第46話:冷酷な判断ミス
じわりと音を立てて世界が歪む。
コンクリート廃墟の面影はそこに無く、煙なのか霧なのか....紫の世界がそこに広がった。
先生が驚いた表情でバルトを睨む。
「お前....まさか」
「人間の肉体は実に窮屈だぁ.....だがね」
そこまで言って、バルトは狂気的な笑みを見せる。
その笑みが彼のモノで無いことはすぐ分かった。
心の底から恐怖心を搾り取られる様な感覚。
人の出せる貫禄じゃない。
瞬間、先生が吐血した。カッ...カッと悶えるその声が今起こっている出来事の重大性を物語る。
「無駄だよ」
バルトがその言葉を発すると同時に、グリシアがペシャっと嫌な音を立て地面に叩きつけられた。
数秒もしないうちにグリシアは動かなくなる。
「この空間じゃ殺意を見せたモノから死んでいく、如何にカモフラージュしても。どれほど小さな殺意でも」
「人間や神と言った肉体を持った種族は皆揃って脆弱だ。とても見ていられないほどに弱点だらけ」
「そういう意味では精神体や概念になった私は間違いなく無敵だ」
そういう彼の口は、もはや裂けてると思える程にニヤけていた。
「しかしそれではお前等を葬る事は出来ない、そこら辺の理屈はお前らが2次元の存在を消しされないのと同じだ」
【ロストブランク】
その詠唱が入った瞬間、ミレイ・ノルヴァは光の塵となって消えた。
声も出せないほどの一瞬。
「ミレイ!」
マヨイ・ヴァレンが叫ぶ。
「あーあ、これだから能力者は」
「阿呆が、殺意を【0】にすれば攻撃できるとでも思ったのか」
「それ自体が【殺意】なんだよ、思考能力のある生物は皆こぞってどうしてこうも愚かなのか」
辺りに走る妙な緊張感。マヨイやヴィクセンと言った神々の表情は完全に凍っていった。
ヴァリッシュさんや、キムナエ先生。ナエラさんに至るまで全員の表情はもはや困惑一色だった。
状況を噛み締めることすらままならない。
「精神体から肉体に【再憑依】するのはとても難儀だ。そりゃそうさ、とんでもない数の制約がつくのだから」
「そして限りなく【ストレスフリー】な肉体を造る必要がある。生物特有の【愚かさ】をもたない生物」
「そ れ が こ れ」
気付くと彼の手には血塗られたコートが取られており、止める間も無く彼はそれを羽織ってしまった。
辺りから光の粒子が集まってくる。
粒子の正体が全く分からない。
これが魂なのか、或いは精神体と化したシュンそのものなのか。
紫の霧の様な異物で包まれたこの空間の色が暗黒色に染まり、光一つ無い【無】の空間が生まれた。
そう思った刹那、バルトの体からとてつもない量の光が漏れ溢れ出した。
体がヒリヒリと裂けていく様な感覚。
これって....俺死n
【リプレイ】
瞬間、白い光は灰色になった。
0.5秒程の沈黙の後、世界にノイズが走った。
目に入る視覚的情報は全て歪み、ブロックノイズが至るところに発生した。
____数秒の耳鳴り。
五感がその機能を取り戻すまでの数秒、キーンと言う音が脳内を反響する。
何も考えられないポワポワとした感覚。
「....?」
気が付くとバリッシュさんの店に居た。
まるでさっきまでの事が無かったかのような....。
「今のは?」
最初に口を開いたのはキムナエ先生だった。
「リプレイ。スパシブの能力よ」
「記憶を保持したまま紙に記録した時間まで巻き戻す。本当はこれを使ってシュンを倒そうと思ってたんだけどまさかこんな使い方になるなんてね....」
どうやらマヨイはスパシブから必殺技を授かっていたらしい。
それは紙のようなもので使用は一度きり。
再生という事は中途半端な状態でシュンごと過去に巻き戻して、完成させることなく袋叩きにするつもりだったのだろうが、彼のほうが一枚上手だったと....。
ウッ....と一声出すと同時に、先生が倒れた。
その口からは血が溢れ出しており、まるでさっきの【リプレイ】を見ているかの....。
グリシアが嫌な音を立てて潰れた。
皆がミレイ・ノルヴァの方を見ると、その瞬間に彼女は再び光の粒子となって消えた。
「落ち着いて、本当に身構えないといけないのはここからよ!」
マヨイ・ヴァレンが鬼気迫る表情でそういった。
「奈恵とトウとナエラは回復魔法、ヴィクセンは特大に【壊】の文字を張って!」
マヨイ・ヴァレンのその指揮は確実に彼女の作戦を順序建てて言った。
一つ一つ確実に行われいくその動作。
彼女にはこの先に何が起こるかを理解しているかのようだった。
先生もミレイ・ノルヴァも居ない。信用できる2人が居ないこの状態で、俺はヴァレン家を信用しないといけない。
最善策の為なら自分の家族さえも2度殺すこの女を...。
「来た!」
マヨイ・ヴァレンがそう叫ぶと、空中からモクモクと霧が湧き出た。
「飛ばして」
マヨイの指示通り、ヴィクセンは【壊】の文字をぶつける。
ミシミシと音を立て、ヴィクセンの肉体が崩壊していく。
トウとキムナエ先生、そしてナエラさんはそんな彼女の肉体を修復し続ける。
マヨイも大きな【壊】の字を作り出し、霧にぶつけた。
ミシリミシリと大きな音を立て合い、空気が露骨に歪む。
霧と【壊】の字のぶつかりを制したのは...。
霧だった。
「キャァァァァァァ」
甲高い悲鳴と破滅的なメグシァ....と言う音。
霧はマヨイとヴィクセンを飲み込み殺した。
ゆっくりと人の形を作っていく霧。
残された希望は、潰えた。




