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☆重なる幸せに

「はあ、今日もニンゲンは面白いなあ……」


 嬉しそうに溜め息を吐いて、猫又は呟く。


「なあ那月くん、このシステムを使うと実質タダで物が買えるらしいぞ!?」

「それほとんど詐欺なので気をつけてくださいね」

「なん……だと……そんな、妖怪もびっくりの欺し上手……ニンゲン、おそろしい種……!」

「変なリンクはタップしないようにしてくださいね……」


 那月の心配をよそに、ナツメはスマホをぽちぽちと操作して上機嫌だ。尻尾がてしてしとリズムよく寝床を叩いている姿は、完全にくつろいでいる猫そのもの。

 スマホの操作を覚えてから、ナツメはネットサーフィンでニンゲン社会の情報を収集するようになっていた。

 危ないサイトに繋がらないように、そこそこ制限は設けているものの、猫又は人類の英知が詰まった板きれにご執心だった。


「ニンゲンたちが物知りなのは、こういう簡単に情報を得られる手段があるからなのだね」

「まあ、フェイクニュースとか誤情報っていうか、今先輩が読んだような嘘の記事も結構ありますから、情報の取捨選択の必要はありますけど、情報を得ることは凄く楽ですね」


 指先一つで世界中から情報を集めることができるスマホという端末は、非常に便利なものだ。今日の晩ご飯のレシピから、少し時間を潰せる動画まで、いろいろなものを板ひとつでまかなうことが出来る。

 現代人の生活必需品を、ナツメはしげしげと眺めて、


「……これ、どうやって動いているのだろう」

「ばらばらにはしないでくださいね、まだ機体の代金払いきってませんから」

「うむ、大変興味があるが使えなくなったら困るので、我慢しよう」


 ナツメが持っているスマホは、那月の名義で新規に契約したもの。

 月々の通信料の支払いが増えてしまったが、もともとそれほど高いプランを使っているわけではないので、生活に支障は出ない。家にはWi-Fiが通っているので、通信制限の心配もない。


「…………」


 ごろごろとベッドで転がりながらスマホいじりに興じる恋人を、那月はじっくりと眺める。

 くつろぎモードで晒している耳や尻尾、私服のスカートからすらりと伸びた足。猫のようにしなやかでくびれた腰。

 小さな尻と、対照的に大きな胸部。そしてなにより、整いすぎているほどに麗しい横顔。


(先輩、本当に美人だなあ……)


 どれだけ見ても飽きないほどの美貌に、那月は心の中で何度も頷いた。

 もちろん見目だけに惹かれたわけではないのだが、ナツメが美人であることは疑いようも無い。当然のように、視線が自然と彼女を追ってしまう。


「……あの、那月くん?」

「あ、は、はい! なんでしょう!?」 

「……そう、じっと見られると、吾輩そわそわしてしまうのだが」

「す、すみません!」


 猫は意外と、視線に敏感だった。

 慌てて頭を下げる那月に、ナツメはスマホを脇に置いて、


「まったく、先輩がだらけているのを見るなんて、楽しいものでもないだろうに」

「い、いえ、そんなことは! くつろいでる先輩も美人です!!」

「ふにゃっ」

「たまに鼻歌うたうのとかめっちゃ可愛いですし、尻尾がふりふりしてるのでご機嫌なの分かるの凄い良いと思いますし……!」


 ニンゲンのことを勉強中の彼女には、ハッキリと言わなければ伝わらない。

 そのことが分かっているから、那月はナツメに嘘をつくのをやめている。

 自分が今思っていることを包み隠さず伝えるというのは恥ずかしいことだったが、すれ違って大変なことになっても困ってしまう。

 銀二郎の言った、「ニンゲンと我らは違う」という言葉を、那月は正しく覚えていた。


(人間同士だって言葉でちゃんと伝えないと、分かって貰えないんだから、言わなきゃね)


 顔から火が出てしまいそうな心地であったが、那月は口にするのを躊躇わなかった。羞恥心よりも、目の前にいる恋人とすれ違いたくないという思いの方が強かったからだ。

 そんな彼からのストレートな好意の言葉を聞いた猫又は、


「そ、そう……そう、か……?」


 ぽん、と音が出そうなほど、ナツメの頬が朱に染まる。


「そ、そう褒められたら……う、うむ、嬉しい、な……」


 心臓が痛いほどに動いている自分自身に、ナツメは違和感を覚えた。

 綺麗、美人、可愛い。そんな言葉はニンゲンへの変化を覚えてから、言われ慣れている。

 内装係という地味な役どころとは言え、彼女の美貌は多くの人が振り向くほどのものだ。賛辞の声をかけられたことなど、数えるのも億劫なほどにある。


(だというのにっ……!)


 慣れている筈の言葉なのに、ひとつ、ふたつと口にされる度に、体温が上がってしまう。

「あ……」


 気がつくと、彼の顔が目の前にあった。


(あ、違う、これ……吾輩の方が、近寄ってしまって……)


 いつの間にか、床の感触が硬い。

 ベッドではなくフローリングに自分がいることを、猫はようやく自覚した。


「あ、あの、ナツメ先輩……?」

「後輩……那月くん……」


 すりすりと、ナツメは那月の胸に頭を擦りつける。

 猫が甘え、目の前のものが己の所有物であると主張するかのような仕草に、那月の心臓が高鳴った。


「あ……」


 くい、と頬を持ち上げられ、ナツメは強張る。


「那月、くん……あの、すまない、つい……」

「ん……大丈夫です。むしろ、嬉しいですし……先輩、可愛い……」

「あ、う……」

「もっと可愛い先輩が見たいので、もう少し触って良いですか?」

「っ……」


 関係性は、変わりゆくものだ。

 なし崩しで恋人になった相手に手を出すことをよしとしていなかった彼は、もういない。なぜなら、相手の気持ちが自分のものになりつつあると、理解しているから。


(こんなに顔を真っ赤にして、でも逃げないってことは……嫌がってないって、ことだよね)


 了解の言葉を待たず、彼は恋人の口に指を這わせる。

 何度も触れあった唇を優しく撫で、柔らかな肉越しに、キバに触れた。


「あ、んぐ……」

「先輩の八重歯、大きいですよね……」

「あ……も、もとは、猫だから……」

「……耳とかも、触って良いですか?」

「っ……にゃ、にゃあぁ~……」


 肯定でも否定でもない、猫の鳴き声。

 ただ相手が逃げなかったので、勝手に了承と解釈した。


「ん、ひにゃぁ……」


 ふわりと触れられた瞬間に、か細い悲鳴が漏れた。

 思わず逃げようとした腰が、柔らかく、しかし決して逃れられないように抱き留められる。


「あっ、にゃ……や、やさしく、お願いっ……」

「はい、優しくですね」


 つい、つい。

 形を確かめるように、指先が耳をすべっていく。

 跳ねる腰が押さえつけられて、ただ感覚を受け入れるしか無い時間。

 本来であれば拘束されていると感じ、不愉快に思うはず。そう思いながらも、ナツメは完全に身体を相手に預けてしまう。


「っ、な、那月くん……」

「あ……すみません、痛かったですか?」

「あ……違う、のだ……痛くなくて、でも、どきどきが、止められなくて……」

「っ……」

「……吾輩も、自分のことが、よくわからない……でも、嫌じゃない、ぜったい、嫌じゃ無いから……もっと、調べて……?」

「……じゃあ、今のここの感触とか、調べていいですか……?」


 潤んだ蒼い瞳に見上げられ、那月の我慢に限界が来た。


「ちゅ……」

「にゃ、はむ……なつき、く……」


 答えを待たずに、唇に吸い付く。

 火照った唇はいつも以上の柔らかさで、恋人との逢瀬を歓迎した。

 唇の向こうにある八重歯の感触を確かめるように舌先でつつかれ、びくん、と猫又の肢体が震える。

 調べるという言葉通りにねちっこい口づけは、お互いの息がすっかり荒くなってしまうまで続いた。


「っ……今日の那月くんは、強引だ……」

「ええと……嫌、でしたか?」

「……嫌じゃ、ないよ……」


 言葉に誘われるように、那月は再び唇を寄せる。

 ニンゲンと妖怪。在り方が違っていても、ふたりの心は重なり始めていた。

 誰も止めることなく、誰にも咎められることもなく、恋人同士の時間はゆるやかに、濃密に過ぎていった。


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