新生
ぎぃいぃぃ。
丁度彼女が語り終えた時、お堂の入口の戸が開かれた。誰だ? 驚いて私は振り返る。
男がそこにいた。
「昼間にここに来たのは、この村に来て初めてだな」
醜悪な空気。自らの欲を全く抑える事なく全身から溢れ出している。女を弄ぶことになれた空気を直感的に感じる。
いや、違う。感じているのではない。
知っているからだ。
でも、そんなはずは、ない。
そんな、はず。
「あんたの母親からここに来いって言われたら、まさかこんな面白い場面に出くわすとはな、神様」
神様。言葉に反してその口調になんの神への信仰も尊厳もない。それどころかひどく気安く馴れ馴れしい。
男の言葉の意味を考える。あんたの母親。すなわち佳奈恵の母親。
『私の母と会って、同封した二通目の手紙を渡しなさい』
佳奈恵から彼女の母親に指定された手紙。そこに書かれていたものを想像する。
『清美からこの手紙をもらったら、彼に連絡を入れて、すぐにお堂に来るように伝えてください』
他にも書かれていた事はあっただろうが、指示としてはそんな所だろうか。母親を使ってまで、ここまでの事をする佳奈恵。改めて、佳奈恵の私への恨みの深さを理解する。
「ちゃんと調べなきゃダメよ。人が死ぬって事は、簡単な事じゃないわよ」
ずっと予感していたのに。
ずっと分かっていたのに。
何故人は、後悔を、絶望を確信してまで、堕ちる道を選んでしまうのだろう。
「久しぶりだな、清美」
父親の振るった拳が私の側頭部を強烈に打った。地に立っていた足は一瞬で崩れ、全身が床に叩きつけられる。それと共に意識が薄れていく。言葉は出ない。もう脳の指令は身体に行き届かない。
「やっぱりお前が一番いいよ、清美」
鬼畜の声が頭に響く。
また、戻るのか。あの頃に。
「好きにしていいんだよな、佳奈恵」
「ええ、いくらでも」
神を佳奈恵と呼ぶ父。先程の馴れ馴れしさに違和感を覚えたが、ひょっとするとこの二人、そういう仲なのか? 神と鬼畜が、混ざり合ってしまったのか?
だとすれば、狂っている。どちらも、狂い過ぎている。
――佳奈恵……あなたはもう、本当に人じゃないのね。
神というシステムは、佳奈恵を人でなくしてしまった。ならば神となり得たのか。
彼女を神という言葉で、くくってしまっていいのだろうか。
「彼女が次の神ですもの」
ずるずると身体が引きずられていく。どこに連れていかれるのか。消えていく意識の中で、一つはっきりしている事はある。
終わった。そして、始まる。
“新生”
そこに込められた意味。
新たな命を生みだし続ける。だが神になる道を控えた私には、それだけには思えない。
人としての生が終わり、神としての命が始まる。
それが一体いつまで続くのかは、分からないが。
「さよなら、清美」
狂ったように彼女は笑った。長年の悲願を遂げた狂乱の笑い声は、意識が闇に溶け込むまで鳴り止まなかった。




