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わたし、今あなたの

作者: yuris

ほんの少しだけ、かなり薄めに残酷描写と思われるところがありますので、ご注意ください。

きみに出会ったのは暑さがじりじりと皮膚を焼く初夏だった。

真夜中の公園で空を見上げているきみを一目見て、どこかに惹かれてしまった。

けれど話しかけられなかった。だってきっときみも、わたしを見たら怯えてしまうもの。

みんなわたしを“メリーさん”って呼んで怖がっているのを、何度も遠目から見てきたから。

わたしは人ではないから、人間の前に姿は現せない。

例外としてわたしが誰かの前に現れるそのときは、その誰かには死が訪れる、ということを意味する。




「きみ、どこから来たの?」




今日きみは、そう言って白い子猫を撫でていた。

わたしもきみとお話しして、あんな風に撫でてもらいたいなぁ、あんな風に笑いかけてもらいたいなぁ、って陰から覗いて羨んでいた。




「そうだ、きみならどこにあるか知っているかな。ここに前、可愛らしいお人形があってさ、」




白い子猫に身振り手振りでその探しているものを伝えている姿が愛らしくて、思わず笑ってしまった。

人は猫とお話することはできないはずなのに、その言葉はまるで猫に伝わっているようで。

近くに人が来てしまったからその日は帰ってしまったけれど、彼が探している可愛いお人形を見つけたら、彼に届けてあげようと思った。

人前に姿を現せないわたしが届けるなんて、滑稽だけど、できっこないなんて思いたくなかったの。




「家にはあんまり帰りたくないんだ」




きみは翌週、懐いたのであろうあの白い子猫を撫でながら寂しげにそう言った。

だから毎夜この公園で空を見上げているのだろうか。




「お母さんがね、僕を殴るから。僕が嫌いみたい。小さい頃から大事にしてたあのお人形もここに捨てたって言ってた」




困っちゃうよね、と子猫に笑いかけたきみに、息が詰まった。

きみは苦しんでいた。その地獄から逃げるようにこの公園に来ていた。

それでも誰にも助けを求めることもせず、ただ子猫に笑顔を振りまいて、またその地獄へ帰っていくのだ。

つらいと言えないことはどれだけつらいだろうか。

わたしにはわからなかったけれど、ただ、ぎゅっと胸が苦しくなった。




「この馬鹿!! あんたさえいなきゃあたしはっ!!」

「ごめんなさい、お母さん、ごめんなさい、」




翌週、意を決してきみの家に歩を進めて。

――足がすくんだ。

部屋に入っていないのに、響く金切り声。頬を叩く乾いた音。

きみが謝る、声。

きみはこんなにつらい思いをしていた。

助けてあげたい、と思った。わたしに何ができるだろうと。

頭を悩ませながら次の日公園に足を運んだら、きみは疲れきった顔で、また笑っていた。




「ねえ……僕、しにたい、よ……」




そして笑って、そう呟いて。

その日なにかが、わたしのなかで壊れた。









またきみは殴られているだろうか。

救ってあげるんだ、わたしが、わたしの手で。

もうきみが、あんな風に笑うことがないように。




「はい、もしもしッ!?」




公衆電話からきみの家にかけると、女性が怒鳴るように受話器をとった。

ああ、あなたがわたしの大切なひとを傷つけているんだね。

待っていてね、わたしが今そこに、行くから。




「わたしメリーさん。今公園にいるの」




彼女が疑問の声を発する前に、わたしは受話器を置いた。

ゆっくりあの地獄の家へ足を進める。

大丈夫、わたしはきみを、救える。

手に持った凶器は、きっとしあわせを連れてくるものだと信じて。




「わたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」




電話を切って、扉の前で足を止めた。

震える手をももう片方の手でゆっくりと包み込む。

大丈夫、だいじょうぶ、ダイジョウブ。

これがきっと、最善策なんだ。


扉をゆっくり開くと、呆然と電話の前に立ち尽くしている女の姿と、部屋の奥に座り込んでいる、傷だらけのきみがいた。

ごめんね、こんなことしかできなくてごめんね。

助けられなくて、ごめんね。




「鍵、なんで……、ッ!?」




女の胸が赤く染まっていく。

何度も何度も刺して、何度も何度も、染める。

いつの間にかわたしの身体も、赤く染まっていた。




「……ごめんね」




そしてわたしは、きみにその刃を向ける。

生きたい、ときみは言うだろうか。わたしに怯えた目を向けて、嫌だ、殺さないでと。

そう言ってくれたら、わたしは。




「ああ――久しぶり、だね。メリー」




きみはそう言ってまた、痛々しく笑った。

どうしてわたしの名前をそんな風に呼ぶの? どうしてそんな風に目を細めるの? どうしてそんな風に――愛おしげに、腕を広げてくれるの?




「僕もその手で終わりにしてくれるかな。疲れちゃったんだ、」




そう言ってきみは、さあ、と。

残酷なほどに優しく、愛らしく、切なく。笑った。




「……ああ……、そっか……」




わたしはその笑顔を、知っている。

わたしに笑いかけてくれて、撫でてくれて、話しかけてくれた。

あたたかくて、儚くて、すごく可愛いわたしの。




“どこ行くのも一緒だからね”

“一緒に寝るともこもこであったかいねー”

“決めた! きみの名前はメリーね! 可愛い女の子らしい名前でしょ?”




大切な、わたしの持ち主さまだ。




「ごめん、ね……!!」




きみの胸にぐっと凶器を刺す。

きみに惹かれたあの日からきっと、わたしの本能は知っていた。

きみは誰か、どんな存在か、知っていたんだね。


きみがゆっくりと口を動かす。

め、り、ー、あ、り、が、と、う。と。

大切で大好きな持ち主さま(きみ)




わたしみたいな人形を愛してくれて、ありがとう。

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