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後半 / てるてる坊主は晴れを願う

 

「ねぇ!どうだった? 楽しかった? いいなぁ。いいなぁ。カエもお出かけしたかった!今度、連れて行ってよ」


あたしが帰って来たのに気づいた楓は、途中からこそこそ見ていた。誠司が居なくなった途端に玄関まで走って出迎える。この家に縁談の話が来てるのが新鮮なのか、隆太郎お兄ちゃん以外の男の人が来たのが不思議なのか、興味津々らしい。部屋で一息着く間も与えず、妹に道を止められてしまった。


「連れていけるわけないでしょ」

「えぇー? お姉ちゃんだけずるい」

「ずるくない。むしろ変わって欲しいくらい」

「そんな事言ってさぁ、リボンも貰ったんじゃん。あの人、絶対にお姉ちゃんのこと好きだよ! お姉ちゃんは好きじゃないの?」


確かに、嫌われてるわけではないみたい。でも大人の対応で接せられてるなら、何処まで本気かなんてわからないけど。まだお互い会ったばかりなのに、好きとかあるわけないと思う。

曖昧に返して、腕に巻き付く楓を引きずりながら通ると、今度は居間からお兄ちゃんは顔を出し怪訝な目で「おかえり」と言った。


「誠司は、どうなんだ?」

「お兄ちゃんまで、それ訊くの?」

「僕は真面目に訊いてるんだ」

「カエだって、まじめに……っんんんむむむ」


口を挟む楓に兄は、いとも簡単にあたしの腕から引き剥がすと包囲して口を手で塞いだ。おかげですっかり静かになった。


「どうって言われても……別に」





相応しくないって、お見合いを決行された時点でお兄ちゃんだって、多少認めてるくせによく言う……。

再びぶう垂れていると、わしゃわしゃとあたしの髪の毛を掻き混ぜる。せっかく梳かしてるのに、ひどいでしょ。


「遠い目で見たら、俺だって桜の味方だよ」



だけどーー

と、お兄ちゃんは手を止めてまた口を開いた。



「あっちの家が極力断らないで欲しいとお願いされてるとはいえ、本当に嫌だったらちゃんと言うんだぞ。向こうには俺から話つけてやるから」

「断るってこと? 本当にそんなこと、出来るの?」

「本当にどうしても嫌だったらな」


「あっちは、あたしが他の人が好きなの知らないでお見合いしたんだよね」

「訊いてみれば良い」

「言えるわけないじゃん! 気まずくなるってば」

「中途半端に気持ち隠して、逃げるくらいなら、真剣に向き合うのも悪くないと思う」

「……っ」

「なんて言うかはあいつ次第だけど。少なくてもあいつは、男だから桜よりも覚悟を持ってこの縁談に望んでいる」






 "その覚悟が、嘘じゃなきゃいいけど"

そんな意味深なことを呟かれてから、三週間ほど経ったころ。抵抗虚しく、あいつにまた引っ張り出された。お母さんがあいつと手を組んでるから、それはもう、逃げられるわけがない……。

 何をしゃべっていいのか分からないし、あいつのこと何も知らない。誘われても困るって言ったら、「だから、お互いを知るために会いに来てるんだろ」って、即座に返された。


お兄ちゃんが変な事言うから、余計に緊張してしまう。今の気持ちを、あたしには好きな人が居るってやっぱり打ち明けるべきなのかな。


隣に歩くことすら気が引けて、一歩後ろを歩く。振り向かえられても目線が交わないように、下を向いて逃げてしまう。話しかけられても、上手く会話ができない。また、あいつが言った"日本人形"みたいになってるって自分でも思った。多分、今、笑えてないと思うし。


そんなあらゆる、あたしの素っ気ない態度に、あいつはついに痺れを切らしたみたいで、急に、手首を捉えられた。


「俺が相手じゃ、そんなに不満か」

「そんなこと、……ないけど」

「あるだろ」


あたしの沈黙にため息つくあいつの動作、一つ一つが今日はなんだか刃物みたいに鋭く尖っている。


「だったら、そろそろ俺の名前呼んでくれてもいいんじゃないか」

「……っ」

「まぁ。呼んでくれない理由なんて、思いつくけどな。俺はお前の名前、ちゃんと呼んでるだろ」


 名前なんて呼んだら、この縁談を認めたようなものになっちゃうでしょ。それがやなの。

 こんな子供みたいな抵抗をしても、意味なんて少しも無いって自分でも思う。もっと逃げていたかった。だけど、多分、もうここまで。


「呼べば言いんでしょ。………………誠司」


仲良くなんてしたくない。結婚なんてしたくない。ありったけの、最後の抵抗で、年上の男の人に"さん"をつけずに呼ぶなんて、敬意のかけた行為。可愛げなんてあったもんじゃない。きっと今あたし、悔し泣きみたいな顔をしてる。


「ねぇ。お兄ちゃんは、どうしても嫌なら断って良いって言ってたけど、本当なの?」

「…………桜は、断りたいのか?」

「誠司は、結婚に納得してるの?」


樹さんめ。と困った顔と少しだけ沈んだ浮かべながら、逆に質問を質問で返された。だからあたしもさらに質問で返してしまう。別に誠司だから嫌なわけじゃない。誰だとしても今はまだ嫌なの。あたしだけ子供なのかな。



「俺は前から嫁に来た人が誰でも、大切にするって前から決めてたよ。それに、桜のことはーー」


何かを言いかけたその後ろで、不意に目に入ったのは、隆太郎お兄ちゃんの姿だった。その途端、誠司の声はあたしの耳には入って来なかった。誠司もまたあたしの目を追って後ろを振り返る。


 どうしてこんな所で。このままじゃ、隆太郎お兄ちゃんに気づかれてしまう。捕まれた手を振りほどきたくてもがいてると、逆にさっきより強く手首を取り押さえられてしまった。


「痛い。離して!」

「逃げようとするからだ」

「やだ! だって、見られたくない!」

「訊いたのはそっちだろ! 最後まで聞けって」


 もともと強引な誠司だけど、いつになく聞いてくれなくて、怖くなった。なんで意地悪するの。そうしてる間に、隆太郎お兄ちゃんとの距離は縮まって、目が合った。あれから少しは、自分の気持ちにも折り合いをつけられたはずだったけど、会うとやっぱり想いがぶり返してしまう。

誠司の手はあたしの手首の位置から、よりにもよって恋人同士がするみたいに、指と指に絡まった。どうして誠司がこんな事するの?


「あれ? 桜ちゃん」


 二人で出かけてる時に、会いたくなんかなかったのに。相変わらず、ほわっとした顔をしてあたしの名前を呼ぶ。それは嫌いじゃないけど、今日は最悪だった。こんな所で見られたくはなかったのに。目線はやっぱり下に移動して、誠司とあたしの繋いでいる手に気づいたみたい。隆太郎お兄ちゃん肩を下ろす。


「あんなに不安がってたみたいだったけど、仲良くやってるみたいだね。兄代わりとしては安心したよ」


 仲良くなんて、……してないのに。

 そういうことを、隆太郎お兄ちゃんは言うに決まってるから、一緒に居る所なんて見られたくなかった。せめて手を離して欲しかったのに……。なんでか知らないけど、今まであたしが本気で嫌がることはしなかったのに、急に誠司は手を堅く握りしめて離さない意地悪をするなんて。


「ちが……うよ」

「桜ちゃん?」

「だって、あたしは!」


 思わず、隆太郎お兄ちゃんの裾を掴んで助けを求めてしまった。口が渇く。取り返しのつかないことを言おうとしいるのが、自分でも分かった。それでも止まりそうになかった。今までにないくらい、辛くて、悔しくて、泣きたくて、抑えても溢れそうになる。本当は、まだ納得行ってない。


だけど、いつまでもワガママ言っても仕方ないから、これから頑張って隆太郎お兄ちゃんのことを忘れようとしてるのに。誠司と出けてるのも、ちょっと頑張ってることなのに、そんなの何も知らないで、簡単に仲良くなったって思われても、嫌だよ。


「結婚なんてまだしたくない……っ!!だって、ずっと前から、あたしが好きなのは、りゅうた…………っっ!」


 苦しくなった息を吸いこんで、やっと言葉は止まった。本当は、一生言わないつもりだったのに、勝手に目に涙が溢れて、落ちないように瞬きを我慢する。横で誠司が言葉を失ってるのは最もなことで、鈍感な隆太郎お兄ちゃんでさえ、あたしの真意に気づき始めたみたいで顔色が変わった。それなのに、あたしはまだ、掴んだ隆太お兄ちゃんの裾を離せないでいる。


「桜ちゃん、それは……お相手がいる前で失礼なことだよ」



 あぁ……その顔。困らしてる。この事態の収拾を自分でなんとかしなきゃって思うのに、頭が真っ白になって、何も出てこなくなった。それどころか自分で空気を壊してるくせに、重さと羞恥に耐えきれなくて涙が勝手に出そうになる。こんな最悪の形で、告白してしまうなんて……。泣くのは卑怯だ。だからだめ。あたしは必死に止めた。



「ーー隆太郎さんでしたよね。お見苦しい所をお見せしまいすみません。2人の問題ですから、桜としっかり話します。今度、時間がある時に改めて謝罪に伺いますので、今日はこれで失礼します」


 瞼が耐えきれなくなる寸前で、誠司は冷静な声で言った。深く一礼をするか否かで、繋ぎぱなしだった手に誠司がもう一度力を入れると、あたしを引っ張って走り、隆太郎お兄ちゃんを置き去りにして行った。


 ……あそこに居たら、あと数秒で本当に泣いてた。泣き顔を隆太郎お兄ちゃんに晒して、もっと困らせるところだったと思う。


 だから、そこから誠司に連れ出された途端、内心ほっとした。息がやっと吐ける。抑えてたものを、緩めると一気に涙が出てきて、止まらなくなった。


「……っ、っう……っ」 

「あいつの前で我慢して、偉い偉い」


 泣いてる声に気づいたのか、誠司は走ってるのをやめると、振り返るとあたしの頭をぽんぽん撫でた。それは手馴れたもので、妹にするような手つきだった。


 困らせて、傷つけたのは隆太郎お兄ちゃんだけじゃなくて、誠司にも同じこと。だって結婚を嫌がってる理由が、他に慕ってる人が居るためだったなんて、面白い話じゃないでしょ。逆の立場だったら、あたしだって、感じ悪く思ってしまう。この先、やっていけるのかなって思うもん。いくら好きな相手が既婚者だって、分かってても。まして、婚約者の目の前で告白をしようとしてしまうなんて。



「……手、離さなくて悪かった。泣かせたかったわけじゃなかったんだよ。なんて言うか、負けたくないって思ったら、つい……」


いつだって余裕があると思ってた。どうにもならない事も、納得いかないことも、すぐに飲み込んでる余裕さが、ちょっと悔しかった。でも今日の誠司は怒ってて、困惑してて、余裕が少しなくて、ちょっとだけ安心した。


「謝らなくても良いからな。桜があいつの事が好きなのは、知ってたから」


 今、なんて? 知ってる? わけわかんない。見開いた目に、口をぱくぱくさせたら、誠司は「屋台の出目金みたいだ」ってあたしに向かって笑ってくる。すぐからかってくる所、隆太郎お兄ちゃんの接し方を見習って欲しいって思う。



「知ってたって、いつから……?」

「親が用意した見合い写真の中で、前に見覚えのある(さくら)がいたんだよ。その時は名前は知らなかったけど」

「……それ、……だけ? だって話してもいないのに」

「あぁ、桜とは一度も話してない。見覚えあるって言っても、俺だってそれだけだ。でも面白い偶然だなって思った」

「……」

「知らない女よりは、一度でも見たことある桜の事をあの中で一番気になっても、変じゃないだろ。でもまぁ、一生を共にする相手だし、決める前にどんやつなのか見に行ったわけ」


 前もって会っときたいという気持ちは分から無くはないけど、知らない間に何を見られてしまったのか、怖い。変なところ見られてなきゃ良いけど。



「桜が、あの男を好いてるのは一目見ればすぐ分かったよ」


 少しだけ不機嫌に誠司は眉間にシワを寄せる。

 こっそり見られてたというなら、あたしがいつまでも未練がましく、恋心を捨てられずにいたのも知られてるわけで。


「……こそこそ見ないでよ、やだ! 変態!」

「人聞き悪いな! 俺は不法にのぞいたわけじゃない。お前が道で勝手に泣いてたんだろ」

「まさか、誠司が見てたなんて……。馬鹿だなって思ってたんでしょ?」

「正直、桜は辞めておこうかとも思ったよ」



 それなら、聞けば聞くほど変。あたしが別の人を好きなのを知った上で、それでもあたしを選び続けた理由が。


「だったらどうして?」

「問題ないだろ。相手は既婚者なんだから、桜だって諦めるしかないんだ。もしも桜の想い人も桜のことを好きなら、俺も流石に横から割って入るような真似するかよ。そもそも、それなら俺だって桜の事は気にならなかった」


 悲しいことに、隆太郎お兄ちゃんはあたしが誰と結婚しようが嬉しいことなんだと思う。むしろ"幸せになれると良いね"って応援されてしまってる。


「桜がじゃじゃ馬だって聞いて、一緒に暮らすなら楽しそうだなって。お前があいつに向けた、馬鹿みたいに惚けた顔も俺は気に入ってるし」


からかわれてる気さえするのに、誠司は割りと真剣な顔であたしに語りかける。


「この先ずっとこのままでいたいのか? 何十年も、仲悪いまま俺と2人で生活する事になるぞ」

「うっ。そ、それはやだけど……」

「だろ? 夫婦になることは、俺が決めたことなんだ。例え俺のことを断っても、他の男とのお見合い話はまた飛んで来るからな?」

「そんなの、分かってる!……でも! まだ、結婚なんて……」

「ゆっくりでいいよ。時間がかかることくらい覚悟の上だ」


 きっぱり言い放つ言葉に、少しの迷いも感じなかった。確かに誠司は努力してくれている。こんな可愛くないあたしのために、歩み寄ろうと確かにしてくれている。全部、受け止めてくれている。誠司以外にそんな人は居ないと思う。でも勝手に決められたことは、やっぱりまだ不服。


「あたし、恋愛結婚したかったのに」

「結婚する前に、俺のこと好きになれば問題無いだろ?」

「……〜〜っっそんなこと、簡単に言わないでよ。それに同じじゃないもん!素敵な出会いは憧れなの! ちょっとずつ惹かれ合うのが良いの!」

「あーもう。きっかけなんて、どうでもいいだろ!」

「よくないってば! 勝手に結婚相手にしないでよ」

「俺が普通に申し込んでも、桜は即答で断るつもりだっただろ?!」

「断る権利くらいちょうだいよ!」

「やーだよ」


わーっと叫ぶと、誠司もあたしの馬鹿な物言いが伝染ったのか、子供みたいに声を上げた。

一気に喋ったから息が上がる。


 本当はお見合いをして、2、3度会うかどうかで結婚することだって、よくある話。でも誠司は何度も何度もあたしに会いに来てくれた。何度もわざわざ足を運ぶような労力を使わなくても大丈夫なのに。それでも、あたしに会いに来た。

 とんでもない事を訊いてもいいのかな。だけど、ちゃんときかないと、言いたいことを全部吐き出さないと、前に踏み出せないって思った。あたしは自分で言うのも変だけど、可愛くないもん。だから、誠司があたしを選んだ理由が全く分からない。


「まだ理由が聞けてないから、ちゃんと教えて。なんでそこまでしてくれるの? 別の女の人と婚約しようと思はなかったの? 誠司は選べたんでしょ」


さっきの子供じみた会話から、真剣な態度で訊くと誠司も、はぐらかさないように決めたみたいだった。

髪をかきあげ、息を吐き、誠司は顔をおもむろに上げる。

枝に小さな小さな花芽を付けただけの、まだ咲くには早い、寒そうな桜の木を見つめ始めた。


そして、小さな声で呟いた。



"桜の花びらが雨で散って逝く姿が、見ていられなかったから"


ーーと。

 


 まるで、待ちに待った咲き誇る満開の桜が、誠司の目の前に広がっているみたいだった。そして、短い開花期間を、風や雨が余計に短くさせるのを、悲しむような表情を浮かべて。


泣き止んだあたしの顔を見て、誠司は安心したように微笑えむ。そんな風に優しく笑うから、その笑顔に吸い込まれて、あたしはまた何も言えなくなってしまった。



「お前が一人で泣いてるのを見たら、早く声をかけなきゃだめだって思った。樹さんには桜が気持ち切り替えるまで、見合いするのは待てと言われたけどさ……。どのくらい待てば良いって話だよ」




その言葉はまるで、あの恋文みたいだった。







 いつか冬が過ぎ、春が来る。春は不安定な季節で、何度だって桜の花びらは、突風に吹かれ、雨に打たれ儚く散っていく。

それと同じように、叶わない恋は咲かせたって悲しい思いをするだけだから、もう懲り懲りだって思ってたのに。

性懲りも無く、人は簡単に恋をしてしまうものなんだって、少し思った。





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