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翼が腐るその前に  作者: ぺり
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【第1章】 キャベツな夜に翼を拾う 

深夜2時。月は流れ続ける雲に身を潜め、街灯のあかりだけが濡れたアスファルトを照らしている。

本来は人が活動するべき時間ではないはずなのに、大学の研究棟のいたるところでは明かりが灯っている。


おそらく、どこかの学生が夜通し実験をしているのだろう。それとも、明日のゼミに向けて資料の作成に明け暮れているのだろうか。まったく、ご苦労様です、と心の中で顔も知らない学生たちに敬礼する。

とかいう私も、明日までに必要なデータを用意するためにこんな夜遅くまで実験に明け暮れていた。


今日は、三月十日。正確には、もう三月十一日。学校歴では春休みのはずなのに、

私は毎日のように研究に追われている。来年度から大学院1年生。

同級生の多くは社会人となる時期であり、私のような社会へ出ることを後回しにしたマイノリティたちだけがいまだ学生生活を続けている。


最近、まわりの人から、

「あと2年も学生できるなんて、うらやましい」とか「社会人になったら遊べる暇なんてないだよねー」

とか、しょうもない嫌味を言われることが多くなった。

残安念ながら、世間の人々は知らないのである。

理系大学生という生き物たちは、日々、研究活動という無給の労働に勤しんでいるということを。


そもそも学生らしく遊ぶにしても、大学のまわりには遊ぶ場所なんて一つも見当たらない。

謎の巨大勢力の圧力により、工学部のキャンパスは僻地に追いやられるというのは周知の事実であるが、私の通う大学の周りにはキャベツ、キャベツ、キャベツ。私が通う大学の周りにはキャベツ畑しかない。


何故、キャベツ。とか愚痴をこぼしながら歩いていたら、すでに大学の正門を通り過ぎていた。

下宿先のアパートは大学から徒歩10分の距離である。

そしてもちろん、大学とアパートを結ぶ道にもキャベツ畑が隣接している。


昼間、雨が降ったからか畑の土が歩道まで流れ込み、そのせいで私の靴の裏には歩くたびにぐにゃりと不快な感触が繰り返し起きる。

足場の悪い道を明かりのない暗闇のなか進むというだけでも最悪なのに、

夜風というには強すぎる突風が私を煽り、ただ歩くという行為を妨げる。


今夜は一段と風が強い気がする。

こんな日は、早く風呂に入って寝るに限る。私は歩くスピードを速め、淡々と暗闇の中を進んでいく。

あぁ。あと2年間もこんな生活を送らなければならないと思うと、怖くなる。

風。T市に吹き荒れる風。とても強い風。風を肌で感じるたびに憂鬱な気分になる。


そういう時はたいてい、「翼を〇ださい」を小声で口ずさむ。

歌いながら頭の中で翼を羽ばたかせ退屈なこの街から飛び去っていくことを想像するだけで、少しは気が晴れる。歌はいいね。歌はリ〇ンが生み出した文化の極みだよ。


こんな姿を誰かに見られたら大変恥ずかしいが、大学周辺は大変田舎であるので、夜中に人と遭遇することはまずない。だから、今日も安心してその歌を口ずさむ。翼をくださいと。


「へたくそな歌声ね、歌といったら音楽の神様に失礼ね。

・・・まったく聞いているこっちが恥ずかしいわ、ふふふ」


前言撤回。右前方から急に鋭い罵倒が飛んで来た。若い女の声であった。


恥ずかしさを押し殺し、声がした方向に目を向けると、電柱の下にかすかな人影が見える。金髪である。どうやら質の悪いヤンキーに絡まれてしまったようだ。


田舎の宿命なのか、この町にもヤンキーが多く存在し、

ド〇キは彼らのたまり場と化し、毎夜、街にはバイクの爆音が鳴り響く。

しかし、大学の周辺は比較的ヤンキーの出現が少ないため油断していた。


私は聞こえてない、気づいてないふりをして、彼女の前を通り過ぎようとする。


「あなた・・・翼がほしいの?」


電柱の下であぐらを組んで座っている不良少女に笑いながら追い打ちをかけられた。

それでも私はシカトを続行する。


「だったら、あげるわ。私があげる」


「なにを?」


彼女の意味不明な発言につい反応してしまった。恥ずかしさのあまり思った以上にテンパっていたのか、彼女のヤンキーとは思えないくらい透き通った声に惑わされたのか分からないが、思わぬ失態を犯してしまった。反応してしまった以上、会話を続けるしかない。


「何って・・・。欲しいのでしょう?白い翼が・・・

 さっきまで、あんなに楽しそうに歌っていたじゃない。」


「別に楽しくない」と、恥ずかしい誤解を解くため、

地べたに座り込む彼女を凝視してようやく気付いた。


彼女は、ヤンキーなどではなかった。

ましては、少女でもない。人間でもない。


なぜなら彼女の背中には、見るも無残な折れた翼が生えており、その半身が血で染まっていたのだから。


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