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☆猫又、町へ行く

「山を降りたら、もっと凄い景色があるんだろう!?」

「まあ、この辺は村って感じですけど、降りれば町ですからね」


 那月が暮らしている土地は、山の奥の方になる。

 働いている旅館も、知る人ぞ知る、という感じの場所で、観光客よりも地元民が少し贅沢をしに、という向きが強い。

 もちろん旅行系の雑誌に載っているのだが、そもそも山奥なので観光客もあまり入ってこないのだ。

 そういう土地なので、最寄りのスーパーまでは車でそこそこ、コンビニも近くにはない。PCパーツや漫画本など、現代人の好むアレコレを揃えたければどうしても町まで降りなければならない。


「吾輩、師匠からマジトーンで『行くな』と言われて以来、都会に行くのは諦めていたのでウキウキだ!」

「……楽しみにしてくれると僕も嬉しいですけど、あんまり離れないでくださいね。それは約束してください」

「うむ、今日ばかりは猫では無く躾の行き届いた犬のように、しっかりと那月くんの側にいよう! 吾輩も知らない土地で迷子は怖いし、なによりデートというやつだからな!」


 ふたりの休日が揃った本日、那月はデートを提案した。

 町に降りたことの無いナツメは大喜びで頷いて、今に至る。

 助手席で、流れていく景色を見ながら既にはしゃいでいるナツメを横目で見て、那月は頬をほころばせた。

 普段から運転しているので、山道は慣れている。窓の外を見るナツメが何度も驚いているうちに、車は目的の有料駐車場に到着した。


「おお……空が狭い!」

「この辺は結構、ビルが建ってますからね」

「なんかカンカン音がしている!」

「そっちに踏切がありますからね」

「そして暑いね!?」

「車とかいっぱい走ってますし、地面ほとんど舗装されてますからね」


 ナツメはキョロキョロしながらも言いつけ通りに那月からは離れず、ただ質問を投げてくる。

 目を輝かせるナツメを可愛らしく思いながら、那月は歩き始めた。


「じゃあ、ちょっとお昼ご飯でも食べましょうか」

「うむ、それは賛成だ!」

「……そういえば先輩って、猫が食べたら毒になるのって平気なんですか、チョコレートとか、タマネギとか」

「む、猫又になったときにそういう毒系統も克服できているらしいので、問題は無いな。……唐辛子がキツいものは苦手だが」

「分かりました、だいたいどこでも大丈夫そうですね」


 今後のメニューのことも参考にしつつ、那月はナツメを案内するように、食事処へ。

 入ったのはごく普通のファミレス。ごく普通と言ってもナツメにとっては初めて見るものだし、那月にとっても普段の生活ではこうして車で移動しなければ来られないものだ。


「おお……見たこと無い料理が並んでいる!」

「旅館だとどうしても地産地消の和食重視ですからね……なんでも頼んで良いですよ」

「迷う……!」

「……迷って選べなかった料理は、また今度にしましょう」

「今度……ふふっ」

「どうしたんです?」

「いや、なんだろう、もう今から次のことを考えて、わくわくしてしまった」

「……かわいいかーこの人ー……」

「にゃ?」

「いや、気にしないでください、そしてなんでも頼んでください……」


 自分が相当にちょろいことを自覚しながら、那月は首を振る。

 結局、ふたりともプレートものを頼み、ドリンクバーを全種類制覇してくるなどのイベントをこなして、ふたりは外へ出た。


「……ええと、次はちょっと町を見て回るというか、散策したいなって思うんですけど、大丈夫ですか?」

「うむ、吾輩、ちゃんとデートの仕方をお師匠様に聞いてきた。黙って男についていけば万事オッケーだそうだ」

「うーん、さすが古い……」

「だが実際、吾輩は作法を知らぬし、ここを歩いたこともない。であれば、那月くんが見せてくれる景色を楽しみたい。……こうして歩いているニンゲンたちでさえ、山とは少し雰囲気が違って面白いしな」

「まあ、年代とか、いろいろ差はありますよね」


 山の中ではどうしても年配の人間が多く、那月のような若者は貴重だ。

 彼自身は野山に囲まれた生活に不満は無く、行こうと思えば車を出せば良いだけなので不満は無いが、同年代の多くはもっと利便性のある場所に住んだり、そもそも田舎を見限って他県に出て行くなどしている。


「うむ、なので散策というのは大賛成だ。ぜひ、吾輩にいろんなものを見せてくれ」

「……はい」


 那月が『ただ歩く』というデートを選んだ理由は、変に気取った店に連れて行くよりもその方が喜びそうだからというのが主だ。

 予想した通りに笑顔になってくれたことに嬉しくなりながら、那月はそっと、ナツメの手を取る。


「あ……」

「え、っと……は、はぐれたら、良くないので」

「……うん」


 触れた手は柔らかく、少しだけしっとりとしていた。

 相手が急にしおらしくなったことに気づけないほどに心臓が騒いでいるが、那月はなるべくそれを顔に出さず、一歩を踏み出した。

 連れられている猫又の方は、前を行く彼に素直についていきながら、自分の胸を見下ろして、


(……やっぱり、思ったより逞しいし、引っ張られているのに、嫌だと思わない……不自由なはずなのに、不思議だ)


 心臓の鼓動は激しいのに、それが嫌な感覚だとは思えない。

 正体不明の熱が汗を浮かせるのが不愉快では無く、どこか心地が良いとさえ思える。


「……ふふ」


 自然とこぼれる笑みが、ステップを軽くして。

 ナツメは笑顔で、那月に並んだ。


「……そういえば先輩って服、それしか持ってないんですよね」

「む、そうだな」

「……散策と行ってもなんにも目的がないっていうのもあれですし、服でも見に行きましょう。帽子とかあれば、こっそり耳出したりできるかもしれませんし。あ、あと連絡手段も欲しいから、スマホも見に行きましょうか」

「……それだと吾輩のものしか買えないのだが、良いのだろうか?」

「ええと、その、で、デートですから。先輩に喜んで欲しいですし……僕も、いろんな服を着ている先輩を見たり、連絡が出来るようになるのは嬉しいですから」

「……後輩、顔が赤いが」

「……これは、照れているからです。あと、デートで舞い上がってるので」


 正直に感情を語ってくれるのは、まだ感情の機微を拾えない自分への配慮だと、猫はもう知っている。


「……うん、それじゃあ、お言葉に甘えよう」


 そして、素直に優しさを受け入れた方が彼が喜んでくれるとも、ナツメは知っていた。

 目的が決まったふたりは、デパートへと足を向けた。ひとつの建物にいくつもの服飾店が入っている建物は、やはりナツメの好奇心を強く刺激してくれた。


「このゴテゴテ、ぺしぺしっとしたくなるな」

「装飾品なんですけど、まあちょっとぶらぶらしてて気になりますよね」

「服がこんなにどぎつい色をしていて、なにか意味があるのだろうか……あ、毒を持っているぞというアピールかな?」

「ヤドクガエルじゃないんですから……どっちかっていうと、他人の目を引くためというか……魅力的に見せるためというか」

「クジャクみたいなものか……後輩はこういうのが好き?」

「いや、僕はもう少しおとなしめな方が好きですね」

「それなら、吾輩は那月くんの好みの服が欲しいな。折角なら、喜んでほしいものであるゆえな」


 出発前は少しだけ不安があった那月だが、思った以上にデートは上手く進んだ。

 財布の中身が軽くなるが、そこそこ真面目に貯金をしているので問題は無い。

 なにより、憧れの先輩がいろいろな服を着ている姿が見られるというのは、那月にとって新鮮な魅力だった。


「……結構買ってしまったであるが、吾輩お金出さなくて良かったのだろうか」

「良いんです、僕が買いたかったんですから。一度、服を車に積みに帰りましょうか。それから少し散歩して、帰りましょう」


 時刻はいつの間にか夕方に近く、空には赤色が混ざり始めている。

 ふたりは荷物を置いて身軽になり、町並みを見ながら歩いた。


「……本当に、ニンゲンの営みとは面白いものである」

「ナツメ先輩が楽しんでくれたみたいで、良かったです」

「……後輩は、楽しんでくれていただろうか。吾輩、ただ案内されて、楽しんでいただけであったが」

「もちろんです。僕はナツメ先輩が喜んでるところが見たくて、その……で、デートに誘ったんですから」

「……ありがとう」


 お互いに歩みを止めることは無く、握った手のぬくもりと、言葉を交換する。

 相手の言葉が染み入ってくることを感じながら、ナツメと那月は肩を並べて歩いた。


「……山と町で、こんなにも景色や、人の行き交い、空気が変わると、吾輩は今日はじめて知った」

「まあ、僕から見ても山とこっちじゃ結構違いますからね」

「うむ、まだまだ知るべきことが多いと実感した次第である」


 猫又は深く頷き、目を細めた。


「そうして、もうひとつ良いことを知った」

「良いこと?」

「うん。……恋人に手を握って貰うのは、心地が良い」

「こいっ……」

「うん、恋人。恋人というと、つがいより良い気がするね」


 はっきりと口にされた言葉に、心臓が跳ね、足が縫い付けられる。

 動悸で滲んだ視界に、恋人の笑顔があった。


「……ニンゲンがデートの最後にすることは、キス、だよね?」

「あ……」

「……教えて貰っても、良いだろうか」


 くい、と袖を引っ張って、猫又は恋人として彼を見上げた。

 心臓の音がうるさいのを自覚しながらも、ナツメはきゅ、と目を瞑る。


「……先輩」


 暗くなった視界の中で、那月の声が響くことを、ナツメは心地よく感じる。

 顎に触れられる感覚に引っ張られるようにして上を向けば、柔らかさが降りてくる。

 三度目の口づけは、お互いに相手の温度をしっかりと確かめるように、長かった。


「は、ぁ……」    

「ふ……」


 苦しくなる前に唇を離して、ふたりは同時に熱の籠もった吐息をこぼした。


「……ああ、これも不思議な感覚だ」

「ふ、不思議、ですか?」

「うん。体温と吐息がなまぬるいのに、不愉快じゃなくて……むしろ、もっとして欲しいような……そういう、感覚」

「もっと、って……」

「……もう一度と、我が儘を言ったら、那月くんはそうしてくれる?」

「…………」


 答えは言葉では無く、行動で示した。

 もはや深く意識しなくても、お互いの歯がぶつかることはない。

 柔らかな接触は他人の目など気にすること無く、長く、長く行われた。


「……にゃは」

「……へへ」


 どちらともなく笑って、ふたりは手を繋ぐ。

 帰路へとつく時間を惜しむかのように、ふたりはゆっくりと歩き出した。


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