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IRIS (予兆を告げる虹)

「AION、一体どこへ行った!」


 その頃、管理者たちのエリアでは騒ぎが起きていた。


「セクターταχύς(タキュス)の管理システムは、管理者が居なければ正常に動作しない。だが、あの管理システムを任されているのはAIONだけ。我々が勝手に触るわけには……」

「EIDOSさん。MARIAがAIONさんの存在を感知しました」


 そう話しかけたのは、同じく神々の一柱、FREYJA(フレイア)


「なんだと?」

「これを見てください。MARIAが最近対応した転生者のデータです」


 そこには転生者のフレームの詳細と、対応時にMARIAが使用した言語が一覧表示されていた。


「まさか――AION! SAMSARAを悪用したな! ああ、大いなる存在IDEAよ。我々はどうすれば……」


 EIDOSは『言語』の列にひとつだけあるUn(アン)-known(ノウン)――『不明』の文字を見て、頭を抱えた。


               *   *   *


「へえ、ここがEques(エクエス)か。町並みは古臭いけど、面白いところだな」


 翌日。CIELは珊瑚の助言に従い、セクターEquesへと足を運んだ。『騎士』というセクター名の通り、ここはいわゆる中世ヨーロッパをテーマにして創られている。


「あれ本物のドレスか? ああ、でもシステムがサポートしてるのか。裾を引きずらないように浮いてるし……」


 ホログラムの石畳で舗装された路地を歩きながら、行き交う人々を眺めるCIEL。時折、人々の中に豚や羊が交じっているが、皆行儀よくしている。また、排泄物などが地面に転がっている様子もない。管理システムによって速やかに処理されるためだ。


「あれも本物だ。相当精密に創られてるな」


 かた、かた。プレートアーマーの男がCIELとすれ違う。CIELは男が動くたびに生じさせる金属音の小ささから、可動部の調節が非常に優れていることを察した。


「おお、こっちは噴水広場か。いい空気だな」


 路地を抜けると噴水のある広場に出た。泉のようになっている中央には、頭上で水盆を支える女神の像があり、その水盆からはとめどなく水が溢れ続けている。


「この時代にこんな構造の噴水はなかったはずだけど……まあ、細かいことは――」


 ふと、CIELの視線が止まる。噴水の中央、女神像が支えている水盆の上に、誰かが立っている。その人物は腕を組み、ただ遠くの方を眺めていた。


「あれは――お、おい。そんなところで何してるんだ?」


 その人物に思わず声をかけるCIEL。


「あら。私が視えるの?」


 とん。その人物は静かに飛び降り、CIELの前に来た。


「姿は隠していたはずなんだけど。あなた、本当にただの人間?」

「え、ああ、人間だよ! 最近転生したんだ!」

「へえ……」


 人間的な身体的特徴を感じさせない、独特のフレーム。電流によって伸縮、硬軟化する、白い金属の繊維――バイオメタル・ファイバーで創られたパワードスーツ。このセクターには似合わない風体だ。


「あれ、もしかして」

「そうよ。私がX。……この姿じゃ目立つわね」


 その人物――Xが、その場でくるりと回る。シンプルな深紅のホログラム・ドレスが展開された。


「やっぱりXだったか! 俺はCIELだ。よろしくな」

「ええ、よろしくね。それで、私に何か用でも?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……なんかあっけなく見つかっちゃったから、なんというか」


 それらしい口実が思い浮かばず、たじろぐCIEL。


「まあいいわよ。私も何か用があってここに居るわけでもないし。あなた、もしかしてここは初めて?」

「ああ、そうだよ。そういえばセクターの情報も見てなかったな。ええと……」


 そう言って、左手首のデバイスを操作する。


≪セクター名:Eques(エクエス) 管理システム名:Eclipse(イクリプス) 管理者名:DIANA(ディアナ)


「……DIANA? このセクター、管理者は居ないんじゃなかったのか?」

「あら、よく知ってるわね? 管理者のDIANAは神々の中で最も早く目覚め、そして『消えた』のよ」

「消えた? なんでだ?」

「なぜでしょうね。けれど、ここの管理システムはとても高度な知能を持っているんですって。だから管理者が居なくても平気なんじゃないかしら」

「ふーん、DIANAか――」


 CIELの視線が上を向く。と、その時。


「おおっ」

「どうかした?」

「今なんか通ったぞ! 変な、虹色のやつ!」


 突然視界に入った何かに、一瞬、目を見開いたCIEL。


「なんだったんだ?」

「あなた、あれも視えるの? あれは緊急速報システム、IRIS(イーリス)よ。わずか1秒でEARTH全体に重要な情報を伝達できるの」

「ああ、そういえばそんなのもあったな。それで、何のニュースだ?」


 周囲の人々が一様にデバイスを開き、情報を確認している。


≪セクターταχύςの管理者AIONが行方不明。管理システムに不具合が生じる可能性あり。もしAIONと思われる存在を発見した者は速やかに連絡を≫


「うわあ……」


 思わず声を漏らすCIEL。


「仕事を放棄したってこと? 神の中にも、そういうのが居るのね。興味深いわ」

「あ、ああ。全く、自分の仕事を放棄するなんて、一体どんな神なんだろうな!」


 その言葉には、どこか諦めのような白々しさがあった。

 

「私、AIONは必ずταχύςのどこかに現れると思うわ。昔から、犯人は現場に戻る、って言うでしょう? それと同じで、彼も自身が放棄したセクターを気にしていると思うの」

「犯人って……あ、そういえば俺、もう一人会ってみたい奴が居るんだ。IDEAって、知ってるか?」


 CIELはこれ以上この話題が続くのは危険だと判断し、話題を変えた。


「ふふっ。知ってるわよ。IDEAは神々を創造した主。神々だけじゃないわ。宇宙や、宇宙を入れる器、時という概念、それに輪廻転生の基礎を創ったのもそう。IDEAは『存在』という概念が生じる前からこの世界に存在する、根源的存在なの」

「へえ、どこで知ったんだ?」

「これよ」


 CIELの視界に情報が表示される。


≪真理学カリキュラム『人類と神々の奇跡的シナジー』、162ページ、6行目 …… (インストール可能)≫


「ちなみに『大いなる真理論Ⅱ』では、『誰もがIDEAを知っている』という言葉があるの。つまり、この世界そのものがIDEAであり、私たちはIDEAの心の中にある一面である、と解釈したわけね」

「なるほど……いや、よく分かんないな」

「でしょうね。他にもIDEAに詳しい人が居るかもしれないし、聞いてみたらいいんじゃない?」

「そうだな。じゃあ、もう少しこの辺を歩いてみるか」


 そう言って、歩き始める二人。


「あれ、Xのパワードスーツって体型まで変えられるんだな」

「そうよ。このフレームの一部として、完全に同化しているから。これとホログラム・ドレスのおかげで、姿を隠さなくても正体が知られずに済むってわけ」

「よくできてるな……って、俺が言うのもあれだけど」


 空には薄い雲が広がりはじめた。冷たい風が吹き、肌を心地よく刺激する。そんな街に、CIELがアンニュイな雰囲気を感じていると――


「きゃああ、騎士様、どこへ行ったの!」


 かん、かん、かん。向こうの方から、何やらけたたましい足音と声が聞こえる。


「騎士様……って、Xじゃない! 久しぶり!」


 二人の前に現れたのは、コルセットを絞めているとは思えない、異常な速さで走る女。本来ならば歩くことはおろか、呼吸すらままならないはずであるが、これも各種システムによるサポートのおかげだ。


「久しぶりね。でも、あまり大声で言わないでちょうだい。今は正体を隠しているの」

「あ、それは失礼」


 女はドレスの両端を持ち上げ、軽く膝を曲げる。中世におけるお辞儀の作法『カーテシー』の真似だ。


「そういえば知ってる? セクターταχύςの管理者AIONが行方不明だって! 大変!」

「ええ、知ってるわ」

「AIONってどんな人なのかな? Xは知ってる? もしかして――あれ、この人、誰?」


 女がCIELの存在に気付いた。


「それはこっちのセリフだよ……俺はCIEL。よろしくな。それで、そっちは?」

「私? 私はLune(リュンヌ) de(ドゥ) Silvia(シルヴィア)。プリンセスと呼んでくださってもよろしいのよ?」


 語尾に音符を付けたような話し方をするSilvia。


「ん? Lune de Silvia?」

「うん、そうだけど、何か?」

「いや、何でもない。ところで、聞きたいことが――」

「あ、そんなことより! あなたたち、騎士様を見かけなかった?」


 Silviaの勢いに圧倒され、言葉に詰まるCIEL。


「え、き、騎士? えっと、プレートアーマーを着た男なら、さっき向こうで――」

「きゃああ、騎士様! 私は行くわ、ごきげんよう!」


 どんっ。Silviaは人間の足から出たとは思えないような音を立て、あっという間に路地の向こうへ消えていった。


「……なあ、あいつ、名前の順序間違えてないか?」

「かつての理屈で言えばそうね。でも、いいんじゃない? 彼女は満足しているようだし、現代の人間界において、名前自体が意味や価値を持つことなんてないんだから」

「ま、まあ、そうだな」


 怒涛のように過ぎ去った時間に、拍子抜けしたような顔をするCIEL。その疲弊したような静寂の残った街路に、二度目の虹が走る――

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