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12話

 私は今日も音楽室にいる。もうすぐ学校は、卒業するという事になる。

 窓を眺めると、空は青かった。

 少し前までは学校と、この学校に通う人達が嫌いだったけど、今は好きでも、嫌いでもなくなっていた。


今が楽しくてしょうがないと刹那的に生きるあの人達は、私の目からは幸せそうに見える。だけどそれなら私は不幸という訳でも無い。


 私はピアノを弾き続け、誰かが聴いてくれればそれで幸せだ。

 今はすれ違っても顔も合わせない藤井くんに感謝している。


 多分、愛とか恋は今の私にはどうしようも出来ないのだ。

 次に恋をするのはずっと遠くの"いつか"で良い。


 心の中にある"いつか"と言う言葉は、最初に鍵盤を押した音の様に、気持ちが良い音を立てて響いた。


 ドアを開く音が聞こえた。金子先生だろうか、しかし目の前に現れたのは――。

「あんた、相変わらずここにいるんだ」

 現れたのは安藤真美だった。私は驚く。パーマを掛けた髪はバッサリと切られていて、メイクも地味だ。

 鼻をかすめた香水の甘ったるい匂いは、石鹸の香りに変わっていた。


「どうしたの? 安藤さん」

 私はどこか透明な気持ちで話しかける。少し前は彼女の顔も見たくなかったのに。不思議な気分だ。

「今日は頼みがあって来た」安藤は少し微笑む。とても素朴な笑顔だった。


「あたしをぶって欲しい」

「え?」

「あんたもあたしを恨んでるでしょ? あたしはあんたに酷いことをしたからね。だからぶって。――思いっきりね」

 彼女は私を真っすぐ見つめながら答える。彼女の瞳は、綺麗だと思った。私はゆっくり頷き、安藤の近くに寄る。

「……私は貴方が嫌いだから、良いというならぶつ」


 安藤は笑う。

「手加減したらやり返すよ。だから思いっきりね」

「……無茶苦茶」少し口元が緩んだ。私は一呼吸し、思いっきり手を振り上げる。

次々の瞬間、音楽室は乾いた音が響く。あまり好きな音じゃないな、と思った。


 彼女の右頬は赤くなる。当たり所が悪かったらしく、彼女の鼻から少し血が流れた。私は急いで制服のポケットからハンカチを取り出す。

 振りぬいた右手は、ビリビリとしびれていた。

「……ありがと」彼女は涙目で笑った。彼女の笑顔を見た瞬間、私の口は勝手に動いていた。

「私もぶって」


 安藤は一瞬驚くが、すぐに目を細めて、「じゃあ遠慮なく」

 もう一度音が鳴り響く。二回目の音はそんなに嫌いじゃない音だった。私はぶたれた頬に触れる。懐かしい痛みだった。

「……これじゃお互い次の授業出れないね」


 「そうね」私は微笑む。痛いのに、なぜか嬉しい。

 その後私達は保健室に行き、喧嘩をしたんで、帰りますと保険医に伝えた。喧嘩したはずの二人が一緒に来たものだから、保険医は本当に喧嘩をしたのかと不思議がっていた。


 雪の残る道を並んで歩く。空は太陽が出ていて寒さは、あまり感じなかった。公園についた私たちはベンチに座る。安藤は自販機を見つけ駆け寄った。


「飲み物おごってあげる。何がいい?」

「レモンティー」私は答える。彼女はニヤリと笑った。

「はーいどうぞ」手渡されたのは、おしるこだった。

「私、レモンティーって言ったんだけど」

「さっきぶった時、本気で痛かったんだから。鼻血も出たし。だからこれも仕返しね」


「貴方が本気でって言ったじゃない」彼女は本当に滅茶苦茶だ。私はおかしく思いながら【おしるこ】と書かれた缶を受け取った。安藤は缶コーヒーを口にしてから口を開いた。「さっきはありがと。ようやくあたしは、あたしの事を好きになれる気がする」

そう告げた言葉は、シャープでクリアな音だった。私は彼女を見る。


「……嫌いだったの?」おしるこを口にしてみる。もったりとした甘さが、口の中に広がった。……少し苦手な味だ。

「そりゃそーだよ。昔からピアノをあたしより弾けるあんたが羨ましかった。ダサいけど、嫉妬してた。だからあんたをに酷い事言って、あんたが好きな男を奪ってやった。……最低だよね。あたしは突然、そんなあたしが気持ち悪くなっちゃったんだ。だから全部辞めた。藤井とは別れたよ。元々全然好きじゃなかったし。……ほんと、ごめんね」彼女は頭を下げた。私は首を振る。


「私も謝らなきゃ。ずっと、自分は特別だと思ってたの。ずっと、周りは馬鹿ばかりって見下してた。薄味のスープみたいな連中だなって……でも、馬鹿なのは私の方だったの。藤井君は、私の音楽だけが好きだった。あの人は、私には興味が無かった。私はピアノが無いと、なんの魅力がないの」


 安藤は飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に向かって投げる。缶は綺麗な綺麗な弧を描き収まった。

「藤井は見る目ないね。今のあんたは好きだよ。私、あんたと友達になりたい」

「友達……」

学校で何度も聞いた、私には必要無かった言葉だ。だけど今は……

「嬉しい……真美って呼んでもいい?」真美ははにかみ、頷く。

 彼女の笑顔は、私には出来ない笑い方だった。その笑顔を見て私は初めてお父さん、お母さん以外にあのドールハウスの都市を見せてあげたいなと思ったのだ。

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