表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

和真の葛藤

深月は朝になると消えていた。

「深月と話したらしいな」

雄三は朝食を食べながら和真に尋ねた。

「親父は知ってたのか?」

和真も雄三の向かいに座ってコーヒーを飲んでいた。

「何をだ?」

「深月が高校の後輩だってこと」

「…最近だよ」

食事の手を止めて和真をしっかりとみた。

「ただし、深月がお前の後輩だろうと私は気にしないぞ。私が彼女を選んだんだ」

その様子に和真は言った。

「だけど、りん…あの女は親父のことは金としかみていないんだぞ」

深月は正体がバレたあとも金目当てだと答えていた。

「それがどうした。あの子はいい子だ」

雄三はやはり和真の言葉に耳を貸さなかった。



そして数日後、決定的瞬間を目撃した。

「何だ…?」

雄三の部屋から二人の話す声が聞こえた。

本名がバレて以来、初めてのことだ。

「では、私はこれで失礼します」

ドアに張り付いて聞き耳をたてているところに急に出てきたので、和真は避け損ねた。

「あ…」

ドアが締まり深月が振り向いたところで二人はぶつかった。

そして、深月は手に持っていた鞄を落とした。

「すいません…」

深月はとっさにしゃがんで鞄から出てしまった書類やハンカチなどを拾い集めた。

「すまん」

和真も手伝おうとしゃがんた時、書類に手を伸ばそうとして止まった。

「あっ」

深月が気付き急いでかき集めたが和真は目をはなさなかった。

「婚姻…届?」

深月はなにも言わずその婚姻届を中にいれた。

「なんだ、今のは!」

「なんでもありませんよ」

深月は全てを入れて立ち上がる。

「…離して下さい」

その場を去ろうとする深月の腕をを無意識に掴んでいた。

「相手は誰だ…」

「…あなたの想像してる人ですよ」

にっこり笑って深月は和真の手を振り払った。

「第一、あなたには関係ないでしょう?」

「関係ないって…そんなわけないだろ!」

和真の頭には当たり前のように雄三の姿があった。

「財産目当てなんて…」

「あなた達の価値はそれくらいしかないでしょ?」

深月は平然と言う。

「お前…変わったな…。昔はそんなこと言わなかったのに」

「あら。全く気がつかなかったのはどこの誰ですか?」

はぁ、とわざとため息をついた。

「先輩の知ってる林檎ちゃんはもういないんですよ。というか、私がこんなになったのは先輩のせいなんですからね」

あえて、先輩と呼んだ。

「だいたい先輩は全く変わってないじゃないですか。そんな人に変わったからって文句言われたくないです」

深月はそう言って背を向けた。

「お金はものすごく大事なものなんです!」

と、いったところで雄三の部屋のドアが開いた。

「何、人の部屋の前で揉めているんだ?」

ずっと聞こえていたようだ。

「すいません。帰ります」

「いや、ちょっと待ってくれ」

雄三はさっと部屋に戻り、茶色の少し厚みのある封筒をもってきた。

「金で思い出したよ。渡すの忘れていた」

深月が中身を確認すると、

「はい。ではこちら頂きますね」

と答えた。

「何だよ…それ」

和真は隙間から中身を覗くと二人を交互に見た。

「なんでそんな大金、この女に渡すんだよ!」

すると雄三は躊躇なしに答えた。

「約束だからだ」

そして、深月も答えた。

「くれるっていうのですから」

深月は鞄にお金の詰まった封筒をいれた。

「それではさよなら」

にこっと笑って深月は立ち去った。

それを雄三は満足げに見送り、和真は呆然と見送った。



それから和真が正式に次の社長と決まったのはすぐのことだった。

「おめでとうございます」

「てめぇ…」

簡単なパーティーを雄三は開き、和真の次期就任を喜んでいた。

そして、そんなところに深月も訪れていた。

今回はスーツではなく、水色のワンピースを着ていた。

「何しにきた…また金をっ」

会場から離れ、二人きりになると和真は一気に詰め寄った。

「今日はとりませんよ。それに私だって来たくてきたんじゃないですから」

腕組みをして和真から視線を外した。

「じゃあ、何で来たんだよ…」

「雄三さんの頼みですから」

「あなたが、次期社長と決まった御祝いだから来てほしいと言われましてね」

あきれるようにため息をついた。

「まぁ、先輩の卒業祝出来なかったのでその代わりということにしておきましょうか」

そして、やっと和真を見た。

「卒業祝って…」

「私入院してましたから」

「事故にあったのは本当なんだ…」

和真は高校時代を思い出した。

「そうですよ。バレンタインデーにふられて事故にあって散々ですよね」

ふっと笑う。

「そのお陰で劇的に痩せましたけど」

和真の記憶にある林檎ちゃんとは思えない深月の姿をみた。

「ところで、何で死んだって噂があったんだ?」

「…本当に馬鹿ですね」

「なんだと?」

「あの林檎ちゃんはいじめられてたんですよ。死ねばいいと思われるほどに。だから、あの人達がそんな噂を流したんですよ」

苦々しく過去を語った。

「退院して学校行ったら死んだことになってるし、いじめも続くし、先輩もいないし…」

だんだん声が小さくなる。

「ふられたけど…」

深月がうつ向いて何かを言った。

「林檎ちゃん…」

和真は思わず、あの時のように名前で呼んでいた。

「寂しかった…………なんて言うと思う?」

一気に声色がかわった。

「お前っ」

騙されたと気づき深月を睨み付けた。

「やっぱり馬鹿ですね。そんなんだから女運悪いんですよ」

「…お前に言われたくない」

「そうですね」

すると、そこにとある会社の社長が通りかかった。

「深月くん?」

「お久しぶりです」

深月は和真に背を向けて社長に挨拶をした。

「ちょうどよかった、君に連絡しようとしていたんだ」

嬉しそうに社長は深月に近寄った。

「例の件で話があるんだが、いいかい?」

深月は、はい、と返事をしてバッグの中から手帳を取り出した。

「いつがよろしいですか?」

メモをとる準備をして聞き返した。すると、社長も日付を言った。

「わかりました。では、三日後の20時ですね。場所はいつもの所で」

「あぁ、頼むよ」

「はい」

呆然とする和真を横に二人の会話は終り、社長は再び会場の方へと歩いていった。

「おい、今のはなんだ」

「あら、いたんですか」

深月は手帳をバッグの中に入れた。

「何の約束だ?」

「あなたには関係ないことですよ」

「そうかもしれないけど…だけどな、親父いるんだから…」

もそもそと文句をいう。そこで、深月は

「嫉妬でもしてるんですか?」

と笑いながら聞いた。

「…」

和真からすぐに否定の言葉は飛んで来なかった。

「…え?」

「そうだといったらどうする…?」

やっときた返事は否定ですらなかった。

「ちょっと、なに馬鹿なことをいってるんですか。それに…」

「わかってるよ!だけど、なんかむかつくんだ」

まるで子供のように言った。

「お前のこと嫌いだ。大嫌いだ。顔も見たくないって思う」

「ひどいですねー」

そうコメントする深月は苦笑いをした。

「それでも、親父とか、さっきの社長とか、と話すお前に腹が立つ」

認めたくないという表情があらわれていた。

「はいはい。そんなこと言わないで下さい」

深月はさらに続けた。

「あなたは久しぶりに林檎ちゃんに会って不安定になってるだけですよ。何度も言ってますけど、私はもうあなたの知ってる林檎ちゃんなんかじゃありません。だから、そんな気を使わなくていいんです」

なだめるように和真に言い聞かせた。

「私はあなたの嫌いなお金大好きな女なんですよ」

そう言って深月は一本和真から離れた。

「冷静になって下さい」

深月はくるりと振り返った。

「おいっ…そうじゃなくて…っ」

と和真が離れていく深月の肩に手をのせようとした。

ところが、その時会場が急に騒がしくなった。

「きゃぁ!」

「倒れたぞ!」

ざわざわと声が聞こえ、誰かが倒れたのだということが伝わってきた。

思わず、深月も和真も会場に走り出していた。

「和真くん、社長が」

「急に倒れたんだ!」

和真を見つけるなり、誰かが口々に言った。

「親父っ!」

和真が駆けつけると雄三は意識を失って倒れていた。

その後、すぐに救急車が到着し、雄三は病院へと運ばれていった。

そして、深月は少し離れた所でその様子を静かに見つめていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ