☆先輩は猫である
異種恋愛もの中編です。
完結済みですので投稿していくだけ、宜しくお願いします。
「吾輩は猫である!!」
「ええ、見れば分かります……」
窓から朝日が差しこむ室内で、ひとりと一匹が向かい合っていた。
ひとりは男性であり、二日酔いに痛む頭を抑えながらも、冷静にツッコミを入れている。
一匹は猫であり、銀色でややくせのついた毛並みと透き通るようなブルーの目をもった美猫だった。
「……先輩、猫っぽいなって思ってましたが、本当に猫だったんですね……」
「……うむ、正直こんなふうにバレると思わなかった……お酒ってこわい……」
事の発端は、昨夜まで遡る。
職場の憧れの先輩を、自宅でふたりきりの酒宴に誘う。そこまでなら健全なアプローチだった。そこで飲み過ぎて、酔い潰れてしまうことまで含めて。
そうして日が昇り、目を覚ました後輩が見たものは、憧れの先輩と同じ毛色をした猫が酒瓶に抱きつくようにして、流暢な日本語で寝言をこぼすという珍妙な光景だった。
「……那月くん、説明させて貰って良いだろうか」
「あ、はい、どうぞ……」
ひとりと一匹は、お互いに深酒から来る頭痛に耐えながら、座して向かい合う。それは端から見ればひどくおかしな状況だが、それにツッコミを入れるものはこの部屋にはいなかった。お互いにまだ、頭が回っていないのである。
「まず、見ての通り吾輩は猫である。有名な例のフレーズになってしまうが、本当にそうなのである」
「そうですね……猫、ですね……」
「うむ……正確には猫又というのであるが。これには諸事情があり……端的にいうと、ニンゲンの生活に興味があり、人のフリをしていた。温泉宿などというところで働いているのも、いろんなニンゲンが訪れるゆえ、観察対象に事欠かぬからだ」
「……で、昨日は僕といっしょに飲んで……」
「うむ、飲みすぎて変化がとけたまま寝た。いや、例の小説のように水瓶に落ちて死ななかっただけマシといえるが……まあその……やらかした……」
やらかし過ぎだった。
「……あの、一応聞くんですけど、これ二日酔いで見てる夢、とかじゃないんですよね?」
「吾輩もできればそういうことにして欲しいのであるが……悪いんだが那月くん、ちょっと今からナシにできたりしない?」
「先輩が正直者なのは分かりました……よく今までバレませんでしたね……?」
「酒の席というのは昨日がはじめてだったからなあ……なあ那月くん、水貰っていいだろうか……二日酔いってめっちゃ頭いたい……知らなかった……」
「そうですね……お互い水でも飲んで、ちょっと落ち着きましょうか……」
那月は頷くと、自分のコップと、小皿にも水を入れてテーブルへと置いた。
猫の姿で、しかし確かによく知った先輩と同じ声色とテンションの相手は、猫らしくぴちゃぴちゃと水を舐め、人間らしい大仰な溜め息を吐いてから、
「ふにゃぁ……少し落ち着いた。まだズキズキするが……どうにかいつもの姿に戻れそうだ……んっ……!」
「え、ちょっと先輩……!?」
止める暇もなく、銀色の猫は全身を震わせた。
毛並みが逆立ち、明らかに物理法則を無視して小さな身体が盛り上がる。
全身に生えていた銀の毛並みは頭を残して消え、真っ白な人間の肌に変化する。
肉球と爪を供えた前足は、たおやかな五指を供えた人の手へ。後ろ足は、地を二足歩行に適した形に。
細くしなやかな猫の肉体は、『細くしなやかな猫を思わせる』人の姿へ。ただ一点、胸部だけは随分と豊満だった。
「……にゃあ」
最後に、顔の形が見知ったものになったことで、後輩は目の前で起きていることが現実だと強く実感する。
何度も顔を合わせ、恋をした相手でもある先輩が、確かにそこに現われたのだ。
「……ナツメ、先輩」
ぼんやりと名前を呼ぶと、ナツメと呼ばれた『女性』は自らの変化を確かめるように自分の手のひらを眺め、
「うん、吾輩はナツメだとも。これでまるっと隠し事は無い。……その、騙していて、すまなかったな」
「いや、それはいいんですが先輩、服! 服!!」
「ん、ああ……」
言われてからようやく、自分が服を着ていなかったことに気付いたようで、ナツメは曖昧に返事をして、
「……いや、待てよ。吾輩、良いことを考えてしまったぞ?」
「へ……?」
二日酔いでの思いつきなど、大抵はろくなものではない。
当然、この化け猫が考えたこともまともな案では無かった。
「那月くん、キミはどうして吾輩を家に誘ったのだ?」
「……それは……その……」
「吾輩の知識が間違っていなければ、ニンゲンがそういうことをするのはつがいになって交尾したいときのはずだ」
「こっ……うび、い、いや、まあ、最終的には、そうかもしれませんけど、僕もいきなりそこまで求めてたわけじゃ……!?」
「む、那月くんはあれか、いきなり交尾しないニンゲンか……そうだな、そういうのもいるんだよな、ニンゲン……やはり興味深い……で、あれば、尚のこと、だ!」
「い、いやあの、先輩、まず服を……」
目のやり場に困った後輩が目を逸らすが、まったく話を聞かない先輩は、満面の笑みで、
「吾輩はこれから、那月くんのつがいになろう!」
「はぁ!?」
「言ったであろう、吾輩はニンゲンの生活に興味があると! そして正体を知られたのなら、逆にコソコソする必要はない! つまり、那月くんが吾輩にニンゲンのあれこれを教えてくれれば良いのだ!」
「あ、え、これそういう話……?」
「それで、吾輩だけ貰いっぱなしと言うのも悪いからな。見返りとして、吾輩は那月くんのつがいになろうかと。なんなら交尾もしようかと」
「んんん……!?」
確かに彼が憧れの先輩を酒に誘ったのは、『お酒の勢いで告白しよう』という意図があったからこそだ。正直なところ、半分くらいは上手くいかなさそうだと自分でも思ってすらいた。
それがまさか、こんな形で叶ってしまうとは思わなかった。二日酔いの痛みなど吹き飛んでしまうほど、憧れの先輩はとんでもないことを言い出したのだ。
「ま、まってください! 確かにそういう意図があったことは否定できないっていうか、むしろそうなんですけど……だ、だからっていきなりそれは急すぎです……!」
「む、そうか? では、交尾したくなったら何時でも言うと良い。可愛い後輩の頼みであれば、吾輩は拒まないからな」
「い、いつでもって……と、とにかく分かりました、先輩のことは誰にも言いませんし、人間のことも僕に教えられることなら教えます。だから、ええっと……」
「うむ、今後とも宜しくと言うことだな! ……握手は前足で良かったよな?」
そうじゃない、と言いたかったものの、役得とも思う自分もどこかにいて。
結局、後輩はやや遠慮がちに、憧れの先輩の手を握ることになった。