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昔話とか

大規模名作劇場「シンデレラ」

作者:

 昔々、とある貴族の家にシンデレラという女の子がいました。

 シンデレラは金色の長い髪と、きらきらした瞳が印象的な元気で明るい少女です。

 母親を早くに亡くしたシンデレラでしたが、父親の深い愛情に育てられ、幸せに暮らしていました。

 そんなある日、父親が再婚して新しい母親と二人の姉が家族に加わる事になったのです。

 シンデレラは継母達と仲良くなろうと笑顔で話し掛けました。しかし継母達は唇の端を吊り上げるように笑うだけで、返事をしてくれません。

 次の日から、継母達のいじめがはじまりました。家の雑用を全てシンデレラにやらせて、自分達はひたすら文句を言い続けます。

「シンデレラ! ここの掃除が終わってないわよ!」

「シンデレラ! 午後のお茶の時間だけど用意は?」

 一生懸命頑張るシンデレラですが、一人でやるには多すぎる量のため、徐々に作業が遅れはじめました。

「何グズグズしているの! 早くしないと今日の夕食も抜きよ!」

「そうよ、姉1の言う通りにしないとひどい事するわよ!」

「ほらほら、姉2のお仕置きがどんなのか知っているでしょう? さっさとおし!」

 何とむごい事でしょう、脇役には名前すらないのです。

 普段家にいない父親が久しぶりに家に帰ってきた時、シンデレラの元気がなくなっている事に気付きました。

「シンデレラ、何か疲れているのかい?」

「……ううん、大丈夫、お父様」

 シンデレラは、父親に心配をかけまいと本当の事は言いませんでした。

 その後も毎日毎日、シンデレラは継母達にこき使われます。

 夜は継母達が休んだ後、ようやく台所の暖炉のそばで眠る毎日。

「シンデレラ! 私の部屋の掃除はどうしたの!」

「は、はい、すみません姉1……」

「その名前で呼ぶなあ!」

 月日が経つにつれ、ますます継母達のいじめはひどくなっていきます。シンデレラは下唇を噛みしめてひたすら耐えるのでした。

 そんなある日、シンデレラの家に王宮から舞踏会の招待状がやってきました。日付は一週間後となっています。

 王子様の目にとまれば王妃の座も……継母と姉達は色めき立ちました。

「ど、どうしようママ」

「何を言ってるの! ここで王子様にアピールせずにどうするの!」

「で、でも大丈夫かな」

 せっかくのチャンスにしり込みをしている姉達に、継母は何かを決意したような表情をしました。

「……分かりました。今から一週間、スパで女を磨くのよ!」

 継母の言葉に、姉達はそれまでの表情を一変させて、喜びの色をあらわにしました。

「えっ、いいの?」

「わーい、一回行ってみたかったんだ」

「じゃあ今すぐ行くわよ!」

「はーい」

「じゃあシンデレラ、あんたは家でずっと仕事してなさい」

「は、はい、分かりました姉2……」

「だからその名前で呼ぶなあ!」

 継母達はあわただしく出て行きました。

 一人屋敷に残されたシンデレラは、大きな鏡の前に立って自分の姿を映します。

 薄汚れた服、あかぎれでボロボロの手、灰がうっすらと積もった頭……とても王宮の舞踏会にいける姿ではありません。

 シンデレラはため息を一つつくと、家の掃除に取り掛かりました。


 継母達が出かけた後も家の掃除を続けるシンデレラ。

 気がつけば日も落ちてあたりが薄暗くなっています。

 そろそろ今日は休もうかしら、シンデレラがそんなことを考えた時、玄関の方から声が聞こえてきました。

「ひっひひ、どなたかおられませんかな?」

 奇妙な声にシンデレラが玄関に行ってみると、そこには黒いフードとマントのいかにも怪しげな老婆が立っていました。

「あの……どちらさまでしょうか」

 怪しい人に戸惑いながらたずねるシンデレラ。老婆はしわだらけの口をにやりと曲げてしゃべります。

「ひっひひ、あんた、舞踏会に行きたいんだろう?」

「えっ」

 図星をさされたシンデレラは驚いて老婆を見ます。老婆は変わらず怪しげな笑みを浮かべたまま。

「あたしは魔女、がんばってるあんたにちょっとした奇跡をプレゼントしにきたのさ」

「それは……どういう」

 戸惑うシンデレラに、老婆は一枚の紙を手渡します。

 その紙には「ぶとうかい養成ジム」という文字が大きく描かれていました

「舞踏会養成ジム……?」

「ひっひひ、そう、お前をぶとうかいにふさわしいレディーに鍛え上げるジムさ……いまなら入会金無料」

「無料……」

 小さくつぶやいたシンデレラは、力強く紙を握り締めて、老婆とともに家を出て行くのでした。


 そして一週間後、王宮の舞踏会の日。継母達が家に帰って来ました。

「本当にお肌の張りが見違えたわね」

「こんなにウエストが締まっちゃって」

「ふふふ、今のあなた達なら王子様もイチコロよ」

 継母達が笑いながらドアを開けると、そこには大きな岩のような何かがいました。

 中に燃え上がる核を内包した、今にも噴火しそうな肉体。

 継母達が見上げる背中の筋肉は、鉄板を何枚も重ねたように頼もしく見えました。

 丸太と見紛うような足には、もう灰のひとかけらもついていません。

 姉のウエストよりも太い腕からは、ゆらめく闘気が立ち昇ります。

 ゆっくりと振り向いたシンデレラの瞳には、もうおびえも迷いもありません。あとアゴが割れていました。

「シン……デレラ?」

 継母達が信じられない物を見る目でシンデレラを見つめます。

「お帰りなさいお母様」

 小鳥のさえずりのようだったシンデレラの声は、地の底から天を呪う魔物を思わせる重低音になっていました。

「な、なによ、シンデレラ。私達に逆らう気?」

 姉1の言葉を聞いたシンデレラは、片手でかぼちゃを掴むとそのまま握りつぶしました。

「……!」

 継母達は言葉を失いました。沈黙のうちに、力関係が逆転した事を認めたのです。

「お母様、お姉さま、お城の舞踏会に行きましょう」

 シンデレラの言葉が、継母達のお腹の底に響いて気力を奪っていきます。帰宅してわずかな間に疲れきった継母達は、お家でゆっくりしたかったのですが、逆らうとどうなるか分からないのでしぶしぶ馬車を出しました。

 馬車にのりこんだシンデレラは、一人で三人分の座席を占領しました。継母達は窮屈な座席に寄り添って座ります。眼前のシンデレラが放つ圧倒的な闘気に、三人は完全に萎縮してしまいました。


 しばらくの後、馬車は王宮に到着しました。シンデレラがゆっくりと馬車から降りてきます。継母達はすっかりやつれきって、十歳以上年をとったように見えました。

 シンデレラ達が華やかな王宮のホールに踏み込むと、そこでは着飾った男女がエレガントかつスマートに踊っています。

 黒いタキシードを着た紳士が、上段蹴りをくらって鼻血を吹いています。華やかなドレスを着た淑女が、タックルを捌ききれずに吹っ飛ばされています。

 継母と姉が、目の前で繰り広げられる光景に言葉を失いました。

「……失礼」

 突然、シンデレラ達の背後から、白髪の上品な老人が話し掛けてきました。全く接近に気付かなかった継母達は、声も出せずに固まっています。

「舞踏会の参加者の方ですか?」

 継母達は全力で首を横に振りました。シンデレラは静かに頷きます。

「見学の方はあちらの席にどうぞ。くれぐれもホールに入りませんようご注意を」

 継母達は全力で首を縦に振ります。老人はシンデレラの方を向いて口を開きました。

「参加者の方はあちらのホールです。今夜12時まで心ゆくまでお楽しみください。では……」

 気がつくと老人は居なくなっていました。継母達は必死の形相で見学席の方に走り去ります。

 シンデレラは、不敵な笑みを浮かべるとホールに足を踏み入れました。

 それまで思い思いに踊っていた人達が、シンデレラを見て動きを止めました。

 今までの喧騒が嘘のように静かになったホール。

「きええええっ!」

 突然、シンデレラに向かって一人の男が飛び蹴りを放ちました。頭部を狙った飛び蹴りは命中する直前、シンデレラの片手で簡単に止められてしまいます。

 シンデレラは男の足を掴んだまま大きく振り回すと、そのまま力まかせに投げ捨てました。

 足がおかしな方向に曲がった男は、ホールの床にバウンドしてそのまま動かなくなりました。

「ブラボー」

 パン、パンと手を打つ音と共に、燕尾服にシルクハットをかぶった男がシンデレラの前に現れました。

「お嬢さん、私と踊ってもらえますかな?」

 くるりとカールした口ひげが印象的な伊達男が、にやりと笑いながらシンデレラに手を差し出します。

「……よろこんで」

 シンデレラはゆっくりと腕を上げて構えます。

「光栄の至り」

 伊達男は仰々しくお辞儀をしました。二人の間に張り詰めたような空気が流れます。

「ふんっ」

 まずシンデレラが、大きく太い腕でパンチを繰り出しました。伊達男はそのパンチを流れるような動きでかわしつつ、後ろ回し蹴りをシンデレラの側頭部に命中させます。

 鈍い音と共に、さすがのシンデレラも片膝を床についてしまいました。

「んー、いい感触です。首周りの筋肉をかなり鍛えていらっしゃる」

 伊達男は、腕を組んだままその場で軽やかに跳ねています。

「それでは次のステップに参りましょう」

 伊達男が床を蹴り、シンデレラに向かって空中後ろ回し蹴りを放ちます。シンデレラがその足を掴もうと手を伸ばすも、その手は空を掴むだけ。

 伊達男の長い足は、空中で後ろ回しから変化して高くまっすぐ上を向いていました。

「ふっ!」

 伊達男の足がシンデレラの頭部に振り下ろされます。虚を突かれたシンデレラは腕によるガードが間に合わず、ギリギリで頭を横に少しずらすのが精一杯。そのまま肩に重い一撃が入りました。

 衝撃に耐えぬいたシンデレラが、肩にある伊達男の足を掴もうとします。しかし次の瞬間、伊達男のもう片方の足による膝蹴りがシンデレラの顔面を襲いました。

 どうにか手でガードしたシンデレラでしたが、そのまま間合いが離れてしまいました。

「ふむ、まるで鎧ですな。反応もなかなか……これは久々にいいダンスが出来そうです」

 伊達男は自分の顎に手を当てて呟きます。シンデレラは呼吸を整えると、伊達男を睨みながら構えました。

「では続けて次のステップを……」

 伊達男が軽やかに跳躍しました。

「!!」

 空中の伊達男の目に、自分よりも高く飛んだシンデレラの巨体が写ります。後ろ回し蹴りの体勢に入ったシンデレラを見て、伊達男は空中でガードを固めます。

 やってくるはずの衝撃を待ち構えていた伊達男の目に、まっすぐ上を向いたシンデレラの丸太のような足が飛び込んできました。

「これは……! 私の……!」

 完全に意表を突かれた伊達男は、シンデレラの空中かかと落しをまともにくらい、大理石の床に叩きつけられました。

 バランスを崩しつつも着地したシンデレラは、床に横たわったまま動かない伊達男に近づきます。

「ふ……ふふ……いい……実にいいダンスでした」

 伊達男は顔だけをシンデレラに向けて喋りました。口からは赤い液体がこぼれています。

「最後まで……お付き合いできず……力不足を……お詫び……」

 そこまで言うと伊達男は息絶えました。シンデレラはそばでしゃがむと、伊達男の瞼を閉じてやります。

「ジャックを倒すなんて、なかなかやるじゃない」

 シンデレラが声のした方を見ると、そこには小柄な少女が立っていました。まだあどけなさを残す顔に赤い髪を三つ編みにして後ろに垂らしています。

「私はセシリア。次は私と踊っていただけるかしら?」

 動きやすい特注のドレスを着たセシリアは、シンデレラを挑発するように微笑みます。

 シンデレラはそれに応えるようにゆっくりと構えを取りました。

「ふふふ、それじゃあ踊りましょう……夜が終わるまで」

 セシリアは笑いながら構えを取ります。

 涼しい顔をしたセシリアと険しい表情のシンデレラ。二人の間合いがごくわずかずつですが詰まっていきます。

 じりじりとした接近の後、シンデレラのパンチが届く間合いに入りました。

「ふんっ」

 シンデレラの豪腕パンチが唸りをあげてセシリアに襲い掛かります。セシリアはそのパンチを両手で払い軌道を変えました。

「はあっ!」

 セシリアが気合と共に大きく踏み込み、右の掌打をシンデレラの水月に打ち込みます。一瞬動きをとめたシンデレラ、そこへセシリアは床を踏み潰すような勢いで踏み込んで、体ごとぶつかるような肘打を決めます。シンデレラはそのまま後ろに五メートルほど吹っ飛ばされてしまいました。

 ずしんという音をたてて床に仰向けに倒れたシンデレラは、間髪いれずに立ち上がりセシリアの方を見ます。セシリアの足元、大理石で出来た床に大きなひびが入っていました。

「ふふ、私の震脚に耐え切れなかったみたいね」

 笑みを浮かべたままホールの天井を見上げてセシリアが呟きます。

「私の一撃を受けて立ち上がったのはあなたが初めて……」

 セシリアの顔に喜びの色が表れます。

「今日はとてもいい夜だわ」

 シンデレラは体をぐっとかがめると、床を蹴ってセシリアに突進しました。

 丸太のような足による前蹴りがセシリアを襲います。

「ふっ」

 セシリアは前蹴りを両手でさばきつつ懐に飛び込み、震脚と共に掌打をシンデレラの顎に向かって打ち上げました。

 バランスを崩された状態のシンデレラは、どうにか片手でセシリアの掌打を防ぎます。しかしセシリアの通天砲は、ガードした腕ごとシンデレラの巨体を宙に浮かせてしまいました。

「はあっ!」

 宙に浮いたシンデレラに向かって、セシリアが低い姿勢で大きく踏み込み、背中側の肩で体当たり。シンデレラは弾かれたように吹き飛んで、床に何回かバウンドしました。

 少しの間床にうずくまっていたシンデレラは、腹部を押さえよろけながら立ち上がります。口からは赤い血の筋が流れ、一度立ち上がったシンデレラは膝をついてしまいました。

「ふふ、ふふふ、私の貼山靠を受けてまだ息があるなんて……」

 セシリアの目に危険な光が宿ります。

「この素晴らしい夜に感謝を!」

 セシリアが片膝をついたシンデレラにむかって走ります。

 その姿を見てシンデレラはようやく立ち上がりました。その懐に、セシリアが尋常でないすばやさで踏み込み、震脚をずしんと鳴らしながら掌打をシンデレラの水月に打ち込みました。

 しかし吹き飛ぶはずのシンデレラの体が、その場に踏みとどまっています。

「……! あなた、わざと」

 防御に全神経を集中したシンデレラの肉体が、セシリアの一撃に耐え抜いたのです。

 一撃を放った後にできるわずかな隙を見逃さず、シンデレラはセシリアの体を両腕で抱きしめるようにして捕まえました。

「ふんっ」

 シンデレラがセシリアを抱きしめたまま、大きくジャンプします。そのまま後ろに宙返りして、セシリアを下敷きにするように床と激突。

「がはっ!」

 シンデレラの巨体と大理石の床の狭間で、セシリアの身体のあちこちから骨が折れ砕ける音が聞こえてきます。

 シンデレラが肩で息をしながら、腹部を押さえてゆっくりと立ち上がりました。

 見下ろす先にあるセシリアの顔から、急速に血の気が失われていきます。セシリアが何かを掴むように右手を高く掲げました。シンデレラはその手を握ります。

「こふっ……ふふ……私より強い人に……祝福……を」

 それだけいうと、セシリアの手から力が抜け、だらりと垂れ下がりました。

 口の端についた血を、腕で無造作に拭き取ったシンデレラの耳に、周りの喧騒が入ってきます。

 シンデレラが騒ぎの方向を見ると、人垣が割れてそこから豪華な服を身にまとった金髪碧眼の美少年が現れました。

「王子様……」

「王子様が自らホールに」

 周りの人々が驚きをこめて語り合います。王子のそばに控えていた老人が、すべるような足取りでシンデレラの下にやってきました。老人の顔を見ると、ホールに来た時に気配を感じさせずに背後にいたあの老人でした。

「失礼、王子があなたと手合わせをしたいと仰せです。受けてもらえますかな?」

 シンデレラは老人の顔をじっと見つめた後、しっかりとした声で返事をしました。

「……喜んで、お受けいたします」

 その声を聞いた老人が、音一つ立てず頭を下げます。

「ありがとうございます。それでは……」

 気がつくと老人は、10メートルほど離れた王子のそばに戻っていました。老人は王子の身を包んでいた豪華なマントを受け取ると、そのまま後ろへ下がっていきました。

 たくさんの人が見守る中、ホール中央で王子とシンデレラが対峙します。セシリアよりもさらに小柄な王子の頭は、ちょうどシンデレラの胸のあたりにありました。あまりといえばあまりな体格差ですが、王子の表情にはそれを微塵も気にする様子はありません。

 王子は、整った顔にやわらかな笑みを浮かべました。

「私が闘ってみたいと思ったのは久しぶりです」

 王子はシンデレラの顔をまっすぐ見据えます。

「遠慮はいりません、全力で闘いましょう」

 王子はそれだけ言うと、拳を作らず開いたままの両手を胸の前にもってきました。

 シンデレラは両拳を肩と平行に顔の高さにもってきます。

 周囲の人達が息を飲む中、舞踏会の最後を飾るメイン・イベントが静かにはじまりました。

 微動だにしない二人。取り囲む人々も固唾を飲んで見守ります。

 シンデレラの顔に汗が一筋流れます。王子の小さな体からは、今までにない圧力が発せられていました。

 落ちた汗が床を打つと同時に、シンデレラが動きました。今までのような大振りパンチではなく、大きく踏み込みながらの掌打、セシリアの動きです。

 まっすぐに突き出された掌が王子に触れた次の瞬間、シンデレラは前のめりになった後一回転して、後頭部から床に落下しました。

 即座にシンデレラは逆立ちしながら起き上がり、王子のほうを向きます。王子は、闘いが始まったときと同じ構えのまま立っていました。

 シンデレラは王子に向かってジャンプ、空中で後ろ回し蹴りを放ちました。それを王子は紙一重でかわすと、伸びきったシンデレラの足を掴んで引っぱり、空中で態勢を崩したシンデレラの頭を掴んで床に叩きつけました。

 さすがのシンデレラも、今度はすぐに起き上がれません。

 王子は床のシンデレラに追い討ちせずに、立ち上がるのを待っています。

「これで終わりですか?」

 王子の言葉に、シンデレラはゆっくりと体を起こしました。頭に手を当てて首をひねり、服についた埃を払います。

「さあ、どうします? 力だけでは私に勝てませんよ」

 王子の方を向いたシンデレラが、その場にしゃがみこみました。まるで陸上競技のスタート姿勢です。力を溜め込んだ足は今にも爆発しそうでした。

 シンデレラの足が大理石の床を蹴り、砲弾と化した体が王子に向かって突進します。

「!!」

 シンデレラの目の端に、足元で伏せている王子の姿が映りました。シンデレラが突進した瞬間、王子はすばやく足元に滑り込んだのです。

 王子の肩に、今まさに前に踏み出そうとした足が引っかかり、シンデレラはそのまま前方に転んでしまいました。

 今度はすばやく起き上がったシンデレラ。即座に王子のいる後ろに振り向きます。間髪いれず、シンデレラの顎に王子の掌底が突きあがってきました。

 そのまま持ち上げるように全身を使って上に押し上げると、シンデレラの体が少し浮いてしまいます。

 王子はさらに前に押し出し、シンデレラの体を宙で横にすると、顔の上に手を置いて床に叩きつけました。

 鈍い音がしてシンデレラの体が大きく痙攣します。

「終わりです!」

 さらに足刀をシンデレラの首に打ち込みました。シンデレラの体がさらに痙攣します。

 王子は何も言わずに、シンデレラに背を向けて、豪華なマントを持って控えている老人の方へ歩き始めます。

 しかし王子は5、6歩歩いた所で膝をついてしまいました。

「……つっ」

 王子はわき腹を押さえています。最後に床に叩きつけられる瞬間、シンデレラの拳がめりこんだのです。

「痛みを感じるのは久しぶりです……そして」

 王子は立ち上がると、シンデレラがいる後ろへ振り返りました。

 頭部のあちこちから血を流しているシンデレラが、膝に手を置いて荒い呼吸をしながら立っています。

「まだ、やれますか?」

 王子の言葉に、シンデレラは鼻血を拭くと、しっかりと前を見て拳を胸の前に構えました。

 その瞳からはまだ光が失われていません。

「……ありがとうございます。では、続けましょう」

 王子は足を肩幅まで広げると、両手をだらりと垂らしました。

 ゆらり、と王子の体が流れるようにシンデレラに向かってきます。

 シンデレラが王子の肩を掴もうとしました。しかし王子の体は、川を流れる木の葉のようにするりとシンデレラの手をかわして、背後にまわりました。

 その動きに即座に反応したシンデレラは、背後にいる王子に向かって裏拳を放ちます。

 周りの空気を突き破るように振りぬいた裏拳は、何もとらえる事無く空振りしました。その手首を王子が掴むと、手首をひねり関節技を決めつつ、シンデレラの腕を自分の肩越しに前へ引っ張り込みました。シンデレラは背後の王子に体をあずけるような態勢。そのまま一本背負いの逆バージョンのような格好で、王子はシンデレラを頭から床に落とします。

 一際大きな音がした後、まっすぐ逆に立っていたシンデレラの体が、床の上にゆっくりと仰向けに倒れました。

「はあっ!」

 さらに王子は、シンデレラの喉もとに向かって足を振り下ろします。シンデレラの口からは鮮血がほとばしりました。

「……!」

 王子の顔色が変わりました。シンデレラの喉もとに打ち込んだ足が、抜けなくなっているのです。

 シンデレラは、顎を使って、喉との間に王子の足をはさんでいたのです。シンデレラの腕が、喉にある王子の足を掴みます。

「くっ」

 王子はシンデレラの顔面に踵を振り下ろしました。鈍い音がしてシンデレラの顔面が潰れます。しかしその足もシンデレラはその屈強な腕で掴んでいました。

「……捕まえた」

 潰れたしゃがれ声でシンデレラが呟きます。掴まれた王子の足が、メキメキと悲鳴をあげました。

 王子の足を掴んだまま起き上がったシンデレラが、ハンマー投げの要領で王子の体を振り回します。ブンブンと音がするくらい回転が凄まじい速さになった後、シンデレラは王子の体を天井に向かって勢いよく放り投げました。

 ぐんぐん上昇して、高さが20メートルはあろうかという天井に王子の体がぶつかりました。衝撃で意識が薄れてきた王子は、無抵抗のまま20メートル下の大理石の床に向かって落下をはじめます。

 このまま完全決着かと思われたその時、ホールに12時……舞踏会の終わりを知らせる鐘の音が響きわたりました。

 シンデレラは王子の落下地点に駆け寄ると、落ちてくる王子をしっかりと抱きとめました。

「なにを……」

 シンデレラは何も言わず、いつの間にか近くに来ていた老人に王子の体を渡すと、背を向けて歩き出しました。

「待ちなさい……今の勝負は……私の負けです……私と、私と結婚を……」

 震える手を伸ばす王子の言葉にも振り返らず、シンデレラはしっかりとした足取りでホールを後にするのでした。



 舞踏会から一週間がたちました。シンデレラの家では、筋肉トレーニングにいそしむシンデレラの周りで、継母と姉達が雑用をこなしています。

 舞踏会の後、久しぶりに帰ってきた父親は、変わり果てたシンデレラの姿を見た後少し絶句して

「まあ、お前が選んだ道なら……その、なんだ、いいんじゃないか」

 と、自分に言い聞かせるように呟きました。

 太陽がきらきらと輝き、絶好の洗濯日和です。継母と姉達は洗濯物を広い庭に干していきます。

 そんなシンデレラの家の門に、豪華な馬車が止まりました。馬車の扉が開くと、中から王子が降りてきます。

 肝を潰した継母達があわてて王子の下に駆け寄ってきました。

「お、王子様、このような所にわざわざお越しに」

 王子は手を掲げて継母の言葉をさえぎりました。

「シンデレラに会いに来ました」

 それだけ言うと、王子は継母達を無視して歩き始めました。家の玄関には、いつの間にかシンデレラが仁王立ちしています。

「お久しぶりです。今日は先日の続きをやろうと思いまして」

 王子はシンデレラに向かって歩を進めます。シンデレラも王子に向かって歩き始めました。

「今度は……負けません」

 まるで散歩中のように、ごく自然に歩み寄る二人。次第に距離が縮まっていきます。

 二人がすれ違う瞬間、周りを砂埃が舞いました。

 すれ違って数歩歩いた後、王子ががっくりと両膝を地につけました。

「気を合わせられなかった……さすが……ですが、私は諦め……」

 王子の口からは血があふれ、地面にぽたぽたと赤い斑点を作ります。王子はそのままゆっくりと前のめりに倒れてしまいました。

 シンデレラは、倒れている王子の側に行き両手で抱きかかえると、門の前の馬車に向かいました。

 馬車の前では老人が深々と頭を下げています。

「……ありがとうございます」

 老人はシンデレラから王子の体を受け取ると、馬車の中に横たえました。

 それからまたシンデレラに一礼した後、老人は馬車に乗り込みます。シンデレラが見送る中、馬車は静かに来た道を戻っていきました。

「お……王子様、ど、どうなったの?」

 駆け寄ってきた継母が、息を整える事もせずにシンデレラに話し掛けます。

 シンデレラはちらりと継母を見た後、何もいわずに家に戻っていきました。

 太陽が輝き、青い空には雲ひとつない、絶好の洗濯日和。継母達は釈然としない表情のまま、洗濯の続きをするのでした。

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