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☆愛情からきた行き違い

「さって、今日も終わったなぁ」


 ぐい、と身体を伸ばして、那月は溜め息を吐いた。

 夜勤明けの朝日は眩しく、目に染みる。帰ったら少し寝ようと考えながら、那月は家路についた。

 職員用の駐車場もあるが、那月は基本的に徒歩出勤だ。理由としては職場から家までが徒歩で十五分ほどと比較的近いのと、景色を眺めるのが嫌いでは無いからだった。

 見慣れた景色がゆっくりとした速度で流れていくのを感じながら、那月は歩き慣れた道を歩く。疲れと眠気はあっても足取りが軽いのは、帰りを待ってくれている恋人がいるからだった。


「今日は先輩は非番だから、一眠りしたらふたりでのんびりも良いなぁ」


 その後の予定を考えながら歩いていれば、十五分の時間はすぐに過ぎてしまう。

 相手が眠っている可能性を考えてゆっくりと鍵を回して扉を開け、那月は帰宅する。


「ただいま……」


 小声で呟きながら靴を脱ぎ、キッチンとセットになっている廊下を通って部屋へ。


「……先輩?」

「ああ、那月くんか。おかえり」


 同居人であり恋人でもある相手は、耳と尻尾を晒したままで軽く手をあげた。


「ただいま戻りました」

「うむ。夜勤、お疲れ様であるな」

「慣れていてもやっぱり夜は眠いですね……」


 夜勤というのはようは徹夜で仕事するということなので、例え事前に昼寝をしていようと眠いものだった。


「じゃあ、僕はちょっとシャワー浴びてきますから」

「……待ってくれ。その前にちょっと」

「はい、なんでしょう?」

「……おかえりとご苦労様のキスを」

「あ……はい」


 求められていることを理解して、自然と那月の顔がほころぶ。

 身を近づけて顔を寄せれば、相手から迎えるように口づけが結ばれた。


「ん、ちゅ……」

「にゃ……ふふ、やっぱり、ドキドキするね」

「まあ、何回やってもそうですよね……」

「うん。たぶんきっと……これから先、何度重ねても、同じように嬉しい気持ちになるのだと思う」

「それは……個人的には凄く嬉しいって言うか、幸せですね」


 ふたりでいる未来を想像して、那月は胸の中が満たされていくのを感じる。


(最初はなし崩しだったけど、今はちゃんと恋人になれたって感じがするな)


 ニンゲンのことを知るために交わした、契約のような恋人関係。

 しかし、今の自分たちの関係はうわべだけのものではないと、那月は確信していた。ナツメが毎日ニンゲンのことを知りたくて観察していたのと同じで、那月も恋人のことを知りたくて観察していたのだから。


 ナツメの行動や言動の変化を考えれば、彼女が自分を好いてくれていると自惚れでは無く、事実として感じることができる。

 現に、彼女が覚える料理はいつだって那月が好きなもので、服装も那月の好みに合わせているし、今のように甘えてくるような行動も増えたのだ。


「うむ、吾輩もそれは……幸せなことだと思う。これから先もずっとキミといられたら、どんなに幸せだろうと、毎日考える」


 今だって、ナツメは喉を鳴らす猫のような勢いで、すりすりと那月にすり寄っている。那月以外のものが見ても、ベタ惚れなのは明らかだった。


「だからこそ、終わりにしようと思う」

「え?」


 告げられた言葉の意味が分からず、那月は首を傾げる。

 疑問符を浮かばせる恋人の顔を愛おしいと思いながら、銀の猫は別れの言葉を紡いだ。


「恋人も、一緒に暮らすのも、今日で終わりにしよう」

「は……!?」


 あまりにも突然の宣告に、那月の脳が停止する。

 その隙を突くようにして、ナツメは彼の唇に指を当てて、


「……さよなら、那月くん」

「む、うぅ……?」


 説明を求めようとして、できなかった。

 視界が暗くなり、思考にはもやがかかる。

 ダメだと思った次の瞬間には、彼の全身からは力が抜けていた。


「すまないな、那月くん。……愛しているよ」


 意識を失う瞬間に聞いた恋人の言葉は、ひどく甘くて、切なかった。


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