13話
「結衣、今日も聞きに来た」
「いらっしゃい、真美」
そう答えると真美はお腹を抱えて笑い出す。
「ここはあんたの部屋じゃないでしょ」
「あっ……そうだった」
本当だ。いつの間にか自然に私の部屋だと思っていたのだ。私も笑った。
「今日は何が聞きたい?」
「じゃあ広瀬咲の、Twinkilng Starで!」
「いいね。私も好き」
広瀬咲は今話題のアーティストだ。真美に勧められて聞いてみると、とても良い歌を歌う歌手だった。今となっては、クラシック以外は下らないと聞かずに小馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。
「じゃあ、弾くね」
私は鍵盤を弾く。少し冷たい感触が心地良い。
真美は目を丸くした。
「すごっ。楽譜も無いし、昨日聴いただけなのに……絶対音感ってやつ?」
「そうかも。調べた事が無いからわからない」
真美は柔らかい笑みを浮かべた。解ける雪の様な笑みだった。
「……やっぱ、あんたは凄いよ。羨ましい」
「そう、かな? 私は真美になってみたいのだけど」
ピアノの旋律と旋律と合わせて、言葉は素直に吐き出せた。
「貴方は異性の人に好かれるじゃない」
「それは男に媚びてただけ。あいつら馬鹿だからすぐ付き合えるよ」
真美は冗談っぽく笑ってから、ピアノに耳を澄ます様に目を閉じた。
「あたしはあんたと違って何も特技が無いんだ。悔しかった。だから男の子と遊ぶ事にしたの。それもサッカーが得意とか、バンドのボーカルをしてるとか、そんな特別を持ってる子達。一緒にいると、何もないあたしを忘れる事が出来たんだ」
曲を弾き終わり鍵盤から指を離す。
「真美から見て、藤井君は特別な人だったの?」
真美は首を振る。
「ううん、あいつはあたしと同じタイプ。違うのは才能ある人の周りにいたってこと。あたしより酷い状態かもね。……だから一緒に居たかったのかも」そう言って自虐的に笑う真美を見て、私は少し胸が痛んだ。
彼女は、少なくとも一緒にいる事が出来たのだ。きっと残りはしなかったけれど、煙のように消えていく楽しい話を出来たのだ。
私はどうだろう?
彼の心に残る事が出来たのだろうか? 出来れば少しでも西条結衣という女の子を覚えていて欲しいとそっと思った。
真美はいつもの笑顔に戻る。
「暗い話は終わり! 結衣、今日の放課後服見に行こ! そろそろ冬物がセールだし――」
「ねぇ、真美、」
私は小さく息を吸う。今、小さな決意をする。
真美には、私の事を覚えていて欲しいな。
「私、卒業したらロシアに行くんだ」