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不穏な噂

 イニピア王国との国境を目前にして私たちは川沿いを南下する。七日ほど進むと海にぶつかった。ビーチなんて洒落たものではなく、岩だらけの断崖絶壁だ。さらに進むと灰色の岩に混じって古代遺跡が姿を現した。生い茂る緑と朽ちた石壁に栄枯盛衰を感じた。


 さらに南下して小さな町をいくつか通過する。そして河川沿いを東に進んで比較的大きな都市へ入った。


 この辺りは今よりもずっと古い時代に栄えた地域で、海岸沿いに見た古代都市のような小都市が多く点在する。この都市もそのひとつ。皇都フェイエラントと比べれば随分と荒削りで、古めかしい作りとなっている。しかし千年以上も朽ち果てず在り続けただけあって、建物は頑丈で、そこに暮らす人々も市民であることを誇りに思っている。


 都市の名はサリア。無事今晩の宿を確保した私たちは、いささか地味で、しかし趣深い歴史都市の大通りを散策しつつ酒場を探していた。


「いろいろな街があるのですね」


 そう言って私の右側を歩くのは濃紺のベレー帽を被ったイヨナさま。


「そうですね。殿下たちはさらに南へ?」

「ええ」

「でしたら、さらに変わった街並みを見ることができますよ」

「まあっ」


 そして左側に並んで歩いているのが我が親友ロインだ。


「って、ロイン?! どうしてここに」


 二度見の末、驚いて声を上げた私に親友は不敵な笑みを見せた。


「ははは、いやな、仕事をしていたら大通りを歩くお前と殿下を見つけてな」

「そうじゃなくて」

「仕事だよ、仕事。南に行くならふたりにも関係ない話ではないから……そうだな、時間はあるか?」

「これから酒場に行こうと思っていたところだが」

「丁度いい。俺もまだだったんだ」


 話がまとまったところで右手の袖が引っ張られた。


「ああ、そうですね」

「どうしたのだ?」

「ロイン、手紙にも書いたが、貴様の方でも私たちの今の立場は把握しているだろう?」

「……大変なようだな」

「まあな、だからイヨナさまをして《殿下》というのは止めてもらえるか」


 私と同じようにイヨナさまと呼ぶよう言うと、ロインは目をパチクリさせて、それから半笑いで大きく頷いた。


「ああ、ああ、そうだったな。わかっていたはずだったのだが」


 私を挟んで反対側を歩くイヨナさまを覗き込み、「失礼いたしました、イヨナさま」と、ハツラツに笑った。






 私たちがこれからする話は、あまりおおっぴらに出来ない話ばかりだ。人気のない場所を探したとしても、どこで聞き耳を立てられているかわからない。それこそ安心できるのは周囲ぐるりと地平線を見渡せる大草原くらいだが、それは現実的ではない。だから木を隠すなら森の中、声を隠すなら喧騒の中、ということで、仕事終わりの冒険者や行商、街の男たちで店内が賑わう時間まで待ってから酒場へ向かった。

 この思惑は見事にハマり、私たちが酒場の扉をくぐると、思わずたじろいでしまうくらいの熱気と騒々しさが襲い掛かってきた。声だけじゃない、ただでさえ狭い通路で大の男たちが大げさに騒ぎ立てるものだから、カウンターにいた給仕係も扉の前に立ち尽くす私たちのもとへは来ず、かといって声を張り上げることもなく、申し訳なさそうな笑顔で窓際の席を指し示した。


「ふぅ」


 イヨナさまをかばいながら何とか席に辿り着く。するとさっきの給仕係が私たちと別ルートで注文をとりにやってきた。


「ごめんねー、この店狭くってさ。お客さんここは初めてだよね。メニューはあそこの壁にあるとおりだよ。どうする?」


 気さく話しかけてくる少女におすすめを聞くと、「一番売れてるのは『スパイスの効いたピリ辛ソースの肉団子』で、三人くらいのお客さんがよく頼むのは『マスケの塩焼き』ローア海で捕れた白身魚だよ。それから私がこの狭い通路を楽に運んでこれるのは『チーズと角切り野菜のサラダ』だね」と教えてくれた。

 私たちはそれぞれを三人前頼んだ。




「それで仕事というのは? 南出何かあるのか?」


 運ばれてきた料理を摘みながら問うと、ロインはぐいっと身を乗り出して答えた。


「いやな、どうもアルブンム州で反乱が起きると噂を耳にしたんだ。中心となっているのはルーテ教の神殿らしい」

「アルブンム州というと、ラグルニアン第一皇子の叔父が州長をしていたな。彼は知っているのか?」

「そのハルデグラム候が裏で糸を引いている可能性があるのだ」

「馬鹿な。ハルデグラムは古くからの忠臣として名高い家だぞ。まさか叛逆などあるはずがない」


 私がとても信じられぬと否定すると、ロインは肩をすくめていった。


「それを決めるのはお前じゃない。もちろん俺でもない。ハルデグラム候本人か、あるいは……」

「ロイン、それ以上はよせ」


 陰謀を口にする者は陰謀によって殺される。私が咎めるとロインは乗り出していた上体を戻し、


「わかってる」


 と笑った。

 

「侯にはわたくしも一度お会いしたことがありますが、そのような恐ろしいことを企てる方だとは思えませんでした。もっと穏やかな、お優しい方でした」


 フォークを置き、遠くを見るような目で候を偲ぶのはイヨナさまだ。


「だと良いのですが」


 ロインもイヨナさまの言葉に同意した。


「それでロイン、その物騒な話が私たちに関係あるというのは、私たちの進路が南にあるから、巻き込まれる可能性を考えての危機喚起ゆえか?」

「それもある」

「……含む言い方だな。も、とはどういう意味だ」

「誰から情報を得たかは知らないが、南に向かっているのだから知っておろうな。イヨナさまのソレは南方の魔術によるものだと思う。あの魔術師が唱えた呪文は一部しか聞こえなかったが、明らかに精霊の加護を得て発現するものではなく、別種の存在への祈りだった」


 あの老婆の言っていたことと同じだ。私とイヨナさまは神妙に頷く。


「私は職業柄、各地方を飛び回るのでね、行く先々のことには必然的に詳しくなるのだが、南方の魔術師がなぜパーティ会場にいた? 入ることができたと思う? そして事件の調査をしていたら、城の地下室から大量の浮浪者の死体が発見された。これが関係あるとして、あの魔術師の女がひとりでなせることではない」

「まさか……」


 と驚いたのは私ではなくイヨナさまだった。口を両手で押さえているが動揺を隠しきれないでいる。


「まさかラグルニアンお兄さまが?」


 そしてイヨナさまは首謀者かもしれない者の名を発した。私はイヨナさまの考えを否定して上げたくて、ロインに非難がましく問い質した。


「ラグルニアン第一皇子がそのようなことをして何の得になるか。第一位皇位継承権保持者だぞ」

「それを調べに行くのだ。それよりも、本当に行くのか?」


 ロインの問に私はイヨナさまを見る。私たちの視線を得て、イヨナさまは力強く頷いた。


「お兄さまがそのようなことをするはずがありません。ハルデグラム候だってそうです。火のないところに煙は立たないとはいいますが、私は二人を信じてあげたいです。そして何より、ジルバラートが私のために呪いを解くヒントを見つけてくれたのです。それを無駄にはしたくありません。私は自分の護衛騎士を信じましょう」

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