6話
次の日、私は昼休みでは無く、放課後に音楽室に来た。
鍵を借りるとき、金子先生は私の体調を聞いてきた。昨日早退したからだろう。
初めて金子先生を優しい人だなと思った。そんな事に今更気づくなんて、昨日安藤に言われた子供と言う言葉を思い出し、胸がズキリと痛んだ。
ドアを開けた先の音楽室は、夕焼け色に染まっていた。
そして私は「亡き王女の亡き王女のためのパヴァーヌ」を弾く。
弾き終わると、また初めから弾き始める。何度も何度も。
どれくらい時間が経ったのだろうか。窓を見ると夕日は沈み掛けていた。
「……帰ろう」
私は鍵盤蓋を閉じた。椅子から立ち上がりドアの方を向くと、藤井君が立っていた。
「……昼休みにいなかったから、もしかしてと思ったんだ」
「……そっか」
私は目線を下にしたまま答える。彼の瞳を見るのが怖かった。
そのまま出て行こうとすると、
「待ってくれ!」
彼に手を捕まれた。
「……離して、今日はもう弾かないから。」
「違うんだ。僕の演奏を、聴いてくれないか?」
「……えっ?」
私は顔を上げる。彼はいつもと違い、真剣な顔つきだった。少年の顔では無く、男の顔に近かった。
彼は椅子に座ると、鍵盤を弾き始める。曲はすぐに分かった。私がさっきまで弾いていた、「亡き王女の亡き王女のためのパヴァーヌ」
彼の演奏は凄まじかった。
私はこの曲を、ノスタルジアな曲だと解釈していた。遙か昔に、パヴァーヌを踊る子供の王女を思い出すような、想像するような、そんな曲。だけど彼の解釈は全く違う。
彼の解釈は"失っていく"だった。
パヴァーヌの踊り方も、王女の事も、自分自身でさえも浜辺に作った砂の城の様に崩れていく。そんなイメージ。聴いていると、胸が痛くなる。
演奏が終わる。「……どうだった」彼は弱く頬笑んだ。
「凄い……こんな弾き方があるなんて」
こんな弾き方が出来る人間は、コンクールでもいなかった。
「独特、とはよく言われたよ」藤井君はタチの悪い冗談を受け止める様に苦笑いを浮かべた。
「……どうして今までピアノが弾ける事を黙っていたの?」
やっぱり私が彼に感じた事は間違ってなかった。私は盲目になってなどいない。藤井君は私と同じ側の人間だった。
藤井君は笑みを浮かべた。サーカスのピエロの様な、悲しい笑顔。
「君が、西条さんが太陽みたいに眩しかったからだよ」