前編
この作品は夏ホラー2007に参加しています。
【夏ホラー2007】とサーチしていただきますと、他の先生方の作品全てにヒットいたします。
ぜひぜひ、様々な作品をお楽しみください。
風海先生より、一部年号が1997年になっている、ぐろわ姉妹(姉)先生より、湯島天神は藤原ではなく菅原だとのご指摘を頂きまして、一部修正しております(^O^)
ではでは、命を賭けたパーフェクトゲームに対するプレッシャー、分かち合ってやってください(^O^)
8月14日のシュバルツ戦 パーフェクトに抑えてください
解った この世に出来ないことなんて塵一つ無いんだってことを証明してみせるよ
【魂は魂を呼び 魂によって解き放たれる】
プロ野球団松阪ラダマンティス。そこには、伝説のキャッチャーミットがある。
伝説と言えば聞えはいいが、使用した者は己の命と引き替えにパーフェクトゲームを達成できるリードが出来るという、云わば【呪いの】キャッチャーミットなのだ。しかもパーフェクトは、一般的にはピッチャーの力量によって達成されるものであると勘違いされがちなため、呪いに触れて死んでいったキャッチャーはピッチャーの名前を売るための人柱としかならない。
実際はキャッチャーの力量が占める割合が七割近くに達するため、このような憤死はまさに犬死に以外の何者でもないことを、大友孝則捕手は嫌と言うほど理解していた。
だが、そのミットに孝則は手を出そうとしていた。死の病を患った少年と先週交した約束【8月14日の沖縄シュバルツ戦でパーフェクトゲームを達成するリードを見せる】というものを果たすために。
8月14日以外であったなら球界最強と言われるラダマンティス投手陣を持ってすればこんな物に頼らずとも達成出来るのかもしれない。だが、この日はシュバルツの主砲剣持和俊外野手がとある事情で神がかるのだ。
この男が【8月14日】に達成した記録をまとめるだけでもかなりの数になる。
一試合十五打点、六打席連続本塁打は日本記録であるし、他にも、【セーフティーバント、ニ盗、三盗、ホームスチール】、サイクル出塁等といった珍記録もある。
なんと言っても圧巻なのが、昨年の【世界最大255m級バックスクリーン越え場外弾】だ。
この知らせを聞いて、8月14日にだけはシュバルツと当たりたくないと心から願っていたのにこのザマである。しかも、この男を一度も塁に出すなという無理難題付きだ。
少年が助かるためには、かなりのハイリスクを伴う手術を受けなければならなかった。だがそれは、受けなければ100%死ぬが受けても成功率が40%であるというもの。
どの道助かる見込みが薄いなら体を傷付ける必要はないと主張する少年に、諦めるな、死ぬ気になればなんだって出来るんだと説いて聞かせた結果返って来たのがあの条件なのである。
《そこまで言うならまず、自分が不可能を可能にして見せろ》
ということなのだろう。屋外球場であるため溶けるような暑さが漂う松阪デスマッチフィールドのブルペンに、孝則は一人、佇んでいる。
ブルペンの奥にある一室。そこには、傍迷惑なことに呪いのミットが御神体として崇め奉られている。
その昔、シュバルツを迎えた時にシュバルツの【自称陰陽師の子孫】門倉慶輔という霊感投手が
「なんか居るぞ、ぜってーあそこ、なんか居るって」
との騒ぎを起こし、除霊するだのしないだのといった大騒動に発展したこともあったが、結局そのまま呪いのミットは御神体として鎮座ましましていた。
神殿の前に立つと、霊感とやらが全く無い孝則にもブルペンでの蒸し焼きになりそうな暑さが信じ難いほどのヒンヤリとした初冬のような寒さが、発熱時に体の内側から感じ取っているような寒気として伝わってくる。
扉を開くと、元は器具保管室だったそこには機材は一切置かれていなく、神社の神殿宛らの神棚が組んである。火気厳禁であるため線香こそ焚かれてはいないが、しっかりとお神酒、お神樹が脇を固め、ミットの主森沢英勝捕手を象った彫像がお札を貼り付けられて安置されている。
恐ろしいほど本格的な神棚だ。こうも神格化された実在の人物は、菅原道実か関羽雲長、あるいはボビー・バレンタインぐらいのものだろう。
ラダマンティスのみに伝わる【捕手神宮】への正式な参拝は、死を意味する。己の生命と引き替えに捕手の神、否、野球の神の能を借りるための儀式だ。今まで六人の捕手が森沢捕手を参拝し、全てがパーフェクトゲームで球界に名を残し、この世を去っていった。死因は、全て過労である。
参拝前に考えてみた。もしかすると、呪いの死角があるかも知れない。なぜ全員過労死なのかが解れば、孝則は呪いをかわせるかも知れないのだ。
その答えは、いとも容易く見付かった。御神体である森沢が過労死だったからだ。森沢もまた、重病に侵された少年からパーフェクトゲームを要求され、それを達成するリードを一週間寝ずに考え続け、達成した当日に自分の命と引き替えに少年の命を助けたのである。
過労死者に呪われるから過労死。至極当たり前な答えがそこにあった。
神棚にニ礼ニ拍手を行った後、野球神召喚の呪文を詠唱する。
「森沢先輩、もう一度あなたの能を貸してください」
自分からコンタクトを願うことによって、該当する霊との波長にある程度近付くことが出来るらしい。案の定、ミットの脇に佇む森沢捕手の姿を確認できるようになった。
「少年、能を貸せってことは、君に取り憑いてもいいってことかい」
姿が見えたそばから恐ろしげなことを言ってきたが、おそらくは取り憑かなければ知恵を貸せない、つまり、知恵を貸すための最低条件が相手に取り憑くことなのだろう。孝則は無理矢理そう思い込むことにした。
「自分の能でなんとか出来ないのかい。君にだけは取り憑きたく無いんだ」
言いたいことは解る。だが、孝則も引く訳には行かなかった。死人の力によって神がかる者を三打席も打ち取るには、己自身も死人の能によって神がかるしか無いのだ。だからこそ、死ぬと解っていて敢えてミットを使おうとしているのである。
「人の命がかかってますから。剣持さんを全て抑えるには、やっぱり森沢先輩が必要です」
と結論を述べる。
「死ぬよ?
俺に殺す気は全く無いけど、俺の意思をダイレクトに伝えるためにはどうしても相手の神経をハックしなきゃ駄目らしいんだ。そうなると予め波長を合わせた君は、かなり早く疲れることになる。鍛え抜かれたプロ野球選手といえど、耐えきれないんだって前例は腐るほどあるけど、いいんだね?」
確かに動かぬ前例は六つもあり、その中にはただの肝試し気分でジンクスに挑戦した体力系捕手も居たのだが、彼もきっちり、過労で逝ってしまった。
後にも先にも彼ほどの体力系は出て来ないだろうとまで言われていた男ですら、きっちり仕留める威力を持つ疲労である。もはや、無敵であるとさえ言っていい。孝則のごとき頭脳系は、九イニング耐えきれるかどうかも微妙なレベルだ。
それでも彼は、ミットに手を出さずにはいられなかった。
奇跡を起こすには、まず奇跡があるのだということを目の当たりにすることによって【奇跡は人力で起こせるものなのだ】ということを信じ込まなければならない。そして、あの少年の命を助けるには、彼自身に奇跡を起こしてもらうより他無いのである。
「構いません」
覚悟は……、決まった。
森沢捕手との契約を取り交わし、孝則は今、練習に出ている。燦々と降り注ぐ日射しが、とても眩しく……なかった。今までは眩しすぎてとても直視することなど出来なかった陽射しを何の苦もなく直視することが出来る。霊体に乗り移られるとサングラスのような光線遮断フィルターが自然と掛るのだろうか。周囲の風景も、かなり黒ずんでいる。
孝則は今ベンチに控えている。初回の守備は、スターティングラインナップの発表で名前を呼ばれてから守備位置に向かわなければならないのだ。
『九番 キャッチャー 大友孝則 背番号11』
うぐいす嬢のコールと同時にベンチから出る。そして、スタンドにサインボールを……投げ込めなかった。投げたボールはフェンスを直撃。そのままファールグラウンドに転げ落ちてしまったのである。
ここからスタンドまではどう多目に見積もっても、8mも無い。これも消耗、疲労の一つなのだろうか。そうだとすると今日のゲーム、より一層ランナーを出すわけにはいかない。間違い無く走られ放題になってしまう。
直ぐさまボールを拾ってスタンドに投げ直す……ことも出来ない。何度投げてもフェンスに阻まれるばかりだった。
肉体自体にまだ疲労は感じていないが身体能力はあからさまに低下しているようだ。スタンドからは、笑い声、怒鳴り声、とても心配そうな声、様々な感情の篭った音色が何の脈絡もなく飛び交い始める。
とうとう見かねた辻一塁手がボールを拾って、スタンドに軽々と投げ込んでしまった。
年末の珍プレー集にほぼ間違い無く出てくるであろう無様な姿を晒した後、漸くホームベース裏にしゃがみ込むことが出来た孝則の後ろで、プレートアンパイアが手をあげ、プレイボールを宣言した。
一回の表、シュバルツの攻撃は、1番の剣持外野手からだ。今年の二月ぐらいからもう
「俺今年、FA宣言してメジャー行きますから」
と事あるごとに宣言しているこの男のことである。来年であればもうシュバルツには居ない筈なのに、なぜ今年なのだろう。今年であったが為に、孝則は命を賭ける必要に迫られたのだ。
剣持の命綱は、藤堂初美とか言う亡くなってしまった元彼女が盆の期間中に降りてきているかどうかに尽きる。そして今日、8月14日は彼女の命日なのだ。だからこの男は燃え上がるのである。
「剣持さん、初美さん今年、来てますかねぇ」
取り敢えず訊いてみた。
「おう、来てるってさ。なんかバックスクリーンで待機して俺が線香花火打ち込むの待ってるらしいよ」
居るらしい。今年の剣持は、間違い無く神がかっている。
「でもなぁ……、なんか気になるんだよ。お化けが側に居ねえと寒気はしない筈なのに、この打席の近辺も妙に寒いんだよ」
返事の後に、剣持はこう言葉を繋いでいる。当然この寒気の正体は、藤堂初美ではなく森沢捕手なのだが。試しに揺さぶってみることにした。
「初美さん、久しぶりに三振した剣持さんが見たいのかも知れませんよ?」
と。
森沢さんは『取り憑く』と言っていた。にも関わらずその影響は視界にしか出ていない。いったい何が自分の命に影響を及ぼすというのだろう。
謎だ。
「なあ、森沢……」
自分の最大の異変に気付かされたのは剣持から掛けられたこの言葉だった。『森沢』と呼ばれたのだ。姿形は決して似ているわけでもないのに……。
「おまえ俺と同期なのになんで今更ですます調なんだよ」
剣持はなおも衝撃的な言葉を続ける。彼はもはや、100%孝則を森沢捕手であると認識しているようだ。
取り敢えず確認するしか手は無さそうである。孝則は、森沢に成りきる事に決めた。
「なあ、オッサン、今年2007年だよなあ?」
「何言ってんだよ、1993年だろ」
1993年。それは、剣持、森沢の入団二年目、そして、森沢捕手の亡くなった年だった。
何かがおかしい。全ての辻褄が合わない。今日は2007年8月14日。なのに今年は1993年だと剣持は言う。そう言えば、シュバルツのユニホームが少し違う気がする。それに、剣持にも無精髭がなかった。
彼の言う通り幾らか昔にタイムスリップしてしまったことは確かなようだ。
辻褄が合わないどころの話ではない。孝則はもはや、常識の全く通じない世界に放り込まれてしまったのだ。しかも、大友孝則ではなく森沢英勝として。
とにかく元の2007年に戻らなければならない。降り注ぐ日差しが眩しくない1993年8月14日。この非常識極まる世界に閉じ込められてしまったのである。
どうすればいいのか。それは、どういう経緯でこのアウターゾーンに迷い込んでしまったのかを正確に把握すること。そう判断した孝則は出来事を振り返り始める。
まず、重病の少年を見舞いに行って『パーフェクトゲームを見せろ』と言われる。
ここで何か違和感がないか考えてみた。有る。この少年に、どこかで会った事がある気がしてきたのだ。
誰だろう。この少年が無理難題さえふっかけてこなければ、自分はこんな目に遭わずに済んだのに。
真夏の日射しは、その強烈さに似合わず場違いな程の寒気しか伝えてこない。そして、その寒気の中に、自分の感情によって発生した新たな寒気が混じってしまったことに、孝則は、とっくに気が付いていた。
「タイム!」
プレートアンパイアが突然両手を振って、タイムを宣言する。いったい誰がそんなものを要求したのだろうか。周りを見渡すまでもなく、その正体は確認された。マウンドの上で、本来は大先輩である筈の坂牧投手が手招きしている。マウンドに行くと、グラブを口元に当てながら、
「何やってんすか、さっさとサイン下さいよ。なんか顔色悪いし、大丈夫っすか?」
とまくしたててきた。
坂牧の顔も、自分の知っている顔と比べると、べらぼうに若い。孝則は、気が狂いそうなのを必死に持ち堪え、
「ああ、悪い。なんせほら、剣持のオッサンが相手だろ。どーやったら打ち取れるのか必死に考えてた訳よ」
と返すのが精一杯だった。
「まあ確かに怖い人ではありますけどね。あまり怖がってると大ポカしちゃいますよ」
剣持はまだ入団二年目。どうやらこの日に神がかるということは、全く浸透していないようだ。正直助かった。状況はどうであれ、パーフェクトは達成しておきたい。
ホームベース裏に帰った孝則は、マスクを被り直し改めて配球を考え直す。
右足を左足より後ろに下がっている状態でバッターボックスの外側ギリギリまで引くことにより、真正面に向いてしまった上半身を無理矢理捻って半身の体勢に持っていく【プリンシパル打法】と名付けられた独特のオープンスタンスで構える剣持だ。普段であれば、絶対的に外側の球には弱いのだが……。
試しに一球外高めギリギリに外れるシュートを要求してみる。
この要求に対し頷いた坂牧は、きっちりと要求通りのコースにボールを投げ込む。
かなりギリギリのところに投げ込んだ筈のボールを、剣持はさも当たり前のように見送った。
「やるねぇ、オッサン」
今日の剣持には、釣り球は通用しないことがはっきりしたため、囁き戦術に切り替える。
「そういや、女っ気が全くねえけど、彼女つくる気あんの?
欲しいなら紹介するけど」
囁く内容は、なるだけ野球とは無関係なほうが良い。
「初美だけで充分」
予想していたことだったが、ここで見事に会話が途切れてしまった。
要求するボールは外低め一杯に入るカーブと決めている。問題は、剣持に何を囁くかだ。次なる話題をふっかける。
「そういや、コナンのあの方って誰だと思う」
「博士だろ」
乗ってきた。空かさず坂牧にカーブのサインを出しつつ、剣持と話を続ける。
「じゃあ、組織から抹殺指令が出てるシェリーをあの方が匿ってる理由を説明してくれるか」
これはもはや、無理難題と言えるだろう。博士あの方説否定派の最大の根拠(感情論は除く)だ。剣持がこれを考え込んでくれれば、ワンストライクは確実に取ることができる。これが、囁き戦術の極意なのである。
坂牧も、孝則の囁き戦術に同調してクイックモーションから2球目を投げてきた。
「ットライー!」
アンパイアのコールで剣持は、初めて坂牧がボールを投げていたことに気付いたらしい。目を皿のようにして、
「なんだなんだ!?」
とうろたえている。このゲームで剣持をカモるのは、このタイミングしかない、そう判断した孝則は、トドメを刺しにかかる。
「仕事中にあの方が匿う理由なんか考えてるおまえが悪いんだろ。とっとと前向かねえと、また坂牧に投げられちまうぞ」
ボールを返しながら剣持に言い放つ。この打席の剣持を打ち取るのに、これ以上の言葉は必要とはしなかった。
真ん中高めに外したストレート、初球と同じ、ストライクからボールへ外れるシュート。剣持は、この二つのボール球を思い切りブン回し、敢えなく三振となる。
残る二人を軽々と打ち取った孝則は、ベンチに帰ってじっくりと現状分析を行うことにした。
真夏の日射しは相変わらず周りを闇の色に染め、薄気味の悪い肌寒さを体の内側から発散している。
空いた時間にまずやらなければならないこと、それは、トイレへ駆け込み、手洗い場の鏡に自分の姿を映すこと。このような狂った状況だ。自分がいったい誰であるのかを正確に把握しなければならない。
「俺ちょっと、トイレ行ってくるわ」
仲間に言い置いて早速実行する。
いったい鏡は誰の姿を映し出すのだろう。大友孝則なのだろうか、それとも……。
走る足がもつれる。高速移動中の足取りがおぼつかない。あまつさえ僅かながら吐気さえ催している。
トイレが近付くにつれ、それがはっきり判るほど強く強くなっていった。
目的地に到着した孝則は早速鏡の前に立つ。サラサラした細い黒髪、スラッとした細面、太くて薄い眉、色素の薄い薄茶色の瞳。どれを取っても大友孝則ではない。
そこに在るのは、紛れもなく命と引き替えに自分の命を救ってくれた、在りし日の森沢英勝だった。
鏡に映る森沢が勝手に口を動かす。逃げようにも、足の裏に根が生えたように全く動かせない。
「よう、少年。久し振りに見る命の恩人の顔はどうよ?
寂しかったんだぞ。いや、それ以上に悔しかった。おまえがラダマンティスに入って六年も経つのに一度も会いに来てくれないんだからなぁ」
孝則が森沢参りをしたのは、今回が初めてだ。それまでの六年間は、森沢が言う通り、意識的に参拝を避けていた。
「ありがとうって言われたいからパーフェクト取った訳じゃないけどよ、せめて元気になった姿を見せに来るのが人情って物じゃねえのか!」
徐々に強くなっていく語気に、そこはかとない恐怖が沸き上がる。そう、森沢の個人的な感情により、問答無用で祟られているのではないのかと言う、回避不可能な恐怖が。
「それがなんだ!?
ようやっとこさ来やがったかと思ったら、ありがとうも無しでいきなり力を貸せだぁ!?」
今から思えば確かに失礼極まる要求だったかもしれない。だが、人の命がかかっているのである。あの時は、気持に余裕が無かったのだ。
「ムカついたから祟らせてもらったぞ。でも、せっかく命張って助けてやった命だ。助かるチャンスをやるよ。
このゲーム、パーフェクトに抑えろ。
当時の、一週間で五時間しか寝てねえ俺の疲労をそのまましょってなぁ!」
《!》
一週間で五時間。とてもではないが、有り得る数値ではない。自分の命を助けるために森沢がこれほどの無理をしていたとは、孝則は思いもしなかった。
「取り溢しやがったら、おまえの命は森沢英勝の命として1993年8月14日に……、散るぞ」
この言葉が終わると同時に足で体を支えていられないほどの脱力感と目眩、吐気が一緒くたになって襲ってきた。
突然目の前の鏡が烈しい音を発てて砕ける。
朦朧とする意識の中、孝則は胸中で呪咀の言葉を吐きながらふらつく足を引きずってラダマンティスベンチへと引き返して行った。
〈続く〉