オリコンランキングウィークリー
小学6年生の頃、公園で音楽プレーヤーを拾った。黒くてかっこいいそれは、傷ひとつなかった。
警察に届けようか迷ったけれど、ゲームを持っていなかった僕は、そのプレーヤーが欲しくなりポケットに入れて家に持ち帰った。
家に帰り、プレーヤーに繋がっていたイヤホンを耳につける。
壊れていたら捨てよう…と思った。しかし、イヤホンから聞こえてきたのは「さて始まりました、オリコンウィークリーランキング!今週の音楽はこちら!」と男の人の声。ラジオ機能がついているのだろう。
壊れてなかった…!
ベッドにドーンと寝転ぶ。
次々に流れる音楽。聞いたことのない音楽に僕はワクワクする。
僕は毎日イヤホンを付けた。
1週間同じランキングの曲が流れる。
月曜日になると、順位が変わり、違う音楽も入ってくる。
部屋にいる時のほとんどそのイヤホンをつけて過ごした。
さすが、ランキングトップ10。思わず口ずさんでしまうくらいハマった音楽も出てきた。
"佐久間 優"
デビューして1年だが、色んな人の心を掴む歌詞と音楽が絶賛され、毎週ランキングに入っている期待の新人だ。
僕も彼の音楽が大好きだ。
先週出た新曲もとてもよかった。
僕は友達の前でランキング1位の曲を歌った。あんなに有名なんだ。きっと知っている!
なのに、みんなはキョトンとした顔を僕に向け「聞いたことない」と言い出した。知っているものは誰もいない。
嘘だ!絶対知ってる!そう言ってもみんな首を横に振るのだ。
それならと、僕は学校終わり公園でサッカーをしている友達にそのプレーヤーを見せ、「聞いて!」と差し出した。
「…なにも聞こえないよ。」
友達は言う。
「貸して!」
そんなはずない、そう思い僕は友達の手からイヤホンを取って耳に付ける。
「さて始まりました!オリコンウィークリー…」
いつものラジオパーソナリティの明るい声が聞こえる。
「聞こえるよ!」僕はもう一度友達に渡す。それでも友達は困った顔をするのだ。
「聞こえないならいいよ!」
プレーヤーを奪い家に帰る。みんな、ゲームばかりするから音楽なんて聞かないんだ!だれも話せる人がいないことが悲しくて、少しだけイライラする。
夕飯の時、僕はお父さんとお母さんに聞いた。"佐久間 優"っていうアーティストを知っているのか。毎朝ニュースを見ているお母さんと、新聞を読んでいるお父さんだ。絶対に知っている。
しかし、「佐久間 優?さぁ。」「…聞いたことないなあ、有名なのか?」
首をかしげる。
「ウィークリーオリコンランキングをやってるラジオでよく聞くんだ!知らない?」箸を止めて必死に聞く。
知らないはずがない、絶対に。
だって、1位だよ?
「…そんなラジオやってたっけなぁ。」
お父さんは首を傾げる。
「ともき、どこでラジオ聞いてるのよ」やけに詳しい僕をお母さんは疑う。「え、いや。ちょっと友達の家で聞いたの。」「そうなのね、ほら、さっさと食べなさい。お味噌汁冷えるわよ。」「…はーい。」
僕が聞いているのはなんだろう。もしかして、オリコンウィークリーランキングっていうのは誰かが勝手につけたものなのかもしれない。ラジオパーソナリティの好きな音楽をランキングにしているだけなのかもしれない…。
誰に話しても知らないと言われる僕は、しだいに音楽を聴く回数が減り、誕生日にゲームを買ってもらってからは机の引き出しの奥に入れたまま月日が流れていった。
・・・
5年が経った、僕は高校2年生だ。
最近、何かおかしい。テレビや街、学校の放送室から懐かしい音楽が聞こえてくるのだ。みんなは、初めて聞いたような反応を見せる。
この曲とってもいい!今度ライブに行くんだ!ドラマの主題歌だよね!
何故、今になってみんな騒ぎ出すんだ…。
ある日、街に行った。交差点の信号を待っているとき、大画面に聞き覚えのある男性の声が聞こえた。
「さて始まりました!オリコンウィークリーランキング!」
ゾワっと鳥肌が立ち、バッと顔を上げる。大画面にはランキング画面が出ている。
信号が青になり、みんなが横断歩道を渡る中、僕はその場に立ち尽くす。
…やっぱり、あのラジオは存在したんだ!!
ランキングはあの時と同じようにトップ10から発表される。
「…そして!今週のランキング1位は!
"佐久間 優"の『story!』」
…佐久間 優!!!!
storyは、たしか2枚目のシングルだった、懐かしい、もう5年も経つのか…。
しみじみと初めて聴いた時の気分に浸っていると…
「佐久間 優くんはもうすぐデビュー1年の超超超期待の新人アーティスト!100万ダウンロードを突破し、最優秀賞新人賞の有力候補になっている!」
パーソナリティーの陽気な声に耳を疑う。
新人…?デビュー1年…?
街での用事のことなど忘れ、無我夢中で家に帰る。
嘘だ、嘘だ。じゃあ、僕が今まで聞いていたものはなんだったんだ!
お母さんの「おかえり」という声に返事せず、乱暴にドアを開け自室に入り、引き出しを開ける。
…あった。
あの頃みたいにイヤホンを耳につける。
「さあ、はじまりました!」
「うわっ」
思わずイヤホンを外してしまう…。
あの時のラジオパーソナリティの声だ。でも少し声が渋くて、なんとなく歳がとっているような…。
もう一度イヤホンをつける。
「さあ、始まりました!ウィークリーオリコンランキング!」
…気づいてしまった。
そうだ、いつもそうだった。毎日そうだった。僕がイヤホンをつけると必ず"冒頭の挨拶で始まる"途中から流れることなんて一度もなかった。
それに、充電をしたことがなかった。そんな差込口も存在しなかった。
なのに、5年経った今も普通に聴けるのだ。
ただの、音楽プレーヤーじゃないのだ。
きっとこれは…
「今や世界中にファンがいる佐久間 優!デビュー5周年記念ツアーでは、初のアジアツアーを開催しました!」
これは…。
震える僕に気付いてないのか、聞いたことのない音楽は、男の声と共に流れ続けた。