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Deterministic Weather Report  作者: dododo
第2章 東京湾降雨実験の真実
13/21

東京湾降雨実験の真実(7)

西暦 2100 年 7 月 19 日

昨日から東京湾に降り注ぐ雨は、今日もその雨脚を弱めることなく降り続いている。実験開始から既に 24 時間以上が経過している。最初のトラブルは、実に些細なものだった。

「昨日に比べて雨量が安定しませんね。」

「神奈川理工科大学の主制御装置で電源供給が不安定化している。恐らくこれが原因だ。取り立てて問題視する必要はないだろう。」

平均的には目標雨量の 300mm を維持しているが、その振れ幅が昨日より大きい。朝 6:00頃には瞬間的にではあるが雨量 250mm にまで低下している。これほど大きな誤差が出たことは過去の実験では一度も無かったが、規模が大きくなることで顕在化した問題の 1 つなのだろうか。

「そもそも 1 週間の連続稼働に気象制御装置は耐えられるものなんでしょうか?」

「それに関しては半年前に耐久試験をやっただろ。それにクリアした施設のみを今回は使用している。」

この実験に先立ち、東郷らは関東近郊の大型気象制御装置を有する研究機関を全て回り、 1 週間連続稼働試験を行っている。長期間使用可能な装置は意外と少なく、100 ほどあった候補のうち基準をクリアしたのは約 30 件だった。今回の実験で使用している設備はいずれもこの 30 件に該当するものである。

最初は些細なものに見えたトラブルも、午後になるとその規模を拡大させていた。

「雨量 100mm にまで低下!半分の施設で電源供給が不安定になっています!」

「長野の第 1 水力発電所が電力供給過多のため停止しました。」

東郷には全く状況がつかめなかった。発電所が落ちるなど、かなりの緊急事態ではないのか。しかし八代は至って冷静である。

「千葉産業大への電力を 40%にカットしろ。その分を気象庁に回せ。」

「第 2 火力発電所も停止しました!」

発電所停止の報告は後を断たない。

「八代先生、これ以上の実験続行は困難です!今後への影響が大き過ぎます!」

「まだだ、東郷。この雨はなんとしても 1 週間降り続けさせなければならん。」

「無茶です!このまま続けたら明日の朝には全発電所がダウンしますよ!」

「雨雲制御に切り替えろ。いまちょうど九州の南方、太平洋上空に台風が来てるだろ?それと北陸から東北にかけて少々薄いがまとまった量の雨雲もある。こいつらを東京湾に集めてこい。」

「しかし我々の実験の目的は...」

「大規模かつ長時間にわたる蒸発制御の実験検証か?違うだろ?俺らが今実験している のはサハラ砂漠に長期間大雨を降らせることができるかどうかを検証するためだ。目的を見失うな。」

「はい...」

九州の台風と北側の雨雲を引き寄せるとなると、それなりに時間がかかる。東郷は急遽周囲の雨雲を移動させて雨を制御する「雨雲制御」のプログラム作成に取りかかる。しかしこれだけ大規模な雨雲制御をやればその後の影響は計り知れないのではないか?最悪国土の砂漠化だってありうる。当然気象制御のスペシャリストである八代もその可能性を考慮しているはずだ。ではそのようなリスクを払ってまでなぜこの実験を続けようとするの か?そのような邪念が東郷の頭に浮かび始めたが、今は雨雲制御に集中すべきと思い直し、 余分な思考を頭の中から排除した。

結局、雨雲を東京湾に引き寄せるまでに 6 時間程度の時間を要し、その間に全国の発電所の約 7 割が停止した。日本各地では同時多発的な停電により混乱状態にあったが、東京湾降雨実験は雨雲制御と蒸発制御を併用する形で続行され、日本中の大気、大地から水分を吸い尽くしていった。


*********

西暦 2100 年 8 月 1 日

八代卓は気象庁気象制御課内の特設取調べ室に来ていた。5 日間に渡って雨雲制御によって東京湾に集中的に雨を降らせた結果、日本全国は大干ばつに見舞われた。都市部は小規模な蒸発制御によって散発的に雨を降らし、乾きの難を逃れていたが、過疎地域を中心に土地から水分が奪われ、すでに人間が住める状態でなくなった土地も多い。この状況を生み出した「東京湾降雨実験」の責任者である東都理工科大学教授 八代卓が、その事情聴取のために呼び出されることは必然だった。

「蓋を空けてみたら思った以上に電力を食った。つまりはそういうことだ。」

「事前に予測できたのではないのか?」

「少なくとも大学構内の実験では消費電力は規定値以内だった。今回の実験では関東各地で複数の大型気象制御装置を同時稼動させた。それぞれの気象制御が干渉して、1 台で制御するより多くの電力を食っちまったんだろうよ。」

「長野の 1 水が停止した時点では実験を中止させるべきではなかったのか?」

「この実験に一体いくらかかってると思ってるんだ?あの時点で実験をやめたりしてたら成果はほとんど 0 だった。1 週間続けたからこそサハラ砂漠への適用に向けて色々デー タが集まったんだ。雨雲制御と蒸発制御の併用だって世界初の事例なんだぜ?」

「それにしても失ったものが大きすぎるんだよ...」

「失ったものと得たものの価値の大小なんて客観的に評価しようとするのが間違ってる。

そんなもんは人によって違うんだ。少なくとも俺は、目先の生活の安定に囚われていたら絶対になし得なかったことができたと思ってる。」

取調官と八代の押し問答は実に 3 時間ほど続いた。数日後の記者会見で、東京湾降雨実験における想定を超える消費電力の原因について八代から正式に発表があった。世界各国では、「大型気象制御装置の同時使用による制御干渉の回避」を模索するために同様の規模の実験が行われたが、全ての実験において東京湾降雨実験とほぼ同様の結果となった。



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