真実
「お父さん、死んでよかったね」
開口一番、佳奈恵が口にした言葉に思わずびくりと震えた。
そうだ。私がここに戻ろうと思えたのはそれがあったからだ。
父から受けた辱め。弄ばれ続けた身体と心が癒えきる事は、おそらく一生ないだろう。二度と会いたくない。早くこの世から消えろ。心が正常に戻るにつれて、ようやく私はちゃんと父を恨む事が出来るようになった。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
祈り続けた。無意識でもずっとずっと、心の隅で忘れる事なく恨み続けている。
そんな男が死んだ。祈りは通じた。しかしあまりにあっけない結末に、爽快さはなかった。おそらくどんな形であれ、死で心が晴れ切る事はないのだろう。ただそれによってこの村に戻るという選択肢を選ぶ事が出来るようになった。
この村であの男の鬼畜の所業を知り得ているのは佳奈恵だけだ。親友である彼女に、私は全てを洗いざらい話していた。この村を出る決意を固め、逃げる事を決めた時に全てを伝えた。
「佳奈恵、どうしてここにいるの? お母さん一人家に残して」
あんな姿になって。そこまで口にしていいか迷い、さすがに口をつぐんだ。
しかし佳奈恵はふっと笑っただけだった。そこにはまるで温度が感じられなかった。
「私はもう、人ではないの」
返ってきた答えは、一聴した限りでは質問を全く無視したもののように思えた。しかしわざとらしく置かれた間に、言外にそうではない事を感じ取った。
「それも、答えに繋がる事なの?」
ふふっと佳奈恵がまた笑った。
「あの時の手紙、どう思った?」
今回の件もあり、私が受け取った彼女からの手紙はいくつかある。今佳奈恵が言っているのは、私が村を出る時に受け取ったあの手紙の事だ。
「……ショックだったよ。戸惑ったし、苦しんだし。とても、とても恨んだ。裏切られたって」
素直な言葉を口にした。今目の前にしても、まだ彼女の真意は汲み取れない。あの言葉が本心から来るものだったのか、はたして何らかの意図があってそう書かざるを得なかったものだったのか。
「まあ、そうでしょうね」
ごめんね。そう言ってくれる事をまだどこかで期待していた。しかし、佳奈恵の口から出てきた言葉は謝罪ではなかった。
「だって、そのままの意味だもの」
崩れる。一度崩れ、再び戻れるかと思ったものが、また崩されていく。
やめて、やめて、やめて。
やはり来るべきじゃなかった。答えなんて、知らなくても良かった。
でも、そこから佳奈恵は止まらなかった。
「あなたが残っていれば、神になるのはあなただったかもしれないのに」
佳奈恵の顔が、鬼の形相に変わっていた。




