夏の予感
「夏休みだからといって、遊びすぎないように。部活動を頑張るのはいいけど、宿題もしっかりとやってください。それでは、みなさん良い夏休みを」
中学校の窓から射す太陽の日差しはまぶしく、どこからともなくアブラゼミの合唱が聞こえてくる。教室内では、離れた両目を細めながらヒキガエルにそっくりな担任の伊藤先生が夏休みの始まりを告げていた。
教室からでると、いつも通り有希が一緒に帰るのを待ってくれていた。有希とは家が近所で幼稚園の頃から親子ぐるみの付き合いをしている。いわゆる幼馴染だ。いつも通り、急な上り坂を二人歩いて帰っていると有希がおもむろに口を開く。
「よっちゃんは、夏休みどっかいくの」
「お盆にばあちゃん家にいく。有希はどっかいくのか」
「予定ないな。とりあえず、お盆までは市立図書館にこもって受験勉強するつもり」
「そっか」
他愛もない会話。でも、この気を使わない雰囲気が心地よかった。
「ねぇ、よっちゃんは誰か好きな人とかいないの」
有希の不意の質問に息がつまる。有希の視線を感じる。
「いないかな」
嘘だ。
「そうなんだ。私はいるよ」
滴り落ちる汗を首元に感じる。アブラゼミの鳴き声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
「そうなんだ」
自ら発した言葉は驚くほど弱々しく、膝は歩き続けるのがやっとなほど震えていた。
「そうなんだって、興味ないの」
「そういうわけじゃないけど」
沈黙の時間が流れる。しばらく、歩くと分かれ道に着いてしまった。
「んじゃ、また明日」
いつも通り、別れの言葉を有希にかけた。
「明日から、夏休みじゃん」
有希が軽く笑う。
「よっちゃんと、あと何回帰れるかな」
そう呟きながら、有希は分かれ道の先へと歩いて行く。見送った有希の姿は陽炎の中へと消えていった。