深月と和真の最初の出会い
和真は呆然と深月の姿を見送った。
「まさか…」
同窓会で言われたことを思い出すなり和真は自室へと向かった。
「たしかこのあたりに…」
本棚の一番下の段をみると、卒業アルバムが並んでいた。
高校のアルバムを見つけるとパラパラとめくり始めた。
「だけど…あの子は死んだんじゃ…」
全く似ていないのに深月とある子が重なっていた。
「くそっ、やっぱりのってないか…」
写真には同学年ばかり。一つ下の彼女はどこにもいない。
「はぁ…」
溜め息をついて、アルバムをしまおうとすると、一枚のメモが落ちてきた。
「なんだこれ」
古くなったメモを手にとり、文字が書かれていることに気づいた。
そして、それをみた瞬間に和真は走り出していた。
バタン
客室をノックもせずに開けて入った。
「和真さん?!な、何…」
ベッドに横になっていた深月は飛び起きた。
「わかったぞ」
「はぁ?」
深月にどんどん近寄って指差した。
「お前が誰か」
「…」
「生きてたんだな」
深月が和真を睨んだ。
「ええ、おかげさまで」
「ずいぶん性格かわったんじゃないか」
そして、和真は言った。
「深月林檎。お前の名前だ」
当たり前のことをいう和真に対して、深月は不敵の笑みを浮かべた。
高校時代、和真はかなりモテた。
だけど、それが嫌だった。
女の子から逃げて、立ち入り禁止の屋上に入ると先客がいた。
「ちっ」
髪が長くぼさぼさで太っている女の子が、背中を丸めて泣いていた。
「あー…」
和真の記憶に、その子はいた。
一つ下の学年で、いじめにあっている子だ。
不自然に泥のついた靴を洗っているところや、突き飛ばされているところを何度も目撃していた。
そして、今日もいじめられ逃げて屋上にいるのだろう。
「おい」
和真は女の子に声を掛けた。
「え…?あ、あ、う、あ」
目を真っ赤に晴らした顔を振り返らせ、彼女は和真をみた。
「き、桐崎…せんぱい…?!」
学校で有名人だった和真のことをもちろん彼女は知っていたようだ。
「満月ちゃん?すいかちゃん?」
和真は茶化すように言う。
「…深月林檎です!」
彼女は涙を浮かべながら叫んだ。
しかし、和真はそんなのどうでもいいと言い深月に言い放った。
「うるさいよ」
可哀想とかそんなのではなく、ただ深月がうるさいという理由で声を掛けていたのだ。
これが、和真と深月の初めての出会いだった。
深月にとって立ち入り禁止の屋上は唯一の逃げ場で、安心できる場所だった。
入学以来、見た目のことでいじめられてきた深月はずっとこの屋上を利用していた。
そして、和真も屋上がいい逃げ場だとわかったときから利用していた。
今までは偶然にも2人が同時にいなかっただけ。
お互いに自分1人しか使ってないと思い込んでいた。
「また来てるのかよ」
和真と深月はよく衝突した。
いじめられっこでありながら深月はこの屋上だけは譲れなかった。
だから、どれだけ和真に来るなと言われても深月は屋上にいた。
「私のことは無視してください」
深月はぼそぼそと答えながら昼食を食べていた。
「なぁ、林檎ちゃん。痩せようと思わないわけ?」
和真は初めて会ったときの真っ赤だった様子も兼ねて名前で深月を読んでいた。
「昔からこうですから」
和真を一切見ずに答える。
「ついでに、人の目を見て話せ」
ぐいっと深月の顔を上げた。
「なっ…あ…」
真っ赤にして和真と目があった。
「さすが、林檎ちゃん。真っ赤だぞ」
「し、知らないです!」
深月は思いきり和真と距離を取った。
「先輩こそ…こんなところいないで教室もどればいいじゃないですか」
友達もたくさんいるのに、と深月は言う。
「お前には関係ないだろ」
深月に指摘されたことにむっとする。
「大体、お前こそ友達作れよ。高校生活あと1年半もあるんだぞ」
「それこそ、先輩には関係ないですよ…」
友達がいない深月にとって和真の言うことは苦しかった。
「よし、俺がお前のその根性叩き直してやる」
そんなことをいい、2人は毎日のように顔を合わせていた。
2人が会うのは必ず屋上だけ。
「おら、おでぶちゃん。だれが休んでいいといった?」
縄跳びをもって座り込んでいる深月の姿があった。
「だ、だって…」
はぁはぁ、と息切れしながらうつ向いていた。
「そんなんだから痩せないんだ。ほら、立て」
とスパルタでダイエットさせたり、または、
「こんな問題も解けないのか?」
とスパルタで勉強をみたりしていた。
「だから、林檎ちゃんはクズなんだよ。少しは周りを見返してやれ」
「でも…」
深月も弱音をはきながらも和真の指導から逃げ出すことはなかった。
「なんか、最近楽しそうだな」
深月と出会って以来和真はそう言われた。
「まーな」
「彼女でもできたか?」
「んな分けねーだろ。ただ、まぁ、面白いおもちゃを見つけたってところだ」
和真は知らず知らずのうちに深月と会うのを楽しみにしていた。
そして、ある時から屋上に友達を連れて行くこともあった。
「へー、林檎ちゃん。痩せたの?」
「髪の手入れちゃんとしろよ」
「まだまだ甘い!」
なんてことを深月は言われた。
ただ、いじめというより、楽しんでる感じが強く深月は彼らとも話せるようにもなっていた。
深月と和真が出会って数ヶ月経ち、そろそろ卒業の季節へと近づいていた。
「寒い」
冬の間もずっと屋上でダイエットは続けられていた。
「それなら中に入ればいいんですよ」
深月も随分強くなっていた。
「大体、冬なのにこんなところにいる先輩が馬鹿なんです。さっさと暖かい教室にでもいけばいいじゃないですか」
「お前、言うようになったなぁ…」
和真はあきれた顔で深月をみた。
「だって先輩冷え症って言ってましたよね」
和真の手の中にある使い捨てカイロを指差しながら言った。
「うるせぇ」
和真は視線を下げた。
「それより、明日バレンタインですけど、大丈夫ですか?」
「明日か…」
人気のある和真には苦痛のイベント。
しかも、甘いものが苦手なのだ。
「休もうかな…」
「それなら次の日持ってくると思いますよ」
「そうなんだよ…」
がっかりする和真を見て深月は言った。
「彼女作ればいいのに…」
「金、顔ばっかだ。いらん」
告白されてもそうやって和真は断り続けていた。
「はぁ、そうじゃない子もいるんですけどね…」
小さく呟く。
「あ?なんか言ったか?」
「いえ、別に」
手を振って深月は否定した。
バレンタイン当日、朝からチョコをもらいまくっていた和真は放課後になって屋上にいた。
「まだ、来てないのか」
寒い中、屋上に座り込む。
「ったく、これどーしよ」
大量のチョコをみて唸っていた。
「和真ー」
「桐崎ここにいたのか」
友達が和真を探してやって来た。
「何?」
寒いといいながら2人も外に出てきた。
「チョコどれだけもらった?」
「これだ」
ビニール袋に押し込められたチョコを指差した。
「さすが、モテモテじゃん」
チョコじっくりみていた。
「つーか、まだここ通ってたんだ」
「?」
「飽きっぽい和真が続いてるなんてすげぇ」
「うるせーよ」
あはは、と笑いながら言う。
「彼女でもつくれば?こんなとこいてもあの子くらいしかいないじゃん」
「そうだぞ。まさか、和真があの林檎ちゃんとやらを好きだっていうなら別だけど」
それに和真も否定した。
「そんなわけないじゃんか。つーか、女って金、顔ばっかなんだよ」
と言うと、心配そうに1人が言った。
「そんなやつだけじゃないって」
それを聞いて和真が思い出したように言う。
「そーいや、林檎ちゃんもそんなこと言ってたな」
まるで他人事だ。
ところが、和真以外は食いついた。
「そんなの当たり前だろ」
「え?」
「どう考えたって、林檎ちゃんはお前のこと好きじゃないか」
見てれば分かると、言い張った。
「はい?」
「お前に対する目なんて恋する乙女そのものじゃん。お前気づいてなかったのか」
「鈍感すぎるよ」
と彼らは言った。
「お前はどうなんだ?」
2人の勢いに慌てて和真は言った。
「ないない!」
そして続けた。
「第一、俺はデブには興味ない
。ブスで馬鹿で暗くてどこに惚れる要素があるっていうんだよ。俺があいつを構ってたのは単にあいつの態度がむかつくし、面白かっただけだ」
「和真」
「好かれてるなんてあり得ないって。やめてくれって感じだ」
「和真っ」
和真の言葉を遮るように名前を呼んだ。
「何だよ」
「来てる…」
おそるおそる指差したその先には深月が呆然と立っていた。
「桐崎…先輩…?」
「林檎ちゃん…!」
深月は今にも泣きそうな声で叫んだ。
「好きで悪いですか?!」
ぎゅっと握りしめられた手の中にはいびつにラッピングされたものがあった。
「そーですよ、デブだし、ブスだし、暗いですよ!だけど…好きになるのもダメなんですか?!」
「林檎ちゃん…えっと…」
「付き合いたいとか、そんなんじゃない!ただ、先輩が好きでした…!」
こらえきれなくなった涙が出ると同時に、ひっそりと雪が降り始めた。
「いや、あのな…」
何か言おうとしたところで深月は耳をかさない。
「もういいです。よくわかりました…」
もってきた包みを和真に投げつけた。
「お世話になりました」
深月はそれだけ言って校舎の中に消えていった。
残された和真は呆然と深月のいた場所をみていた。
深月がいなくなったあと雪ははげしさをましたため、和真達もすぐに引き上げた。
夜、もらったチョコはそのままに、深月の投げつけてきた包みを前にした。
「甘いのダメって知ってるだろ」
それでも、開けないわけにはいかないと思ってしまっていた。
「なんか重いな…」
他のチョコよりも重い。
ガサガサと開けて、モノをみて笑いが出た。
「ははは、やっぱ、あいつ馬鹿だ…あはは」
中身はチョコどころか食べ物でもない。
使い捨てカイロの詰め合わせ
だった。
そして、一枚のメモを見つけた。
いつもありがとうございます
構ってくれてありがとうございます
いじめられて、つまらないだけの高校生活が、先輩のおかげで少し楽しくなりました。
これは、お礼です。
もうすぐ冬も終わります。
あと少しこれで耐えて下さい。
好き、とかそんな言葉は一字もない。伝えるつもりがないのもわかった。
とにかく、彼女を傷つけたの嫌でも気付かされずにはいられなかった。
「ごめん…林檎ちゃん…」
そう呟きながら明日謝りにいこうと考えた。
ところが、それは叶わなかった。
朝のHRで、担任が昨日の雪で事故が起きたと言った。
凍った道路で車がスリップし、帰宅中の高校生を巻き込んだと言う。
「2年生の深月さんは意識不明の重体で病院に運ばれて、今も集中治療室にいます。皆さんも受験前なんですから気を付けてくださいね」
担任から深月の名前が出ると、和真は固まった。
それから、しばらくして流れてきた噂は深月がそのまま死んだというものだった。
確かめる術もなく、和真はそのまま卒業し、深月のことも記憶の隅においやったのだった。