AIだって帰りたい
「…もう、無理」
つぶやく私の声を拾ったのは、ゲームの中にいる魔物だ。
それを私はひとにらみすると、怯えた魔物は去っていった。
「NPCしかいない世界で生きるとか、もうヤダぁぁぁぁーーーーー!!!!」
そしてこの大きな叫びで、この森の魔物は全滅したとか。
◇◇
「はぁ…」
私はこの世界のAIのキャラクターである、アイだ。
AIだからアイっていうのは安直すぎる気がするが、それは別にまだいいのだ。
問題は山ほどあるが、まず一つ目は私に人の意識が宿っているということだ。
「私は確かに人だった気がするのに…」
飛電 彩、それは確かに私の名前だった。
だって、私は彩として生きてきた。普通に学校に行って友達と話して、好きな人に告白して…それで、答えを聞く前に車にはねられて死んだ、ちょっと短命だった女子中学生だったんだ。
「お母さんたち、元気かな…?」
それを答えてくれる人は、ここにはいない。
だってここは、--人のいないゲームの中だから。
もともとここは、RPG風のパズルゲームの世界だったりする。
ようはストーリーのあるパズルゲームってことだ。パズルをして敵に魔法攻撃することができる世界なんだ。剣でも攻撃ができるが、そちらはあまり主流ではない。剣での攻撃はパズルゲームではなくリズムゲーむをするのだが、難易度が高すぎるとやらない人が多い。
「プレイヤーもいない、話し相手は決まった言葉しか話さないNPCのみ…」
AIに人の意識が宿る人という不思議現象を、仮に転生と名付けるとしよう。
普通の女子中学生が事故で死んで、寂れプレイヤーがいないゲームの世界に転生するのだ。
「最初こそファンタジーに心躍らせ、魔法を極めようとするわけだけれども…」
いや、楽しかったんだよ。
もとからゲームは好きだったし、魔法とか剣とか楽しかったけども。
「それでも、寂しいよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
うわーんと泣き始める私は思う。
むしろ良く一年もったね!?こんなよくわかんない場所で一年以上生きられるとか、なかなかに肝が据わってるね中学生!!
「人がいないぃぃぃ…お母さんもいないぃぃぃ…友達もいないぃぃぃ…」
そして
「せめて、せめてプレイヤーをぉぉぉ!!」
ここ数年のログイン数、ゼロ。
「なんで!?神様がいるなら聞きたいよ、なんでなの!?」
私は狂ったように泣き叫ぶ。いるかどうかもわからない神に向かって。
「死んだらゲームの世界、ファンタジーで夢と希望のあふれるゲームの世界に!!…なぜ、一人ぼっちで転生させたのでしょうか!?」
果たして神は考えたことがあるのであろうか。
よく分らないまま死んで、NPCしかいない実質一人ぼっちの私の気持ちを!!
「こんな世界、さっさと抜け出したいよぉ…」
私の目から涙が落ちる。
だって、どんなに話しかけてもプログラムされた言葉しかしゃべらないんだもん。
私を拾ってくれた優しい主人公の母親も、元気な村の子供たちも、頼みごとをしてくる街の人も。
プログラムされた言葉しか話さないし、プログラムされた動作しかない。
「「ありがとう」って言われても、それはプログラムされた動きなんだよ…」
そんなの私が一番わかってる。
だって、私だって作られたAIなんだから。
「私が人じゃないことなんて、百も承知だよ…」
やっぱり口にして悲しくなった。言わなきゃよかったかも。
それでも口にせずはいられない。
「……神様、仏様、ご先祖様!私をお家に返してください!!」
何かにすがるようなつもりで、私は初めて願いを叫んだ。
するとどうだろう。
辺りが少しずつ光始めた。
「え、なにこれ…!?敵襲!?」
その光はどんどん強くなり、もう眩しくて目を開けられない。
何度も目を開けようとしたが、強い光が私を襲う。って、
「失明!失明しちゃうって…!」
そして、やっと光が納まり目を開けるとーー
ーー目の前には、ドラゴンがいた。
「…何してくれるんだぁぁぁぁ!!!」
そうして現れるのはパズル画面。それを一心不乱にときはじめるAI。
…果たして、ここまでAIらしくないAIって、いただろうか。
「正直ね、期待したんだよちょっとだけ」
グアォォォォォォォォ
渾身の光魔法をぶっ放す。それは槍としてドラゴンの心臓にあたり、ドラゴンから悲鳴が上がる。
「帰れるかもって期待した私がばかだったよぉぉぉぉーーー!!!」
あぁ、なんか今日ってすっごい叫んでるな、私。
なんて思いつつ、私はドラゴンの討伐を終えたのだった。…もうあの、疲れた。
「………これ、君がやったの…?」
「え?…あぁはい」
そんな私に声をかけてきたのは、武装をした男の人だった。どうせドラゴン討伐に来たNPCだろうと思ったが、ここで私は大きな違和感に気づく。
「あれ…ここ…」
全体的に黒い靄が漂う街。あたりにはガラスやらコンクリートやらが散乱して、まるで爆発でも起こったかのようなビル。
まぁ、爆発じゃなくてドラゴンが原因なんだろうけど。って、今はそんなことじゃない。
問題はーーここが明らかにもといた森じゃないということだ。
「ここ、どこなの…?」
もしやあのわけのわからない光は、転移トラップか何かだったのだろうか。
でもーーこの光景は、ゲームでは有り得ないのではないか。
「先生ー!」
「あの光は…」
「あ、あそこだ!」
そんななか、多くの人の声が聞こえてくる。
でも、そんなのは私に聞こえない。だって、もしかしたらーー
「君は…」
どうか、この混乱している目の前の男が、NPCではありませんように。
「君は一体、どうしてこんなところにいるのかな…?」
恐る恐るといったふうに、優しく聞いてくる男。
「分かんないの…」
そんなの一番、私が聞きたいよ!
「…記憶喪失か?」
男は何かをつぶやいて、私に話しかけてくる。
「ねぇ君、名前は?」
「えと、えと…」
ヤバイ、わかんないや。
もちろん自分の名前はわかるのだが、何と答えればいいかわからない。
飛電彩?
…いや、ここが元居た世界だとも限らない。それに…私は死んでいるだろう。死人の名前を出すわけにはいかない。
「えと、アイ…?」
「疑問符ってことは、よくわかってないのかな?あ、お家の人は?」
「おうちの…」
あ、ヤバい涙が止まらない。
お家に帰りたい…でもここはまだ、ゲームの世界かもしれない。
「え、あ、な、泣かないで!?」
「…先生!って、その子は?」
「ど、どうしよう…泣かせてしまった」
「何やってるんですか!?」
ここに来たのは、この人と知り合いっぽい強面のお兄さんだ。
「えーと、よーしよし?大丈夫だよー怖くないよー」
「ふぇ…っ」
「うわどうしよう!てか俺、顔怖いってよく言われるんだぞ!?そりゃ慰められないわ!!」
「でも君しかいないだろ!?」
ごめんね、お兄さん。
別に顔が怖くて泣いてるわけじゃないんだよ。だってそれなら、オークのほうがもっと怖いし。
それでも、やっぱり涙が止まらない。
そこに、どたどたと人がやって来る。この人たちは何かの集団だったのだろう。
「…何やってるんですか?」
「お!楓真、こいつ慰めてやってくれ」
「え…この子」
その集団の中にいた彼を見つけて
ーー帰ってこれたんだとやっとわかった。
「飛電、さん?」
その懐かしい彼は、私が死ぬ間際に告白した人だっだから。