能力の説明書は読みましたか? 〜え、最近は付いてすらない?〜
唐突にネタが浮かんだだけです。
ネタ切れ注意。
異世界転生。それは最近流行っている物語のジャンルであり、概ねは死に近い体験をした人物が自分が住んでいた世界とは別の世界で生活をするといったものです。
自分の住んでいる世界では考えられない生活、文化、技術が織り成す物語は空想を豊かにすることからも若者を中心に人気を賭しています。「異世界転生してぇー」と物語を羨んで声に出すものもいるほどです。それはもちろん、神様が住む神界にも浸透しています。自分が管理する世界で実際に「異世界転生させてみてぇー」という神達が出てくるほどにです。
それに乗っかることを考えた、ある心優しい神様は考えました。異世界で生まれ変わったとしてもその世界に順応するには苦労が伴います。勿論自身が住んでいた世界、すなわち前世の記憶や経験を元に努力をしていけば世界に馴染むことは出来るでしょう。しかし問題は順応するまでに時間をかけがちになってしまうことと、努力すること自体を面倒くさがる輩もいるということです。
そこで、素敵で慈悲深くて完璧な神様は思いついたのです。「そうだ、強力な能力を貸してあげましょう」、と。
転生してからすぐに無双できるような、いわゆるチート能力を転生者に貸してあげれば彼等はそう時間をかけることなく強くなり、異世界では沢山遊ぶことが出来るでしょう。強力な敵も難なく倒すことが出来るのでお金を稼ぐことも仲間を作ることもかなり容易になります。転生者は素敵な能力を授けた神様を信仰するでしょうし、頃合いを見て転生者から能力を回収すれば神様の力もすぐに元通りになります。転生者は悠々と異世界で過ごせ、神様はパワーの源となる信仰をほぼ無コストで手に入れることが出来ます。ウィン・ウィンの関係ということです。
賢い神様は早速この試みを始めました。抽選で選ばれる転生者に能力を貸し与えることを伝え、承認されれば強力な能力を貸しました。ごく僅かに能力を受け取ることを拒否する転生者もいましたが。今ならセットでお得などの説得だってしましたが、拒絶され続けて強情な人もいるものだなあと神様は思いました。
能力を拒否したものはさておき、能力を得たものたちはそれはそれは喜びました。転生者は死んだ時の姿そのままや赤ん坊から等形態を希望に合わせて異世界へ送りました。パーフェクトな神様の信仰度、すなわち神パワーはこうして爆上がりになったのでした。めでたしめでたし。
「…………で。夢物語になったわけだね」
「夢物語ってなんですか〜! ちゃんと将来性のある計画だったんですぅ!! 失敗する要素なんてこれっぽっちもないはずだったんですー!!!」
力強く何かを破壊する音が響いて、白い衣服を身に纏う真っ白な翼が生えた少女が付していた机が木っ端微塵に弾け飛ぶ。衝撃はそれだけでは逃されず強固な石の床にヒビを入れていた。黒いローブを身につけた少年は感情を爆発させてる少女には目もくれず、ヒビ割れた床を見て一言。
「あ。また増えたね修繕費」
「うるさいうるさい! こんなお城の修繕費よりも私の人件費もとい能力を返して欲しいんですけどー!!」
「いや知りませんが。僕何もしてないし。愚痴には付き合うけどそれについてはどうとも……」
「うぇ、うええぇんえぇん!! どぉしてこんなことになっちゃうんですかぁ!!!」
大口を開けて涙を溢れさせる少女を少年は困った顔で見つめるばかり。こうなってしまっては好きなだけ言葉を吐いて満足して帰ってもらうまで相手をするしかない。彼はふと視線を、今少年達がいる謁見の間の入口へと向ける。そこには今にでも吹き消えそうな僅かな炭が散っていた。隣の少女の泣き言を他所にほわんほわんと頭の中でついさっきあった出来事を思い出す。
『俺は炎之運命!! てめぇを燃やし尽くしに来たぜ魔王!』
『あぁ? 理由? そんなの経験値稼ぎに決まってるだろ! ちまちま雑魚を殺るなんて面倒くせえんだよ!』
『はっはぁ!! あの神から貰った炎の能力でお前をぶち殺してやる!! コイツには熱の限界がねぇんだぜ、どんなやつでも限界のねえ火力で燃やし尽くしちまえば関係ねえよなぁ! さあ、見せてやるぜ!!!』
乗り込んできた元気な男性はその結果、儚い炭になってしまった。敵意を向けられた少年……《《魔王》》は何もしていない。強いて言うのなら炎の能力の口上を聞いていたところで察したように、かわいそうなものを見る目で最期を看取った。何となく末路を予想出来ていたから。
男性の炎の能力は恐らく、かなり強力なものだったのだろう。真価を発揮されていれば少年は一分も持たず焼き尽くされていたかもしれない。だが問題が幾つか。男性はおそらく、その炎への耐性を自身が持っておらずかつコントロールの能力もなかったことだ。致命的な問題を抱えてるにも関わらず男性は最初からトップの火力を出し尽くしてしまった。燃え尽きてしまったのだ、物理的に。断末魔すらなかったのであの火力が自身に向けられていたらどうなっていたことかと少年は内心ひやひやしていた。
本来ならとてつもない能力にはあってしかるべき耐性、コントロールなのだが、あの男性は転生者だった。つまりは神様に能力を貸し与えられたものの一人であった。火力が上手く調整出来なかったのも納得が出来る。悪いのは男性が能力を把握していなかったことと、神様がちゃんと説明をしていなかったことだろうか。
「まあ、なんというか。神様が悪いんじゃない? 今回も結局」
「完璧で天才で無敵で可愛いこの神様が悪いわけないじゃないですか!!! 消しますよ!!!」
「わあ権利の暴力」
涙混じりに顔を真っ赤にした少女がガバッと起き上がる。年端もいかないような幼い少女、彼女こそが魔王達が住む世界の《《神様》》だった。少年は今でも不安に思う。こんな人が自分達の世界の神様で破滅しないかなあ、と。
「何か失礼なこと考えてませんか魔王さん」
「いや何も。それよりも何で今回はあの男性……えっと、炎之運命さん? に炎耐性やコントロール関連の能力を上げなかったの?」
「え? だってとにかく火力が欲しいって言われましたから。望み通り世界を燃やし尽くせる【終焉シリーズ】の炎の能力を上げたんですよ。関連能力が欲しかったらその時に言ってもらわないと困ります」
「困ってるのは扱えると完璧に思ってた男性だと思うよ。今頃自分が気づかないうちに冥府に送られててさらに困惑してるだろうし」
「そんなの仕方ないじゃないですか!! ここのところは、『こちらのセットも着いてきますが如何ですか』って言う前に転生者の人達は意気揚々と転生していくんですから!! 普通単品よりもセットがお得でしょう!! 神の話を最後まで聞かないんですよ最近の人達は!!」
「可哀想……。能力について説明してあげるだけでも、転生者の人達は使わないよう気をつけたりすると思うけどなあ」
「一人一人に丁寧に説明してる時間はありません。転生を望む人達は抽選とはいえ次々やってきますから。なのでー……じゃん! この聖人のごとき神様が一つ一つの能力について説明書を書いてるのです!」
少女は懐から一冊の薄っぺらい小冊子を取り出した。タイトルには【Sランク〜終焉の炎〜取扱説明書】と書かれている。ちなみに表紙は少女自身をそのまま貼り付けたような可愛らしい絵が描かれている。だが少し気になるのは角の土汚れだ。
「……説明書自体は凄いけど、何でそれが今ここにあるの? 確か神様の能力自体は無限にあるけど同じものはひとつとしてないんだよね? それなら一冊だけで事足りるんじゃ」
「…………転生初日に街のゴミ箱に捨てられてました」
「あっ…………可哀想……」
再び涙目になる少女。少年は掛けられる言葉が見つからなかった。
「最近の若者は……説明書を読まずに色々しちゃうんですね……」
「……時代ってやつなのかなあ」
「……で、ですから。私が悪いんじゃありません! せっかく貸してあげた能力を扱いきれない転生者たちが悪いんです!!」
「うーん、今回はそうかもしれないけど……うーん」
「なんですか。何か言いたいことがあるならはっきりと……あれっ!? もうこんな時間!!? すみません、今日はこれで失礼します!!」
「あ、はーい。お疲れ様。また何かあったらいつでも相談に乗るよ」
「はい! 今日もありがとうございました!! それでは!」
飛び上がるように跳ねた少女は、衝撃で傾いていた時計の時刻を見ると慌てふためいて、最後に少年に礼をしてからその場から光とともに消え去った。見送った少年は座っていた業務用の椅子から立ち上がると、禍々しい玉座に腰掛ける。とはいっても肘付きには手を置かず足を閉じて両手を膝の上に組んで。
少しすれば、少年が座す玉座の間に眼鏡を掛けた一人の男性がやってきた。黒いスーツに身を包み、一礼してから口を開く。
「魔王様。今回もお疲れ様でした」
「特に何もやってないけどね。怪我人とかはいなかったかな」
「はい、魔王様の采配通りここに至るまでの道には誰も配属していませんでした。怪我人はゼロです」
「良かった良かった。じゃあ今日も通常通り業務をお願いします」
「承知しました。それで魔王様、この謁見の間の状態ですが……いつものように?」
「うん。神殿宛に送っておいて。神様の今日の修繕費ですって感じで。破損部分の写真を撮るのと録画映像を送るのも忘れないでね」
「分かりました。ではそのように」
男性は再び一礼をするとその場を去っていく。その後ろ姿を見て、魔王の少年は思い出したようにぽつりと呟いた。
「あ。今日ゴミ出しの日だから炭を捨てるのに丁度いいんだね」
今日も世界は平和である。
神様
>チート能力を沢山持ってる存在。最近流行りの異世界転生の神様側として自分も乗っかろうと考えた。能力を貸し出す度に転生者が何らかの要因で行動不能になり、能力を回収出来ないのでほんの少しずつ弱体化していく。基本的に性格はお馬鹿。
魔王
>特に世界征服とかは企んでなかったけど魔物を統率していたら、神様からお前を殺すと言われてハテナを浮かべまくった存在。魔王だけあって力も強く人望もある。性格も温厚で、自分を倒させようとしてる神様の相談にも乗るくらい。
転生者
>色んなところからやってくる人、動物、元なんかすごい人等。大抵ろくな目に遭わない。