第2話:副担任【俊介】
今日もそんな退屈な日常が始まる。
始業のベル。
学生にとって、それは新鮮味も何も無い普通のベルだ。
だが、今日のそれは違った。
「えー。今日は新任の先生を紹介する」
「斎藤 俊介先生だ」
「はい、新しくこのクラスの副担任になった俊介です。よろしく」
これと言って取り留めの無い至って普通の挨拶。
俺のクラスの新しい副担任....?
いや、そこまではいい。
新しく副担任が入るって話もまだ辛うじて理解できる。
ただ....。
俺は先生の記憶を読めない。
基本記憶を改竄するときはまず相手の記憶を【読む】のだ。
そこから改竄できる記憶をピックアップして改竄する....。
この教師....何者なんだ....?
こんなの生まれて初めてだ。
「何か先生に聞きたいことある人はいるか~?」
クラスがざわつく。
流石イケメン。女子の喰い付きが全然違う。
下手したら担任より人気なんじゃないかと思うほどにクラス内に質問が飛び交った。
「どこ住んでるの?」
「既婚なの~?」
「どこか行きつけの店とかないんですか?」
「どうして来たんです?」
新しい副担任俊介はハハと乾いた笑いを見せ、そして静かにニヤケこう答えた。
「そうだねぇ。僕の住居は....まぁ住所不定って事で」
クラス内に笑いが起こる。
「結婚はしていないよ、普段はBar.レインウォーターって所に飲みに行ってるかな。そこの【ウィッチラニーノーズ】って飲み物が最高に美味しいんだこれが」
「そこに居候してるんですか~?」
「ハハ、そうかもね」
再び笑いが起こる。
正直何が面白いのかサッパリ分からないが、周りに合わせて俺も笑った。
多分この笑いはそういうことなのだろう。
【協調性】が作る作り笑い。
人間はこういう事があるから本当に怖い。
俊介先生はフゥ....と一つ溜息を付いて、そして【狂気的】に笑ってこう言った。
「それで僕がここに来た理由なんだけどね....」
瞬間――――
視界が揺らぐ。立ちくらみの様な感覚に襲われ、俺は一瞬意識を失った。
━…━…━…━…
視界が安定すると、そこには見た事のないカオスな光景が広がっていた。
木に突き刺さっている人。サル。鯨。
子供の頃に図鑑で見た生物が木に打ち付けられ標本にされている。
空の色は幼稚園児の絵のように不安定で、地面からは虹色のシャボン玉が吹き出している。
「君だ。勝治」
声が聞こえた。
声の主は俊介だった。
辺りを見渡してもクラスメイトは何処にも居ない。
「先生は一体何者ですか....?」
「僕かい....?僕は言ってしまえば、そう。【万物を司る神】さ」
「万物を....なんですって?」
「万物を司る神、俊介」
2回も言った。
冗談だろうと思って聞き流したが、その男はハッキリと自信満々にそう言った。
しかしこのカオスな世界。どうやら厨二病をこじらせた痛い教師....という訳でもなさそうだ。
「困惑すると思ったんだけどなぁ....。意外と冷静な感じ?」
「困惑自体はしてますよ。ただ困惑しすぎてもう何がなんだか」
「まぁ、そうなるか。う~ん何処から説明したものか」
「ここはどこなんです?」
「ん~。ここ?ここはね、【君の記憶とイメージの世界】だよ」
「俺の....記憶とイメージ?」
もはや理解不能を通り越している。
「君のイメージと記憶をベースに作った【仮想世界】さ。念じれば好きなものを出せるし、忘れた記憶だってここで呼び起こせる」
ニコニコ....と言うよりニヤニヤ笑う先生の顔は、妙に【楽しげ】だった。
「まぁ、色々質問したいだろうけどまず僕から質問させてくれ」
「【君は生きる目的を持っているのかい?】」
俊介先生の顔が曇る。
目からハイライトが消えて、【マジ】の顔になった。
「生きる目的、人によって多種多様だが持ってない人だって多い。君の持つ生きる目的ってなんだ?」
「....罪滅ぼし」
「なんだって?」
「俺は、自分が犯した罪の罪滅ぼしをする為に生きてるんです」
相手がマジになって聞いてきてくれているんだ。
こっちだってマジで答えてあげないと【失礼】....なのだろう。
「そうかそうか....で?その罪って言うのは?」
「俺は昔一度殺人を犯しているんです。だから殺したその娘のぶ.....」
先生は地面から一つの大きなシャボン玉を吸い出して覗いた。
ふむふむ....と言いながらシャボン玉を覗く先生。
そのシャボン玉には、俺の記憶が映っていた。
「何してるんですか!」
「いや、何って。話が長そうだったから君の記憶覗いた方が早いかなって」
「プライバシーの侵害です!」
「いいじゃないか、どうせ君が今話そうとしてた内容だ」
あぁ、何となくこの人の人物像が見えてきた。
「あぁ~そういう事....」
「それで君は美和子ちゃんの分も生き延びてやろうとしてるって事か」
「はい」
不服の感情が残っていたが、俺の生い立ちをここまで精密に話した....というより勝手に覗かれたのだが、ここまで親身になって聞いてくれたのは先生が初めてだ。
鎖に繋がれていた俺の感情が一気に解き放たれた様な気がした。
「そうだねぇ....」
そう言うと先生は右手を振り上げた。
【ウッドソード!】
先生がそう唱えると、地面から人がムクリと生えてきた。
美和子だ....。
その人影はこちらに近づいて来て、肩をガバッと掴んだ。
彼女の目にハイライトは入っておらず、死んだ怨霊の様な恐ろしい表情で俺にこう叫ぶ。
「この....人殺し!」