☆これから
「ふたりで……とは言いましたけど」
「む、なにか問題でもあったかね、那月くん」
「これはちょっと展開が早くないですか……!?」
自分と相手の姿を見比べて、那月は呻いた。
今、那月とナツメの身体は見事に飾られている。いつもとは違う服と着て、ナツメに至っては人生ではじめて化粧を施されている。
「……だって那月くん、吾輩と結婚しようって」
「そういった次の日に、こんな山奥で結婚式になるとは思ってませんでした」
「妖怪は、騒ぐのが好きであるからなあ……慣れてくれ」
「う……まあ、先輩がそう言うなら」
白無垢を着た恋人が笑うのを、綺麗だと思ってしまった。それだけで、この展開の早さを許せてしまうくらいには。
「正式に夫婦ということになれば、那月くんはもう妖怪側のニンゲン。他の妖怪たちも納得する……ですよね、お師匠様?」
「うう、そうだぞぉ……なつめぇ……立派になったのう……」
「はいはいお師匠様、泣くのちょっとだいぶかなり早いですぞ」
狸の姿のままでやたらと人間臭く涙をこぼす銀二郎を、ナツメがどうどうと落ち着けさせる。
「本当に泣き上戸なんですね、銀二郎さん……」
「まあ、この白無垢、お師匠様の奥方の物らしいので、その辺りもあるのであろうが……良かったのですか、お師匠様。いただいてしまって」
「ずびっ……構わんぞ、服は着てこそなのだから……うっ、うっ……し、幸せにな……いつでも頼って来いよ……」
既に酒瓶を抱いて泣きまくっている銀二郎を見て、ふたりは肩をすくめた。
「本当に、いいお師匠様ですね」
「だろう。ちょっと口うるさいが、吾輩の自慢のお師匠様……親代わりのようなものだ」
「うぉぉん誰が親だぁぁぁ……儂だって娘みたいに想っておったわぁぁぁ……」
ナツメの言葉においおいと泣きながら捨て台詞のような言葉をおいて、銀二郎がその場を離れていく。
「お師匠様、ツンデレの落差が濃い」
「まあ、それだけ喜んでくれてるんですよ」
苦笑いをしながら、那月は恋人の前に立った。
「その、似合ってますよ、先輩」
「うん。ありがとう。那月くんも、素敵だ。和服が似合うね」
「……ニンゲンの結婚式はまた後日、改めてやりましょう。まだうちの両親に紹介とかしてませんし、ドレスとタキシードというのも、良いでしょう?」
「うむ。二度も結婚式ができるということだな。それはとてもお得感があるね!」
ニッコリと笑う様子を彼女らしいと思いながら、那月は手を差し出す。その手が素直に受け取られることを、幸いだと感じながら。
「これからも、宜しくお願いします」
「……うん。どうか吾輩のことを末永く、よろしく頼む」
耳と尻尾を隠すこと無く、しかし猫の姿では無く、人に似せた姿で、猫又は愛する人の手を握る。
「きっとこれからたくさん大変なことがあると思う。いっぱい悩まないといけないのだろうと思う。後悔する日だって、あるのかもしれない。それでも……吾輩は、『これから』をキミと過ごしたい」
「……僕も、同じ気持ちです」
お互いの手と同じように、気持ちが重なることを嬉しいと感じながら、ふたりは口づけを交わす。
「……誓いのキスの前に、してしまったな。あ、口紅ついた」
「構いませんよ。だってこれから、毎日するんですから」
「ま、毎日か……それは、その……今から、嬉しくて尻尾が落ち着かないな……」
「僕も尻尾があったら落ち着いてないと思うので、同じですね」
「……にゃは」
「……へへ」
どちらともなく笑って、ふたりは立ち上がった。
手を握り合ったまま、心を重なり合わせたままで。
「……『いつか』のために、『かつて』を想えるように、『これから』を生きよう。そこはきっと知らないことだらけで……」
「はい。それでも、一緒にいたいと思いますから」
山の奥、妖怪たちがはやし立てる声はもう聞こえている。
「……ところで、妖怪式の結婚式ってどんな感じなんでしょうか」
「吾輩も詳しくは知らないが、宿の同僚たちが来てくれているのは間違いないであろうなあ……だいぶからかわれるのは、覚悟した方が良さそうだ」
「ああ、やっぱり先輩以外にもいたんですね……」
「ふふ、であればやはり見せつけてやろう。吾輩と同じように、妖怪とニンゲンでも夫婦になれると思ってくれるかも知れないからね」
ナツメはノリノリで尻尾を振って、那月を促す。
先輩と後輩から恋人へ。恋人から夫婦へ。
立場が変わっても、変わらない笑顔を愛おしく思いながら、那月は結んだ手に力を込める。
「……ナツメさん、愛しています」
「うん。吾輩も……愛してるよ、那月くん」
多くの人の前で、誓い合う前に。
ふたりはもう一度口づけを交わして、密やかに愛を証明した。
「……ね、子供とか何人欲しいかな、吾輩はいっぱい欲しいんだが」
「ニンゲンと妖怪って、子供出来るんですかね……?」
「そこは……やってみないと、分からないね。うん、つまり……今度こそ、交尾であるな!?」
「間違ってないけどそのあたりの慎みは、ちょっとずつ身につけましょうね……」
「にゃはは。それでは、尚のこと末永くよろしくだ」
「……はい。よろしくお願いします」
「うむ、吾輩はニンゲンのことをまだまだ知らないからな」
「……僕だって、夫婦のことは全然知りませんよ」
「……それじゃ、これからはふたりで知っていこう」
「はい。きっと……先輩となら、楽しいでしょうから」
まだまだ知らないことがあり、先のことは見えない。
いつか来る終わりが望んだものか、そうではないのかなんて、誰にも知り得ない。
それでも今、寄り添いあおうと思った気持ちに偽りは無いから。
ニンゲンと猫又は、堂々と歩き出した。
胸の中にある愛情を、決して手放さないように、お互いの手を握って。
めでたしめでたし。
というわけで先輩は猫である、如何だったでしょうか。
忙しい合間を縫って完成させた原稿で、中編異種恋愛小説って感じでした。
このお話のヒロインであるナツメは、知ることが楽しいと思っています。でも、知ったからこそ怖くなること、知らないからこその幸いというのもある。そして、知ってしまったら、知らない頃に戻ることは出来ない。
後戻りのできない世界を、後悔無く生きることは難しい。それでも、彼となら後悔さえも分かち合って、幸いだと思えるはずだから。そんなお話でした。
ここまでお付き合い頂いた読者様、ありがとうございました。またどこかでお会い致しましょう。