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純白のオルゴール・ワールド  作者: 藤堂 美和
2/2

−第1話−

『ねぇ、聴こえる?』


 頭上からした少女の声。可憐で純粋なその声音に、半分夢の中にいたオレは目を覚ました。

 瞳を開けると、部屋の灯りが一番最初に目に飛び込んでくる。その灯りに思わず目がくらみ、思わず腕でその光を遮ってしまう。

「…………」

「起きたんだね、良かった」

 あの声がまた、オレの耳に届いた。

 反射的に身を起こし、オレはその声の主の方に視線を向ける。

 先程まで眩しく光っていたその光に、少しは慣れてきたようで、オレの瞳は確実に、その声の主をとらえた。

「…………誰?」

 長い金髪に、瑠璃色の瞳。袖の広い水色の上掛けを羽織っており、まるで軍師のようなその和服は今の地球では、そうお目にかからないものだった。

「あの……?」

「質問は後。それより、お腹空いてるよね。待ってて、今持ってくるから」

「え、ちょっとーー」

 オレの返事を待つことなく、少女は部屋を早足に出ていく。

(あいつ、誰だ? それにここは?)

 昨日はちゃんと自分の部屋で寝たはずだ。そして、いつも通り夢を見て、目覚めた。

 それなのに、今は見知らぬ場所にいる。

(寝ている間に連れ去られた……? いや、それならこんなに客扱いするか?)

 眠っていたベットは汚れ一つない、シーツや布団がひかれているし、部屋も見渡す限り高級ホテルかのような雰囲気をさらけ出している。

 それにさっきの少女だ。仮に、誘拐されていたとしても、あんなに優しく話しかける人がいて、しかも朝食まで用意されることなんてあるのか?

 なんとも不思議だ。それとも、まだ夢でも見ているのだろうか。

「ふふっ。いろいろ混乱させちゃったみたいね」

「…………ッ!?」

 気づくとさっきの少女がそこにいて、しかも可笑しそうに笑っているではないか。

 先程部屋を出ていったばかりなのに、少女がもうこの部屋にいることに違和感を覚えるオレ。

 ぼーっといていたのか、少女の気配を感じなかった。多分、寝起きだからだろう。

 思わず、頬が緩んであくびが出そうになり、慌てて顔の筋肉を引き締め直す。

(いかん、ここは平静を装わなければ)

 思わず声を出しそうになったがギリギリセーフだ。

 オレはベットから降りると、少女にうやうやしく頭を下げる。

「取り乱してしまい、申し訳ございません。私は千崎幸谷という者です。以後、お見知りおきを」

 なぜ、こんなに丁寧に言わなければならないのかは謎だが、これは母から叩き込まれた挨拶術。

 小さい頃から同じ仕草で挨拶をしていたから、もう身体が勝手に動くぐらい慣れている。

 そして、その後相手が見せる驚きの表情を見るのも、慣れっこだ。

「あらあら、礼儀正しいのね。でも、そんなに畏まらないで」

 けれど少女は、オレの自己紹介にひるむことなく笑ってみせた。

 不思議なことだ。オレはどこからどうみても普通の男子高生。高校生にこんな自己紹介されてみろ、普通驚くもんだ。

 それなのに、少女は顔色一つ変えず笑みを浮かべている。

「とりあえず、いただきましょ」

 少女はそんなオレに構わず、ぐいぐい引っ張り椅子に座らせる。

 いつの間にセッティングしたのか、部屋のテーブルには料理がすでに並べられていた。

 しかも用意されていたのは二人分で。

「貴方も、一緒に召し上がるのですか?」

「うん、そうだけど?」

 返ってきたのはあっけらかんとした返事。

 しかも、肯定の意味を持つ言葉で。

(知らないやつと……しかも女と食べる……だと!?)

 顔にはキッチリ、笑顔の仮面を貼り付けているが正直、突然の事態に嫌気しかない。

 けれど、そんなオレに構わず少女は先に手を合わせてしまう。

「いただきます」

「…………い、いただきます……?」

 少女が箸を手に取り、料理を食べ始めるもんだから、仕方なくオレも料理を口に入れる。

 けれど、少女のことが気になって料理の味なんてわかりゃしない。

 そうして、しばしの間、沈黙がおとずれる。

 部屋に響くのは二人の小さな息と、スプーンやフォークが皿に当たる音のみ。

(だから、嫌だったんだよ)

 一人だと、無理に笑顔の仮面とかつけなくていいし、少々汚い食べ方でも許されるのに。

 しかも、こう黙ってる時間はなんか余計に気を使う!

 けれど、少女はなにも思ってないらしい。料理を美味しそうに食べ、時々驚いたような顔をする。

(表情変わりすぎだろ、子供か)

 さすがに物騒なことを考えているかもしれんが、オレは正直こいつが苦手だ。

 性格とかまだ知らないが、間違いなくオレの苦手なタイプ。

 自由に笑って、オレを勝手に引っ張って。

 こいつのようなやつに今まで出会ったことがない。

 だから、余計そういうのに慣れなくていらつくんだ。

 お皿に盛られた茶色い物体にフォークをぶっ刺して、怒りを料理にぶつけた。

 と、その様子を見ていたのか、

「あの、大丈夫ですか? お肉、苦手でしたか?」

「え……あ、いえ。おかまいなく」

 少女の心配する声で我に返ったオレは、フォークに刺した茶色い物体を見、目を丸くした。

 茶色い物体の正体はステーキだった。丁度いい焼き加減と、それをおおっている特製ソース。サイズとしては、さほど大きくないが、朝から食べるような物ではない。

 けれど少女の手前、残すわけにはいかなかった。

 少し無理をしながらステーキを完食し、けれどなぜかデザートも進められ……デザートを胃に押し込むとやっと地獄の朝飯が幕を閉じた。

 でも、それで終わるほどこの地獄は簡単なものではない。

 少女は食後の紅茶を飲みほすと、胃を気づかっていたオレに向き直る。

「…………で、聞きたいことは何ですか?」

「へ?」

 唐突すぎる質問に、思わず変な声が出た。

 「失敬」と先程の言葉を訂正しつつ、オレの頭は混乱状態におちいる。

(こいつ……天然か?)

 あまりに言葉が直球すぎる。完全に人の礼儀ってもん、忘れとるだろ、こいつ。

「あの……えっと?」

「さっきから、ずっと黙ってますし……それにいろいろ疑問があるんじゃないかと……」

 黙っていたのが、やはりダメだったようだ。

『人を不快にさせる人間など、この家には不要』

 昔聞かされた母の言葉が蘇り、思わず顔をしかめる。

「大丈夫ですか、えっと……」

「コーヤです。千崎幸谷」

 さっき自己紹介したはずなんだが、忘れてしまったのだろうか?

 まあ、いい。オレの名前を覚えているかなんて、どうでもいいことだ。

「えっと、コーヤさんと呼んでもいいですか?」

「ええ、構いません。それで……貴方の名は?」

 ずっと気になっていたことだ。名前を聞いておかなければなにかと不便である。

 少女は少しとまどったような表情を見せた後、素直に口を開いた。

「私の名は、エル。El-Camsaid(エル−カムサイド)。この国の西部にある、冬浦という街の頭の一人娘です」

 胸に手を置きながら少女ーー否、エルは礼儀正しく告げた。

「いきなり、こんな初対面の人と食事なんて驚いたでしょう? けれど、これは世界のためなの。許してね」

「世界のため……?」

 冬浦やら、頭やら。現代社会では、普段使うことのない単語ばかりだ。

(世界のためだかなんだか知らんが、説得力ってもんが全然ない発言だな)

 本当ならば、今すぐにでも怒鳴り散らしたい気分だが、簡単にこの仮面を外すわけにはいかない。

「その、まずここはどこです? それに冬浦という地名も初めて耳にしましたし……」

「……異世界です」

 小さくて、まるでアリに話しかけたかのように聞こえづらい声。

 それでも、オレの耳にはちゃんと届いた。

(異世界って……さらに説明に説得力が失われたな)

 どこにも真実が見当たらないエルの発言に、さすがのオレもキレそうだ。

 頼むから、少しはまともな話をしてほしいものだ…… 

「異世界……なんてそ架空なもの、あるわけないでしょう?」

「いいえ、この世界は間違いなく異世界。そして、悪夢の支配下にある世界です」

「…………」

 さらに、わけの分からん言葉を発しやがった。

 何が言いたいのか、早く結論を言ってほしい。その話を聞く時間があれば、勉強しておく方がよっぽと有意義な時間を過ごせる。

「だから。悪魔だって、想像上の生き物です。それが現実に存在するなど、ありえない」

「ならば、その瞳で見て下さい。ーーこの世界の有り様を」

 先程の柔らかい笑みは消え、ブリザード級の冷たい瞳をオレに向けるエル。

(オレ、なんかヤバいことでも言ったか?)

 自分では、正論を言っていたつもりだが、エルの気を悪くさせてしまったようだ。

「では、見に行きましょうか」

 冷たくそれだけ言ってのけると、エルはオレの腕を引っ張り、部屋を飛び出した。

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