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10話


 長い冬が、終わろうとしていた。

私はずっとピアノを弾き続けている。時々、金子先生が聴きに来る。聴いてくれる人がいるのは、嬉しい。

モーツァルトも、ショパンも、シューベルトだって。何だって弾いてみせる。


 マフラーを巻いて、白い息を吐きながら家に帰ると、玄関には男性の革靴があった。それに気付いた私は急いで靴を脱ぎ、リビングに駆け込む。

「お父さん! 帰ってきてたの!」


 久し振りにあったお父さんは、私がよく知ってる笑みを浮かべた。キッチンで鍋を回しているお母さんはいたずらっぽい顔で「お父さんったら結衣に会いたくて走って帰ってきたのよ。汗だくでね。あー可笑しかったぁ」とクスクスと笑った。この匂いは、ビーフシチューだ。お父さんの大好物。


「そりゃ久し振りに家族と会えるんだ。全力で駆けつけるよ。ただいま結衣。これおみやげ」

 そう言ってラッピングされた箱を手渡された。開けてみるとそれはドールハウスのお人形だった。日本では見たことがない種類だ。


 タキシードを着た黒猫と、猫耳を付けた人間の女の子のセットだ。黒猫は首に三日月模様。女の子には黄色いドレス、画材と筆とパレットが付属していた。


「お父さん、どうしてこの子だけ人間なの?」

「どれどれ……」お父さんは英語で書かれた説明書を広げ、どこか楽しそうに読み上げる。

「彼女の名前はハルカ。青空の国の王女さまです。いつも笑顔で優しく人で、私達の国でも凄い人気があります。今日は家来のナハトと絵を描きに私たちの街へ遊びにきました。彼女が好きなみんなは大喜びしました……だって」

 猫の王女様。可愛らしく、少し不思議な印象だった。


「王女さまなのね、素敵。ありがとうお父さん!」

 お父さんは嬉しそうに笑った。

「うん、また今度海外に行ったら買ってくるよ。これからお母さんと二人で話がしたいから、夕飯が出来るまで部屋で待っててくれないか?」

「うん、分かった。ありがとね、お父さん」

 私はもう一度お礼を言い、リビングのドアを閉めた。

 二階へ上がり、自分の部屋のドアを開ける部屋の半分を占めているドール達の街の真ん中に、黒猫と王女を置いてみる事にする。まるで最初から彼女の国だった様に見える。

 しばらく眺めてみて、もう一度王女様を手に取ってみる。いつも笑顔で、みんなに愛される王女様。

 

 素敵だと思うけど、彼女になりたいとは思わない。少し前なら切実に思っていただろう。

 私は私でいいの。

 そう、思える事が今の私には出来た。

 黒猫も手にして、ボフンとベッドに倒れ込む。仰向けで二人を蛍光灯に照らしてみる。

 こうして見ると……なんだろう、二人はただの家来という関係とは違う気がする。

 それは例えるならきっと、童話に出てくる王子様とお姫様だ。

 私は頬笑み、呟いた。

「ナハトか……。私もいつか貴方みたいな人が現れて欲しいな」

 猫の二人は宝石のように、キラキラと輝いて見えた。

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