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Deterministic Weather Report  作者: dododo
第2章 東京湾降雨実験の真実
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東京湾降雨実験の真実(5)

「相変わらず忙しそうだな。」

東京湾での実験まで 1 年を切ったある日、相変わらず牛丼を食べながらノートパソコンで作業する東郷に向けて塩谷が話しかける。

「塩谷さんこそ来年は博士 3 年ですよね?そんなにのんびりしてて大丈夫なんですか?」

「こう見えて出すべき論文は出してるからな!」

「まあ大丈夫ならいいんですけど。居残られても困りますからさっさと出てって下さいね。」

「相変わらず冷たいね~東郷ちゃんは。どうせ学位取ってもこの大学残るんだからさ~。」

「え、そうなんですか。うわー... てかその東郷ちゃんって呼び方気持ち悪いからやめてもらえます?」

「硬いな~実に硬い。そんなんだと一生独身だぞ?」

「別に結婚願望とかないんで独身でもいいです。」

「ああそう... ところでお前さん最近頻繁に実験してるみたいだけど、ちょっと電力使い過ぎじゃないかって学内で話題になってるぜ?」

「そうですか?まあ最近は結構スケジュール詰めて実験してますからね。」 「いや、そういうことじゃなくて 1 回の実験でかなりの電力を食ってるって話。データセンターのログを見るとそんなに使ってるわけじゃないんだけれど、一部の実験棟の電力が不安定になったり、この間はうちの専攻の生体コンピュータ実験棟の電力が落ちかけて、 危うく 10 台くらい潰しそうになったり。で、それらが発生した時間を調べてみると、お前さんが同じ時間帯に実験してたというわけ。」

塩谷は東郷に一覧表を見せる。

「うーん、確かにこれだけ頻発してると偶然とは思えないですね。ちょっとこっちでも調べてみますね。」

東郷はここ 1ヶ月の実験の消費電力を全て見直す。やはり目立って電力を消費しているわけではない。むしろ同じ時間の別の実験棟の消費電力の方が高い。やはり単なる偶然ではないのか?一応八代にも報告する。

「そうだな。例えば 1 週間前のこの実験。この時はバイオアセンブラ工場でちょうど大規模培養を行っていた時間帯だ。我々の実験というより、むしろこっちで過剰な電力消費があった可能性が高い。一方 2 週間前のこの実験の時は、バイオロボティクスの国際会議 がうちの大学で開催されていた。講堂や講義棟でかなりの電力消費がある。」

八代は全ての実験について、同時刻に他の実験棟で大きな電力消費があったことを説明する。

「ということらしいです、塩谷さん。」

「ふ~ん、つまりあれか、お前さんらはかなりの確率で電力消費が多い時間帯に実験しているということか?」

「そもそも、うちの大学って契約電力結構ぎりぎりだって噂じゃないですか。元々足りてない所に、最近我々の実験の頻度が増えたから、なんか関係があるように見えただけじゃないですかね?じゃあ明日実験で朝早いんで今日は帰ります。」


*********

塩谷はキャンパス内を歩きながら考える。確かに大学の契約電力はぎりぎりだ。しかしこれまで他の建物の電力供給が不安定になるようなことはなかった。なにか不可解である。

気がつくと塩谷は「気象制御実験棟」と書かれた建物の前に来ていた。この大学にはもうかれこれ 7 年半ほどいるが、ここに来たことは数える程しかない。東郷はいつもここで 実験しているんだな。そんなことを考えながら通り過ぎようとすると、建物の中から人の声が聞こえることに気づく。時刻は夜 9:30。こんな時間に一体だれが?

「明日の実験は砂漠化臨界点を見積もるための実験だ。いつもより電力マージンは大きめに取っておいてくれ。」

八代教授の声だ。明日の東郷の実験について技術スタッフと打ち合わせしているのだろう。しかし八代は今なんと言った?砂漠化臨界点を見積もる実験?東郷の話では、最近は専ら雨量を安定化するために試行錯誤をしているはずではないのか?電力マージンとはなんのことだ?

「それからどうもこの実験への疑念が学内で広まっているらしい。偽装はいつもより念入りに頼む。」

八代は何を偽装しているというのか。自分は今聞いてはいけない会話を耳にしているのではないだろうか。そんなことを考えていた矢先だった。

「盗み聞きは良くないな、塩谷君。」

いつから気づかれていたのだろうか。そもそもなぜ八代は自分の名前を知っているのだろうか。八代に促されるままに塩谷は実験棟の中に入る。

「うちの東郷と仲がいいみたいだな。」

「まあ腐れ縁みたいなものです。それよりも先ほどの話、偽装ってなんのことですか?」

「塩谷君、君は優秀な学生だ。来年には学位も取れそうなんだろう?聞かない方が君にとって幸せな話だって世の中にはたくさんある。もし君が今、ここで聞いたことを忘れて 明日から今日までと同じように研究活動に勤しむと約束してくれるのであれば、それはそれでよし。しかし万が一、君が我々のことを執拗に詮索したり、あるいは妨害行為をするようなことがあれば、我々は強行的な手段を取らざるを得ない。その場合君の生命の安全も保証できない。」

こうもはっきり言われると、さすがの塩谷も反応に困る。生命の安全も保証されないというのは、ただごとではない。

「わかりました。今日のところは引き下がります。しかしこれだけ大規模なプロジェクトだ。いずれ全てが明るみに出ることでしょう。」

「理解が早くて助かる。やはり君は優秀だ。」

塩谷が立ち去ろうとする。

「ああ、それとな、塩谷君」

八代に呼び止められた塩谷が振り返る。

「しばらく東郷とは距離を置いてくれ。そうだな、向こう 1 年くらい、東京湾での実験が終わるまでは。実は彼は何も知らない。彼は本気で明日の実験は雨量安定化のためのものだと思っている。が、東郷もまた非常に優秀な学生だ。君からの入れ知恵で色々勘づかれては不都合が生じるのでね。」

翌日、塩谷は指導教員から 1 年間の海外留学の話を持ち出された。塩谷はこれから 1 年間フランスで過ごすこととなる。これが偶然だとは、とても思えなかった。


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