街でお友だち⑷
少し間が空いた気がしなくもありません。
別に空いてないなんて言わないでください。気分的な問題です。
それではどうぞ。
『許しちゃったんですかー。お人好しですねぇ。俺への愛はその程度ですかー。えぇ。わかってましたよー。すぐに助けに来てくれるだろーなーとか思ったらもう夜だしぃー。別にーわかってましたけどー』
セロが漸く動けるようになって屋敷の前を後にし、傘を失くした原因ともなった宿に戻ろうとしている途中、ヴィオラはいきなりそう言った。周りに人影が全くないからかその声は普通に喋る時と同じくらいの大きさだった。
だからなに?とでも言うようにセロは無言で歩く。
幅の広い綺麗な道の中央を歩きながら閑静な街に虚しく一人分の足音を響かせて。
『あの領主サマも酷いんですよー。嬢さん待ちながら何にも喋らなかったらポンコツ扱いされるし、それに嬢さんによく似た子見つけて思わず声かけたら嬢さんじゃないし。
嬢さんのこと、領主サマはその子のことだと思い込んで散々馬鹿にしますし。……全く、踏んだり蹴ったりですよー』
ヴィオラは喋っていなかったと言ったから、それの反発なのかどうなのか面白い程よく喋る。
セロはゆっくりと、それを聞いていて、そしてその話の中に出てきたセロによく似た少女について少し、思いを馳せる。きっとそれがセロの思う人物なら、それは、きっと。
「ねぇ、ヴィオラ。おまえがこえをかけたのはきっと、あおいめをしていたでしょ?」
澄み切った青空のような、美しい青色。
『そーですね、確か。それで嬢さんそっくりな顔してました。寧ろ違うのって髪型と目の色と服くらいですかね?それ以外はそっくりでしたよ。いや、本当に。知り合いですか?』
セロの赤いそれとは違う、青色の目。
それなのに同じ顔で、同じ髪の色。
恐らくそれはセロが知る限りただ一人だけ。
「しりあいなんてものじゃ、ないよ。それはきっと、」
誰よりも、セロに近くて遠い人。
「わたしの、おねぇちゃん」
一つのものが二つに別れた、その片割れ。コクリコ。友人でも恋人でもましてや家族でもない特別な、半身。
けれど、そばにはいない。
『へぇ、嬢さんのお姉さんですか。いやぁ、どうりで似てるはずだ。……嬢さん?』
いつもよりも俯いて唇を噛み締めるセロにヴィオラは心配するように言った。
「なんでもないよ、うん。なんにも、ないからね」
俯いて、泣きそうな顔をしたまま、セロはそう言って顔を歪ませた。
まるでその顔は笑いたいのに笑えないで不器用に歪んでしまって。というようなそんなもの。
それを見て、ヴィオラは何も、言うことなんてできやしないのだ。
帰り着いた宿で待っていたのは傘を盗った少女の両親からの謝罪。
疲れたから休ませてくれ、と頼んだ真夜中。
そして、日は登り、朝になった。
階下に降りたセロとヴィオラを待っていたのは今度は少女からの謝罪。
泣きそうに、というか泣きながら必死に謝り続ける少女にどう反応を返していいのかいまいちわかりかねたセロは狼狽えて、もういいから泣かないで、というような顔をするのが精一杯だった。
何度も何度も謝り続ける少女とその両親に、もういいから、分かったから、と繰り返して早くも昼間。
繰り返した甲斐あってか少女の両親からの謝罪は少し大人しくなり、少女は少しずつ笑ってくれるようになった。
「その傘さ、本当に喋らないの?」
少女はおずおずと聞いてきた。
セロはさっきからこれは喋らないただの傘だと言い張っているにもかかわらず。
「そうだよ。だってかさがしゃべるなんて おかしいでしょう?」
さっきから変わらず同じことを繰り返しているせいで少し飽きてきた言葉。
けれども繰り返すしかないのだ。
もう傘を盗られるわけにはいかないし、おそらく盗られたら次はサツキなどが取り返してくれて、何とかなるなんて、そんな甘い夢を見ていられる程セロは楽観的なわけではない。
そして何より、傘が喋る、だなんて信じて。
もしも、此方側に足を踏み入れるようなことになってしまえば。そんなことになってしまえばもう、きっと戻ることはできないだろうし、それに何より、今のように笑うことなんておそらくできやしないだろうから。
セロは心の中で言い訳を重ねて、答えをぼかしていく。
何より自分に今のように笑かけてくれなくなるであろうそれが怖かった。
『ほんっとうに、お人好し』
ほんの少し小さく小さく、ヴィオラは零した。
きっと、セロにすら聞こえないように。
なんだかんだ言って、結局のところこの他人の少女のことを気に入ってるじゃないか、なんて。思っても口にできるわけない。
だって、セロは笑っていた。
ほんの少しだけ、ずっと見ていなければ見落としてしまいそうな程幽かに。けれど確かに。
何よりセロには笑ってて欲しいのに。ずっと笑って欲しかったのに。やっと笑ってくれたのに。それを曇らせるようなことヴィオラにできるわけない。
一度裏切られた人のところに何も考えずに戻ってくる程セロは馬鹿じゃない。
何も考えずに許すことができるわけでもない。
つまり、気に入っているのだろう。
そしてこの少女はセロにとって初めての、友達と呼べるようなもの。
きっと本人も気付いていない。
セロの中で大きな存在になっているだなんて。セロは気づいていない。
どうせ失うなら気付かない方がいいと言ったのは、誰だったか。
こんな平穏、泡沫の夢に過ぎないのだから。
浸かりすぎて覚める時に辛いのは、自分。
きっとすぐに冷めてしまうものに浸かるだなんて、愚かなこと。
本当はそろそろ終わりたかった……。どうやらや無理だったらしいですが。
なのでもう少し、この街のお話は続きます。
誤字脱字、見つけたらお願いします。