表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Deterministic Weather Report  作者: dododo
第1章 東都理工科大学におけるインシデント
4/21

東都理工科大学におけるインシデント(3)

西暦 2124 年 8 月 13 日

今日の東都理工科大学キャンパス内の天気は快晴。降水確率は、おそらく 0%だろう。

「まだ暴走の原因すら掴めないのかね?」

「気象制御大国の名が廃りますな!」

会議室には怒声が響いている。これだけ大規模な気象制御モジュールの暴走は前例がない。それだけに原因究明は難航していた。

「現在当該実験を行っていた学生達に聞き取り調査を行っているところです。セキュリティは今日の午後には 100%解除できる見込みなので、それ以降は原因究明もある程度進展するものと考えています。」

「晴れ研」の指導教員である鈴木智はあくまで冷静に説明を続ける。内心、会議でこれだけヤジが飛ぶなんて、日本を代表する理工系大学も国会並に落ちぶれたものだな、と思っていた。

「セキュリティが解除されれば、電源遮断も視野に入れることが可能です。」

「その場合の損害はだれが補償するのかね?今回の件は明らかに君の研究室が賠償すべき案件だと思うのだが?」

そう問い詰めるのは生命工学専攻の塩谷順一教授だ。学内の生体コンピュータのほとんどは彼の管理下にある。大学教員としてはまだ若い鈴木は、痛いところを突かれて返答に困る。

「まあまあ、そう怒鳴らずに、塩谷先生。」

東郷栄一が話に割って入る。

「まだ鈴木先生の研究室の過失と決めるには、時期尚早ですよ。まともな調査もできていないのに。私はむしろコンピュータの管理の方に問題があった可能性も、少しだけ、いやほんの少しだけですけど、否定できないと思ってますから。ええっと、気象制御モジュールの生体コンピュータはどなたが管理しておられましたっけ、塩谷先生。」

「我々の管理に問題があったとでも言いたいのかね東郷先生!?」

「ああそうでしたか、あそこは塩谷先生の管轄でしたか。いやね、実験やってた学生の話によると、実はまったく同じ制御プログラムを使って 1 週間前と 2 週間前に合計 2 回実験してるみたいなんですよ。で、その時は特にトラブルはなかった、と。昨日の実験はその再現実験だったらしいんですがね。つまりね、彼らが動かしたプログラムの問題では、 少なくともなかったということなんですよ。」

「特定の気象条件下でプログラムの不具合が誘発された可能性もあるのではないのかね!?」

「ええ、もちろんその可能性もあります。ほんの少しですけどね。過去 2 回の実験日と昨日の実験で気温、湿度、平均風速と風向、さらには雲の量もほぼ同じ。つまりね、学生の権限で使えるほとんどの情報は同じなんです。よっぽど変なプログラムの書き方をしない限り 3 回目の実験でこれだけ大規模な不具合を誘発するなんてあり得ないんですよ。それにね、万が一そんな事態が起こったとしてもね、リミッタシステム、すなわち安全装置が正常に動いていればプログラムを緊急停止させるはずなんですよ。ところが、彼らが使っていた制御端末が緊急停止信号を受信した形跡はなかった。まあ、全ては今日の午後、セキュリティが解除されて調査チームが入れば明らかになることですがね。そもそも量子コンピュータによる情報処理が主流の気象制御に生体コンピュータを使おうなどと言い出したのは塩谷先生、あなたですからね。」

その日の午後、国際環境保全機構と独立行政法人高度計算機研究機構(通称スパコン機構)の合同チームによる調査が行われた。国際環境保全機構は東京湾降雨実験およびそれに類する実験後の国際的な環境破壊を受けて、気象制御技術の適正な運用と管理を目的に設立された研究機関である。元々東都理工科大学の研究者が中心となって設立されたという背景からか、日本支部は同大学気象制御工学専攻の教授の天下り先となっている。調査チームによる調査の結果、リミッタシステムへの供給電力が一時的に規定値を下回ったことが判明した。これによってリミッタシステムの生体コンピュータ内部に不可逆的な変化が生じ、制御プログラムが正しく実行されなくなり、暴走に至ったと結論づけられた。

暴走したモジュール 1 基は廃棄処分とし、さらに生体コンピュータで制御されている 3 基は無期限凍結処分となった。また、電源も含めて当該生体コンピュータを管理していた生命工学専攻塩谷順一教授は懲戒免職処分となった。


*********

西暦 2124 年 8 月 14 日

「冷静に考えればおかしいことだらけなのよ!」

昼休み、第 1 食堂で村雨春香は鬱憤を晴らすかのように滝澤に向かってわめいていた。第 2 食堂でお役御免となった滝澤のロボット「タキザワ君 5 号改」は左遷先のここ第 1 食 堂で健気に食事を運んでいる。

「まあ、全然冷静には見えないんだけどな。そりゃいきなり研究で使えるモジュールが一気に半分に減ってイライラするのは分かるが、あんまり怖い顔してると眉間に皺がくっきり残っちゃうぜ?」

「誰が眉間に皺なんて寄せますか。そりゃ3 基凍結はショックよ。ものすごくショックよ。でもそれ以上に不可解なことがありすぎるのよ。」

「というと?」

「まずなんで 3 基使った気象キャンセラで 1 基による晴れを食い止められなかったのか、 というところよ。昨日は焦ってたからあまり深く考えなかったけど、いくらリミッタが外れてたとはいえ、3 基の出力を 1 基が上回るなんておかしいよ。」

「よっぽど安全側に振ってたんだろうよ。」

「気象制御規制法ではね、リミッタシステムは少なくとも最大出力の半分に出力を制限するように規定されているの。もちろんこれよりきついリミッタをつけることは違法じゃないんだけど、ただでさえ設備が貧弱な大学よ?1 基あたりの稼働効率を上げるためにリミッタ制限はぎりぎりまで上げていたと思うの。増して今回キャンセラとして使った 3 基 のうち 2 基は量子コンピュータ制御よ?単純な計算速度の比較なら生体コンピュータより上じゃない。つまりね、今回の条件で 3 基が 1 基に負けるのはパワーの面でも処理能力の面でもおかしいと思うの。」

「暴走によって最大出力が増えたとかは?」

「あのねえ... いくら科学技術が進歩したからといってエネルギー保存則を凌駕できてるわけじゃないのよ。そんなの供給元がエネルギーを過剰供給しない限り無理だわ。」

「くっ、ノーベル賞ものの発見かと一瞬期待したのにっ。」

「はいはい... で、もう 1 つ気になるのが調査チームの結論。リミッタへの供給電力の低下が原因って結論づけてるけど、リミッタと気象制御モジュールって普通はシステムとして独立してるの。だから例えばリミッタが故障したとしても、リミットが効かないだけで本体は正常に動き続けるはずなの。」

「でもリミッタから本体に制御信号を出してるんだろ?その制御信号が暴走を誘発したんじゃないのか?」

「リミッタはあくまでリミットをかけるのが役割だから、本体を駆動するような信号は物理的に送信できないように設計されているのよ。例えば駆動信号線には結線しない、とかね。この状況下で暴走するということは、実験に使った制御プログラムに不具合があったとしか考えられないんだけれども、そもそも過去に 2 回同様の気象条件で稼働実績があるプログラムよ?もしリミッタが外れた状態で暴走を誘発するプログラムなら、過去 2 回の実験のいずれかで緊急停止してるはずよ。それに...」

「それに?」

「あんまり人事のことは詳しくないけど、塩谷先生の懲戒免職処分、あれはちょっと厳しすぎると思わない?」

「確かにな。史上最大規模のモジュール暴走とはいえ、死亡事故につながったわけでもないし、今回のはせいぜい重大インシデントで行政指導が関の山な案件だな。」

「しかも昨日の午後調査チームが入ったばかりでその日の夜には結論よ。あまりにも早急すぎると思う。」

「これはなにか裏がある、と首席様は踏んでるわけですね?」

「だから首席様言うな!まあ裏があると思ってる、というのは事実だけれど。」

「まあまずは調査チームから正式な報告書が出るのを待つしかないんじゃないのか?今の話だって東郷先生から聞いただけの話なんだろ?3基で抑えられなかった理由も報告書が説明してくれるだろうよ。」

「その調査チームのことを疑っているんじゃない。バカ。」

村雨は小声で続ける。

「だいたい、国際環境保全機構なんて胡散臭さの塊みたいな組織じゃない。うちの大学の気象制御工学専攻の親玉みたいな組織よ?ほぼ身内みたいな調査チーム(笑)が公正な 調査なんてできるもんですか。スパコン機構もスパコン機構ですよ。私の利用申請はことごとくはねるくせに、こういう時ばっかりへーこら保全機構にくっついて来やがって。こ の間も保全機構との癒着問題が報道されてたけれど、火の無い所に煙は立たないのよ!」

「お前、よっぽどスパコン機構と保全機構のこと恨んでるんだな...」

「当たり前よ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ