深月林檎
雄三は病院に運ばれ治療を受けると意識を取り戻した。
「いきなり倒れんなよ…」
ふぅ、と安堵の息をついて和真は病室のベッドの横に座っていた。
「ははは。こうして無事だったんだからいいじゃないか」
雄三はベッドに寝たまま、和真を見上げていた。
「とにかく、しばらくゆっくりしてろよ。俺は先生から話聞いてくるから」
動くな、と念をおして病室から出ていった。
和真は医者から話をきくと、ふらふらしながら雄三の病室に向かっていた。
「聞いてねぇよ…」
雄三は心臓に病気をもっていること、そして和真に隠し治療をうけていたことを知らされた。
「ったく…どういうことだよ…」
大きくため息をつき、空気を吸おうと外にでた。
「ん?」
ちょうど、そこで携帯がなった。
着信には探偵の『正人』の名前がでていた。
「正人…?」
あれ以来の電話だった。
「和真。女のことわかったぞ」
「あー、悪い。深月林檎だろ…」
「わかったのかよ」
少し残念そうだ。
「ごめん、正人。今それどころじゃなくてさ…」
「そっか。それに女の名前わかったんなら職業もわかったよな」
「ああ…え!?」
和真は思わず、大声を出していた。
「なんだ、知らないのか?」
「知らない…」
後輩であることが衝撃でその他のことを聞いてないなかった。
「わかったのか?」
「ああ、名前さえわかれば簡単だったよ」
そして、正人は答えを言った。
和真はそれを聞いて病室へと走り出した。
「はぁはぁ…」
病室に入ろうとして、足を止めた。
「こんなにはやく倒れられるなんて驚きましたよ」
さっきまで和真の座っていたところから聞き覚えのある女の声がした。
「すまんなぁ」
「まだまだ現役なんですから」
「だが、和真に譲ると決めた」
「そうかもしれませんが…あの人にはあなたが必要でしょう?」
深月からは今まで聞いたことのない優しさを感じた。
「それでもいずれは私は死ぬ。だからそのために和真に会社を託した」
和真は二人の真面目な会話を初めて聞いていた。
いつも笑っていちゃついてばかりいる感じは全くなかった。
「そこで君に依頼したんだ」
「…だからといってこんなすぐに出番がくるのは嫌ですよ」
「ははは。だが、私が死んでも遺産は君が守ってくれるだろう。深月先生」
「先生なんて…くすぐったいですね」
深月は否定しなかった。
「依頼をうけた以上、責任もってやらせていただきます」
そして、和真は病室に入った。
「和真っ」
「和真さん」
二人が驚き同時に和真を見た。
「あの…」
深月が何かを言おうとする中、和真は正人の台詞を思い出した。
「深月さんは弁護士だよ」
「弁護士…?まさかっ」
「本当。遺言書作成とかしてるみたいだ」
そして、今の二人の会話だ。
「バレたみたいだな」
「そうみたいですね」
深月はスーツのシワを整えながら立ち上がった。
襟には弁護士バッジが堂々とついていた。
「弁護士…」
「はい。この度桐崎雄三様のご依頼をいただきました」
鞄から名刺をだした。
「弁護士の深月林檎と申します」
と固く挨拶をしたところで、雄三に向き直った。
「では、ここで失礼します。また、何かをございましたらご連絡下さい」
深月は和真にも軽く礼をして出ていった。
「親父…」
「だから、心配するなといっただろ。深月は優しい子だ」
「じゃあなんで…」
「自分で聞いてみなさい」
雄三は深月の消えたドアを指差した。
「っ…」
和真は再び走った。
病院をでたところで追い付いた。
「おい!」
「何ですか?」
くるりと振り返った。
「お前は…一体なんなんだ…」
「弁護士ですよ」
「じゃあ、親父とは」
「何もありませんよ。だけど…」
ニヤリといつもの深月のように笑う。
「お金は大好きですよ」
なんの悪びれもなく言う。
「親父に近づいたのは…」
「違います。依頼で近づいてきたのは桐崎氏というだけです。だからあなたが悩む必要なんかないんですよ」
深月はゆっくり視線を反らした。
「それなら何で林檎ちゃんってこと隠してたんだ!最初からわかってたら俺は…」
「確かに二人でからかってたところはあります。ですが、私はもうあの時とは違うんです。あんなこと言われた相手に名乗る気なんかなかったんです」
「林檎ちゃん…」
「それに、先輩は全く変わってなかった。少しはマシになってるかとおもったんですけどね」
深月は和真に背を向けた。
「次会うのは、遺言書が執行される時です。それまで、私のことなんて忘れて下さいね」
そう言い残して深月は和真の前から姿を消した。