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Deterministic Weather Report  作者: dododo
第2章 東京湾降雨実験の真実
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東京湾降雨実験の真実(3)

西暦 2097 年 6 月 25 日

東郷をはじめとする八代研究室の研究者および技術スタッフ数名が、「気象制御実験棟」と大きく書かれた建物に集まっている。この建物は東都理工科大学の敷地の実に 1/3 程度を占める建物で、中には大型の気象制御装置 1 台が格納されている。小型気象制御モジュールが世に出回る以前は、気象制御装置といえばどれもこのような大掛かりな装置だった。 第 3 次アーガイル戦争で初めて軍用された際も、アーガイル国内の大型設備を米軍がハッキングして用いたと言われている。

「それではこれより、気象制御装置による蒸発実験を開始します。」

建物内に東郷の声が響く。キャンパスの敷地内にあるプールの水を、気象制御装置に よって蒸発させる実験である。東郷はなんのためらいもなく、プログラムを実行するためのキーを叩く。

「制御信号確認。電磁場制御モジュール正常。気象制御装置、異常なし。終端、始端 x, y,z 座標全て正常。蒸発ルーチン開始まで 5 秒,4 秒,...」

技術スタッフによるカウントダウンが始まる。3 日前から告知していたため、水が張られたプールにはだれ 1 人としていない。

「...1 秒,蒸発ルーチン開始しました。」

「プール上空の湿度上昇を確認。水温変化は検出限界未満。実験成功です!」

建物内のスタッフから歓声が上がる。これで卒業研究の正しさが実証された。東郷は普段はあまり見せない安堵の表情を浮かべていた。

「これは気象制御の常識を覆すぞ!」

そんな声も所々から聞こえてくる。欲を言えば、更にプール上空に雨雲ができれば... そんなことを考えていた矢先だった。

「警告信号受信。気象制御装置の消費電力が限界値に近づいています。このままだと 30秒後にシステムは緊急停止します。」

「なんですって?」

東郷は消費電力ゲージを確認する。おかしい。事前検討よりも遥かに大きな電力を消費している。

「今すぐにシステムを停止させて下さい!」

実験後、東郷は八代の下へ実験結果の報告に向かった。

「来週、同じ条件でもう一度実験をする。」

「しかし、また同じ結果になるのでは?」

「今日の実験での警告は偶発的なトラブルによるものだった可能性が高い。詳しくは私がこれから調査するが、君も知っての通り、実際に観測された消費電力は事前のコンピュータシミュレーションの結果に比べてあまりにも大きすぎる。このシミュレーションはこれまでいくつもの気象制御実験を高精度に再現してきた信頼の置けるものだ。とすると、むしろ装置の方に問題があったと考えるのが自然だろう?」

この時の東郷は、八代の説明に納得していた。実際、翌週の実験では消費電力の異常な上昇は認められず、雨雲の生成まで成功した。八代は 1 回目の実験の消費電力の上昇について、「気象制御装置の回路が一部ショートしていたため」だと説明した。


*********

西暦 2097 年 10 月 5 日

東郷は大学院のカリキュラムを恨んだ。なぜ大学院生にもなって教室で授業を受けなければならないのか、と。今、東郷は「気象制御シミュレーション特論」という講義の教室 にいる。今日はその 1 回目の授業だ。

「つまり、気象制御のシミュレーションというのは、熱力学、伝熱学、流体力学などを用いて物理現象としての気象をモデル化し、そこに気象制御装置による電磁場制御のモデルを組み込み、量子力学的な相互作用を考慮することで可能になるのです。」

東郷にとっては、気象制御シミュレーションは単なる道具でしかなく、道具として使えれば必要十分だと考えている。正直、大学院の授業で詳しく学ぶつもりなど毛頭なかったのだが、単位を埋め合わせる都合上どうしてもこの授業を履修せざるを得なかったのだ。

しかし、1 回目の授業が終わる頃には東郷の心境にも少しばかり変化が生じていた。この程度なら自分でシミュレーターを組めるかもしれない。普段大学の量子コンピュータセンターの中で動いている仰々しいシミュレーションシステムの中身は、実は大したこと無 いのだと思えてきたのである。その日から、自作シミュレーター作りが始まった。

「お前、また飯食いながら PC かよ。」

たぬきうどんをすすりながらシミュレーションプログラムを書く東郷に向かって、塩谷があきれ顔で話しかける。

「別にいいじゃないですか、だれかに迷惑かけてるわけでもないですし。」

「いや、迷惑ならかかってるぞ。お前がうどんを食いながら作業することで、2 人分のスペースを占有している。せめてパンとかそういうもっとポータブルな食い物にしろ!」

「ああ、それもそうですね。」

東郷はテーブルの上に置いてあったノートパソコンを膝の上に置き、自分の右側に置いてあったどんぶりを目の前にずらしてくる。

「これでいいですよね?」

「お前器用だな...」

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