第41話:俺の世界、揺ぎ無き決意。
「僕はこれを【悟り】と呼んでる。記憶を頼りに自分の中に人を作り出す技法だ」
「まさかコレが仇になるとは思っても見なかったよ....制御できるようになっとかないとまた何時シュンが復活するか分かったものじゃない」
先生はそう言って胸ポケットから草の様なものを取り出した。
【ウッドソード】を唱えると、その草は独りでにウネウネと動き出し塊を作り出す。
グッ、グッと音を立て、2滴の液体が絞り出された。
ビーカーのようなものを取り出し、そこに液体を垂らす。
先生がそのビーカーを科学者のようにふると、その液体はみるみるうちに満タンになった。
そしてその液体を手にかけると、液体が手に着くのと同じタイミングに薬の様なカプセル状のなにかに変わる。
「僕の悟りをイメージ通りに操作できるようにしてみた。飲んでみてくれ」
そう言って差し出された手。
今だ落ち着かない心臓の鼓動が、先生の差し出したその手に食らいつかんとばかりに動悸を起こす。
安心が欲しい....安心が欲しい....。
色々な感情が体の中を駆け巡る中、俺は薬を口に頬張り飲み込んだ。
数秒の沈黙。
猛烈な頭痛が2,3秒続き、その痛みに一瞬意識を失いかけた。
「....勝治?」
季子だ。目の前にさっき死んだはずの季子が居た。
ここは....図書館だろうか?
高い本棚がズラリと並び、スパシブの書斎を彷彿とさせた。
顔に手をやり、そっと赤縁の眼鏡を机の上に置く季子。
「お前は....」
「えぇ。私死んじゃったのね」
「随分....軽いんだな」
「別に生に執着してた訳じゃないからね」
「これが先生の言ってた【悟り】って奴なのね。なんだかとってもシュール」
そう言って静かに笑う季子。
その笑顔を見て、理由を説明できない涙がこぼれた。
「こういう時なんて言ったらいいのか....」
「そのままで良いんじゃい?今の私に言ってもそれはあくまで貴方の中の私だもの」
季子が目を瞑りフゥ....と一息付く。
気付くと目の前にコーヒーが淹れられていた。
「悟りの世界って面白いのね、ある程度は自由に動ける。それは奢りよ、イマジナリー珈琲」
「人の世界でも遠慮ないな、お前」
珈琲に入りそうな涙を必死に堪える。
先生の悟り、まるで本当にここに季子がいるようだ。
「ほら、おいで。テラ」
!!?
気付くと本棚に必死に手を伸ばすテラが居た。
「テラ?」
「ん?あ!勝治だ!」
無邪気そうな瞳がこちらを向く。
季子の背中に犬のように飛びつき、こちらを見る。
「もう....なんて言ったらいいのか」
堪えていた涙が溢れ出す。
「俺は....俺は」
「そんなに気にしなくてもいいのに」
そう言って俺の所に置かれていたコーヒーを横取りし飲むテラ。
「うわ、苦っ。おねーちゃん良くこんなの飲めるね」
「その苦いって分かってるのに怖いもの見たさでチャレンジする癖なんとかしなさいよ」
「へへへ」
テラと季子との平和なひと時。
さっきまでうるさく鳴り響いていた動悸が静かになった。
「まぁ、ただの空想なんだがな」
!!
突然右にシュンが座りこんだ。
こちらに拳を殴り込ませるシュン。
不意をつかれ俺は後ろに飛ばされた。
「てめぇ....」
「怠惰ってのは本当に恐ろしいなぁ....さっき殺してやったはずのヤツの顔を見る事になるとはなぁ....?」
壊れるのは一瞬。
壊れるのは一瞬。
壊れるのは。
「いい加減にしろ、クソ野郎」
「シュンなんて先生の神話の中の生物だと思ってたが実際会ってみてそれは所詮神話だなと思ったよ」
シュンの眉間にシワが寄る。
「お前は先生が評価するほど恐ろしいヤツじゃないってことさ」
「お前は実にチンケな....ただのクズだ!」
シュンがもう一度拳を構える。
狂気的に、そして見下したような表情で殴りを入れに来る。
だからチンケだって言われるんだ俺に。
「うおっ」
こちらに入ってこようとした拳が、じわじわと溶ける。
ブロックノイズが広がり、シュンの腕にグリッチがかかる。
「うわあああああああ」
「俺は記憶を改竄する能力の持ち主だ。お前なんて俺の世界じゃただのデータでしかないんだよ!」
シューと音を立てて消えたシュン。
人一人を記憶の改竄で無力化するのは流石に至難だったようで、俺は現実に引き戻された。
「....もうコントロール出来たみたいだな」
「....はい」
ゆっくりと重く苦しい空気感。
俊介先生が修復した季子の遺体を見て、本当の意味で現実に戻された。
「んで?季子は何て言ってたんだ?」
「気にするな....って」
「そうか。ならその言葉を信じるといい。それは決して勝治の妄想なんかじゃない。実際に季子がそう言う状況に陥ったらどう言うかの完璧なシュミレーターだ」
「....またアクセス出来ますか?」
「僕の【悟り】だぞ?いつだって、君の思うままにアクセス出来るさ」
そう言う俊介先生の顔は、自信に満ち溢れていた。
俺はそんな彼の表情に、心の底から安堵する――――
一瞬。
世界から色が消え、ミレイ・ノルヴァが現れた。
数秒辺りを見渡し状況を一通り理解したらしく、俺をゆっくりと見つめる。
「ごめんなさい。私の怠惰が」
「いや、違うさ。もう俺の怠惰だよ」
俺の決意は、固まった。
チンケなクズ。シュンの復活を全力で阻止する....それが。




