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世界終わりで、西向く士  作者: 白い黒猫
世界の終わり方
3/19

日常の延長にある……

 俺がこんな引きこもりのような生活をするようになったのは、俺の人生と言うよりも世界そのものが毀れたからである。


 それまでは俺は和食レストランチェーンを数多く展開しているサムライ株式会社の社員だった。

 持ち前の明るさとバイタリティでいい感じにスキルアップも出来ていたと思う。

 会社が十一周年を記念して打ち上げたプロジェクトの社内コンペ。

 それに俺のアイデアが採用された為に中心メンバーの一人として頑張っていた。


【ニシムクサムライ】というカクテル等も楽しめる少し大人でオシャレな店舗を全国で人気観光地を狙って十一店舗展開するというプロジェクト。

 しかもそれぞれの店舗は同じではなく、それぞれの地域ならではの特徴を持ち雰囲気も変えている。その為観光先で立ち寄るお店としても、ビジネスにおいての接待にも利用出来た。

 元々あったサムライアプリとも連携しており、ニシムクサムライの店舗複数行くと特別なご褒美も出る。

 十一店舗全て制覇したとネットで自慢する猛者も複数人出てくるほど。

 それなりに利用者も多かったアプリでちょっとしたスタンプラリーアトラクション的なことも出来る。

 そういうこともありネットでも評判上々で、マスコミでも何度か取り上げられ話題になり盛り上がっていた。

 

 その延長でオープンした【ニシムクサムライ零】での作業中にとんでもない事件は起こった。


 その店は都心にあるジャックスマイルという商業施設内に作られた。

 四本のビルを繋いでいる中央のガラス張りの空間はちょっとしたイベント広場。

 サムライ株式会社の名前の由来は社長の苗字の【十一(トカズ)】からきていたもの。

 一方ジャックスマイルのジャックはトランプのジャック、つまり【11】を意図しており、しかも今年は同じく十一周年。

 十一が纏わる同士でコラボして、夏だけそこでビアバーをオープンさせるという流れで生まれた。

 壁面の長方形のガラスは外の植栽と人を映すことで襖のような味わいを見せており、天井は三角のガラスをパズルのように並べたドーム状とそこにシンプルに並ぶ白い円柱の柱。

 元々の空間そのものもオシャレなだけにそこに出来上がったビアバーはかなりイケていると言える。

 今巷で流行っているネオジャパネスクそのもの。現代的な建築の中にあるモダンな和なビアバー。良い感じで六月にオープンしてから連日行列ができる程人気だった。


 オープンからそれなりの評判を得ていたニシムクサムライ零を更に盛り上げる為に新メニューやサービスを七月十一日から更に仕掛ける事に。

 好調な流れをさらに加速させるために起爆剤とも言えるイベントをする。

 ビジネス戦略の基本とも言うべきやり方。

 その為、俺は【ニシムクサムライ零】において朝から作業に勤しんでいた。

 六人くらいのメンバーでも楽しめる大きめなテーブルに座り、俺がタブレットを積上げ作業していたのは注文システムの最終チェック。

 社内で活躍している(サムライ)システムの機能の一つで注文をタブレットからしている。

 最近珍しくないが、このお陰でオーダーミスや注文取りに人手をかけなくて済む。

 しかも注文がそのままデーターとして蓄積されていくので、材料の在庫管理、メニューの人気調査など即座にできて対応出来るという優れもの。

 あと現場で起こりがちな注文してしない、注文したものとは違うといって客と揉めるトラブルを排除出来ることも大きい。

 しかしそれもこの注文システムが正しく作動していることが前提。

 今日から新しいメニューやサービスも始まるので俺はソレが正常に作動するのか最終チェックをしていた。


「ト~キノさ~ん♪ こんにちは~」

 華やかな女の子の声で俺の名前が呼ばれたので顔をあげる。

 【パッチリお目目】という言葉のお見本のような可愛らしい女の子が、見下ろしていた。

 フワッとしたウェーブのかかった髪に女の子という感じのレースのワンピースがまたよく似合っている。

「やぁ、ミライさんこんにちは。

 今日はよろしくお願いします」

 そう答えるとアイドル全開な笑みから少し威力を弱めたフワリとした雰囲気で笑う。

 彼女はアイドルグループ【ニャンニャン麺】の中心メンバーのミライ。

 メンバー内で一足先に二十歳になったことで、今回のプロジェクトのアンバサダーとなっていた。

 その為顔を合わせると挨拶くらいはするようになってた。

 と言ってもあくまでも業務時間内のみの話でプライベートで話すことなんてない。

 今も離れた所でマネージャーが見張っているし、手を出そうなんて気になるわけもない。

 フワフワで癒し系な雰囲気を持つこの子だが、話をしているとかなり冷静で大人な事が分かって来た。自分の意思と意見をしっかり持っていてそれをちゃんと口に出来る頭の良さを持っている。

 またそれをホンワカとした口調でするから角が立たないという所はさすがだと思う。

 他の人は「ミライちゃん」と最初から幼い子を相手にするような感じで話しかけていたが、俺は仕事相手だからということもあってあえて「さん」づけで接している。

「何をされているんですか?」

「今日から新展開なのでソレが注文システムに正しく反映されているかチェックです」

 タブレットを興味ありげに覗き込んでくるミライ。

「そういうことって下っ端がするものでは無いの?」

「俺がその下っ端ペーぺーだから」

 そう返すとミライは吹き出す。

「才能溢れる若き名プロデューサーが?!」

 このプロジェクトで取材を受ける事もあり、【仕掛け人のホープ】【才能ある若きプロデューサー現る】等とも称されて、俺は持て囃されているところもある。

 しかし俺は単なるこのイベントブロジェクトの発案者でしかない。

 パプリシストとかサブコンダクターとかプロジェクトリーダーとか名刺にはよく分からない名称がついているが、単なる一般社員。

 ニシムクサムライは最初のアイデアは確かに俺だが、形にしたのは企画部の優秀な先輩社員。

 俺が出したのは美しい夕陽の中侍が日本中を旅する侍。行った先で出会った酒と食べ物。

 そういう裏ドラマを持たせつつ、全国で新たなブランド展開させるというボンヤリとしたものだった。

 このビアバーに関しては、完全に会社の企画部主体で進められているモノで、俺はスタッフの一人なだけにすぎない。

 放浪の旅に出てしまった侍を、故郷で待つ恋人というヒロインの設定も気がつけば産まれていて、そのヒロインの役で抜擢されたのがミライだった。

 会社としても若い社員の意見を受け入れ、活躍の場を与えるという事で企業イメージが良くなる事もあり、対外的に俺がプロジェクトの顔になっているに過ぎない。

 企業がなにか新展開を企てる時、ただ出来上がった結果とも言える商品となるサービスだけを見せるより、そこに至るストーリーをドラマチックに見せる方が、お客様は共感しやすく親しみを持ってもらえる。戦略のひとつなのだ。


「発案者ではあるけど、実際は大先輩達が中心になって動いてくれたから形になって成功したようなもの。

 今の俺は先輩達の姿を追いながら修行中という感じ?」

 実際声の聞こえる所に先輩らもいる。まだまだ若手という年齢の俺が、可愛いアイドルを前に得意げに有頂天になっているのも感じも良くはないだろう。

「土岐野さんは、見た目と違って冷静ですよね」

 苦笑するしていると上からポトポトと音がしたので見上げると、さっきまで青空だった筈なのに大粒の雨が天井のガラスを叩いていた。気がつくと黒く嫌な感じの雲が空を覆っている。

「え! 雨? せっかくイベントの日なのに……」

 形の良い眉を寄せるミライ。

「通り雨ですよ。こんな感じの雨はすぐ止みます。

 それより、イベントは午後なのに、入り早くないですか?」

「午前中お仕事がなかったですし、イベントで着る浴衣を選ぶ事になっていて。

 見てみて! こんなかから選んでと言われているの」

 ミライはニコニコ笑い、俺に近づきスマホの画像をコチラに見せる。マネキュアのついた綺麗な指が浴衣に帯を合わせて撮影された画像を次々と繰り出してくる。

「どれがいいと思います? マネージャーは金魚のやつが可愛いと言っているんだけど……ここのイメージとは違いますよね」

「俺は菖蒲のやつがいいかな? 金魚の浴衣はミライさんには少し子供っぽすぎる気がする」

 ミライは目を見開き俺を真っ直ぐ見つめてくる。大きな目だけに見つめられるとドキリとさせられるものがある。

 スッと通った鼻に、小さく形の良い唇。改めて可愛いというより綺麗な顔立ちをしているなと思う。

 SNSなどで流されたCMでの、婉然たる和装姿はネットでかなり評判になっていたのも納得である。

 アイドルとして 活動時には頬や目尻を赤くしたメイクで、無邪気であどけなさを演出しているのだろうが、俺はこう言うメイクはロリっぽく見えてあまり好きではない。

 しかしこの距離で見るとメイクで隠されてしまっている彼女本来の美しさ、魅力が浮き上がって見える。

 黙っているだけでも美しい彼女が目の前で花咲くように笑う。そうすると破壊的な程の威力を持ち俺を圧倒する。流石人気アイドルと言うべきなのかもしれない。

「私もソレ気に入っていたの! 

 それにこのお店のコンセプトを考えた土岐野さんの意見は重要よね!

 キャっ」

 突然轟いてきた音にミライは身体を竦める。

 気がつくと雨だけでなく雷も鳴ってきたようだ。

 まぁここは屋根があるので、雨は関係ないし、この感じの雨は短時間で通りすぎるゲリラ豪雨そのものだと俺は冷静に判断していた。

 とはいえ雷が轟きまくっている状況は、女の子にとっては怖いだけだろう。

「ミライさん、ここだと落ち着かないでしょう。浴衣選びもあるし控え室にいかれたらどうですか?」

 ミライをそう促す。オレは視線を巡らせマネージャーさんに視線を向ける。

 雷に怯えているミライに気がついたのだろうマネージャーの男性が近づいてくる。

 ミライもマネージャーの方に向かったのを確認してから作業を再開させる為にテーブルに視線を向ける。

 作業済みのタブレットの下に先程まで無かった紙がある事に気が付いた。

 二つに畳まれた紙を広げてみると、綺麗な大人っぽい字で書かれたメールアドレスとミライの名前があった。

 俺は内心動揺しながらその紙をポケットにしまう。

 チラリとミライの方に視線を向けると悪戯げに笑い、俺に小さく手を振っていた。


 ゴワラッシャーン


 謎の音が響き、建物全体がビリビリと震える。

 俺に笑いかけていたミライの顔が、眩し過ぎる光と表現しにくいような激しい音に強ばる。

 俺は音のした上を向く。

 建物の一つに雷が落ちた?

 呆然と上を向く俺の視界に見えたのは雷の衝撃でビルの何かが壊れ、その破片がコチラに向かって落ちてくる光景だった。

 なぜか俺の体感ではそれはゆっくりと見えたが、実際は一瞬だったようだ。

 気がつけば、長細いモノが俺の肩から身体に突き刺さっている。言わば串刺しになっていた。

「イヤー!!! 土岐野(トキノ)さん!!!!」

 細かく割れたガラスと雨でキラキラ輝く中でミライが俺に向かって叫んでいる姿。

 綺麗なガラスの雨がミライの白い皮膚を傷つけていく。

 その情景がジワリジワリと滲むように黒く染まっていく。

 痛みも無く、身体の感覚がみるみる喪われていき俺の意識は途切れた。


 そうして俺は一回死んだ。

 それが二千二十年七月十一日の十一時ちょうどの出来事。


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