大審問官・2
小鳥遊の絶叫の後、誰もが口を閉ざし、辺りはシーンと静まり返った。
その日、小鳥遊は『不死鳥』の名を返上した。
小鳥遊の「仮の姿」に恋した美少女達の告白の渦に巻き込まれて。
「おい、小鳥遊ーー、小鳥遊、大丈夫か」
「兄さん!! 思い出したんだね!?」
俺と美由起が沈黙を破って小鳥遊に駆け寄った。
ベンチに座って美少女達にぐるりと囲まれていた小鳥遊は、頭を抱えながら小さく返事をした。
「……うん……、おれ、恥ずかしい事いっぱいしてたのを思い出した……。その前の事も……」
「そうか……。良かった」
小鳥遊の、あの気取った口調が中学時代のそれに戻っていた。
一人称も『僕』から『おれ』になっている。
悠然とした態度も急に消え、あの懐かしいオドオドした雰囲気を醸し出していた。
「ーー兄さんーー」
「美由起。何かおれ、お前にも色々カッコ付けた事言ってたよな。ごめんな……」
兄妹の中で数年ぶりに信頼が呼び起こされた途端、10数人の美少女達の声が響いた。
「……これが、あの頭の切れる小鳥遊くん?」
「こういう喋り方が、彼の本来の姿なのですか?」
「……何か、拍子抜け。なーんだ、ガッカリ」
ああ、そうか。
俺は彼女達に「小鳥遊を元に戻すきっかけになってほしい」とメールで連絡を入れていたんだった。
その為に、「なるべく強い言葉で小鳥遊を攻めてほしい」とも書いた。
彼女達はまだ演技をしている。
そう思った俺は、『仮』の小鳥遊に恋をした美少女達にもう演技をやめてくれるよう彼女達の方に顔を上げた。
「あのさ、君達、ありがとう。もういいんだよ。小鳥遊はもうーー」
「っそつまんねえ」
「……え?」
元ヤンキー少女のくまちゃんこと熊谷結架利が吐き捨てるように言った。
そして元ヤンらしく、足を上げ勢いよく小鳥遊の座っているベンチにガン!! と蹴りを入れた。
「ねえ、あんた。小鳥遊クン。もう私を褒めたり出来なくなったワケ?」
小鳥遊は弱々しくくまちゃんに顔を向け、「……ごめん」と謝った。
「おれ、君に声かけた事思い出したけど、『なっつん』だっけ? 君のヤンキー友達の男の人を思い出しただけで、すごく怖い……あの時は調子に乗ってごめん」
「ハァ!? 私はさ、なっつんにも物怖じしないでかかっていったアンタをす、好きになったんだけど!? 今のが本心!? 何それ、なさけな!!!」
「……ごめん、だから……」
「じゃあさ、今は私の事はどう思う?」
年上の噴水の君が冷たい目で小鳥遊を見下ろした。
初めて会った時みたいな、土鳩を見るように冷たい目だった。
「あ、あの。何で年上の貴女に声をかけるなんてしたのか自分でも信じられないです……すみませんでした」
噴水の君は呆れた様子でハッと鼻で笑った。
「じゃあさ、私の鼻見てどう思う?」
キレイな鼻がご自慢の尾長まどかがまだ信じられないという風に小鳥遊に詰問した。
「えっと……。ちょっと高いかな……」
「そんだけ!? あんた私を芸術品だ彫刻のようだとか言ってたじゃん!? 本当に気の利い事言えなくなっちゃったんだね、顔も地味だし背は低いしマジ只の陰キャじゃん!?」
「@$<×〆〒€\/○*+!?」
ベル・アボット嬢が英語には聞こえない言葉でまくし立てた。
多分、前と同じようにドイツ語で言ったんだろう。
小鳥遊はオドオドして聞き返す。
「あの、何ておっしゃったんですか?……」
「ーー貴方、ドイツ語も忘れちゃったのね。言語を操るだけが貴方の取り柄だったのに、それも出来なくなっちゃったのね。『貴方は只の失礼な男よ』って言ったのよ」
「神よ、嘘ですよね? 私にだけは貴方の本来の姿をお見せください」
渡辺淑子が取りすがるように言う。
ストッキングとパンツを丸出しにした手前、小鳥遊にはどうしても神でいてほしいのだろう。
「ーーーーーー」
小鳥遊はそれには答えず、ただファーストキスを奪われた相手にモジモジしている。
渡辺淑子は失望したような表情で下を向いた。
だが……。
クリスマス、この神の生まれた日。
まだ黄色い銀杏の葉が舞う広い公園で、地獄が始まった。
地獄の宴の幕を落としたのは尾長まどかだった。
「褒めてくれないんだったら、アンタなんてもう用無し!」
美少女達はそれに続く。
「自分のキャパも考えずにナンパしまくってた訳? 図々しい、そのなりで」
「あーあ、美人はイケメンだけじゃなく根拠のない自信持ったブ男にも言い寄られるって本当だったのね」
「ブ男なだけじゃなくオーラも暗いじゃん、こいつ。何か病気移されそう」
「いや、ブ男と呼ぶのもお世辞になってない? 評価の基準にならないって」
「関わってただけ無駄だった、時間返して」
「時間巻き戻したいし、こいつに関わったのさえ黒歴史」
「よく見るとさ、こいつ若いけど髪細いし将来コッパゲになりそうじゃね?」
「褒めろよ、私を。あ、言語中枢イかれてるから無理か、陰キャだし」
「死ねよ、ブ男。よく私に話しかけられたな」
「兄さんはコッパゲなんかにならないよ!!!」
美由起が涙ながらに叫んだ。
彼女も、美少女達の剣幕に怯えていたのだが、怒りのあまり兄を庇って口をついて出てしまったのだった。
唯一、巨乳の水倉メイと、パンツとブラジャーを贈る程小鳥遊に心酔していた黒髪ツインテの風上麻里沙だけが無言を貫いていた。
水倉メイは大きな胸の前で腕を組み、何事かを考えるようにあさっての方向を目で追っていた。
「ほら、褒めてみなさいよ、私を!」
「無理無理、こんな事が無かったら私達と一生関わり合う事も無かったようなドーテーだもの」
「一生童貞かも!! あり得るー」
ーーなんなんだ、こいつらは。
自分は褒めて貰いたいけど相手の事は罵詈雑言で貶めるとか、アタマおかしいんじゃないのか?
俺は堪らず、美由起に次いでこの狂宴を終わらせるべく叫んだ。
「オイ!! お前らーー!!ーー」
「……調子に乗るなよ、女ども」
北風に吹かれて消え入りそうではあったが、「調子に乗るなよ、女ども」。
それは、確かに、小鳥遊の声だった。