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お嬢様の反抗

 


  小鳥遊たかなしと共に長い電車に揺られて田園調布駅に降り立った俺は、住民の皆さんがあまりに普通の格好をしているのに驚いた。

  長袖シャツに短パンの奥様達が談笑していた。


  「おい、やっぱり今は赤坂とか青山とかが流行ってるんじゃないのか」


  不安が的中した俺は、小鳥遊の袖を引っ張ってやった。

  しかし小鳥遊は言う。


  「どんな奥様だって普段はフツーの服を着てるだろ。嫉妬されないように。それに、赤坂とか青山は最近になってから金持ちになれたヤツらばかりだと俺は思う。田園調布には戦後すぐからの『歴史』ってものがあるのさ。昔ながらのお嬢様の方がいいだろ。ほら、見てみろよ」


  小鳥遊が目線を送ったのは、学校帰りなのだろう、駅から出てきた黒いタイに白いラインが2本入ったセーラー服の少女。

  古くからのお嬢様学校として有名な制服だ。


  長い髪を1つに纏めて、おでこを出していた。


  「ああいう古風なのこそが、この俺を求めてるんだと思うぜ。早速行ってこよう」


  相変わらず我慢の出来ない男だ……。


  「ご機嫌よう。貴女は、神を信じてますね」


  「……ご、ご機嫌よう。あ、貴方はどなたですか?」


  急に現れた、見た事もないであろう偏差値低低ひくひく高校の制服を着た小鳥遊を見て、お嬢様はビクリとした。

 

  「これは失礼。僕は小鳥遊勇一と申します。突然ですが、貴女の敬虔そうなお顔を拝見してつい声をかけさせて頂きました」


  お嬢様は不安げな顔で口を開いた。


  「あの、申し訳ありません。よく存じ上げない方とはお話しないようにと母からきつく言われておりますので。あの、ご機嫌よう」


  「それより、どうなのです。貴女は神を信じておられるのですか」


  彼女はそれには答えず、小鳥遊の横を通り過ぎて行ってしまった。

  スゴイ早足だった。


  「おい、アレじゃ単なる怪しい信仰宗教の誘いじゃねえかよ。どう見ても失敗だよ」


  側から見ていた俺は小鳥遊の不器用さに呆れて言った。

  だが不死鳥フェニックスは懲りていないようだった。


  「失敗だって! とんでもない。神を信じているかと聞いた時の彼女の顔を見ただろう? 脈アリだ。追いかけよう」


  お嬢様が歩いて行ったのは、綺麗な坂道にある閑静過ぎる住宅街だった。

  彼女と俺達の他には誰もいない。

  紅葉してきた並木道が見事で俺はしばしナンパを忘れて木々の様子に見惚れてしまった。


  「あの子が家に着く前に捕まえるんだ」


  捕まえるってお前、魚じゃねーんだから……。

  果たして小鳥遊は、もう一度セーラー服の彼女に接近する事に成功した。


  「やあ、ご機嫌よう」


  「貴方、何なのですか。困ります」


  さすがお嬢様、断り方も上品だ。

  いつか小鳥遊の事をミドリムシ以下扱いしたツインテ超絶美少女とは趣きを異にした。


  「ちょっと質問をしたいだけです。貴女は神を信じさせようとしている学校に通っておられるようだが、貴女としては本心はどこにあるのですか」


  「そのような質問には答えられません」


  お嬢様はピシャリと言った。

  だが小鳥遊も諦めない。


  「『答えられない』? それは何故? 簡単な事ではないですか。イエスかノーか。それともやはり貴女は、ご両親に勧められた学校に入って、神様神様と祈る事に嫌気がさしているのではないですか」


  「噂に聞くゴシップ雑誌の記者さんみたいに粘着質な方ね。貴方のされている事を、『しつこい』って言うのですよ」


  そしてお嬢様はお嬢様で、なかなか気がお強いようだった。

  しかし小鳥遊は我が意を得たりとばかりに拍手した。


  「『ゴシップ雑誌』! 貴女のようなお嬢様でもそんな下品な言葉をご存知なのですね!」


  するとお嬢様はカッと顔を赤くして、その場から去ろうとした。

  小鳥遊は学生バッグから例のピンク色の名刺入れをササっと取り出した。早業はやわざであった。


  「貴女の家に着くまで追い掛けるような事は致しません。でもせめてこれをお受け取りください」


  これまた例のクリーム色の名刺だ。


  「何かあったら連絡をください」


  小鳥遊は両手で名刺を挟み、お辞儀をしながらお嬢様に差し出していた。


  「もう金輪際、貴方とお会いする事は無いかと存じます。こんな事は言いたくありませんけど、貴方の事、私は好きになれませんもの」


  そう言いつつもお嬢様はその名刺を反射的に受け取り、バッグにしまった。


  「じゃあ、ご機嫌よう」


  「…………」


  彼女は無言で紅葉の舞う中を立ち去った。

  俺達も、その場を去る事にした。


  「小鳥遊、さっきのナンパは上手くいきそうか?」


  俺は一応聞いてみた。あのパターンだと、上手くいくに決まっているな、と予想した。


  「どうだろうな。しかし1つだけ分かった事があるぜ、彼女は自分の立場に窮屈さを感じている」


  その夜、小鳥遊のスマホにメールが1件着たらしい。何でも、


  「私は、神というものを本心では信じておりません」


  とだけあったらしい。

  しかし例によって小鳥遊は記憶喪失に陥っており、


  「『神』がどうとかってなんだっけな。怖い」


  等と言って返信を送らず、そのメールを破棄したという話だった。


  お可哀想なお嬢さん……。

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