3話
暖色の照明が当たる中、ロイヤルブルーのドレスを身に纏った私は鍵盤を弾く。
弾いている曲はショパンの夜想曲第2番。甘く美しい旋律で、私はこの曲の名前と同じく2番目に好き。あまりにも多くの人に愛されるこの曲を、今日のコンクールで弾くのは理由がある。
私は他の人とは違うと言うことを見せつけられるからだ。
ショパンのノクターンはそれほど難易度は高くない反面、高い表現力が必要になる曲だ。
だけど私なら、西条結衣なら。
このコンクールに出場している誰よりも優雅に弾ける自信がある。
曲を弾き終えた私は、鍵盤から指をそっと離し、立ち上がって観客にの方へお辞儀をする。少し間が空いてからとても大きな拍手の音が鳴り響いた。
笑みが自然とこぼれる。
私はこの瞬間が好き。みんなが私の虜になっている。私はみんなを感動させている。私は、クラシックに、愛されている。
私はやっぱり、特別なんだ。
あの凡庸で溢れた場所は、やっぱり私には似合わないのだ。ゆっくりとした足取りで退出する。
そうだ、藤井君にこの光景を見せてあげたいな。
お母さんが座っている、一番前の列の席で。
そして演奏が終わった後、駆けつける彼にこう告げるのだ。
貴方が毎日聴いているピアノは、とても特別な物なのよと。
きっと彼は頬笑んで頷くだろう。
先ほどとは違う種類の嬉しさが身体を包みこみ、とても気分が良かった。
「すごいわ結衣! ママが思った通り、貴方は天才よ 後でパパにも伝えなきゃ」
お母さんは上機嫌で車を走らせる。車はお母さんの好きな赤色のワゴン車だ。私は青の方が好きなのだけれど。
「うん。私、頑張ったから」
助手席に座ったまま金色に輝くトロフィーを抱えた私は頬笑む。お父さんはシンガポールに転勤中だ。お母さんはコンクールの様子をビデオカメラで撮っていて、後でお父さんに届けるらしい。
最優秀賞。
それが今回の私の結果だった。自信は勿論あったけど、証拠と、なるトロフィーを貰えるのは、やっぱり嬉しい。
車は赤信号に引っかかる。お母さんは私を見て笑う。
「ご褒美に何かかってあげる。結衣、何が良い?」
「えーとね」
いつもコンクールでトロフィーや賞状を貰うと、お母さんは私に何か買ってくれる。私は小さい時からずっと猫達が暮らすドールハウスをねだっていた。ドールハウスは拡張することができ、最初は小さな一軒家だったのが、今ではすっかりと大都市になってしまっている。猫の家族が暮らすには、少し大きすぎるのかも。
今度は住人の猫達を増やそうか。どんな子を街に招こうか。私はワクワクしている。
新作が出るたびお小遣いで買ってはいるのだが、値段は高く、子供の私が買うには少し厳しい。だからこういう時はチャンスなのだ。私は藤井君から借りた詩集を膝に置き、ページを開く。
「結衣、何読んでるの?」
お母さんは視線を前にしたまま訪ねる。
「有名な人の詩」
「ふぅん、そんなに面白いんだ?」
「え?」
信号は青になる。
お母さんは少し不思議そうに笑った。
「だって今結衣凄く良い笑顔よ。ピアノ弾いてる時とドールハウス眺めてる時の顔ね」
私はバックミラーに視線を変える。
「うん、とっても綺麗な詩なの」
鏡の中には、藤井君が褒めてくれた笑顔の女の子が写っていたのだ。