11話
「結衣~、ご飯出来たよ」
お母さんの声が下の階から聞こえた。
「はーい」私はハルカとナハトを街に戻し、部屋の扉を開け、一階に向かう。
食卓にはハンバーグ、カルボナーラ、さっき煮ていたビーフシチューが並んであって、みんなお父さんの好物だった。私も椅子に座り、食べ始める。お父さんはビールを飲みながら、出張先のシンガポールの話を沢山した。こっちとは違い蒸し暑い事。色んな国籍の人がいる事や、あちこちで日本語を見たこと。私はナハトとハルカが住んでいる青空の国に行ってみたいなとぼんやり考えた。食卓はお父さんの話と、フォークが食器にぶつかる音がまるで音楽みたい、そう思うと楽しい気持ちになった。
「結衣、大事な話があるんだ」食事が終わると、お父さんは私の目を見て話す。
「なあに? お父さん」
「父さんの知り合いがロシアに住んでいてね。そこにはピアノの名門学校があるらしいんだ。その人が結衣に是非こっちにこないかって誘いがあった」
「ロシア……」
私はぼんやりとロシアをイメージする。雪が降り積もる、真っ白な国。
お父さんはお母さんと顔を合わせ、「ただな、父さんと母さんは仕事の都合で一緒に行けないんだが……」
「私、そこに行きたい」そう発した声は、何だか自分の喉元から出たとは思えなかった。
「……本当に大丈夫? 向こうでは言葉が通じないのよ?」お母さんは心配な表情をする。
私は頬笑んで見せる。きっとピアノの妖精なら、こう言うはずだ。
「うん、平気だよ。私、ピアニストになる為だったら何だってする」
私は手を合わせ、「ごちそうさま。今日はもう寝るね」そう話し、食器を片付けリビングを出た。
お父さんとお母さんは驚いた様な顔をしていた。
その後私はベッドで眠ったけれど、真夜中に目が覚めて、喉が渇いたなと水を飲もうと階段を降りたとき、うっすらと灯りの付いたリビングから二人の話し声が聞こえた。
「いやぁ。さっきの結衣には驚いたな。日本を出る前まではまだ子供っぽかったのに、今日はすごく大人に見えた」
クスリと笑う声が聞こえる「女の子は成長が早いものよ。でも私もびっくり。いつの間にかあんな表情をするようになったなんて。何かあったのかしら?」
自分の事を話している中に入るのは恥ずかしくて、私は二階にそろりと戻った。
ベッドに入り真っ暗な天井を見ながら、「そっか。私……変わったのかな」と呟いた。
少し寂しい様な、だけどそれ以上にさっぱりとした、清々しい気持ちだった。