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異世界恋愛系(短編)

身代わりで生贄となりましたが、なぜか聖女になってしまいました。美味しく食べられることが最終目標なので、聖女認定は謹んでお断りします!

 神さまへの生贄になることが決まった。なんてことはない、生贄に指名されたはずの領主の娘が泣いて嫌がったから、領主が替え玉を用意することにしたってわけ。


 よくある話とはいえ、それが自分の父親だって思うと正直ひくよね。すみません、私も一応あんたの娘なんですけどその辺りどう理解してらっしゃるんですかね?


「お前のせいで、我が最愛の彼女は死んだのだ。せめて生贄として役に立て」


 あー、そういう感じ? なるほど理解した……いやいや、おかしいでしょ。そもそも病弱な上に、すでに許嫁がいた村娘を無理やり手篭めにしたのは誰だって話だよ。


 それとも何か、子どもは無性生殖で生まれてきたとでも思ってるわけか? 脳みそ、フォークでかき回してやるぞ、ゴルァ。


「それでは我が身にご満足いただけますよう、ご支援をよろしくお願いいたします」

「は?」

「当然でございます。生贄として、領主の娘を要求してきたのです。こちらも一応領主の娘とはいえ、ボロを身にまとった醜女(しこめ)の庶子を差し出せば、話が違うとお怒りになられることでしょう」


 神さまへの生贄として、粗悪品を差し出すとかなんの度胸試しだよ。せめて金を出してとりつくろえ。


「万が一替え玉だとバレてしまえば、お嬢さまの身に危険が及ぶやもしれません」

「それを防ぐのがお前の役割だろうが!」

「もちろんでございます。ですから、そのためにもご領主さまにはお力添えをいただかねばなりません」


 一連のやり取りを、心配そうな顔で養父母が見ている。苦労をかけてごめんなさい。せめて少しでも恩返しさせて。


 今まで放置していた父親がのこのこ現れたんだもの。利用しない手はない。せいぜい私が死ぬまで金づるとして働いてくださいね。声には出さないまま、小さく微笑んだ。



 ******



「今月もありがとうございます。我々が健やかに暮らしていけますのも、領主さまのおかげです」

「身の程をわかっていればよいのだ。大体、領主であるわしを崇めずに、神などというわけのわからん代物を……」

「領主さま、それ以上はいけません。あら、雨。さっきまで、あんなに晴れておりましたのに。もしやこれも……」

「わ、わしは帰るぞ!」


 大騒ぎしながら帰っていく実父を見て、ため息をつく。この程度でびびるくらいなら、まず替え玉を企むなよ。そもそも祀られてる神さまに天候を操る力はあるのか?


「神父さま、ありがとう!」

「いえいえ、レベッカのお役に立てたようでなによりです」


 雨に見せかけたのは、魔法で生み出された少量の水。この教会に勤める神父さまの仕業だ。権力者をおちょくる神父さま、相当な修羅場をくぐってきたと思われる。


「今月分も無事に確保! まず両親に渡すぶんを取り置いてっと。よし、村の子どもたちの昼食分と教会の修繕費は十分ね」


 生贄になることが決まってからすぐ、私は養父母の家を出た。「教会で身を清めるため」ともっともらしいことを告げたけれど、本当の理由のひとつは実父とのやりとりを見せたくなかったから。


「それにしても、あのひと暇人ね」

「暇……というわけではないと思いますよ」


 じゃあなぜに手ずからお金を持ってくるのか。信頼してお金を預ける相手がいないってこと?


「レベッカは元気ですねえ。さきほどまで、しんみりとうつむいていたとはとても思えません」

「神父さま。ああいうひとは、自分の嫌いな相手が不幸そうにしていることが大好きなのよ。不幸せそうに振る舞うことがお金を滞りなくもらうコツなの」

「したたかですね」

「頭を下げるだけでお金が手に入るんだもの、頭くらい喜んで下げるわ」


 金があるにこしたことはない。なにせお世話になっている教会の屋根は破れ、すきま風が入りまくっている。管理をしているのは神父さまだけで、信者の姿はひとりも見えない。


 おかしくない? 生贄を捧げる土地の神さまを祀っているのなら、もうちょっと信仰を集めようよ。


「そうやって、この教会に転がり込んできたんでしたっけ。あなたが丁寧語で頭を下げる時は、だいたい何か企んでいるんだと、僕も最近覚えました」

「常日頃から丁寧語で話す神父さまが、それを言う?」


 ツッコミを入れれば、神父さまがくつくつと喉を鳴らした。その笑顔に、つられて笑ってしまう。私が家を出たもうひとつの理由は、神父さまだ。


 何か辛いことがあると駆け込んだ教会。何も言わずに笑顔で迎えてくれる神父さまにどれだけ救われたことか。


 もちろんあわよくば……なんてことは思っていない。だって、相手は聖職者だもんね。でも、死ぬ前に思い出がほしかった。一つ屋根の下なんて、なんだか同棲しているみたいでそれだけで十分幸せだったりする。


 まあ神父さまから見れば、いまだに泣きべそをかいている子どもに軒先を貸している感覚なんだろうなあ。


「神父さま、買い出しに行ってきてもいいかしら?」

「大丈夫ですよ。青空教室のあとに、また炊き出しをするつもりですね?」

「はい。先生役を押しつけちゃってごめんなさい」


 いくら、簡単な読み書き計算が将来の役に立つとはいえ、働き手を奪っているわけだからね。ご飯みたいな、目に見える利益がないとやっぱりひとは集まらない。草の根運動、超大事!


「レベッカは優しいですね」

「まさか。全部、自分のためよ」 


 教会を修繕するのも、青空教室や炊き出しを行うのも、利己的な目的だ。どうせ死ぬなら、少しでも神父さまの役に立つほうがいいから。


「信者さん、100人獲得できるかなっ」

「信者さんのことを、金のなる木みたいに言ってはいけませんよ」

「そこまで言ってないし! その発想が出てくる時点で、そう思っているのは神父さまのほうじゃないの?」


 そんなこんなで、生贄の過ごす日々は意外と穏やかなのだ。



 ******



 とはいえ私も、教会のことにばかりかまけているわけではない。より良い生贄になるべく、日々努力中なのだ。


 いや、何がどう生贄らしいとか、神さまに聞いたわけじゃないからあくまで予想だけれど。でもわざわざ貴族の娘を要求したってことは、ある程度容姿が整っていたり、グラマラスな体型をしているほうが、食べ応えもあって美味しいんだろうな。


 まあ私が神さまなら、領主の娘は食べないけどね。血が半分繋がっている相手に言うのも失礼だけれど、性格の悪さがうつりそう。あと、苦くてまずそう。悪食なのかな。


「レベッカ」

「ひゃっ」


 急に話しかけないでよ! 呼吸が乱れるじゃん!

 生贄として貧相な娘はふさわしくないと実父に啖呵をきった手前、一日も疎かにはできない。今日も今日とて、やるのは筋トレだ。


「その謎のポーズは何ですか?」

「……胸筋を鍛える体操です」

「バストアップの体操ですか……」


 なぜバレた!

 庶民の生活じゃあ、無駄に太ることなんてないんだよねえ。貧相って言うな! スレンダーと言え!


 別の場所から寄せてあげようにも、そもそも肉がないんだよ。足りない脂肪は筋肉でカバーしてやるぜ!


「脂肪と筋肉はそもそも違うのでは?」

「うるさいっ」

「僕は、小さくても大きくてもみんな尊いと思いますけれどねえ」

「神父さまの好みは聞いてないから」

「大事なのは誰の持ち物かでしょう。あとは()()

「いいからもう黙って!」


 なんか今、聖職者としてあるまじき言葉が聞こえたような。なんだこれ、ワンチャンあるのか? こちとら崖っぷちの生贄なんだから、わりと本気で期待するからな!


「レベッカ、その体操はひとまず置いておいて、おやつを食べませんか」

「神父さま、まさかまた買い食い?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。これは教会に対して、日頃のお礼ということで持ってきていただいたものなので」

「それならいいか」


 あっさり認める私を現金だと言ってはいけない。甘味は貧乏人には貴重なのだ。


「甘いっ! 幸せ!」

「僕もその顔が見れて嬉しいです」


 さつまいもって蒸すだけで十分美味しいけれど、お砂糖や牛乳、卵を使って一手間かけると、さらに美味しさが増すよね!


「美味しそうに食べますね」

「だって美味しいんだもん」


 あー、もう残り一個か。やっぱり一般的な乙女としてはここで遠慮するべきなんだろうな。手を出せずにいると、笑顔の神父さまが最後のひとつを私の口に押し込んだ。


「ふわ、お、おいひい」

「いつまでもこんな風に美味しいものを一緒に食べたいですね」

「……うん、そうだね」


 神父さまは、ひどい。私が生贄になるのを知っているくせに、そんなことを言うんだ。でもそんな意地悪な神父さまが好きなんだから、私もたいがいバカなんだよね。



 ******



 もうじきこの世を離れる私の心残りは、教会の今後だったりする。おかげで最近じゃ、夜もおちおち眠れやしない。


「レベッカ、夜更かしは体に毒ですよ」

「帳簿の残高を見ていると、もう心配でならなくて」

「教会のことなら、どうとでもなります。今までだって、どうにかなっていたんですから」

「なってなかったし! 私が来た当初、神父さま、雑草食べて飢えをしのいでいたし!」

「あれは慣れればなかなか乙なものでして」

「慣れるな!」


 今は私がここにいることで、実父からお金を引き出している。けれど、私が死ねばそれまでだ。好きなひとには、やっぱり空腹に悩まされずに暮らしてほしい。ひもじいのは辛いもの。


「いざとなったら、これを売ることもできますよ」


 きらりと神父さまの胸元で、紅玉が輝いた。身分の証明とかに使うのかな。もしかして、神父さまって結構いい家の出身とか?


「それたぶん、売っちゃダメやつ! はあ……。なんかこう、ぱーっとこの教会の名物になりそうなもの、作れないかな」

「正直、難しいでしょうね」

「生贄として神さまに会った時に、どこか一部でも引っこ抜いて教会に残せたら、高く売れるかも!」

「神をも恐れぬ発言ですね」


 やっぱり不敬だったかしら。でも生贄の遺髪じゃご利益なさそうどころか、不吉だしなあ。


「うーん、どうしたら……っていったあ……」

「どうしました?」

「ちょっと指先が割れちゃったみたい。あかぎれかな」

「それはいけませんね」


 患部を確かめるためにか、神父さまが近づいてきて慌てる。手が乾燥でボロボロなの、ちょっと恥ずかしいから! 慌てて指先をなめあげる。よし、血が見えなきゃどこかわかんないだろ。


「だ、大丈夫。こんなのたいしたことな……あれ?」

「どうしました?」

「いえ、傷があったように感じたのはどうも錯覚だったみたいで……」


 嘘をつくフリが、指先にはささくれさえも見当たらない。確かに血の味がしたのに。


「傷が消えましたか」

「まさか、そんなことあるわけ」

「では、もう一度試してみましょうか。ちょうど良いところに小刀が……」

「ちょっ、やめっ! 痛いのは無理!」

「私の指を切るだけですから、問題ありません」

「もっとダメ! 話す、話すから!」


 神父さまによると、日々の生活が、修行及び信心の高さとして神々に認められ、聖女の力に目覚めたらしい。豊胸体操とかしてたのに?


 まあそんなこと言われても、予定通り生贄になりますので。


「神父さま、このことはどうぞご内密に!」

「なぜです。中央教会に報告すれば、あなたは聖女として認定されるでしょう。そうすれば、生贄にされることはなくなるはずです」

「いやいや、そういうのは良いんですよ。私は滞りなく、予定通り生贄になりたいんです! 誠心誠意、それだけを願ってます!」

「……傷を口づけで治療するのは、やはり死ぬよりお嫌ですか?」

「え、聖女になったら他人の傷をべろべろ舐めなきゃいけないの?」

「あなたの力の発揮の仕方がその形なら、恐らくは……」


 それは普通に嫌だよ。なんかもっと効率的な治療方法はないの。手をかざしてぶわっと治すとかさ。


「確かに戦場での傷を口づけで治すともなれば、精神的負担ははかりしれません。けれど、王族との結婚も夢ではありませんよ」

「王子さまとの結婚とかそういうのは最初から求めてないんで」


 聖女の仕事、ナチュラルにグロくない? そこまでして崇められなくていいかな。いや、そういう仕事だからこそ崇められるのか? いろいろ考えていたら、頭が痛くなってきた。


「レベッカ、最近眠れていないんでしょう? 無理をしないでください。怖いと思うことは、当たり前なんです」

「……神父さま」


 神父さまに抱きしめられる。甘い香りと温もりに包まれた。心配されていることが心地よくて、ゆっくりとまぶたが重くなる。


 神父さま、私はズルいの。こんな風に私のことだけを考えてもらえる瞬間が、本当に幸せだから。


 それにあなたのそばにいられないのなら、王子さまの隣だろうが、神さまのお腹の中だろうが、そんなに変わらないじゃない。


 だから、予定通り生贄として旅立たせてね。



 ******



 生贄になる日は、いつもと同じようにやってきた。違うのは、今日はまるで花嫁のような真っ白なドレスを身につけているということ。自画自賛ながら、似合うじゃないの。


「レベッカ、逃げるなら最後のチャンスですよ」

「なんで神父さまがそういうこと言うの」

「レベッカには、人間らしく自由に生きてほしいからですよ」

「神父さまのバカ」


 僕と一緒に逃げてくださいって言われたら、喜んでついていっただろうけど。そうじゃないなら、お断りだよ!


 神父さまの頬に自分の頬をくっつけてみる。冥土の土産に、これくらい許されるよね。驚いたような神父さまの顔がかわいくて、笑顔でさようならを伝える。


 窓の外にはまあるく輝く金色の月。その月がゆっくりと陰っていく。


 完全に月が消えるとともに目の前に現れたのは、白銀の竜だった。魔力の源なのか、輝く紅玉がまぶしい。


「レベッカ、我は汝とともに生きることを望む。番としてともに生きよ」


 おっと、そう来ましたか。食われるよりましなのか。食われるよりも苦しいことが待っているのか。


「その身を捧げる代わりに、ひとつ願いを叶えてやろう」

「はいっ、番になります!」


 現金と言うなかれ。神さまに願いを叶えてもらう機会なんて、これを逃せば二度とない。


「それでは、実父以外のすべてのひとから私の記憶を消してください」

「なにゆえに」

「誰もがもっと幸せになれるはずだったのに、私がそれを奪いました。父は自業自得ですが」


 この地を治める領主には、認知していない庶子がいる。さらに、妾として召し上げられた女性の元婚約者に預けられたというのは、地元では有名な話だった。


 いやまじでドン引きだよね。よりにもよって、そこに預ける?


 元婚約者――養父――はそんな私を慈しみ、育ててくれた。養母もまた、実子と分け隔てなく育ててくれたと思う。


 けれど、世の中にはお節介な人間というものがいるもので。


『あんたは、お父さんとお母さんの本当の子どもじゃないんだ。迷惑にならないように、わがままを言わずに過ごしなさい。()()()()()のせいで、お父さんがどれだけ苦労したことか』


 そんなこと、他人に言われなくっても私がよくわかっている。だから、生贄になることは渡りに船だったのだ。


 腹違いの姉妹――領主の娘たち――も被害者なのだと思う。彼らの性格の悪さは、節操なしの父親の影響が大きいんじゃないかな。単純に、生まれつきの根性悪だったらごめん。


「この教会の神父の記憶からも消えるが、構わないのか?」

「か、構いません」


 ひえっ、神父さまへの気持ちが神さまにバレバレとかどういうことなの。


「そりゃあ、覚えていてほしいですけれど……。ゆっくりと忘れられたり、良い思い出として語られるくらいなら、いっそ最初から消えてしまいたいんです」


 ずっとずっと私のことを覚えていてほしいけれど、それを望んではいけないから。


 私の答えに、神さまは面白そうに目を細めた。


「ならば、誓いの口づけを」


 竜が近づいてくる。


 えーと、これって口に直接でいいってこと? それともちょこっと浮いている前足にしたほうがいいのかな。


 どきどきしながら、竜の口もとにくちづけた。丸呑みされなくて、よかった。


「契約は成立だ」


 紅玉から光があふれ出し、教会に満ちてゆく。その光の強さに、私は思わず目をつぶった。


 光がおさまった後に見えたもの。それは白銀の竜ではなく、すらりと背の高い見惚れるような美丈夫だった。



 ******



「……は?」


 肌は見たことないくらいつるぴかだし、輝く長い髪の色も違う。でも、その笑顔には見覚えがあるんですけど! これはもしかしなくても……。


「神父さま?」

「はい、なんでしょう」

「いやいや、神父さまが神さまとか聞いてないし!」

「僕も呪いに縛られていましたからね。お伽噺(とぎばなし)にもよくあるでしょう。愛し合うふたりの口づけで呪いが解けると」

「あ、愛しっ」

「レベッカは照れ屋さんですね。あなたが聖女だったおかげで、呪いが解けるだけでなく、神としての力も上がりましたよ」


 くつくつと楽しそうに神父さまが笑った。ほっとしたせいか、ついひねくれたことを言ってしまう。


「さっきまで竜だったくせに、服を着ているのおかしくない?」

「裸がお好みでしたか。意外と大胆ですね」

「違うし!」


 腰が抜けたままの私を、神父さまがひょいと抱えあげた。


「積もる話もありますし、場所を移動しましょうか」


 そのまま神父さまの部屋に連れて行かれる。


「なんで神父さまは、生贄なんて要求したの?」

「呪いを解くことはもう随分前から諦めていましたので。そのぶん、死ぬ前に、ちょっとくらいいい思いをしてもいいかなと」

「別人を要求してたくせに」

「もともと、レベッカが欲しかったんです。でもあの男に素直に言ったら、絶対にあなたを手放さないとわかっていましたからね」

「ありそう!」

「一回きりで我慢して、逃がしてあげようと思ったんですよ。でも、あなたがあんまり可愛いから、つい契約で縛ってしまいました」


 深く深く口づけられる。求められることがこれほど幸せだなんて、知らなかった。



 ******



 それから約束通りみんなの記憶から私のことを消してもらい、ふたりで各地を旅しながら暮らしている。養父母にちゃんと『遺産』も残せたことだしね。


 神父さまが教会に縛られていたのは、ちょっとタチの悪い相手に嵌められたせいらしい。神父さまを出し抜くとはなかなかやるな。


 実父は、最終的に心を病んでしまったそうだ。神父さまは、「自業自得ですよ。反省できるまでひたすら転生させますけれど、ある程度のところで魂が擦りきれて消滅するようになりますので」と話していた。


 神さま、すごすぎ。とはいえ私以上に怒ってくれたおかげで、実父への怒りは少しずつ和らいできている。


 さて今回の旅の目的地は、故郷の村だ。随分離れていたはずなのに、景色はまるで変わっていない。


「この村に戻ってくるのも、久しぶりですね」

「本当だね」


 戻ることにしたのは、ただの気まぐれ。


 かつて暮らした教会は定期的にひとの手が入っているのか、古いながらも美しさを保っていた。扉を開けたその時だ。


「レベッカ。元気そうだね」

「旦那さまと仲良しみたいで安心したわ」


 教会の中には、養父母がいた。神父さまを振り返れば、ものすごい勢いで首を横に振られる。神父さまも預かり知らぬことらしい。


「あなたが幸せそうで、本当にほっとしたわ。それだけが心残りだったの」

「もっとお前に愛を伝えられたらよかったんだが。でも、もう大丈夫だな」


 ふたりは、記憶にあるままの懐かしい顔で微笑んでいる。でも、どうして。私が村を出たのは、百年も昔の話なのに。


 ――レベッカ、愛している――


 手を伸ばそうとする前に、きらきらとした光になってふたりの姿が薄れていく。神父さまが、後ろから私を抱きしめた。


「幽霊になられてしまってはお手上げですね。生きている間から、あなたがいないことに違和感を持っていたからこそ、術が解けたのでしょう」


 涙が止まらない。記憶を消して、この村を出た。お葬式にも出なかったのに、ふたりは私のことをずっと待っていてくれていたなんて。


「あなたは、確かに愛されていたんですよ」


 お父さん、お母さん、ありがとう。あなたがたのおかげで、私は幸せに生きています。

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