桜舞い散るいつかの春に、君と交わした約束を
"小説家になろう"では処女作となります。
町外れの丘の上にそびえ立つ、桜の古木。
夕刻になると、その枝に付いた蕾がはらはらと開く。
今宵も、狂い咲く。
夜闇に沈んだ花弁は、どこまでも白く透き通っていた。
───────分夜。
風に遊ぶ花弁の中、そっと君の名を呟く。もう何年も会ってない。夢を叶えたら、またここに来る。そう言って別れてから、一度も。
──君の夢は?
分夜に聞かれたとき、何と答えたのだろうか。朧気な記憶の中で、彼が微笑んでいたことだけは何故かはっきりと覚えている。
────じゃあ、分夜の夢は?
なんだか気恥ずかしくなってしまって、答えをはぐらかし、彼に水を向ける。
そうだなぁ、と言って彼がゆっくりと言葉を紡ぐ。
────んー。僕の夢はね、幸せに生きることだよ。平凡でもいい。僕が幸せだと思えるなら。
そしてあくまで無邪気に笑ってこう続ける。
────好きな人の隣で、命を燃やして。そしていつかまた土に還る。そういう生き方がしたいんだ。
それは、既に。
人生の全てを達観した様な言葉。
今考えてみると、彼はあの時既に自分の人生を知っていたのかもしれない。
この話をした次の日、彼はこの町からいなくなった。
彼は今、どうしているだろうか。
彼は、幸せになれただろうか。
夜は長いようでいて、短い。
いつの間にか山々の間から太陽が顔をだし、花弁が光を受けて輝く。朝日と共に活動を始めたらしい、人の話し声が風に乗って流れてきた。
今日は、世間は休みの日らしい。
黒い服を着た綺麗な女の人と、そのとなりでたくさんの菊の花を抱えている小さな女の子を先頭に、葬列が近付いてくる。その先頭の女性が抱き抱えている大きな写真。その中で微笑む懐かしい顔は。
────どうして君はそんなところで笑っているの?
人々の会話が聞こえる。
「まだ若いのに、旦那さん、残念ねぇ」
「奥さんも大変でしょう」
「旦那さんはご病気だったみたいですよ?」
「ええ、確か生まれつき心臓に疾患があったとか」
──────嘘だ。ねぇ、嘘でしょう?
でも、何度見ても。遺影の写真は間違いなく、成長した彼の笑顔で。あの変わらない、儚い笑顔で。
だから、心のどこかでわかってしまった。
──────彼は、病気だったのか。
そしてそれを、教えてはくれなかった。
でも、写真の中で、分夜は本当に幸せそうに笑っていて。
もう届かないところへ逝ってしまった彼に、心の中で話しかける。
────分夜、君は幸せだったんだね。
"そうだよ、咲良"
耳元で、彼の声がした。
懐かしい、柔らかな、彼の声。
"この桜の古木を守るっていう君の夢も、叶ったんだね"
そう。叶ったよ。
君の夢も、どうやら叶ったみたいだね。
ほら、夢を叶えたら、そうしたらまた会おうって。
約束、覚えててくれたんだ。
でも、なんでだろ。
夢が叶って嬉しい筈なのに。
君に、会いたかったな。
沢山話したいことが、あったんだよ。
大人になった君に、子供のままの私から、話しかけてみたかった。
笑いあって、時間を共有して。
もちろん、君が嫌じゃなければだけど。
…嗚呼。悲しいって、こういう感情か。
「……………きゃっ!花びらが!」
一瞬だけ強い風が吹き、花びらを巻き上げる。
そうか。
私はいま、悲しいんだ。
悲しい時は、泣いていい。
だから今だけは。
今だけは花びらを散らそう。
君への涙の代わりに。
朝日を浴びた桜の花が、一斉に散っていく。
桜は出会いに優しく咲き誇り、友との別れを思ってその花を散らす。
闇に咲き、朝日に散る、夜桜。
古より桜の古木に宿りしは、そんな心優しい一人の神。
その名を、咲良姫と、言った。
この話を読んだ方が、春になって桜の花を見た時に、ふと思い出していただけたら幸いです。
まだまだ模索中なので、アドバイス等いただけたら嬉しいです。