを、少し後悔しているようだった。

出口には、紬と一華がソフトクリームを食べながら、二人を待っていた。

「ごめん。時間がかかりそうだなって思って、ソフトクリーム、食べちゃった。」

紬は美味しそうにソフトクリームを食べている。

「こんなに潤が、お化け屋敷が苦手だったなんて、知らなかったよ。」

「僕は、だからイヤだったんです。」

「まあまあ、これも思い出です。」と、紬が言葉をとってつけた。

僕が疲れた顔をしていると「あれで、少しゆっくりしましょう。」と、一華が観覧車を指さした。

なんとなく、一華の目的は観覧車なのかなと、僕は思った。

「すいません。付き合ってもらえませんか?」

湊に一華がお願いをする。

「全然、かまわないよ。」と、湊が返事をした。

「私たちは、少し休んでから、行くね。」

僕は紬が僕に気遣ってくれた、と思った。

「あのふたり、上手くいくといいですね。」

僕が紬に切り出すと「気がついてたんだ。」と、紬は笑った。

「一華は古風なモノが好きだし、川口くんは古典が好きだし、気が合うと思うんだよね。」

僕も紬に同感だった。

「高いところは、大丈夫?」

「お化け屋敷でなければ、大丈夫です。」

紬は小さく笑った。

「魔法を使えるのに、お化けが苦手って、ちょっと面白かも。」

「雰囲気が苦手なんです。」

「お化け屋敷を魔法で壊しちゃったりして。」

考えてみれば、魔法が使える僕らが観覧車やジェットコースターで遊ぶのは、不思議な光景だと思った。

魔法で宙に浮いたり、急速で移動したりする僕たちにとって、ある意味では日常的なスリルな体験とも思えた。たぶん、雰囲気を楽しみに来ているんだなと、僕は考えた。

「流石に、そこまで取り乱したりしないです。」

「そうなんだ。」

「はい。」

観覧車の行列には、恋人達が列を作って並んでいる

僕たちも恋人達に紛れて、並んでいた。

夕暮れが空を染める頃、観覧車に乗る僕たち。

「空を飛ぶのと。やっぱり、違うな。」と、紬が外を見ている。

「どうしてですか?」

「地に足が付いていると、ホッとする。」

「確かに、ホッとします。」

しばらく、無言が続く。

「夜光船。読んでくれてるんだ。ありがとう。」

「人類が科学と魔法のエネルギーを使い果たす前に、神様ではなく人間自身が創造する未来の船に乗り込み、新しい世界へ旅立つ物語。」

「人類が世界を朽ちさせたのに、人間はそれでも生きようと足掻く。」

「人間らしいといえば、人間らしいです。」

「新しい世界って、どんな世界なのかなって、ずっと考えて。それで、この本が何時しか好きな本になっていたの。おかしいでしょ?」

「別におかしくはないと思います。人それぞれの価値観で、物語が人それぞれに完結していく。本は、そういうモノだと思います。」

また、しばらく、無言が続く。

「今日はありがとう。付き合わせちゃって、ごめんね。」

「僕は楽しかったから、謝らないでください。」

僕は謝られると、なぜか胸が痛くなった。


年が明けて、あっという間に初等部6年生になった。

特にクラス替えもなく、いつものメンバーが、新しい教室に顔をそろえた。

チャイムが鳴ると、担任の山崎先生が「今年もよろしく頼む。」と、挨拶をした。


あっという間に、博多慰霊山笠祭の季節になる。

街が騒々しくなると、クラスも騒々しくなった。

女子学生が涙を流していると「喜ばしいことだ。門出を祝ってやらないとな。」と、男子学生が苦しげな顔で、明るく振る舞っていた。

太郎は何も言わずに、教室の外に出て、しばらく姿を消していた。

僕が湊に「この雰囲気は、何事ですか?」と、聞いた。

湊が「うちのクラスから選ばれた。」と、淡々と答えた。


博多魔術国は、博多中央部に魔術炉がある。

魔術炉によって、博多魔術国を維持する多大なエネルギーを創出している。

同時に、他国からの攻撃を防ぐため、大召喚獣を創造するための装置として魔術炉がある。

魔術炉の動力源は、選ばれた者の生命エネルギーそのものだった。

魔術炉に入った者は、自らの命を燃やし尽くし大召喚獣となり、この国を守る。

そして、敵を撃破した後、残余した魔法エネルギーを蓄積し、豊かな生活のエネルギー源として、利用している。


学校の授業では習っていたことであったが、初めて自分のクラスメイトから選抜されることに、誰もが抵抗を覚えていた。

「私たちは、選ばれた魔法源だから、豊かな生活ができる。仕方ないことです。」

僕の暗い顔を見て、一華が声をかけてくれた。

「理屈では分かっています。けど、現実が襲うと、怖くなります。」

「次、敵国が攻めてきたときが、お別れだなんて・・・」

一華も頭で理解しているが、受け止められないでいるようだった。


教室の雰囲気は暗く、晴れることはなかった。

音楽の時間でも、それは同じだった。

紬が「私、謳います!!」と、前に出て、歌い出した。

明るい元気な歌が、みんなを覆った。

「俺も歌う!!」と、生徒達が歌い始める。

紬が「めそめそしても、仕方ないよ。」と、声を張った。

杏は紬の言葉に頷いていた。

「今を必死に楽しもう!!私たちにできることは、それしか無いじゃない!!」

学生達は歓喜の声を上げた。

僕は紬の言葉の力に、凄いと感じていた。


放課後の教室。

僕はなんとなく、教室の机に顔を埋めていた。

「まだ、居たんだ。」と、紬の声がした。

「ちょっと、疲れました。」

「そうだね。私も疲れた。」

僕は紬が疲れていたんだと、そのとき、知った。

「今日、凄いなって思った。新田さん。」

「音楽の時間のこと?小説のワンシーンにあったんだ。」

「そうなんだ。」

「川口くんにはバレて、彼、笑ってたね。」

僕が知らない紬を、湊は知っているのかと思うと、イヤだった。

「そうなんだ。」

「あの小説に少し似てるよね。犠牲のうえに成り立つ、私たちの生活って。」

「どうして、そう思うんですか?」

「エネルギーを使い果たしていく人類と、本当はエネルギーがない今の私たち。エネルギーがないから犠牲を強いるこの世界。」

「新たな世界に旅立つ場面は?」

「私ね。こんな生活が永遠に続くとは思わないんだ。いつかは終わる。終わりが来たら、新しい生活、つまり強制的に新しい世界になる。だから、共通しているかなって。」

「新しい世界って、人類にとって心地良い世界だと、僕は思ってた。」

「人間は身勝手にエネルギーを使い果たしてしまうわけだから、何にも罰がないなんって、都合が良すぎるもの。おそらく、生き残るための罰は受けるんじゃないかな。」

「新田さんは、人間に厳しいです。人間が嫌いなんですか?」

「どうなんだろう。今の生活は好き。だけど、罪悪感がある。私たちだけが、幸福に生きてるってことに。」

僕は紬の言葉を理解していないように思えた。

紬は僕とは違って、大人なんだなとも感じた。

紬が急に笑って「なんてね。」と、ごまかして見せた。


街では、博多慰霊山笠祭の準備が着々と進んでいた。

山笠の前で、呆然とする太郎がいた。

「太郎!!」と、僕が声をかけるが、反応がなかった。

太郎の隣に立つと、ようやく気がついた。

「ああ。どうした?」

「いや、どうしたって。」

僕は山笠を見上げた。

「クラスメイトが大召喚獣になるって、変だな。」

「変?」

「変だ。」と、太郎が僕の言葉を繰り返した。

太郎が山笠をゆっくり舐めるように見ている。

「兄貴が大召喚獣になった日まで、大召喚獣になることは偉いことだって教えられて、そう思ってた。兄貴がいなくなって、どうしようもない感情になった。兄貴がいなくなっても、博多は何一つ変わらずに、人が暮らしてる。兄貴に関わった人は、感情を押し殺して、いつものように暮らしてる。変だろ?」

「犠牲のうえに成り立つ平和が、偽りにも思えます。」

「しばらくすると、俺にも博多魔術学園への招集通知が来た。」

「両親は、悲しんだんですか?」

「招集通知に抗議した父は射殺されて、母は持病が悪化して、他界した。」

「僕は許せないと思います。けど、逆らうこともできない。」

太郎が頷いた。

太郎が支給されているパスを見せると「これのおかげで、俺たちは自由に生活ができる。お金の心配もいらない。大召喚獣までの有限の時間を有意義に生きることが許されている。もし、このパスがなかったら、貧困で餓死するかもしれない。自分の存在も、犠牲のうえに成り立っている。矛盾している自分がイヤになるんだ。」と、苦しい顔をした。

僕は生きる時間が限られているからこそ得られる、今の待遇に疑問を抱いた。

ただ、僕たちは博多魔術学園を飛び出して、生活をしていくこともできない現実もあった。

「僕たちにできることは、今を有意義に生きることしかないんだ。」

太郎が「そうだな。」と、言葉を漏らした。


学校に張られている花火大会のポスターを、僕は発見した。

僕が紬のいる図書室に、足を運ぶ。

図書室のドアを開くと、学生が誰も居なかった。

僕は魔法関連の本をいくつか見る。

本を手に取ると、貸し出しカードを取り出した。

『川口 湊』『新田 紬』の名前が、並んでいた。

別の本を手に取ると、同じようにカードに記載されていた。

ドアの開く音がすると「松岡くん。珍しい。」と、紬の声がした。

「いや、読書感想文の本を選ぼうと思って。」

僕は知らぬ間に嘘をついていた。

「読書感想文には、相応しくない本だね。」

紬はクスッと笑った。

「そうだね。そういえば、花火大会があるんだけど。」

「今年は夏休み前にあるよね。知ってる。」

「一緒に行かないかなって?」

「花火大会なら行きたい!!」

僕は紬の返事に、胸がドキドキしていた。

「じゃあ、駅前の広場に夕方6時、待ち合わせで。」

僕は本を戻して、図書室を飛び出した。


花火大会の日。

駅前の広場に、紬が浴衣姿でいた。

黒い浴衣で僕は、彼女の前に現れた。

「お待たせしました。」と、僕が声をかける。

「女の子を待たせるなんて、ひどい。」

「まだ、5分前です。」

「そうだね。バレましたか。じゃあ、行きましょう!!」

僕と紬は、左右にある出店を見ながら、何をするか迷っていた。

紬が射的の景品に反応して見せた。

「あの、駄菓子、限定品なんだよね。」

「僕が取りましょうか?」

「私がやります。」

紬がお金を払うと、銃を手渡された。

紬が集中して、的を狙う。

「行きます!!」と、紬が銃を撃った。

紬は簡単に、駄菓子を打ち落とした。

「やっぱり、簡単だった。」

「それはそうだと思います。授業で武器の取扱いは習ってますから。」

紬が駄菓子を受け取ると、袋を空けて、食べ始めた。

僕は事前に調べておいた花火スポットに歩いて行った。

街はずれの高台の公園に着くと、花火が打ちあがった。

「たまやぁー!!」と、僕が声を張り上げた。

「たまやぁー!!」と、紬が続いた。

夜空に開く大輪の花。

紬はスマフォで動画を撮り始めた。

「上手に撮影できるんですか?」

「写真は自信ないから、動画にしてみる。」

「直接、見た方が奇麗ですよ。」

「記憶は消えていくけど、記録は残るでしょ。だから、記録してる。」

僕も今日のことは忘れたくない。

「僕も、大切なことは記録に残したいです。」

「私が居なくなっても、記録があれば、みんな忘れないと思うんだ。」

「僕も、みんなも忘れたりしない。」

紬は打ちあがった花火を見ているのか、少し黙った。

「忘れたい事実と忘れたくない思い出があるから、忘れることが絶対に悪いとは思わない。けど、私の生きた証が無くなるのがさみしいなって、思うんだ。矛盾してるよね?」

「やっぱり、僕たち人間って矛盾してるかもです。」

紬が「そうだよね。」と、笑った。

花火が打ち終わると、ゆっくりと学生寮に戻っていく。

紬の口数が少ない。

「歩きにくいのに、ごめん。」

僕は紬の下駄を見た。

「大丈夫。」と、答えた。

少し歩くと、鈍い音がして「危ない。」と、紬が僕の体に捕まった。

紬の前坪が外れて、下駄が壊れてしまった。

「新田さん、ケガは?」

「それは大丈夫。」

紬は少し考えて「この格好で、飛んで帰るのはまずい。」と、困っている。

僕が中腰になり「おぶっていくよ。」と、背中を向けた。

紬は恥ずかしそうにしていたが、何も言わず、僕に背負われた。

紬の体温が伝わってきて、僕の心臓が早く動く。

学生寮まで、10分ぐらい。

早く到着したいような、到着して欲しくないような気持だった。

「いつも、助けてもらって、ごめんね。」と、紬の声が後方からする。

「僕も助けてもらうことあるから、気にしないでください。」

こんな青春の毎日が続くことを、僕は願っていた。


花火大会の翌日。

新都市大阪国の多数の戦艦が、下関から博多に移動する映像が流れる。

一人のクラスメイトが魔術炉に呼ばれ、大召喚獣シヴァとなり、博多を守った。

大召喚獣シヴァは、女性の氷の神で、海を凍らせ、戦艦を氷の刃で撃沈した。

すべての戦艦を撃沈すると、余剰魔力を吸い取る装置によって、そのエネルギーが保存された。


今年の夏休みは、大召喚獣シヴァの影響で、海水温が冷たく、海は遊泳禁止となった。

海で遊べないことに文句を言う学生はいない。

ただ、どのように時間をつぶすか、それぞれの課題となった。


僕は買い物に出ると、紬と湊がブティックの中にいた。

湊が紬の洋服を選んでいるようだった。

紬が白のシャツとジーンズの短パンにチャレンジしている。

二人は付き合っているのか、と僕はモヤモヤした。

「松岡くん!!奇遇です。」

遠くから一華の声がした。

僕は一華に手を振って見せた。

「何、見てるんですか?」

僕は「いや。何でもないです。」と、不自然な態度をした。

一華は周りを見回して、湊を見つけた。

「本当にずるい。新田さん。」

「僕も、なんか面白くないって思ってしまうんです。」

一華が「それって、好きってことです。」と、睨みつけた。

「好きってことなんですか!?」

「しっかりしてください。川口くん、紬に向日葵の髪飾りをプレゼントしたりするくせに、ほかの女の子とも仲良くして、思わせぶりなんです。」

「その思わせぶりに、井上さんがやられちゃったんですか?」

一華が「そうです!!」と、いつもと違うはっきりした態度で応えた。

僕たちが話していると、二人が店から出てきた。

「おう。こんなところで奇遇だね。」と、湊が声をかけてきた。

紬が「そっか。一華の行きつけの花屋。この辺だったよね!」と、言った。

一華が「はい。荷物が多かったので、松岡くんに付き合ってもらったんです。」と、応えた。

僕は「そうなんです。」と、一華に合わせた。

湊が「じゃあ、また。」と言うと、二人は別の店に消えていった。


僕は部屋に戻ると、向日葵の髪飾りのことを考えていた。

まさか、湊がプレゼントしたモノだったとは、思ってもみなかった。

それを、僕は必死になって、拾い上げたのかと思うと、何とも言えない気持ちだった。


文化祭の季節がやってきた。

今年から、僕たちも何か企画しなければならなかった。

図書室では、毎年恒例の古本市場が企画されている。

湊は古本市場を手伝うそうだ。

「松岡くん。文化祭の企画、決まった?」

「僕はまだ、決まってないです。」

「そうだ!!」と、演劇部に僕を連れた。

僕たちは挨拶をすると、先輩たちが今年の舞台の準備をしていた。

「少し前に、夜光船を舞台でやった先輩方がいるんだ。」

「僕、見たかったです。」

「私も見たかったなって思って、一緒に探してほしいな。映像を。」

「分かりました。」

僕は演劇部の保管している映像を確認し始めた。

紬も映像を一つ一つ確認していく。

「やっぱりないのかな。」

諦めかけていたその時、『夜行船』と書かれた台本が姿を現した。

僕は台本の表と裏を確認した。

谷山たにやま 里桜りお』と、名前が書かれている。

「台本を見つけました。」

「先輩たちが、本から舞台台本に書き直したってことかな。」

「だとしたら、凄いです。」

二人は台本を開くと、同じペースで読み始めた。

だいたい30分ぐらいの台本だった。

内容の一部は削除され、時間内に収まるように工夫されていた。

「これ、やりたい!!」

「ただ、今からだと、ステージが抑えられないです。」

「そうだね。今年は諦めた方がいいね。」

僕は台本を紬に渡した。

演劇部の先輩方が「もう使わないから、引き取ってくれると嬉しい。」と、台本を譲ってくれた。


放課後、太郎が勢いよく校門を飛び出し行った。

僕は、久しぶりに元気な姿の太郎を目にした。

杏がクラスメイト数名を捕まえて、文化祭の準備をしている。

「私たちが、出店売上の一番よ!!」と、気合いが入った声がした。

紬がこっそりと、教室を抜け出そうとする。

僕もそれに次いで、教室を飛び出した。

「結局、やりたいこと、決まらないな。」と、紬がぼやいた。

僕が「同じく。」と、付け加えた。

どこからか現れた下級生達が「あのぅ。」と、イジイジした態度で紬に近づく。

「どうしたの?」

「文化祭の企画、お困りなら、僕たちが手伝います。」

「けど、企画内容が決まってないから。」

下級生達が企画書を目の前に出してきた。

僕が企画書を受け取ると、驚きで声が出ない。

僕が紬に企画書を手渡し、紬も目を通した。

「こんなの無理!!」

「大丈夫です。」と、下級生達の目が光る。

「一人じゃ無理!!」

「それなら、松岡先輩にも壇上にあがってもらいます。」

隠れていた女子学生達が、僕を囲んだ。

「やりましょう!!」と、僕たちの後輩達が声をあげる。

僕たちが歌って、踊るなんて、無理がありすぎる。

紬が少し考えると「別案がない以上、仕方ないか。」と、やむを得ず承諾した。

「僕は、納得できないです。」

紬が「けど、今日までの締め切りだよ。企画書の提出。」と、完全に諦めていた。

「先輩、お願いします。私たちに思い出を。」

目がキラキラした後輩に、僕は断る言葉を持っていなかった。

「分かりました。」と、僕が返事をすると、後輩達が企画書を持って、提出しに行った。


僕が後輩達から逃げると、校舎の裏側にいた。

太郎が買い出しを終えて、たくさんの荷物を抱えていた。

「潤!!こんなところで、どうした?」

「いろいろありまして。」

「巻き込まれる体質だな。潤は。」

「そうみたいです。」

「原口から声掛けられて、たこ焼き屋を出店することになった。」

「僕、たこ焼きが好きだから、食べに行きます。」

「こないだ、たこ焼きパーティーやったらさ。原口、たこ焼き、焼くのが上手だったから、これでいいかなってさ。」

「僕も呼んで欲しかった。」

「まあ、今度な。」

遠くから「松岡先輩!!」と、声がする。

僕は身をかがめると、太郎が「大変そうだな。無事に脱出を!!」と、笑った。


僕と紬は、後輩に言われるがまま、歌とダンスの練習をする。

体育館のステージを借りることが、なぜか出来た。

「チケット完売です。」

文化祭の数日前に、チケットが完売になった。

男子学生が7割、女子学生が3割で販売された。

無許可のライブグッズを作成する後輩もいた。

僕は、もうやるしかないと思った。

「松岡先輩。ダンスが苦手なのは分かりました。歌は完璧にしましょう。」

「すいません。頑張ります。」

ダンスの練習を繰り返すが、タイミングを合わせるのが、どうしても出来なかった。

後輩に応えようと思って、いつしか本気で取り組んでいる自分がいた。

紬が「ちょっと、来て。」と、僕を呼んだ。

「なんか、すっごい事になっちゃったね。」

「そうですね。」

「これなら、杏のたこ焼き屋の方が、楽だったよね。」

「それは間違いないです。」

「けど、楽しいから、最後まで頑張ろう。」

「はい。」

「ライブの時に、松岡くんってのは、なんか距離感あるから、潤って呼ぶから、潤は紬って呼んで。その方が、っぽいでしょ。」

「新田さん、じゃなくて紬、分かりました。」

「これは命令であります。」

紬は満面な笑みで、僕に指示をした。

この日から、僕は彼女を『紬』と呼ぶことになった。


文化祭の当日。

生徒達が慌ただしく、それぞれの準備をしている。

僕は学生寮から教室に歩くと、校門の近くにある杏達の出店を見つけた。

太郎に「すいません。たこ焼き、1つお願いします。」と、注文する。

「見て分かるだろう。まだ、出店は準備中だ。」

「すいませんでした。邪魔してしまいました。」

「ライブ、終わったら来いよ。取っておいてやるから。」

太郎が僕を見ることなく、お店の準備をしている。

僕はライブまでの時間を、気晴らしに散策することにした。

一華は、華道展を企画していた。

「松岡くん、ありがとう。来てくれて。」

会場には、湊の後ろ姿があった。

「せっかく、チケットもらったから。」

「今年は、お花が不作で、大変だったんだ。」

「僕はいいから、湊に付いてください。」

「・・・はい。」

一華は嬉しそうに、湊の横に付いた。

僕は会場をゆっくり回ってみた。

一華の活ける花は、生き生きしている。

生け花を写真に収める後輩の姿があった。

「写真ですか?」と、僕が言った。

「綺麗な時期は限られているから、写真に納めておきたいんです。」

「ずっと、記録に残しておきたい。」

「はい。形あるものは、儚く散るモノですから。」

紬と同じようなことを言うと、僕は思った。

「そうかもしれません。そろそろ、失礼します。」

約束の時間が近づき、僕は会場を後にした。

僕は舞台裏に入ると、紬が準備をしていた。

「20分の辛抱。」と、紬が僕に言った。

「3曲だから、あっという間ですよ。」

僕はステージに上がると、ライトが僕に当たる。

「今日は、僕と紬のために集まってくれて、ありがとうございます。」

女子学生がうちわをパタパタ振っている。

男子学生は「紬って言うな」とか「先輩を出して!!」と、声を上げている。

「一曲目は、アップテンポの曲です。一緒に踊ってくれると嬉しいです。」

会場が暗くなると、紬が真ん中に位置取り、七色の光が紬を灯す。

「今日はありがとう!!いきます!!」

紬が登場すると、男子学生が一気に湧き上がる。

僕は苦手なダンスを、なんとか綺麗に見せる。

紬の歌声と僕の歌声が、会場を盛り上げる。

始まってみれば、あっという間にライブの終演となっていた。

「これで、最後です。短い時間だったけど、みんなと一緒に過ごした思い出。絶対に忘れない。聞いてください。」

「僕も忘れません。僕たちが一つになったこのライブを。歌を!!」

この時間は、苦しいこと、悲しいことを、後輩達に忘れて欲しい。

僕が歌うことで、みんなが忘れられるなら、ライブをやりきって良かったと思った。

僕と紬が歌いきると、すぐに舞台袖に退いた。

「普段、地味なのに。やるときはやるね。」

紬は少し疲れているようだった。

「たくさんのフォロー。ありがとうございました。」

僕は紬に御礼を言った。

太郎が「出前です!!」と、たこ焼きを持って来た。

僕が「ありがとうございます。」と、たこ焼きを受け取った。

「すっごい。人気だな。」

「ほとんど、紬の人気です。」

「はいはい。」と、太郎が呆れた。

僕は太郎の持つチケットが目に入り「見てくれてありがとう。」と、付け加えた。


文化祭が終わると、学生達が片付けを始めていた。

湊が僕を見つけると「ちょっと、付き合ってください。」と、怖い顔をした。

僕と湊が図書室に入ると、鍵を閉めた。

「聞きたいことがある。」

「どうしましたか?」

「潤。おまえは、新田さんのこと、どう思ってるんだ?」

「クラスメイトです。」

「ふざけるな!!」と、湊が怒号をあげた。

僕は下を向いて、すこし黙った。

「僕は、新田さんのこと、ずっと好きなんだ。初めて会った時から。」

「図書室で同じ本を読んでるのは、知ってます。」

「僕の好きな本のことも、新田さんは凄く知っていて、楽しいんだ。」

「僕も、新田さんと一緒にいて、楽しいです。ホッとします。」

「それって、好きってことじゃん。分かった。」

湊が僕から、少し離れた。

「潤が新田さんのこと好きでも、俺は退かないから。」

湊は図書室の鍵を開けると、出て行った。


初等部六年生の秋は、甘酸っぱい思い出になった。

文化祭が終わると、僕は紬と話す機会が減った。

湊は紬と、紅葉を見に行ったり、映画を見に行ったりしているらしい。

らしいというのは、噂で聞いたから。


屋内プールに誘われて、太郎と遊びに行くことになった。

「付き合わせて、悪いな。」

「僕も気晴らしがしたいから、助かりました。」

太郎は本気で泳ぎたいのか、競泳用の水着を身につけていた。

「本気で泳ぐんですか?」と、僕が聞いた。

「もちらん。さあ、どっちが速いか勝負だ。」

太郎が勢いよく飛び出したので、僕も太郎に置いて行かれないように、必死に泳いだ。

「かなり泳いだよな。」

「僕は、もう限界です。」

「そうだよな。」

太郎がジャクジーに、僕を連れて行った。

急に「ありがとうな。」と、太郎が僕に言う。

「何がですか?」と、不思議な顔をした。

「仲間がいなくなった時、兄貴に重なって、どうしていいか分からなくなった。けど、命は有限なモノであって、誰でも限られた時間を生きる。その限られた時間を、どう生きるかが、大切だって、俺、分かったんだ。」

「今を大切に生きることが大切だってことですか?」

「ああ。だから、もう大丈夫。ありがとう。」

太郎は僕に笑って見せた。


初等部の卒業式。

山崎先生が大泣きしていた。

僕たち7名が卒業写真を撮った。

中等部は隣の校舎で、学生達は卒業する意識は、あまりなかった。


僕は紬にショッピングに行こうと、デートを誘った。

「いいよ。」と、二つ返事だった。

僕は雑貨屋を見つけると、店に入った。

僕が綺麗な本のしおりを見つけると、紬に見せた。

「紬、これ、どうかな?」

「綺麗だね。」と、紬が答えた。

僕が代金を支払うと、紬に渡した。

「ありがとう。」


なぜか、こんな当たり前の日々が、もうすぐ終わってしまうような気がした。


僕たちを見つけた太郎と律が、手を振ってきた。

「新田さん。潤と二人でいて、大丈夫ですか。」

「そうだよな?」と、太郎が付け加えた。

紬は「荷物持ちですから。」と、言葉を返した。

「そういえば、入学祝いしてなかったな。」

「今から、4人でやりますか?」

太郎と律が、僕たちを見て、高層タワーの屋上を指さした。

夕暮れに染まる街が綺麗だった。

遠くの街も見えた。

濁った風景であったが、博多の外の空も見られた。

太郎が「ステーキセット4名分でお願いします。」と、注文した。

律が「ごちそうといったら、ステーキですか。」と、睨み付けた。

紬が「魚料理が良かったな。」と、続いた。

「体力付けて、明日からの中等部生活を頑張るのです。」と、太郎が言い返した。

ステーキが配膳されると、4名は何も言わずステーキに齧り付いた。

ステーキが食べ終わる頃、大きな音がした。

僕たちは外を見た、名古屋の方向に綺麗な光が柱のように立ち上がった。

「花火にしては、すっげぇな。」と、太郎が驚いた。

「魔力の塊。魔力柱。」と、僕が何故か答えていた。

そして、涙が溢れてきた。

「泣いているのか?」と、律が僕に聞いてきた。

「なんでだろう。」

しばらくすると、その光は消えた。

「大丈夫?」と、紬に聞かれる。

「大丈夫です。」と、意味なく答えていた。


中等部に入学してから、世界の動向が激しくなった。

外界の映像が流される機会も増えていた。

最近流れた映像は、木曽川での大阪と名古屋の対決だった。

大型バリアを貫こうとする大阪と名古屋。


僕たちは外界の戦闘が多くなって、不安な日々が続いていた。

中等部の担当である須藤すどう 健太郎けんたろうが、教育実習の三田みた 駿しゅんを、教室に招いた。

「今日から、一緒に勉強して頂く三田先生だ。」

「教育実習の三田みた 駿しゅんです。よろしくお願いします。」

「あと、もう一名、今日から一緒に勉強する。」

桧山ひやま たかしです。よろしく。」

隆は、僕の隣の席に座った。

「これから、よろしくお願いします。」

「ああ・・・」と、隆は返事をした。


隆を校内の案内をする。

「ここが、職員室です。」

隆は言葉をあまり発しなかった。

「次は、体育館です。」

体育館に着くと、太郎がバスケをしていた。

「ちょうどよかった、新入り。付き合えよ。」

隆がニヤリと笑い、太郎に参戦した。

「上級生相手だ。本気で頼む。」

「当たり前だ。」

隆がさっそうにドリブルをして、太郎にボールを渡す。

太郎がシュートを決める。

今度は太郎が隆にボールを渡し、隆がダンクを決めた。

太郎が「やるじゃん。」と言うと、隆が「当たり前だ。」と応えた。

僕は二人に手を振った。


隆を見ると、懐かしさを感じていた。

ただ、僕とは違う世界を歩いてきたように思えた。


僕が学生寮に戻ろうとすると、紬が待っていた。

「潤!!ちょっとだけ、付き合って!!」

僕は紬に言われるがまま、魔法でひとっ飛びした。

紬が砂浜に着くと、座り込んだ。

「付き合わせて、ごめんね。」

「僕はかまわないけど。」

「なんとなく、胸騒ぎがして。」

「外界が騒がしいからですかね?」

「それもあるかもしれない。」

押したり引いたりする波を、しばらく見ている。

紬が寂しそうな顔をしていた。

僕は紬の手をギュッと握りしめたくなった。

僕が勇気を持って、紬の手に触れた。

紬は手を引いた。

「ごめん。けど、ありがとう。」

「いや、僕の方こそ、ごめん。」

僕にもっと勇気があったら、別の結末だったのかもしれない。


今日も外界の映像が流される。

ただ、いつもとは違い、博多は騒がしかった。

「ただいま、下関に新都市大阪国の戦艦が多数、滞在しております。この数は、今までにはない数で、防衛はかなり厳しいと思われます。」

僕は、また僕の知らない生徒が消えていくかと、勝手に思っていた。


いつものように教室に行くと、紬の姿がなかった。

一華が「どうして、紬なんですか!!」と、駿に詰め寄った。

僕は紬が選ばれたことを悟った。

僕は外付け階段に座る。自分がどうしていいか、分からなかった。

隆が現れると「湊って奴は、飛び出して行ったぞ。」と、声をかけた。

僕が黙っていると「あいつのこと、好きなのか?」と、付け加えた。

「僕には何も出来ない。」

隆が「何もしないことが、潤の正義か?」と、問う。

「僕の正義は・・・」

「おまえの正義は、好きな奴のうえに成り立つ正義なのか?」

僕がもう一度、黙り込んだ。

「それならいい。俺はやることがある。」

隆が立ち上がると、魔術炉に向かって飛んでいった。


僕が決意できないでいると、太郎が姿を現した。

「俺に、何かを言う資格はない。」

「僕、太郎のこと、全然、分かっていなかった。」

「それはどうでもいい。」

「喪失感に襲われるって、こんなに怖いことなんですか。」

「後悔はするな。それだけだ。俺が言えるのは。」

僕は立ち上がると、魔術炉に向かった。


僕の決意が遅かった。

紬が魔術炉に入ろうとする。

湊は木の陰で、絶望に倒れ込んでいた。

キングとクイーンが、執行者として姿を現した。

「それでは、始めるとします。」

クイーンが魔術炉を開くと、紬が一歩一歩、前に進む。

「待ってください。」

キングが魔法で、防壁を創造する。

僕は魔法の壁にぶち当たると、跳ね返った。

「湊が倒れた理由は、こういうことですか。」

僕は魔力を拳に込めて、防壁を殴りつけるが、びくともしない。

紬の口元が「ありがとう。」と、僕には動いて見えた。

駿が僕の前に現れると「ファイアーアロー!!」と、魔法を詠唱する。

何度も矢形の魔法を詠唱し、防壁の一部を破壊した。

「今だ!!潤!!行け!!」と、駿が大声をあげる。

紬の姿は、魔術炉に既に消えていた。

クイーンが炉を塞ごうとしている。

隆が飛び出し、クイーンを押さえつける。

「潤!!おまえの正義を見せろ!!」

「ありがとう。僕は彼女を助ける。」


僕が魔術炉に入ると、紬の姿が確認できなかった。

既に魔術炉が稼働して、内部が緑色に輝き始めた。

僕は諦めきれず、紬の居場所を探った。

「まだ、生きているはずです。」

目を閉じると、遙か遠くに、紬の姿が見えた。

「紬!!行かないでください!!」

紬が振り返ると「もういいの。」と、応えた。

あちらこちらに、紬との思い出が散りばめられて、映像となった。

「私には、沢山の思い出がある。だから、もういいの。」

「僕は、僕はイヤです。」

僕は必死に手を差し出した。

「僕は、思い出にすることはできない。」

「私も、本当は生きたい。」

紬が僕に手を差し出すと、つま先から泡のように消えていく。

「今度、生まれ変わったら、もっと長く学生生活を送りたかったな。」

紬の姿が完全に泡となって消えると、その泡が僕を押し戻した。


僕の普通の生活は、この時、終わった。


大召喚獣フェニックスが、博多に姿を現した。

大召喚獣フェニックスは、火の鳥の姿をした獣である。

下関に展開された戦艦に向かって、飛び立つ。

博多にある魔術炉の上層部が爆発した。

「魔術炉に二人も入った結果か。」

キングが魔術炉から飛び出た潤を睨み付ける。

隆が潤を庇うように、盾となった。

戦艦グリーンに格納されていたベリーショートが、瞬間移動をし、隆と潤の前に現れた。

キングが「骨董品。覚醒するのか。」と、攻撃から守りに行動を変える。

ベリーショートが雄叫びをあげると、隆と潤がベリーショートに吸い込まれていった。


「結局、僕は紬を守ることはできなかった。」

「潤が守るべき人間は、他にもいる。」

「僕は、何も出来ないんだ。」

「たしかに、すべてを叶えることは難しい。」

「僕は、何もしない方がいい。」


魔術路が完全に崩壊すると、ドーム状の魔法が消えていく。


「彼女が守ろうとしたモノも、このままでは壊れてしまう。」

「紬が守ろうとしたモノ?」

「彼女の意志を継げ。それが潤の正義だ。」


ベリーショートが起動すると、下関の方向に飛び出して行った。


「こちら、森ノもりのみや。こちらの戦艦の四割が撃沈しました。」

連が報告をすると、蒼太が「これはひどい。」と、目の前の火の海に足が震えた。

「俺たちって、いつも貧乏くじ引かされてないか。」

雷は自分たちの運命を呪った。

大召喚獣フェニックスが現れると、通常兵器で応戦し始めた。

「谷山 里桜。発進します。」

ヒト型兵器桜が、大召喚獣フェニックスをアイスアローで迎え撃つ。

大召喚獣フェニックスの鳴き声がすると、アイスアローが二つに折れて、消えた。

「時間稼ぎぐらいしか、できないかもですね。」

「シン東京連合、援護、感謝する。」と、連が里桜に礼を言った。

新たにスカイブルーが、大召喚獣フェニックスの前に現れ、ブルーウェーブで対抗する。

「少しの時間稼ぎにはなります。」

大召喚獣フェニックスはうめき声をあげるが、魔力の低下は感じられない。

「この召喚獣、苦しんでいるように見えるけど。」

里桜は率直な疑問を、言葉にした。

「いつも通り、ある程度、破壊したら消失するはず。」

雷が「耐久戦だったからな。俺たちは。」と、大阪の辛い現状を溢した。

続いて、ベリーショートが現れた。

「大召喚獣フェニックス。これだけエネルギーを消費しても、消失しないのか。」と、火の海を見て、隆が溢す。

クイーンが「今回は、大召喚獣の創造に失敗して、召喚者である魂が焼きちぎれるまで、消失しないの。いつもは、制御して、余剰魔力を残して、その余剰魔力を私が回収していたんだけど。今回は、召喚者の魂が焼死するまで、消失しないのよ。可哀想に。」と、通信した。

「僕のせいだ。」と、潤が苦しい顔をした。

「このままだと、彼女が報われないな。召喚獣を消失させて、解放する。」

潤は隆にそう言われると「分かりました。それが最善の策です。」と、同意した。

ベリーショートに隠された力が、潤の願いにより、一時的に解放されていく。

ベリーショートが青く光り、氷のように冷たい光を放つ。

大召喚獣フェニックスが、氷に包まれていく。

「申し訳ありません。大阪の人は撤退してください。巻き込まれます。」

連が「後は頼む。」と言うと、軍を待避させた。

「僕も力を貸します。氷の海よ。荒波となり、ベリーショートに力を貸しなさい。アイスウェーブ!!」

氷の塊が、波となって、大召喚獣フェニックスを襲う。

「この二人がいたら、僕の出番はないか。今のうちに、博多に入らせて頂きます。」

里桜は、大召喚獣フェニックスの横をするりと通り抜けて、博多に侵入していった。

「せめて、僕の手で、紬を安らかな場所に!!」

隆が「俺も手を貸す。」と、潤のことを思った。

「この世の冷気を操る神々よ。今、その力を解放し、炎の力を解放したまえ、アイスビックバーン!!」

ベリーショートの前に、大きな氷の塊が現れ、大召喚獣フェニックスに突進し、水蒸気の柱が立ち、白く光っている。


「僕にもっと勇気があったら、紬とハッピーエンドになれたと思う。」

「これは繰り返された物語の一つ。」

「僕に何を伝えようとしているんですか?」

「今回は、潤の相手が私だったに過ぎないの。」

「僕の相手ですか?」

「潤の相手が、杏や一華という結末もあったんだ。」

「どういうことですか?」

「けど、最後に選んでもらえて嬉しかった。」

「だから、何を言ってるんですか?」

「もう繰り返されることはないけど、潤との思い出、楽しかった。」

「僕は紬との思い出は、忘れない。」

「どんなことがあっても、ここからは前に進んでね。どんなに辛いことがあっても、自分の幸せとか居場所を見つけてね。」

「ありがとう。」

「本当のお別れ。ありがとう。」


紬の魂が安らかに天に召されていく。

ベリーショートの操縦を隆に任せ、潤は呆然としていた。

スカイブルーは博多のドーム状の魔法が展開される前に、ドーム内に戻った。

ベリーショートもスカイブルーの後に続いた。


博多にあった魔術路は破壊され、塵となった。

大召喚獣の創造と大規模なエネルギーが絶たれることとなり、情勢は悪化した。

博多魔術学園の存在意義はなくなり、通常の軍隊学校に編入されることとなった。

一華が震えていると、湊がその手をそっと握りしめていた。


戦艦グリーンに戻ると、久しぶりにクルーの全員が揃っていた。

駿が潤の隣に立ち「新しい仲間の松岡まつおか じゅんだ。」と、告げる。

潤が「僕は松岡 潤といいます。よろしくお願いします。」と、頭を下げる。

冷が「ベリーショートの新たなパイロットです。」と、説明した。

美佳と章が「おう!!これでヒト型兵器が3機!!」と、喜んでいる。

潤が「すいません。お願いがあります。」と、頭を下げた。

「僕のせいで、博多の魔術炉がなくなってしまいました。博多の人々は、何も悪くないんです。だから、博多の人を助けてください。大召喚獣が亡くなったら、大阪に落とされるのは時間の問題なんです。」

潤が必死に訴えた。

駿が「そのことなんだが・・・」と言うと、冷が続いた。

「現状、名古屋共和国と新都市大阪国に敵として認識されているため、この国に留まるのが得策です。しばらくの間、博多で様子を見たいと考えています。」

陵が「谷山 里桜が、博多入りしたという情報の件は?」と、疑問を投げる。

潤が「谷山 里桜。どこかで・・・台本。そうだ、その人は、僕たちの学校の先輩です。演劇の台本で、名前を見たことがあります。」と、応えた。

駿が「そういうことなので、陵。しばらく、調査が必要だと思う。」と、陵に伝えた。


コントレーションの会議。

「魔術炉の崩壊は、計画を進めるうえで、必要な儀式ではあった。」

「世界の均衡が図れなくなります。」

「無論、そのことは承知しておる。」

「博多には魔法の真実を伝えるという最後の役目が残っている。」

「思い出との等価交換により創造される魔法の力か。」

「その後に残るモノは、絶望だけだろ。」

「いずれにしても、それぞれの計画を進めるために、博多には役目を果たして貰う。」

「博多が落ちれば、仙台が博多の代わりを演ずる。」

「次のシナリオはそれでいい。期待している。」


太郎と湊と律と杏は、軍隊学校に編入した。

博多魔術学園の特例パスも回収され、物品の購入にも制限がかけられた。

大召喚獣によって犠牲になる仲間はいなくなった。

ただ、戦争によって傷つく仲間は増えていくと、四人は感じていた。

「俺たち、どうなるんだろうな?」

「こっちは通常魔法の練習ばかりだよ。」

「攻撃魔法ばかり覚えさせられて、頭が痛いです。」

「そもそも、私、魔力少ないから、魔法で戦えって、不利。」

四人が空を見上げると、ドーム状の魔法が消失して、綺麗な空が広がっていた。

湊は空を見上げた


「空は綺麗なのか。」


***


読み終わった後に聞いて欲しい曲


『love you』hiro(島袋 寛子)


***


作者からのお願い


「面白かった!!」


「続きが気になる!!」


「作品を応援したい!!」



ぜひ、ブックマークに追加をお願いします。

このキャラのこんなところが「好き」「嫌い」というのも、ぜひ感想をお願いします。

作品にポイントを入れて頂けると、出筆の励みになります。


皆様の応援で、この小説は成り立っております。

よろしくお願いします。


***


後書きについては、順次追加する予定です。


***


<作者インタビュー>



――3日間公開の感想は?


 「なろう」って難しいって思いました。YouTubeとかを見て、なるほど、そういう風に工夫した方がよいのか。普通の小説とネット小説は違うんですっていうのが、本当に印象的で、ただいま、苦戦中です。



――番外編の公開こついて、教えてください。


 「なろう」小説の場合、更新頻度が大切というのと、あまり1話のボリュームを出さない方が良いって、ご指摘があったので、本作は単行本1冊程度を1章(1話)としてまとめたかったので、少なめの分量の番外編を創作していこうと思いました。



――やけ酒したって本当ですか?


 本当です。今はブックマークが欲しいです。ブックマークしてもらう大変さにやけ酒しました。やけ酒した作者さんいたら、お仲間です。教えてください。



――第3章は学園ものにした理由は?


 他の兄弟と違う幸せな生活をしてきた潤を印象づけたがかったのが理由です。あと、ギャルゲーみたいな番外編を創作したかったので、学園ものにしました。ゲーム化したら、恋愛シミュレーションゲームにしたいです。番外編を乞うご期待ください。


***

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