世界の中心の光景
外にいるのは一見、気ままに生きて動いているように見える人達。
こんな事になる前と全く変わりなく平和な光景。
しかしそこにいる彼らは予め決まった行動を繰り返しているに過ぎない。俺にとっては彼らはゾンビやロボットと同じ、ただそこに感情もなく歩いている存在。
そう思いつつも、時々干渉をして瞬間だけでも関わりたくなるそういう複雑な相手。
今日は話しかけることもなく人達の間を縫って俺はある場所へと向かう。
向かったのは佐藤宙が、亡くなったというMedio Del Mondo。
綺麗に四方に真っ直ぐ伸びた十字路の角に立つ四本のタワーマンション。
そのマンション同士を曲線を多用したデザインの歩道橋が結んでいる。建物の形も緩く螺旋を巻くように曲がっており、むしろ有機的で威圧感もなくお洒落な感じがする。コチラも出来た当時は評判高く人気のフォトスポットとなっていた。
交差点で三人の人間が死んだということは、むしろ竜巻の威力を証明する材料となるだけで、それだけの竜巻でも建物そのものは大丈夫だったということで評価を上げていた。
タブレットを使いグーグルマップで上から見るとその空間は魔法陣が敷かれているようにも見えた。
竜巻により、外装が剥がれ窓ガラスが割れたりしたらしいが、修繕はもうすでに済んでいて、一年前にそんな事故があったとは思えない。
通勤時間も終わり、昼には早い時間。熱中症注意報も出ている事もある為か横断歩道を歩いている人は誰もいない。
もう一年前の事など忘れてしまったのか、歩道橋の下では車も普通に走っていた。
何をする訳でもなく歩道橋をウロウロしているとポツリポツリと雨が落ちてくる。スマホを見ると十一時を超えた所だった。
十一時を超えた辺りから突然雨が降り出し、Medio Del Mondoモンド上空で黒く立ち込めた雲から突然竜巻が発生したというニュースの文書を思い出す。
離れた所から雷鳴の音がしてくる。
俺は少し怖くなり歩道橋を降りて事故のあった十字路から離れる事にした。
雨も激しくなり近くにあったwindlessという名の喫茶店に避難する。
カウンターで注文して飲み物を受け取って席につくタイプの喫茶店。
俺はアイスコーヒーを買い、空いていた窓際の席につく。
外はみるみる天気が悪くなり雨は激しさを増す。
考えてみたら二千二十年七月十一日に都内で竜巻が発生したというニュースは一切聞いてない。
だから此処に再び竜巻が現れるなんてことはありえなかった。
しかし元々ありえない事が既に起きているだけに油断はできない。
「嫌な雨だな! 一年前みたいだ。
また竜巻こないよな」
そのような声が聞こえる。
カウンターの所にいる五十くらいのおじさんが店員と話をしている。
「やめてくださいよ!
井上さんも知ってるでしょ!
あの時ウチもガラスが割れたり大変だったんだからあんなこともう懲り懲りよ!」
洋服と話の感じから井上さんとやらはタクシーの運転手のようだ。
その話を聞いて、窓際の席についたのは考えが甘かった事に気がつく。
店内を見ると窓際の席に座っているのは俺だけで、皆奥の方の席に座っていたことに気がついた。
俺があった災害はピンポイントで被害が出る形だが、こちらで起こったのは竜巻。
多少離れているから安全とも言えない。俺はグラスを持って少し中の席に移動することにする。
Medio Del Mondoも見た目は綺麗になっていたし周囲もあまりにも普通だったから気にせずいたが、この周囲の人の記憶には強く竜巻のことが残っているようだ。
しかも今日は七月十一日だから。
皆不安げに外を離れた所から外を見ている。
「俺だって商売道具の車が壊れて修理大変だったんだぞ」
店の中ほどの黒いワンピースを着た女性が座っているソファー席の隣に移動して座り治す。
その女性もおじさんの言葉が気になるのか、不安げな表情で運転手を見つめている。
「でしたよね……。
井上さん今日も、雨止むまでここで休まれたほうが良いですよ」
窓の外では雷がなっているが、ここはジャックスマイルと地下鉄で二駅程離れた場所。その為か雷の音があちらにいた時よりやや遠く感じる。
「ああ、そうさせてもらうわ!」
おじさんはそう言ってカウンター近くの席に座り、保温水筒に入れてもらった飲み物を飲み始める。
「しかしさ、俺はいいよ、車が壊れただけだから。
巻き込まれたヤツは可哀想だったよな。皆若いのに……」
おじさんの独り言なのか、店員さんとの会話の続きなのか分からない声が響く。
隣の女性の身体がビクリと震える。視線を向けると身体が少し震えている。
「大丈夫ですか?」
俺は小さい声で話しかける。女性は俺の言葉に反応してコチラに視線を向け弱々しく微笑む。長い髪をキッチリ結ったその女性が三十代前後というところだろうか、薄化粧であるものの美しい人だと感じた。
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
そう言われてしまうと、それ以上何も言えない。
ずっと見つめ続けるのも失礼なので俺は視線を窓の外に戻す。
チラリとカウンターの奥の壁にある時計に視線を向ける。
時計の針はゆっくりと十分を超え、十一分へと移動していく。俺の心臓の鼓動があの時間へ向かうにつれ強くなる。
十一分十一秒の瞬間、空が白くなった。そしてしばらくして音が遅れてやってくる。
店内に小さな悲鳴の声があちこちで上がる。
ジャックスマイルに雷が落ちた光と音なのだろう。俺は喫茶店にいる人とは異なる気持ちで身体を震わせる。
「今の近かったな~」
タクシーの運転手の声が喫茶店に響く。皆は曖昧な笑みを浮かべてうなづいた。
雷が怖かったことと、不安から喫茶店は妙な一体感がある。
皆で口々に「大きな音だった」「あの感じだとここから三キロくらいかな」と客同士で会話をポツリポツリと始めている。隣の女性は会話に参加せずに、思い詰めたように外を見つめているだけ
「でも、見ろよ空が明るくなってきたぞ! もう雨止むな」
少し重い空気を変えるためかタクシーの運転手は明るめな声を出しニカリとした笑顔で喫茶店を見渡す!
言う通り、空はみるみる明るくなり雨も止んでくる。
十一時前後に降り出した雨は、三十分過ぎにはもう小降りになっていた。
気持ち悪いくらいピンポイントに降ってくる雨である。
「クソ暑いけど、仕事頑張ってくるわ! 今日も美味いコーヒーありがとな!」
運転手は水筒を持った手を振り、店員に挨拶して店を出ていき店の前に停めていたタクシーに乗り込んで去っていった。
外が晴れてきた事で店内は物理的にも、空気的にも明るくなるが、俺の心臓はまだ鼓動は早く、気分も落ち込んでいる。
遠くで聞こえる救急車の音が俺の気持ちをどんどん暗くする。
少し離れたジャックスマイルで今起こっているであろう混乱を想像できるから。
俺があの場に行かない時に、できる限り情報をシャットダウンするのには理由がある。
俺がサボりニシムクサムライ零に行かないと何故か被害は大きくなる。
おそらく今ジャックスマイルでの被害は死者二名、降ってきたガラスにより重症者四名、軽傷者五名。
俺が死んだパターンの時、死者は多分俺一人のはず。
他の被害は重症者のうち三人はバーテンダーとバイトくん二人。
軽傷者五人はフロアの西で作業していたメンバーとミライとマネージャー。被害者は合計九人ほど。
しかし俺がいないと俺の上司のチーフプロデューサーとジャックスマイルの現場担当主任が亡くなりもう一人誰かが大怪我を負う。恐らくはあの破片の落下地点で三人が何か話をしていたのだろう。重症者の一人は報道では発表されないから誰だかは分からない。
俺が行かない事で被害にあった三人と、俺がいたら怪我しなくても済む人が怪我をしてしまうという事実を聞くのが辛い。一日終われば無かった事にされるとしても。
俺は大きく深呼吸をしてから店を出る。先程の雨が嘘のように青空が広がり、容赦ない日差しが俺を責めるように突き刺さった。
左を見るとMedio Del Mondoの四本のタワーマンションがそびえ立っている。それが墓標に見えた。
俺はフラフラとそちらに呼ばれたかのように歩き出した。
佐藤宙は【11:11;11世界の真ん中で】という作品の主人公となります。
その彼が、コチラの物語でどう絡んでいくのかお楽しみに。




